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    ▶︎古井◀︎

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    ▶︎古井◀︎

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    #チェズモクワンドロワンライ
    お題「夢/ピアノ」
    ピアノを弾いたり聞いたりするチェズモクのはなし

    #チェズモク
    chesmok

     ピアノの美しい調べがモクマの鼓膜を揺らし、微睡のさなかに心地よく沈んでいた意識を揺り起こした。そっと目蓋をひらくと、目の奥に残る微かな怠さが、まだもうすこし寝ていたいと訴えている。
     なにか、ずいぶんと長い夢を見ていたような。輪郭を捉えていたはずの夢の記憶は、意識の冴えに比例するかのように、ぼんやりと霞む脳に絡まっていた残滓ごと霧散していく。もはや、それが悲しかったものか嬉しかったものなのかすら思い出せないが、そっと指先で触れた目尻の膚が、涙でも流れていたみたいに張り詰めていた。
     怠惰な欲求に抗ってゆっくりとシーツの海から身体を起こしたモクマは、知らぬ間にもぬけの殻と化していた、すぐ隣に一人分空いていたスペースをぼうっと眺める。今響いているこの音は、どうやら先に目覚めた恋人が奏でているらしい。
     音に誘われるまま、眠気にこわばったままの上半身をぐっと伸ばし、モクマはサイドテーブルに置かれていたカーディガンに袖を通す。モクマが何の気なしに足を下ろした位置に、まるで測ったみたいにきっちりと揃えられていたスリッパに、思わず笑みを漏らしながら立ち上がった。
     壁際のチェストの上でもうもうと蒸気を吐き出し続けている加湿器を止め、モクマは寝室を後にした。壁を伝って響く洋琴の音色が、廊下に出たことでより強く耳朶を震わせる。曲名はわからない。けれど、とにかく美しい音だった。
     毛足の長い絨毯の上を、わずかな音も立てないまま歩く。窓の外で春風にざわめいている庭木の枝葉は、まるで館を満たす楽音に添えられた歌声のようだった。
     次第に大きくなる音に、思いついたように勘でハミングを合わせながら、モクマはリビングの戸を開く。数秒のあいだ、麗しのピアニストはモクマがやってきたことに気付かず、リビングに鎮座するグランドピアノを奏で続けていた。
     履き出し窓に引かれたままのレースカーテン越しに、朝日が差し込んでいる。その輝きを後光めいて背負う男は、まるで宗教画の題材のようにきれいだった。
     軽やかなアルペジオ。その最後に伸びやかな単音が響いて、それから青年の指の動きが止んだ。ようやく、モクマの存在に気付いた様子だった。上げられた視線が合うなり、花が開く瞬間めいてふんわりと微笑んで見せる男に、モクマは同じ柔さの笑みを返しながら、「おはようさん」と告げて近づく。
     さっきのはなんて曲だったんだろう、と好奇心半ばに譜面台のあたりを覗き込んでみるが、残念ながら楽譜のたぐいは置かれていない。今の曲は彼の記憶によって爪弾かれたものらしかった。
    「おはようございます。良く眠れましたか?」
    「おかげさまで。上着とか加湿器とか、ありがとね」
    「おやすい御用ですとも」
     鍵盤のうえに添えられたままの青年の指が、ふいに視界に入る。白手袋に覆われた、嫋やかで長いピアニストを象徴するかのようなパーツ。
     途端に昨晩の情事が脳裏に色濃く蘇り、モクマの頬や耳朶、首筋に至るまでを火が付いたように燃え上がらせた。頭を満たす甘ったるい羞恥心をごまかすように顔を逸らすと、青年の指先がモクマの顎を捉えた。
     向き直された、と思った時には、腰を浮かせて距離を詰めてきていたチェズレイの顔が近付いて、彼の薄く柔らかい唇が己のそれを触れ合っていた。寸の間に離れたかと思えが、今度は両頬に口付けが与えられた。
    「まったく、気障だねえ」
    「いけませんか?」
     いかにも挑発的に笑んでいるチェズレイに「いけなくないけどさあ……」と口をまごつかせる。くすくすと笑っている青年に肩を寄せながら、今弾いてたのは何て曲? とついでに問うと、モクマでも聞いたことのある有名な作曲家の名とともに、聞いたことのない長たらしい曲名が返ってきた。
    「そろそろ、目覚めのコーヒーはいかがですか」
    「いかにも挑発的に口端を上げているチェズレイに「
     それもいいけど、もうちょっとお前さんのピアノを聞かせてほしいなあ」
    「それでは、最後にもう一曲だけ。終わったら朝食にしましょうか」
     返事を返しながら、モクマはピアノチェアの空いたところに腰を下ろす。チェズレイと背中を合わせるようにして座ったため、ぴったりと添い合った背から、ぼんやりと彼の体温を感じた。
     少しして、彼の嫋やかな指が鍵盤を叩きはじめる。さきほどのものとは異なる、またしても知らない曲だった。穏やかな陽光を思わせるような、軽快で柔らかい旋律。顔を照らしている朝日のまぶしさに目を細めながら、モクマは恋人が奏でる優美な調べに身体を預けた。それは、これ以上なく贅沢な時間だった。
    「ご清聴、ありがとうございました」
     最後の一音らしい、美しい和音の響きとともに、チェズレイがそう告げる。モクマは感心し通しで、ひとりの観客としてひたすらにパチパチと拍手を繰り返した。
    「素敵な演奏、ありがとね。チェズレイ」
     椅子から勢いづけて立ち上がり、エスコートに似せて手を差し伸べてみる。恭しく鍵盤蓋を閉め終えた青年の指がゆっくりと重なって、不意に動きが止まる。
    「チェズレイ?」
    「……一つ、聞いても良いでしょうか。昨夜、どんな夢を見ていらしたのですか」
     本来問うつもりはなくて、けれど見つめ合ううちに、思わず心の穴からほろりと零れてしまったみたいな。チェズレイは脳裏に浮かべていたのだろう言葉を音にすっかり変えてしまってから、そんな顔をしてモクマを見た。
    「気になる?」
     もったいぶってみたが、本当は、もうとっくに忘れてしまった。けれど敢えて、意地悪くそんなふうに問うてみる。読心を得意とし、仮面を被ることを己の生きる手段と定めたこの男が、モクマでも読めるくらいわかりやすい顔を見せてくれる瞬間が、好きだったのだ。
    「あなたが、泣いていたから」
     心配と、嫉妬。それ以外にも、きっと形容しがたい様々な感情が、彼の内を占めていた。チェズレイはモクマとの未来を欲しがったけれど、決して過去を欲しがりはしなかった。彼と異なる道をたどって生きてきた三十余年が、己の領分でないことを知っていた。
     だからこそ、そのあわいにある夢で、モクマが涙を流していたことについて、自らが踏み込んでよいものか、それが許されることなのか、迷っている様子だった。
    「お前さん、本当に、どこまでも律儀な男だねえ」
     自分が涙をこぼしていたという夢が果たしてどんなものだったのか、モクマは覚えていない。思い出すことも叶わないだろう。だから、なにかそれらしいことを言って、不安げに瞳を揺らしている青年を安心させてやっても良かったのだが――おそらく、彼はそれを望まないし、そうしたとしてもすぐに分かってしまうだろう。
    「……俺はさあ、起きたら雲みたいに消えて忘れちまう一夜の夢のことで気に掛けてもらうより、お前さんと生きて、一生かけて一緒に見る夢の方が、よほど良いもんだと思うよ」
     ま、それっぽいこと言ってみちゃったけど、本当はどんな夢見てたか忘れたんだよね! そう締めくくって、モクマはチェズレイの手を引き、立ち上がらせる。青年の表情がモクマの想像どおり「してやられた」の顔に変わったことに満足しながら、彼のしゃんと伸びた背中をぽんぽんと叩いた。チェズレイが低い声で「あなた、今日は本当に口が達者ですね」と溜息を吐く。
    「……でもねェ、夢で泣かれてしまっては、私はあなたの涙を拭いにも行けないのですよ?」
     私というものがありながら一人で泣こうとするなんて、ひどいお方だ。そんなふうに嘯いてチェズレイはモクマの腰を抱く。お得意の被害者ぶった表情つきで。
    「それなら、次は夢まで迎えに来てよ。お姫様」
     抱き寄せている青年に体重を預けながら、今度はモクマが呟いた。五十一階からのダイブと、果たしてどちらが難しいだろう。そんな天秤が発生すること自体がおかしくて、喉奥から笑みがせり上がった。
    「今度は難題の提起ですか? 今日はなんだか、あなたの方がよほどお姫様のようですね」
    「はは、そりゃあ傑作だ! 髭面で酒癖の悪いおじさんだけど、お前さんのお姫様にしてくれるかい?」
    「そうですねえ……髭面で酒癖が悪くてどうしようもない甘えたなあなたですが、私には大切なお姫様ですよ」
     ではお姫様、お手をどうぞ? 抱いていた腕を解いて、チェズレイはエスコートポーズを取って見せる。モクマもまた、記憶から引っ張り出したポーズの見よう見まねで差し出された左腕に右手をひっかけて、青年のエスコートに応えた。
     横目に見る男の顔は精巧な美術品のように美しく、耳に掛かった淡い髪が、室内灯の光につややかな輝きを浮かべながら、絹糸のようにきらめいていた。かっこいいなあ、俺の恋人。
    「もしよろしければ……朝食が終わったら、ピアノを弾いてみませんか?」
    「え?」
    「初心者でも弾ける、簡単な曲からお教えしますので」
     どうでしょうか。柔らかく微笑みながら、チェズレイが問う。背後のグランドピアノを、青年の肩越しにちらりと見遣った。いつもチェズレイが美しい音を奏でていたグランドピアノ。共用スペースにあって触ってはいけないルールもなかったが、だからといって自分で弾いてみようと考えたこともなかった。
    「……優しく教えてくれるかい?」
    「ええ。お姫様へするように、優しく」
    「じゃあ、お願いしちゃおうかなあ」
     チェズレイの腕に掛けた指に、わずかに力を籠める。
     降って湧いた休日のピアノ・レッスンに期待を寄せながら、モクマは先ほど弾いてみせてもらったばかりの音色を調子はずれの鼻歌で模した。
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    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ


    「チェーズレイ、これよかったら使って」
     そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849

    高間晴

    MAIKINGチェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前に 2010

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、


     たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
    「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
    「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
     あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
     そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
    「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
     首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
    「モクマさァん……」
    「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827

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    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。ポッキーゲームに勝敗なんてあったっけとググりました。付き合っているのか付き合ってないのか微妙なところ。■ポッキーゲーム


     昼下がり、ソファに座ってモクマがポッキーを食べている。そこへチェズレイが現れた。
    「おや、モクマさん。お菓子ですか」
    「ああ、小腹が空いたんでついコンビニで買っちゃった」
     ぱきぱきと軽快な音を鳴らしてポッキーを食べるモクマ。その隣に座って、いたずらを思いついた顔でチェズレイは声をかける。
    「モクマさん。ポッキーゲームしませんか」
    「ええ~? おじさんが勝ったらお前さんが晩飯作ってくれるってなら乗るよ」
    「それで結構です。あ、私は特に勝利報酬などいりませんので」
     チェズレイはにっこり笑う。「欲がないねぇ」とモクマはポッキーの端をくわえると彼の方へ顔を向けた。ずい、とチェズレイの整った顔が近づいて反対側を唇で食む。と、モクマは気づく。
     ――うわ、これ予想以上にやばい。
     チェズレイのいつも付けている香水が一際香って、モクマの心臓がばくばくしはじめる。その肩から流れる髪の音まで聞こえそうな距離だ。銀のまつ毛と紫水晶の瞳がきれいだな、と思う。ぱき、とチェズレイがポッキーを一口かじった。その音ではっとする。うかうかしてたらこの国宝級の顔面がどんどん近づいてくる。ルー 852

    FUMIxTxxxH

    DONElife is yet unknown.

    モクマさんの手について。
    諸君がワヤワヤやってるのが好きです。
     事の起こりは、路傍の『それ』にルークが興味を示したことだ。

    「モクマさん、あれは何でしょう?」
     大祭KAGURAから数週間後・ブロッサム繁華街。
     夜とはまた趣を異にする昼時の雑踏は穏やかながら活気に満ちている。人々の隙間から少し背伸びしてルークの視線に倣うと、路地の入り口、布を敷いた簡素なテーブルを挟んで観光客と商売人らしい組み合わせが何やら神妙な顔を突き合わせているのが見て取れた。手に手を取って随分と熱心な様子だが、色恋沙汰でもなさそうで。
    「観光地ともなれば路上での商いはいろいろあるけども。ありゃあ……手相を見てるんだな」
    「手相……様々ある占いの中で、手指の形や手のひらに現れる線からその人を読み解くといったものですね」
     両腕に荷物を引っ下げたままタブレットでちょちょいと字引する手際はまさに若者のそれで、実のところモクマはいつも感心している。
    「こんな道端で……というよりは軒先を借りて営業しているんでしょうか」
    「案外こういう場所の方が一見さんは足を止めやすいもんだよ。そも観光なんて普段見ないものを見て歩くのが目的だもの。当たるも八卦当たらぬも八卦、ってやつさ。」
     益体 8628