空閑汐♂デイリー【Memories】22「よぉ、久々だな」
「ご無沙汰してます」
久々に訪れた国際航空宇宙学院の飛行教官室で、ひらりと片手を揺らし空閑を迎えたのは吉嗣であった。吉嗣の姿を見つけた空閑も会釈で返す。
「悪いな、卒業生講話やってくれる奴が見つからなくてなぁ」
「っていうか、良いんですか俺で。最終的に航宙士学院中退ですよ?」
何年経っても変わらないジャージ姿で空閑を迎え入れる吉嗣が気安い口調で言葉を紡げば、空閑は眉を下げて彼へと問う。それは依頼を受けた時から、空閑の心に引っかかっていた部分でもあった。
「それで良いんだよ。卒業生講話って基本成功したパターンしか出て来ないけどさ、この学校に入れたからと言って全員が上手く行く訳でもねぇし……そうなった時に立て直せない奴の方が多いんだよ。お前も、分かるだろ?」
吉嗣の言葉に空閑は静かに肯首して。空閑だって吉嗣の言葉がなければ、今こうして卒業生講話に呼ばれているなんて事はないだろう。
「そうですね……特にパイロットコースは、ドロップアウトする人も少なくないし……ホント、目の前が真っ暗になるんですよ」
「経験者は壇上で語ってくれ、俺も似たようなもんだが」
「あぁそっか、先生は航宙徽章取ったのに辞めたんですもんね」
「そういう事。結局自分が望む百パーセントを叶える人間なんて一握りだし、それに折り合い付けて行くのが人間なんだがな。この学校は良くも悪くもその折り合いを付けさせるのが早すぎる事がある。だからお前を呼んだんだよ、パイロットにはなれなくても――オーベルトで生き生きと働いてるお前をさ」
にぃ、と口元で笑みを浮かべて紙巻き煙草を咥えた吉嗣に空閑は眉を寄せる。
「先生は相変わらずですね」
「言っとくが学生の前で吸ってたのは後にも先にもお前らの前だけだぞ」
オイルライターを鳴らしながら煙を燻らす吉嗣を横目に、空いているのだろう何も置かれていないデスクへ腰を落ち着けた空閑は手帳を取り出す。
今回の講話で要点になるだろう所を書きつけていれば、吉嗣はじっと空閑を見つめていた。
「……何ですか」
「向こうは完全ペーパーレスになってるだろ、手帳なんて久々に見た」
ずっしりと重さのあるペンをくるりと回し、空閑は笑う。
「手帳を使いたいと言うよりも、このペンを使いたいんですよ――アマネがくれたものなので」
そうしてすっかり手に馴染んだボールペンを指先で幾度か回した空閑は、白銀に輝く軸へと口付けるのだ。