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    ゆん。

    @yun420

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    ゆん。

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    14.
    恥ずかしい事がバレちゃったジェイドと、アズール視点の話。

    14.14.



     翌朝、フロイドが目を覚ますと、隣でジェイドが眠っていた。こんな風に朝に片割れの顔を見るのも三日振りである。長い睫毛、薄く開いた唇、小さな寝息。あどけなく、幼さを感じる寝顔。たった三日振りなのに、胸が締め付けられるかのような、切ない気持ちになった。
     フロイドの腰に巻きついている片割れの腕は重く、温かい。ジェイドはまだ深い眠りの中にいるようで、目覚める気配はない。フロイドはベッド脇にあるデジタル時計を確認し、まだ時間に余裕がある事を確かめると、ゆっくりとベッドから足を下ろした。高級でふかふかの絨毯は柔らかくフロイドの裸足を包む。
     拘束していた片割れの腕は、存外に簡単に外れた。温もりが無くなった事に寂しさは覚えたものの、もう寒気も熱もない。頭の中はスッキリとしていた。
     少しだけ、昨夜の事は夢だったのではないかと疑っていた。だがパジャマのズボンの裾を捲れば足には青痣があるし、体も下肢がほんの少しだけ気怠い。何より片割れが隣で寝ていた事が証拠なのだろう。昨夜、風呂であった事は、夢ではないのだ。あれが、『いやらしいこと』というやつだ。
     性的な接触は、フロイドには初めての経験だ。知識としては知っているが、ただそれだけだ。偽物の体で体験してみようとは思わなかったし、特に興味も湧かなかった。何よりもこの学園には雌はおらず、雄同士など考えてもみなかったのである。
     ──あんな、気持ちいーんだ。
     思い出すだけで、体が火照るような気がする。下腹部の、もっとずっと下が、熱を持つような。
     キスも、性器を弄られるのも、どちらも気持ちが良かった。ジェイドに口付けられ、体を触れられるだけで、あんなに心地好いとは。なんだか自分が自分じゃなくなってしまうような気がして、怯えにも似た感情を覚えてしまう。自分の口から、あんな甘い声が出る事も、フロイドは知らなかった。
     次はフロイドの中に入りたい、と片割れは言っていた。あれが簡単に入るだろうか。あの大きさから言って、ここらへんくらいかな──と、フロイドは自身の下腹部に手で触れてみる。じわ、とまた腹の奥が熱くなったような気がする。
     自分にそんな事が出来るのだろうか。ジェイドをこの体の中に、受け入れる事が出来るのだろうか。痛みは平気だが、苦しいのは嫌だ。でもジェイドが与える苦しみなら、堪えられるかも知れない。

    「ん」

     不意に、ベッドで眠る片割れが小さな声を上げた。寝言だったのか、ジェイドは直ぐにまた静かになる。だが、そろそろ目が覚めてもおかしくなかった。
     まだ起きるのには多少早い時間だ。もう少し寝かせておいてあげたい。あまり物音を立てれば片割れを起こしてしまうかも知れず、取り敢えずは先に着替えるかと、フロイドは一度自室に戻る事にした。
     ゲストルームを静かに出て、自分の部屋へと向かう。早朝のオクタヴィネル寮は静まり返っている。もう起きている者がいてもおかしくはない時間帯ではあるが、冬の海はまだ薄暗く、窓の外の景色からは朝の爽やかさは感じられない。長く続く廊下も、冷たく、寂しげであった。
     寮の自室の扉は、鍵が掛かってはいなかった。中に入ると、一晩人が居なかったせいか、澱んだような独特の空気する。散らかっていたフロイドのベッドは綺麗に片付けられていて、恐らくジェイドが整えてくれたのだろう。
     クローゼットを開け、着替えを取り出す。新しい肌着と、ワイシャツ。そして靴下。制服はゲストルームに置きっぱなしだ。着替えを持って、早くゲストルームへ戻ろう。もしジェイドが目が覚めたら、フロイドが居ない事に不機嫌になるかも知れない。もし自分が逆の立場なら、起きた時に一人なのは嫌だと思った。
     そうしてフロイドはクローゼットを物色し、最近いつも着ているお気に入りのTシャツがない事に気付いた。ゲストルームで寝泊まりするようになってからは、一度も着ていない筈だ。おかしいな、と周囲を見回すと、ベッドの上に無造作に置かれているのが目に入る。フロイドのベッドではなく、ジェイドのベッドの上に。
    「……?」
     Tシャツはぐしゃぐしゃだった。無論、フロイドのせいではない。なら、思い当たるのは一人しか居らず、その原因と理由を考え、フロイドの思考が止まる。
     片割れは、フロイドのTシャツを手にして寝ていたのだ。
     フロイドがいない間、フロイドの匂いがするTシャツを傍に置いて──。
     そう思った途端、フロイドはカッと頬に熱が集まるのを感じた。
     もしかしたら、全然違う理由なのかも知れない。偶々そこにあっただけなのかも知れない。間違えて出してしまっただけなのかもしれない。
     だが一度その考えが頭に浮かんでしまっては振り払う事は出来ず、誰もいない部屋で一人、フロイドは赤くなった顔を覆う。
    「なんだよ……。オレ、馬鹿みてーじゃん……」
     片割れは自分が居なくても、平気だと思っていた。どうせ普通に寝ているんじゃないかと思っていた。初めて一人でゲストルームで眠ったあの夜、そんな黒い感情がフロイドの心にずっと湧き上がっていたのに。
     片割れの匂いがしないベッド。
     たった一人で、眠れない夜。寂しくて不安で、そんな自分に嫌悪する──。
     ジェイドもきっと、同じ気持ちだったのだ。
     自分達はずっと、同じ思いを抱いている。
     そう思えば、フロイドの中にある不安も嫌悪も、消えて失くなってゆくような気がした。ジェイドと同じ気持ちなら、別にいいじゃないかと。
     ジェイドにTシャツの事を聞いたら、何と言うだろう。照れるだろうか、誤魔化すだろうか。それとも開き直るだろうか。
     それを想像するだけで何だか愉しくなり、フロイドは着替えを持って部屋を後にする。
     もう直ぐ目を覚ます片割れに、真っ先に「おはよう」と言う為に。




     喧嘩騒ぎと風邪で数日間モストロラウンジを休んでいたフロイドは、暫く休みは無しにされてしまった。
    「つまんねーの。次の休みはジェイドと遊びに行く筈だったのに~」
    「文句ばかり言ってないでさっさと手を動かせ」
     珍しく厨房にいるアズールに料理を手渡される。フロイドは「はぁい」と素直に返事をし、温かな料理の皿をシルバートレーに載せた。今日もモストロラウンジは繁盛している。
     ラウンジのホールをヒラヒラと舞うように歩き、にっこりと営業用スマイルを浮かべて完璧な接客をこなす。今日のフロイドはとてもご機嫌だ。機嫌が悪いよりは良い方がいい、とアズールも思っている。だがそれでも微かに不安が残るのは、フロイドの機嫌の落差を知っているからだ。いつ急下降をするか誰にも分からない。
     今日は片割れであるジェイドはシフトに入っていない。山を愛する会と言う怪しげな活動で、朝から山に登っているようだ。
     漸く長雨が明け、賢者の島には晴天の日が続いていた。登山にはうってつけの天気なのだろう。とはいえ、ジェイドは雨の日でも関係なく登山には行っているようだが。
    「はー。ほんと、つまんねぇー」
     厨房に戻ってきたフロイドは、ポケットからスマートフォンを取り出して溜息を吐く。どうやら先程から片割れに連絡をしているが、全く通じないらしい。
    「山なのだから電波が悪いんでしょう。と言うか、仕事中にスマホを見るな」
     アズールは呆れて睨み付けるが、フロイドは反省した様子も見せずにスマートフォンを凝視している。どんなに見続けても連絡が来るわけでもあるまいし。
    「お前たち、本当に仲が良くなりましたね」
     溜息混じりのアズールの声には諦念が滲んでいる。モストロラウンジもそろそろ交代で休憩の時間だ。多少のお喋りくらいは構わないだろう。
    「もともと仲が悪いつもりねーけど」
    「そうですね。ですが、こんなにベッタリではなかったでしょう」
     一緒に寝るのも爪を切るのも、まあ良いだろう。兄弟なら有り得なくもない。が、シャワーを一緒に浴びる事や、体を洗ってやるのはやり過ぎではないのか。二人が一緒にシャワールームに現れる事は、既に寮生の間で噂になっている。
     確かにこの二人は元々仲が良い兄弟だ。アズールが出会った頃には既に二人だけの世界が形成されていたし、幼い頃から二人で助け合って生きてきたのだろう、とは推測している。それでもその頃は、まだ一般的な兄弟だったと思うのだ。それがこの陸の世界に来て、一気に仲が加速してしまったかのように見える。
    「そうだねぇ、なんでだろうねぇ。自分でもよく分かんねーや」
     目尻を下げて笑いながら、フロイドはスマートフォンの電源を落としてしまった。その作られた笑顔に、アズールはフロイドの機嫌の低下を知る。
    「……いいんですか、スマホ」
    「どうせ繋がんねーから、もういーわ」
     吐き捨てるような声。
     メッセージは既読がつかず、電話を掛けても繋がらない。繋がらないスマートフォンは役に立たない。なら、気にしてしまうよりは、電源を落とした方がマシだ。
     そう口にするフロイドに、アズールは内心で溜息を吐く。
     ──やれやれ。
     被害がモストロラウンジに拡大する前に、何かご機嫌を取った方が良いのかも知れない。フロイドの好物、新しい話題、興味を惹く何か。
     アズールは様々な事柄を頭に思い描き、テキパキと皿を洗い始めた。どうせならジェイドに何か恩を売れるものを、と考えながら。



     フロイドが働くラウンジにジェイドが飛び込んで来たのは、それから凡そ一時間後の事だった。思っていたよりも早かったな、とアズールは眼鏡のフレームを押し上げる。今はちょうど、休憩の時間だった。
    「フロイドはいますか?」
    「いるよぉ、帰ってきたんだ」
     焦った様子の片割れの姿に驚きつつも、バックヤードから出て来たフロイドは嬉しそうである。ジェイドの方はといえば、まだ登山の時の格好だった。ちょっとはTPOを弁えろ、と言うアズールのお小言は無視される。
    「スマホの電源が入っていないようでしたので、心配で」
    「どうせ繋がらないから、切っちゃったぁ」
     悪びれもせずそう答えるフロイドに、ジェイドの眉間に皺が寄った。機嫌が悪そうなその様子に、アズールは内心でげえっと声を上げる。
     また痴話喧嘩でもされたら堪らない。目の前でベタベタされるのも閉口するが、諍いを起こされるのも面倒臭いのだ、この二人は。
    「僕はずっと、あなたと連絡が取れなくて気が狂いそうでした」
     ジェイドのその言葉に、フロイドはぽかんと口を開け、アズールも目を丸くした。その言い方が、言葉が、ジェイドにしては珍しく拗ねたような口調だったからだ。
    「……あー……オレも、つまんなくて……寂しかった」
     答えるフロイドの顔は赤い。厨房で見つめ合う同じ顔の双子の間に、何とも言えない空気が流れる。
     ──何を見せられてるんだ、僕は。
     アズールは痛み出す頭を手で押さえ、目を逸らした。今飲んでいる紅茶には砂糖は入っていない筈だが、恐ろしいほどに甘く感じる。とうとうこの双子たちのせいで、自分は味覚までもおかしくなってしまったのか。
    「もうそろそろ休憩も終わりですよ。フロイドはそろそろ準備なさい」
     もう紅茶を飲むのは諦めて、アズールは座っていた椅子から立ち上がる。「お前もいつまでその格好でいる気ですか」とジェイドにも早く部屋に戻るように促す。登山の格好でモストロラウンジをウロウロされるのは迷惑なのだ。
    「あ、待ってぇ」
     渋々と、だが「分かりました」と首肯して厨房を出て行こうとしたジェイドを、フロイドが呼び止める。
    「次の休みの日、ラウンジ休みになったから、お出掛けしよ〜」
    「おや。連勤だと言ってましたよね」
    「ウン。でも休んでもいいって、アズールが」
     双子のオッドアイが、同時にこちらを見る。アズールは何も答えず、ヒラヒラと手を振った。こっちを見るな、とでも言うように。
     フロイドよりも幾分温度が低いジェイドの瞳が、アズールを捉えたままスッと細くなる。こちらの肝を冷やすような、嫌な目だった。
    「アズールは本当にフロイドに甘いですねぇ」
    「……別にお前のように懸想しているわけではありませんが」
     ピリピリとした空気の二人を見て、「なんの話?」とフロイドは首を傾げる。フロイドは時々鋭くて、時々鈍い。
    「まあ、感謝はします。フロイドと出掛けられるのは楽しみですから」
     では、と言ってジェイドは厨房を出て行く。アズールの横を通る時に、「お礼です」と言って、キノコがたくさん入った袋を押し付けていった。いや、要らないんだが。
    「アズールにだけお土産とか狡くね?」
     口を尖らせるフロイドに、じゃあお前に差し上げますよと言うと、無言で目を逸らされた。
     腹が立つ兄弟である。




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