クローゼットの奥、あるいはベッドの下2(ジャミカリ)ジャミルの頬を指の先で、引っ掻いてしまわないよう気をつけながらていねいになぞる。するするした柔らかい皮膚、その少し上のまつ毛に覆われている間から夜空がのぞきこんだ。きらきらと輝く虹彩にしばらく目を奪われていたら、もうおしまいと意地悪をするように目をそらされてしまって、もう少し見ていたかったのに。なんて子どものわがままのように名前を呼ぶと、優しい彼は眉根を寄せながらだけれどちゃんとこっちを向いてくれる。
「あはは、そんな難しい顔してたら、そういう顔になっちゃうぞ」
「誰のせいだと思ってるんだ、お前は」
「え、オレか〜?オレは、ジャミルにはずっと、いまみたいに綺麗でいて欲しいけどなあ」
「っ、べつに」
頬を赤くしてまたよそを向かれてしまった。まつ毛がくっつくほど近くにいているから、全く見えないというほどじゃないけれど。ずるずると身体を引き摺って、もっと近づいて、ジャミルが距離を開けようとしてうっかりベッドの下に落ちてしまわないように抱きついた。
「……べつに?」
それから、なにを言いかけたのか催促するように聞き返す。ジャミルはふわふわと視線をさ迷わせていたかと思えば、ふいに俺の背中へ腕を回した。抱き返してくれたのが嬉しい、と思った途端に顔がじわじわと熱くなってくる。
「……カリム、あっつい」
「ジャミルもそんなに変わらないって」
「いや、これは、お前が変なことを言うから」
「変なことは言ってないだろ〜?」
頬を擦り合わせて、鼻をくっつける。まるで動物のスキンシップみたいだな、なんて思ったけれど人間も動物なんだからなにも間違ってはいないと、少し遅れて気がついた。ジャミルのやわらかい黒髪からも滑らかな皮膚からもいい香りがして、それが肺に満ちていく錯覚には安心感がある。
「ジャミル、ずっと綺麗なままでいてくれよ。肌も髪も柔らかいまま、澄んだ目のままで」
俺は心の底からそう思っていたから、ありのままを口にしたのだけれど、ジャミルには冗談かなにかに聞こえていたらしい。くすくすと喉の奥でちいさく笑って「無茶言うな」と皮肉っぽく顔をゆがめた。
「え〜、ジャミルならできそう」
「今からヴィル先輩に弟子入りでもすれば、多少はどうにかなるかもしれないけど。そんなこと気にしてる余裕はないし」
「なんとかエイジングだっけ?そんなのしなくても大丈夫だって」
本当は、外見の話をしている訳ではないとすっかり言いそびれてしまった。ありがたい成分で保つ美しさとか、そういう話をしたかったのではないのだけど。ジャミルはただでさえ理屈っぽいところがあるから、一度そういう話になってしまったらなかなか出られない。
「いや、大丈夫じゃないからあるんだろ。そういうの」
「まあ〜そうかもしんないけどさ?」
どういう気まぐれなのか、それまでなんとなくぶつかっていたお互いの膝と膝から、ジャミルの太ももが俺の足の間にするりと滑り込んで、あっという間に身動きが取れなくなってしまった。頭のてっぺんからつま先まで、逃げ場がなくなってしまった俺は、その状況をそこはかとなく喜んでいて。ジャミルに同調するように、もう少し身体をぴったりと寄せた。