ポッピングミントシャワー(前編) 自宅へ戻ると、自室のベッドで幼なじみが寝ていた。
ラグの上に、くしゃくしゃになったバスタオルが落ちている。彼女が身につけているネイビーのTシャツ――見覚えがあり過ぎるそのTシャツは、俺が昨夜寝巻き代わりに着て、今朝方洗濯機へ放り込んだものだ。小柄な彼女が着るとほとんどワンピースになってしまう。襟ぐりが広すぎて華奢な肩が見えてしまいそうだった。裾からのぞく人形みたいな太腿の白さに、つい目を逸らしてしまう。
――どうして彼女は俺の部屋にいるんだ?
――どうして彼女は俺のTシャツを着ているんだ?
ふと思いつくことがあった。踵を返し、洗面所へ向かう。
予感は的中した。
乾燥まで終わったドラム式洗濯機の中に、昨夜着ていたTシャツは見当たらなかった。その代わり、ランドリーバスケットの中に俺達が通う高校の制服が一式、ぞんざいに投げ入れられていた。衣替えしたばかりの夏用スカートが濡れて、しっとりとプリーツの色を濃くしている。彼女の制服だ。
夕方から雨という予報だったが、おそらく傘を所持していなかった彼女は帰宅途中雨に降られてしまったのだと思われる。詳しい経緯は不明だが、自宅へ戻るのではなく俺の家で雨を凌ぐことにした。濡れた制服を脱ぎ、乾燥機の中から手頃な着替え(俺のTシャツ)を取り出した――おおかたそんなところだろう。
いくら家が近いとはいえ、どうして俺の家へ来ることになったのか、まったく分からない。そもそも、鍵もないのに(俺が帰宅したとき、玄関は確かに施錠されていた)彼女はどうやってこの家へ入ったんだ?
――ん?
ランドリーバスケットの中、スクールシャツの下からパルテルカラーの布地がのぞいている。一瞬ハンカチか何かかと思ったが、違う。繊細なレースがあしらわれた、小さな小さなミントグリーンの三角形。見間違えようのない三角形。これがここにあるということは、つまり、今の彼女は――
「おかえり、シャディク」
ふいに後ろから聞こえてきた声に振り返ると、洗面室の入口に俺の部屋で眠っていたはずの彼女――ミオリネが立っていた。ふあぁ……と、小さな口を片手で押さえながらミオリネが可愛らしい欠伸をもらす。
「急に雨が降ってきちゃって。Tシャツとタオルを借りたわよ」
「それは構わないが、ええっと、どうして俺の家に?」
「あら」眠そうな目を瞬かせて、ミオリネが俺を見上げる。「おじさまから聞いてない?」
「とうさんから?」
ミオリネが肩をすくめる。片方の襟が落ちそうになるのでやめてほしい。
「ちょうどあんたン家の前辺りで雨に降られちゃったのよ。こんな日に限って傘って持ってないのよね」
そこまでは予想した通りだ。
「家に連絡して迎えに来てもらおうと思ったら携帯の充電が切れてて。モバイルバッテリーも忘れちゃってどうしようかと思っていたら、あんたン家からおじさまが出ていらしたの。これからお仕事に向かわれるそうよ。濡れネズミのわたしを見つけて、風邪をひかせるわけにはいかない、雨が止むまでお風呂もタオルも着替えも自由に使っていいって鍵を渡されたの。あんたにも連絡を入れておくって言ってたけど……」
ポケットで携帯が鳴動したのはまさにそのタイミングだった。ミオリネに断ってメッセージアプリを確認する。
「……今頃連絡がきたよ」
「ふうん。お忙しいのね」
故意に決まっている。
「本当はお風呂と乾燥機も借りたかったんだけど、お湯の付け方とか使い方が分からなくて。教えてくれない?」
「それは、いいけど……」
いいけど何よと、ミオリネが首を傾げる。襟がずり落ちる。肩紐らしきものは見当たらない。
「そのTシャツの下」
「ああ」
首から下へ一往復滑らせた視線を俺へ移し、ミオリネは涼しい顔をして言った。
「付けてないし穿いてないわ。いいじゃない、乾くまでの間だし。それに……」
白い腕が伸ばされる。俺の肩に小さな手を掛けて、ミオリネがつま先立ちになる。俺の耳もとで、吐息を吹きかけるような声がささやく。
「わたし、パンツを脱ぐのはトイレとお風呂とシャディクの前だけだって決めてるの」
――!
思わず両手でミオリネの肩をひっつかんでいた。
「洗濯機にパンツも入ってたろ? パンツは穿いてくれ! 穿いてください!」
「はあ? 嫌よ。いくらあんたのでも洗濯済みでも使用済みのパンツを穿くなんてまっぴら御免だわ」
ミオリネが唇をとがらせる。俺の可愛い幼なじみは妙なところで潔癖だ。
侃侃諤諤の議論の末、制服が乾くまでは俺の部屋にストックしている新品のパンツを穿くということで落ち着いた。――ただ、これだけは譲れないと、ミオリネからひとつだけ交換条件を出されたが。
「シャワーの使い方、あんたがわたしに手取り足取り教えなさいよね」