嘘つき「なんだって?もう一度言ってくれ。僕のこの機嫌を伺っても尚口が開けるのであればだけどね」
アカツキワイナリーの蔵の前でディルックは静かに、しかし不機嫌であることを前面に目の前でへらへらと笑っているウェンティを睨めつけた。その視線をものともせずにウェンティは後ろに隠れてしまった子どもを引っ張り出し、再度笑顔で交渉を始める。
「だから、リサの試薬によって身も心も小さくなってしまった可哀想でかわいいガイアを預かって欲しいんだ」
ディルックの前に差し出された子どもは確かにかつて義弟として可愛がっていたガイアそのものだ。
何を考えているか分からないような今の勝気な表情はなく、不安を抱えているような面持ちでディルックを見上げている。
「義兄…さん…?」
ガイアの左目に輝く星が縋るように揺れ、遠慮がちに出された呼称にディルックは難しい顔で腕を組む。ガイアは自分が兄と呼んだその人が何か反応をするまでじっと見つめたまま動かない。
「…ガイア」
どれほど時間が経ったのか分からないが、長い間お互いを見つめあった後、大きなため息を吐いてディルックは片膝をつく。目線の高さまで下がった燃えるような瞳を見つめながらガイアが首を傾げると、おいで、と一言投げて両手を広げて見せた。
「い、いいの…?」
「良くなかったらこんな事しないだろう」
ガイアが遠慮がちに胸へ飛び込む。それをしっかり受け止めて力いっぱい抱きしめ、青筋を立てながら苦しむガイアに囁いた。
「こんな姿になってまで何がしたいんだい?」
「あでで、ッ気づいてたのか、!」
「当たり前だろう。あのころの君なら抱きしめられることを拒絶していたはずだ。…何が目的だった?」
降参を意味する三回タップでゆっくりと力を弛める。はひ、はひ、と必死に息をしながらガイアはにやにやと楽しそうに笑って眺めているウェンティを睨み、促されるままに理由を白状した。
「今日はエイプリルフールだろう?みんなで誰が上手く旦那様を騙せるかゲームしてたんだ…あ、まて鯖折りはもう勘弁してくれ!子供の姿に罪悪感を抱かないのか?!」
「僕を騙すために小さくなった君に罪悪感を抱けと…?」
さらりと言ってのけられてしまい、ぐうの音も出ず堪忍したように抵抗を止めたガイアを抱く体勢を姫抱きへ変えてディルックは深く長いため息をつきながら額同士を優しくぶつけた。
「もう心配させないでくれ。戻らなかったらと思うとひやひやするだろう…」
慈しむような、陽だまりのような眼差しを向けられて今度はガイアが泡を食う番だ。造りの整った唇が今にもつきそうな程近づいてくる。
まってくれ、ウェンティがいるのに、と酷く慌てながらディルックの襟を掴みぎゅうと目を閉じる。
ごつん。
額から鈍い音がした瞬間まぶたの裏にチカチカと星が散り、じぃん…と痺れるような激痛にガイアは驚いたように目を開けた。その刺激を与えたであろうディルックはじとりとガイアを凝視している。
「は、…?」
「キスするとでも?」
「いや、だって…」
「今日はエイプリルフールだろう」
珍しくしてやったりな笑みを浮かべるディルックにガイアはふつふつと羞恥が湧き上がり赤面する。その一部始終にウェンティの腹筋は限界で、酸欠になりながらも邪魔したら悪いから、とふらふら出ていってしまった。
「ひ、人が悪いなディルック…」
珍しく騙されたことが余程堪えたのか、赤面したまま俯くガイアの額に今度こそディルックの口付けが落ちる。
「してほしかったんだろう?」
「そ、…………!」
反射的にそんなこと、と言いかけてやめる。口を噤んで言いづらそうに視線をさ迷わせた後、遠慮がちに甘えるような声色でディルックを見上げた。
「口にはしてくれないのか…?」
「……騙さないと誓えるならしてもいい」
イエスかノーか答える前にどちらからとも無く唇が重なった。