お好み焼き良い子は明るい部屋でテレビから距離をとって映像を見る。しかし、悠仁と順平がいる部屋は薄暗くてテレビの薄明かりだけが唯一の光源だった。
おまけにテレビの前に置かれたソファはそこそこ近距離にあって、体を前の方に少し屈ませれば距離は1mもないくらいには近い。完全に良い子とはかけはなれた環境で、2人はR-18のホラーを見ていた。
完全に悪い子の役満である。
「この映画、出血の表現が下手くそだね。あんな水漏れした蛇口みたいな表現ちっとも怖くないよ」
「しかもなんか色薄いなぁ。赤い絵の具をそのまま水に溶かしたみたいな色だし」
「役者の演技はいいんだけどねぇ。予算足んなかったのかな?」
片や困り眉で苦笑い、片や欠伸しながらの無表情。しかも歯に衣着せぬ物言いで製作者が聞いたら泣きそうなくらいボロっカスに酷評している。そんな行動も口も悪い2人を気配を消しながら五条はふむふむ後ろで見ていた。
悠仁はある程度コントロールの練習をしていたから、おしゃべりしながらの映画鑑賞も完璧にできていて当然だろう。
でも、順平は始めてからまだ数日なのに呪力のコントロールを完璧にこなしている。現に膝の上に抱えているちょいブサのうさぎのぬいぐるみは盛大な鼻ちょうちんを作って動かない。なんならヨダレも垂れてるし。こりゃあ1年の中では呪力の操作に関しては1番かもしれない。
「やあやあお二人さん!映画鑑賞は捗ってるかいっ?」
「わぁあ!」
「ぅおっ!」
二人の間に割り込むようにして、わざと大きな声を上げて肩に手をおいてやる。すると予想通り2人とも驚いて声を上げて跳ね上がった。
しかし膝の上の呪骸はくぅくぅ寝息を立てるばかり。その状態にさらに口角が上がる。うんうん、こりゃぁ上出来だ。
「せんせぇ、急にやめてよ!」
「めっちゃびっくりした・・・・・・、心臓バクバク言ってる」
「いやぁ、2人ともコントロールの修行上手くいってるみたいじゃないの!ご褒美に更に精度の高い呪骸あげるね」
「えぇーーーーっ!!これまだすんの?!いい加減体動かしたい!」
「僕は映画見れるなら全然いいですけど」
「まあまあ、これまでやったら終わりだからさ」
2人の膝の上にいる寝坊助を回収して、新しいやつを渡す。首が短いキリンのようなピンクのかわいい?おそろいの呪骸。これは呪力の波がぶれると凄まじいネックショットを繰り出してくる。ちなみに当たるとめっちゃ痛い。
五条はぶちゃいくな顔で眠っている様子のそれら雑に放り投げた。2人は慌てて背もたれから腕を伸ばしてキャッチし抱え込む。順平がソファから転げ落ちそうになったが、悠仁がシャツの襟首を掴んで何とか無事だった。
「ぐぇ」
「っ、あっぶなー・・・、順平だいじょぶ?」
「ぅ、ゔん。何とかね」
ちなみに新しい呪骸は眠ったままだった。しかも白目向いて口全開である。ぶっさいくな顔だなぁと五条は思わず写メをとって夜蛾に送った。意外とセンスありますよこの2人というメッセージも一緒に。
五条先生の襲来のあと、さらに1本映画を見て気がつけば夕飯時になっていた。昼食もろくに食べずお菓子ばかりつまんでいたせいで2人の腹の虫は悲鳴のような鳴き声をあげている。
「食欲ガン無視で映画見ちゃったから今空腹がすごい」
「俺も俺も。夕飯はガッツリいこうぜ」
「とは言っても、今日はお米の予定じゃなかったから炊飯器の中は空っぽだよ」
「大丈夫大丈夫。先生が昨日いいの持ってきてくれたからさ」
そう言って悠仁は昨日五条が持ってきた食料品やらなんやらが入っているダンボールの前にしゃがんでその中を漁り始めた。順平も悠仁の隣に同じようにしゃがんで中を覗き見る。すると1番下の方に食料品では無い何かが入っていた。
悠仁はそれを少しばかり強引に引き上げて順平にみせてくる。
「じゃじゃーん!!ホットプレート!!!」
「しかもプレートが色々ついてるやつじゃん!五条先生太っ腹だねぇ」
「キャベツも山芋もいっぱいあったし、今日はお好み焼きしようぜ」
「うん、いっぱい焼いちゃおう!」
2人は早速お好み焼きの材料の準備や食器の準備に取り掛かった。悠仁は冷蔵庫の野菜室からキャベツと山芋やらメリケン粉やらを取り出して生地の下準備を。順平はローデスクの上に散らばった大量のDVDを片したり、ホットプレートや箸なんかの準備を行っていく。
そして順平は片付けが終わると早速悠仁の手伝いに入った。山芋を一生懸命すっている彼の隣で粉やら出汁やら卵の計量をしていく。そしてこの秘密基地でいちばん大きなボウルにじゃんじゃかいれて悠仁の肩をツンツンした。
「ゆーじ、残りはするから混ぜてもらっていいかい」
「ん、おっけー。あとはキャベツだからよろしくな」
「わかった」
すりきった山芋をボウルに入れてからお互いの場所を交換する。そして悠仁はボウルの中を泡立て器でガションガション豪快に混ぜていく。もちろん呪力も一緒に混ぜ込む。順平は半分にカットされていたキャベツをそのままジャカジャカ千切りのような荒みじんのような形に切って、シンクに置いてあるザルの中にどんどん入れていった。
ある程度山になったら水でじゃぶじゃぶ洗って悠仁のボウルに入れる。それを2~3回もすれば半分でも十分大きかったキャベツは何とか消えてくれた。ちなみに芯の所は次の日スープで使うのでタッパに入れて冷蔵庫に戻す。
「よし、生地完成!順平、油とバラ肉とソース持ってって」
「はーい。あ、チーズは?」
「いるいる。絶対いる。忘れてた」
悠仁はそこそこ重いボウルを抱え、順平はトッピング用の材料を沢山盆に乗せてウキウキで机に向かった。小さい机の上はもう材料とホットプレートでパンパンになっている。
「結構重労働だったからさらに腹減ったわ。早く焼こうぜ」
「焼こう焼こう。僕もう待ちきれない」
熱くなったプレートの上に油をうすーく敷いてバラ肉を並べる。その上に生地を上手いこと丸になるように流した。
じゅうじゅうと美味そうな音が部屋いっぱいに充満する。その音は香ばしい肉の焼ける匂いと共に空きっ腹のしかも成長期である2人の胃をものすごーーーく刺激した。お口の中は大洪水どころか氾濫するレベルでヨダレが溢れている。腹の虫なんか、もうハーモニーを奏でる勢いで2人の腹から絶えず聞こえていた。
「やばい、ヨダレもお腹の音もやばい。早く食べたい…」
「と、とりあえず片面は焼けたみたいだからひっくり返そう」
そう言ってヘラで焼き面の様子を無ていた悠仁がもうひとつへラを持って構える。そして謎に気合いの入る呼吸をしてちょうどいい位置に調整して一呼吸。
カッッとその眼を見開くとそのまま勢いよくひっくり返した。
「おりゃ!」
少し中に浮いて半回転。そして変に飛び散ることなくフワッと生地は熱々のプレートの上に着地した。場所が場所なら10点のプラカードが乱立するくらいには美しい着地だった。現に順平は感極まって拍手を送っている。悠仁は少し照れながらも、満更でもない表情でもうひとつのお好み焼きもひっくり返した。
そちらも無事着地。ベテランパイロットの着陸と同じくらい、安定して美しい着陸を決めた。
「すごいすごい!大阪の人にも引けを取らないくらい上手い!!」
「いやぁ、大袈裟だって」
「本当にすごいって!僕がやった時はモンジャと変わらないくらいバラバラになったもん」
「へぇ、意外と不器用なんだな順平」
「だから次のもよろしくね」
「おう任せとけ!」
そんな話をしていればお好み焼きの裏面も綺麗に焼けていた。そそくさと白い皿にうつすと、お好み焼きソースにマヨネーズをかけ、青のりと鰹節も好きなだけのせる。
「おぉ、踊ってる!鰹節が踊ってるぞ!」
「もう我慢できない・・・!早く食べようっ」
「そうだな、いただきます!」
「いただきますっ」
パンっと柏手を打つ勢いで手を合わせ、いただきますを言った2人はサッと箸を構えた。目の前には未だ湯気が立ち上り、ソースのいい香りを漂わせる美味しそうなお好み焼き。照明の明かりで艷めくその生地に箸を差し入れて、わり開く。一口大の大きさにとったそれを2人同時に頬張った。
「ハッハふッ!!あふいぃ」
「あつっ!!でも、うんま!!!」
豚バラの甘さとキャベツの歯ごたえ、そしてソースとマヨネーズのジャンキーな味付け。空腹状態の男子高校生の胃には効果抜群だった。
2人とも無言で、夢中になって目の前のおこなみ焼きを貪った。ほっぺたにソースが着いても気にせず、口いっぱいになるほど頬張って食い尽くす。
皿の上が綺麗になった頃、やっと2人は一息ついた。氷がたっぷり入った麦茶を煽って一気に飲んで、ソースでこってりした口内がさっぱりキレイに洗い流す。
さて、2人は成長期の男の子である。お好み焼きを1枚食べたとはいえその腹はまだまだ容量が空いている。早速、次に食べる生地の錬成にとりかかった。
「ふぅ美味しかった。よし、次はチーズ入り焼こう」
「じゃあ、俺もち!」
プレートに流し込んだ生地の中に雑に切った、もちとチーズをふりかけて菜箸で軽く混ぜる。早速いい香りが漂い始めた。少しだけ満たされた胃袋が早く食わせろと、また鳴き声をあげた。
早く焼けないかなとワクワクしながら待つ2人に突然影がさした。
「じゃあ、センセイには2つとも入れたもちチーズ作って☆」
「ええ、欲張りって五条先生?!」
「うわ、びっくりした!どっから出てきたんですか」
「順平の魂のチェックに来たんだ。あ、座布団ちょうだい」
そこにはアイマスクをとったサングラス姿の五条が立っていた。非常にレアな装いである。
突然の登場に驚いた2人だったが、すぐに追加のお皿や座布団を準備し始める。悠仁は五条リクエストのもちチーズ入りを作りつつ座布団を差し出す。順平はタダでさせスペースの無かった机の上に五条の場所を作ってそこに追加のお皿と箸、グラスを渡した。
「それにしてもいっぱい生地作ったね。これここにあったボウルで1番大きいやつでしょ?」
「絶対食べきる自信があるくらい腹減ってたからめっちゃ作った」
「あと先生いつも食べに来るじゃないですか。だから尚更多く作ったんですよ。」
「えぇ、めっちゃ嬉しい。因みにアイス買ってきたから後で食べようね」
「やったーー!」
そんな話をしていると追加分のものが完成した。悠仁がそれぞれの皿にヘラで移していく。
「うーん、僕今度はケチャップにしよっと」
「俺はソースでいいや。先生は?」
「僕もソースでいいよ」
2枚目も順調に2人の胃の中に消えていく。五条も教え子たちが作ってくれた熱々のお好み焼きを、大人気なく口いっぱいにほおばって味わった。
「餅入りも、うんまいっ」
「こっち、チーズも美味しい!」
「うんうん、こんなに美味しければ何枚でもいけちゃうね」
その言葉通り、巨大ボウルいっぱいに入っていた生地は、全部美味しく焼かれて3人の胃袋に納まった。久々に食べすぎたと思えるくらいの満腹感を覚えながら、3人は五条の買ってきてくれたアイスを頬張っている。
五条はバニラ、悠仁はイチゴ、順平はピスタチオを食べていた。
「すごい、こんな美味いアイス初めてだ。口溶けが普通のと違う・・・!」
「正しくアイスクリームだ!クリームが濃いのに全然くどく無いし、とにかく凄いっ」
「また今度買ってくるよ。伊地知が」
うっとりしながらアイスを味わう2人を微笑ましく五条は眺める。しれっと最低なことを言ったが、未知の美味さに感動している2人には聞こえていなかった。
2人がトリップしている間に、五条はサングラスをズラして順平の魂を覗き込んだ。相変わらず傷は深いが、最初に比べれば十分良くなっている。こびり付いていた穢れのような呪力の残滓もほとんど落ちていた。
「うん、順調に修復が進んでる。あと1週間もあればこびりついた穢れも落ちきるデショ」
「ハッ、美味すぎて飛んでた!で、今言ってたのは順平の魂のこと?」
「そうだよ。ほんとビックリするくらい順調。悠仁のご飯のお陰だね」
「確かに最初より調子は良くなってる気がします。ご飯も美味しいし、僕にとってはいい事づくめだなぁ」
最後の一口を口に含んで、順平は嬉しそうにでも少し申し訳ななそうに笑った。
そんな順平をみて悠仁も嬉しそうに笑った。
「よし、じゃあお皿洗いは先生がやるよ!美味しいお好み焼き食べさせて貰ったしね」
「じゃあ僕は皿拭きますね」
「じゃあ俺はゴミまとめとファブリーズしよー」
満足感で重い体を叱咤して3人は座布団から腰をあげる。美味しいご飯の後はちょっと面倒な片付けだ。しかも今日はホットプレートもある。やっぱり洗い物に立候補しなければよかったなんて思いながら、五条はソースの汚れがたっぷり着いた皿を洗うために袖をまくった。