2022半田おたおめ「ロナルドォォォォ!!!!」
ドゴッ!! 壊れる勢いで事務所の扉を開く。勿論、この程度で壊れないことは実証済みだ。そして手にはセロリ。今日はフレッシュな採れたてセロリだ。なんせこの俺が直々に可愛がって育てたセロリである。フレッシュそのもの。
「はんだ……」
………………???
思ったのと違う。いつもなら、形容し難い悲鳴を上げて泣き出すはずなのに、なんだかもう既に情けない顔で泣いている。何だ貴様、なぜそんな情けない顔でしくしく泣いて────。
「チクショーーーお誕生日おめでとーーーっ!!!!」
「ぶべっ」
怪訝に思って悩んでしまったがために、判断が鈍ってしまったのか。突如飛んできたパイ?(生クリームたっぷり)をもろに顔面に受ける事になってしまった。
遡る事数時間前。
「半田の誕生日半田の誕生日半田の誕生日」
付き合って初めての半田の誕生日。友達としては何度もあったけど、恋人としては初めてだ。
恋人同士って、どういう誕生日を過ごすのか……って先月の頭頃にネットで調べてたら、夜景の見えるレストランが沢山出てきた。やっぱり夜景の見えるレストランだな! なんて思ったところで、見事にドラ公にバレた。
「でも半田君って、お誕生日に家族でご飯とか食べに行っちゃう感じじゃないの?」
「ミ゜」
確かにそれはそう。半田は朱美さん大好きだし、朱美さんだって半田の事を大切に思ってる。きっと誕生日には半田の好きなものとか作ってあげるんだろうし、半田もそれを楽しみにしてるんだろう。
「じゃあ……何すれば良いんだよ俺は?!」
混乱してドラミングしてたのが多分悪かったんだろう。
「知らんよシンヨコゴリラ。ジャングルに置いてきた知性を呼び戻して頭絞って考えたまえ」
その上、ねージョンー? なんて可愛こぶってたのが非常に腹立たしかったので、ジョンに被害が及ばないよう細心の注意を払って念入りに殺した。
それから一ヶ月。
「半田の誕生日半田の誕生日半田の誕生日……うえぇ……」
別にえづいてる訳じゃねぇ。マジで何も思い浮かばなくて、何も用意しないまま当日の昼になっちまったってだけだ。だけじゃねぇ、大事件だ。どうするロナルド、お前はやれば出来る子だ。
ぐぬぬぬぬぬ、と腕を組んで考える。こういう時は、自分が貰って嬉しいものを参考にすれば良いはずだ。自分の誕生日……ドラ公が来た後は煽り倒されながらも普段より手の込んだ食い物が出てきたな……そういうことは早く言え! あっ、じゃあ当日に行ったのか俺。その前……一人暮らしだった頃…………は何もしてねぇな……カップ麺…………うーーーーんその前その前……ヒマリがケーキを作ってくれ…………あ。
「………………ケーキだ!!!!」
誕生日=ケーキ。なんで俺はこんな簡単な事に気が付かなかったのか。ホイップクリームくらいなら俺にも作れるはず。泡立てりゃ良いんだろ。簡単だ。一応ネットで調べるけど……冷やす? いや簡単だろ。いける。スポンジは……お、簡単だって。これいけそうじゃね? 小麦粉、砂糖、卵。これを混ぜ……泡立てる? なるほど、多分泡立てるのは得意だぜ。知らねぇけど。あと上に果物とか乗せちゃう。そしたらめっちゃ美味そうじゃん。よしこれだ。
買うものだけメモして、メビヤツをスリープモードにして念のため可哀想な気もするけど盗撮防止のためハンカチを掛けておき、その後ルンルンでスーパーに買い物に行って帰ってきてケーキ作りに取り掛かる事しばし。いや、しばしじゃねぇ、だいぶ。
「………………なんでお前、そんな」
ぺしゃ、と潰れてタルト生地並みに硬くなったスポンジを前に、がくりと項垂れる。そんな変わり果てた姿でオーブンから出てくるなんて……あんまりだ。
しかし、あまり時間が無い。半田と約束してる訳じゃないけども、いつも大抵この時間に現れるってタイミングまで、あと三十分も無い。もし現れなかったら吸対まで持ってってやろうかなーなんて思ったりもしてたけど……それはそれとして。
「いや……タルト生地だとしたら、クリームさえ塗れば案外……」
なんて思ったのがいけなかったのかもしれない。クリームを乗せて、完成形を眺めて思う。
「これパイ投げのパイじゃん……」
パイじゃないけど。スポンジだけど。え? 何? なんでこんな……。俺の思ってたのはもっとふわふわしててキラキラしてて美味しそうなケーキだったのに、なんで。
もう遮光カーテンひいてドラ公叩き起こしたらなんとかしてくれるだろうか。いやしかし、恋人の誕生日プレゼントを同居人に手伝ってもらうっていうのも情けない話じゃねぇ?
「…………ぐすん」
悲しくなってきた。泣いてねぇし、これは汗だし。ごしごし擦っては溢れるそれに、さらに情けなくなってきた。
どうしたもんかととりあえず事務所側に持っていって、ネットで調べる。失敗、スポンジ……どうする? どうするってなんだよ、えーっと……復活? 再利用? いやわかんねぇどうすれば……。
ドゴッ!! 派手な音を立てて、ドアが開く。そしてその向こうから現れたのは。
「ロナルドォォォォ!!!!」
今一番見たくない相手だった。
「はんだ……」
ぽかんとした奴の顔に、俺は失態を悟った。
やばい。見られた。何をって……色々。
ヤケになって、俺は、片手に持ったスポンジケーキを振りかぶって、叫ぶ。
「チクショーーーお誕生日おめでとーーーっ!!!!」
「ぶべっ」
クリーンヒットしたパイ(スポンジ)を眺めて思う。
やっちまった、と。
あのあとセロリに気付いたロナルドが悲鳴を上げて逃げ出して、そのあとすごい速さで帰ってきてからわたわたとタオルを手渡してきたものだから、もう呆れて溜息しか出ない。
「ごめん半田……あとそれ捨ててこい」
「ふん。仕方ないな」
一通りクリームを拭いてから、指さされたセロリを廊下に置いて事務所に戻る。そして、事務机の前で何故か正座をして床を見つめているロナルド。なんどか余計な事を考えているのであろうバカと目線を合わせるためにしゃがみ込んだというのに、バカは顔を上げようとしない。
「ほんと、ごめん……」
わたわたとタオルを出したり引っ込めたり、ティッシュを持ってきたりしてる間、しどろもどろに言い募ったロナルドの話で大体の事のあらましは理解出来た。しかも、今日の調理? に関してはメビヤツにハンカチまで被せる徹底ぶり。何故そこまで気が回っておいて、自分が料理が出来ないという事に気がつかなかったのかが心底疑問だ。
「貴様が料理が出来ない事など、今に始まった事では無いだろう」
それを否定ととったのか、再度泣き出しそうになるその両頬を、痛すぎない程度にぎゅっとつねる。
「何すんだよ」
「考えすぎだと言っている。元々貴様にそういう期待はしていないのだから……その……」
そのまま頬を包んで、顔を自分の方へと向ける。気にするな……と、言えばいい。それだけだ。きっと父ならば、恥ずかしがらずに臆面もなく、きちんと言えるに違いないのだ。父に出来て俺に出来ない道理はない。ぎゅ、と一度きつく目を瞑り、そして大きく息を吸う。開いた視界の正面のロナルドは、まだ情けなく叱られた子犬のような顔をしていた。
「…………そういう……気持ちが、嬉しい……から…………その…………気にするな……」
「はんだ……」
ようやく、真っ直ぐにこっちを見たな。まだ少し鼻も涙も垂れているが。少しだけ上向きになったらしい機嫌に嬉しくなってしまって、つい無かったはずの続きを口にしてしまう。
「それと……だな。今日の夜はドラルクの読み通り、家族で食事だが……明日は空いている」
少しずつ、顔が熱くなっていくのがわかる。多分今の俺の顔は真っ赤だ。自信がある。
「じゃあ俺、明日っ……明日な、店予約しとくから!!」
などと、単純バカルドがやたらと嬉しそうに言うものだから。
「…………その後も、空いてる」
これは、余計な事を言ってしまった。頭の先から湯気が出そうだ。
「っ…………わ、かった。俺も、空いてる、から…………その、ホテル、も……探しとく……」
貴様が間抜けにもキラキラとした涙目のまま、真っ赤な顔でそんな事を言うものだから。
「わざわざ言うなバカめ……!!」
我慢しきれない愛しさと恥ずかしさを誤魔化すために、触れるだけのキスをした。