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    merino

    @guiltysheep

    ラクガキ置き場。好き勝手描いてますのでご注意。
    タグの魔法使いさんはよその子。
    Link:https://guiltysheep.wixsite.com/guiltysheep
    SUZURI:https://suzuri.jp/guiltysheep

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    merino

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    中学生とかその辺に書いたやつ。
    最後投げっぱなしな終わり方。
    何度も書き直ししたりした中で登場人物の名前が変更になったりしたので、ちぐはぐなところとかあるかも。
    直す気力も今のところないので、投げとく。

    ##文章
    ##名のない物語

    昔書いた小説それは、とても昔のことです。

    もう、数えきれないほどの年月を超す前のこと。
    その時代には大きな国や、小さな国がたくさん存在していました。
    豊かな国もあれば、そうでもない国があり、
    文明や技術が発達している国があれば、それより昔と変わらぬ生活を送る国もありました。

    言葉や生活習慣、同じ人間でも住む環境によっては見た目も多少違いました。
    中には大きな力を持つ国がいくつかありました。
    初めの内は争いもなく、悪くても睨み合うだけの表面上の付き合いが続いていました。
    もちろん、時に争いや反乱が起きることはありました。
    それでも、誰もがいずれは幸せに暮らせると思っていたはずでした。
    それは、争いを起こした人でさえ、そう願っていたのでした。
    「戦争はなくなる」「誰もが幸せになる」
    そう、多くの人は思い続けたのです。

    それは小さなきっかけ。

    とても些細なことが引き金となり、この世界で大きな戦争が起こりました。
    最初は2つの国同士の争いだったのです。
    しかし、それぞれの国を支援した国、その近隣の国にも戦火の火種が飛び
    争いは拡散し、全体に広がっていきました。
    兵器が多く使われ、数えきれない国民が、動植物がその命を消していきました。
    もちろん、平和をと声をあげて自国を守ろうとした国もありましたが、
    止まらぬ争いのとばっちりを受け続けることになりました。

    しかし、さすがに長期にわたり激しい攻防戦が続くわけではありません。
    かといって、平和という言葉が当てはまるような世界ではありませんでした。
    兵器は底をつき始め、食糧も少なくなり、ほとんどの国が攻めの体制ではなく
    守りの体制となりました。
    地道な侵略があちらこちらで続き、国同士での共謀や裏切りが繰り返され、
    果てにはどの国もがお互いを信用しなくなりました。
    その間にも平穏を求める人々は、国や民族をも越えて集まりひっそりと暮らすことはありました。
    中には声を大にして戦争中断を叫ぶ人も現れましたが、大抵は殺されてしまいました。

    どの国でも人々は、あまりにも苦しい生活を送り続けました。
    貧しい人々は、次々と餓えや病気で死んでいきましたし、
    そうでなくても、いつ自分の身に恐ろしいことが起きるのかとおびえ続ける毎日でした。

    偉い人たちは口をそろえて、我が国は勝つのだといい続けましたが、
    疲弊した人々はそれに耳を貸すこともしなくなりました。
    今まで価値があったものにはなんの力もなくなってしまったのです。
    そんな中、とある一つの国が戦争に勝ちたいがために生物兵器を創りました。
    今までは人々を助けるための医療として発達してきた遺伝子操作技術を使って、
    戦争が始まる前に人気だった、ホラー映画の中の怪物のように恐ろしいものをと、
    狂暴で、繁殖力の高い生物をと…
    長い争いの間、ずっとずっと、研究を重ねて作り上げていたのです。
    様々な生物が混ざったキメラのようなものを。
    怪物を生み出した研究者はそれをこう呼びました。
    「愛しいもの」…と。

    それから人々の間では皮肉を込めてその怪物を「マナ」と呼んだのです。
    その怪物は一斉に全国に放たれました。
    怪物が多くの生物を殺し、小さな国を滅ぼすのに時間はかかりませんでした。
    どんな手を使っても、戦争に疲れた人間に生命力の強いマナを根絶させることはできなかったのです。

    そして、様々な生物の遺伝子を変化させて造られたその生物は、
    そのうちにどの生物とも言い切れないような姿となり、
    最終的にはマナを生み出した国の人間をも襲い食い殺し始めてしまったのです。

    もちろん、その凶暴な怪物を制御できなくなった人間は、
    戦争以前にその生物を根絶させようと考えました。
    それも無駄だとわかるころには、マナは世界中に散らばり
    姿を変え続け、その凶悪さを全ての人間に知らしめていたのです。

    戦争が終わったかどうかなんて、今の人間には知ったことではありません。
    ただ、人間はマナにおびえ続け、生活を最低限に抑えてしまったために、
    今まで築きあげてきた素晴しい文化や技術は塵と同然になってしまいました。
    大きな町はほとんどなくなり、一つの国だった場所に
    小さな町が点在する形になりました。

    一応、国の頂点にたつ人間は存在していましたが、
    権力ばかりの人間はどうも頼りにされないままでした。
    さらに月日が過ぎると、マナの威力がほんの少し弱まりました。
    弱まるといういい方は少し違いますね。
    安定してきたのです。
    ここぞとばかりに、権力者は名ばかりとなった戦争を休戦とし
    世界各地に「t.h」という大きな組織をつくり、孤児を集めて教育し
    マナへの恐怖心から町の外へ出ることを諦めた人たちの代わりに
    依頼を受けて働くようになったのです。
    人々が生活するための道具や、t.hが活動するための資源は
    主に滅びた町から調達して過ごしました。
    戦力が整い始めると、少しずつマナを駆除することも始めました。


    *「t.h」は確か、薄明りの希望という意味の略称だったと思いますが、
    今ではもうそれもただの名称となりました。

    少し前置きが長くなりましたね。
    これは、そんな世界で起きた、一つのお話です。


    *目が覚めて*
    気がついたら、彼女は闇の中にいた。
    他人から見れば、闇の中での彼女の髪は闇に溶けてわからないのだろう。
    -リン-それが彼女の名前だった。
    身体を動かそうとしても、なかなか動かせなかった。
    重い重い、圧力が全身にのしかかっているような感じだった。
    その時、ふと誰かに呼ばれた気がした。
    『姉さん…』
    どこから聞こえてくるのかわからない声に、かすれた声で答える。
    「ディア…?」
    リンの前に、銀髪の少年が現れた。
    まるで青空を切り取ったかのような色の、澄んだ瞳。
    透き通るような白い肌。
    銀髪は癖なのか、外側にはねていた。
    あまりにも白っぽいその姿は、闇に浮いて見える。
    「ディア…!」
    今度ははっきりとその名を呼ぶ。
    その名は少年の名であり、リンの弟の名でもあった。
    ディアは微笑んで、「僕はここにいるよ」と小さく言うと闇に紛れて消えてしまった。
    「待って!」
    リンが手を伸ばそうとした時、同時に目の前が明るくなっていった。
    「っ…!」
    暗闇に慣れたリンの灰色の眼に、明るい光は痛く感じられた。
    ようやく光に慣れると、そこには知らない天井があった。
    (夢…)
    重い身体を起こすと、身体中に痛みが走った。
    リンの髪先が、彼女の頬をなでた。
    彼女の身体は、白いきれいなシーツの上にあった。
    温かい毛布が、彼女のシルエットをかたどっている。
    寒い季節だというのに部屋の中は十分に暖かかった。
    そこはリンの知らない部屋だった。
    どうなっているのか状況がつかめない。
    リンの頭の中はひどくぼうっとして、考えもまとまらないままだった。
    それでも何かを思い出そうとして額に手を当てる。
    直後、声がした。
    「なんだ、気がついたのか」
    彼女はひどく驚いて、声がした方に目をやった。
    まさか人がこんなに近くにいるとは思っていなかったのだ。
    光の届いていない部屋の隅の影に、一人の男が椅子に座っていた。
    リンには目をやらず、ただ分厚い本を読んでいる。
    「誰…だ…?」
    状況がわからない分、警戒しながら彼女はきいた。
    「誰だ…ねぇ…?」
    ふ、と息をついた男は本を閉じて立ち上がり、リンの方へと近寄ってきた。
    男に光がかかる。薄い色の茶髪が明かりの下で綺麗に見えた。
    男も、少し眩しそうな顔をして、しかし、しっかりとその茶色い目はリンの顔を見て言う。
    「助けてやったのに、誰だなんてことはないだろう?」
    「…助けた…?」
    さらに状況がわからなくなる。
    「なんだ、自分が倒れていたことにも気づいてないのか」
    男は目を細めてリンの方へと歩みを進める。
    「…!よ、寄るな!」
    リンはベッドの上からとび起きようとしたが、身体中に痛みが走った。
    腰にぶら下げてたいたはずのナイフをつかもうとした手が空を切り、
    それと同時に、ベッドの反対側へと転げ落ちた。
    「2日ほど寝たままだったんだ、無理はするな。
     それと、ナイフは預かっている。心配しなくても何もしないし、ナイフも返すよ」
    男は近寄ることを拒否されたことにも構わず、倒れこんだリンを抱きあげてベッドに座らせる。
    男の身体は、細いくせに筋肉質でしっかりしていることが服の上からでもわかった。
    「暴れんなよ。傷が開いたってしらねぇぞ。
     …あー…腕んとこ、血が滲んじまってる。」
    リンは男が腕の包帯を換え始めたのを見て、
    本当に何もする気がないのだとわかり、抵抗するのをやめた。



    *問いかけ*
    「なんでこんな傷ができたのか、本当に覚えてないのか?
     …まさか記憶喪失ってことはないよな?」
    男が目を合わさず聞いた。
    腕には、切り傷らしきものが無数にあった。
    腕だけではない身体中の痛みが、たくさんの傷があることを教えていた。
    リンも包帯の下から現れた腕の傷に目を落とす。
    「出血量のことも考えりゃ、2日で目を覚ましたほうが驚きだな」
    と、男は小さくつぶやいた。
    傷をじっと見ていたリンはしばらく何も言わずに黙っていた。
    忘れていたわけではない…だが、無意識に忘れようとしていたのかもしれない。
    彼女は、そっと肩まである髪に手を伸ばした。
    「私の髪…短くなってる…」
    「…?…髪を切った覚えはないが?」
    彼女の顔色の変化に、男はその事情の深刻さを読み取った。
    ガーゼや包帯を新しいものに変えながら男はリンに尋ねた。
    「何か…思い出したか?もし…よければだが、何があったのか話が聞きたいのだが?」
    その言葉に、言うか言うまいか少し戸惑ったが、この状況下で黙っているのも
    何となく心苦しくなって「もしかしたら、信じられないような話よ…?それでもいいなら」と一言言って
    話す姿勢を見せた。
    「かまわない。君の話が聞きたいんだ」
    包帯を巻き終わった男の瞳が、まっすぐ彼女を捉えた。
    「わかったわ。でも、その前にお礼を言わせて。
     記憶が混乱していて…その、あなたのこと勘違いしちゃって…。
     ごめんなさい…。私の名前はリン。E地区のt.hの隊員よ。助けてくれてありがとう」
    「…俺はライだ。まぁ、気にしてないさ。こっちも驚かせちまって悪かった。
     それに…たまたま通りかかっただけだ。気にするな。」
    二人は握手を交わし、リンがそっと目を閉じる。
    ライと名乗った男は、ベッドの横に置いてあった小さな椅子をリンの前まで寄せて、
    向かい合うように座った。
    「そうね…どこから話せばいいかしら?…」
    と、リンがすこし考えて話を始める。


    *理由*

    その日、リンは仕事のために遠くにある小さな町を訪れていた。
    北風は冷たく、ここ数日雪が降り続けていた。
    そんな雪も仕事が終わるころには止み、空には星が輝いていた。
    冷たい風が静かに吹いている中、リンは一人自分の地区のt.h施設へと足を進めていた。
    本来ならばt.h隊員は最低でも2人1組で行動する決まりがあった。
    マナに襲われたとしても対処できるように。
    しかし、リンは自分の腕に自信があったこともあり1人で行動することが多かった。
    実際、E地区の中では腕がたつ方ではあったのだが、それ以上にもう一つわけがあった。
    リンには幼いころに生き別れた弟がいた。
    t.hの隊員になってから、長い間探し続けている弟。
    その弟を探すのには、単独のほうが行動しやすかったのだ。
    それでも、いや、だから尚更、周りへの警戒は怠ることはなかった。
    もちろん、この日の夜も常に周りを警戒しながら歩き続けた。
    どのくらいたったのだろうか…しばらくした頃、左腕に鋭い痛みを感じた。
    リンは反射的に身をひるがえし、近くの森の茂みに身を隠した。
    腕に目をやると、そこには獣に引かれたような傷がついていた。
    (マナか…?気配はなかった…。いや、気が付かなかった?)
    腰にぶら下げていた戦闘用のナイフに手を伸ばし引き抜くと、
    息を殺して相手の様子を窺った。
    しかし、その姿を確認することはできなかった。
    森の外から月明かりが差し込んでいた。
    ただそれだけで、物音ひとつ聞こえてこない。
    (こちらを見失って去ったか?)
    リンは気を抜くことはせずに、森の中を見渡した。
    マナの姿を見落としはしまいと、神経を集中させる。
    張りつめた空気に声が響く。
    「ねぇ…」
    突然、静寂を切り裂いたその声の主のほうに
    リンはすかさず視線を移した。
    月明かりに照らされたその影が、森の外に立っている。
    その影は、人の形をしていた。声から察するに、少年のようだった。
    (人間…子どもか?)
    リンの緊張感が一瞬とけ、その少年に歩み寄ろうとした瞬間、違和感を覚えた。
    (今まで、どこにいた?なぜ気配がなかった?…なぜ、私は傷を負った?)
    はっきりとしない、だが妙な胸騒ぎがリンの足を止めた。
    次の瞬間には、その足は少年の方ではなく森の奥へと駆け出していた。
    なるべく音をたてないように、その少年から逃げるように。
    (なんだ?!この感覚は…?!)
    リンの中に、恐怖感がまとわりついていた。
    身体中が”ニゲロ”と叫んでいた。
    しばらく森の中を走り回り、適当な樹のかげに身を潜めた。
    (何者だったんだろう…。反射的に逃げてしまったが…。
    …始末するべきだったか?…まさか本当にただの子ども…いや、あいつは何だか危険な気がする…。)
    それからまたしばらく警戒し続け、少年が追ってこないと判断したリンが
    木の影で座り込み息を整えていると、
    木々の間から差し込んでいた月明かりが急に影にかわる。
    リンの目前に影が落ちてきて、ふと顔をあげる。
    「ひどいなぁ…急に逃げ出すんだもん。」
    「!!」
    リンの前に、さっきの少年がクスクスと笑いながら立っていた。
    息を切らしている様子もなく、ただ平然と立っている。
    少年の紅い髪とそれと同じくらい紅い服が、不気味に見えた。
    前髪は、なぜか右目だけを隠すように覆っていた。
    鮮血のような色の眼が、リンを捉えていた。
    静かに手を伸ばした少年の行動にハッとしたリンは
    逃げ出そうとして足に力を入れたが、それはもう遅すぎた。
    右腕を掴まれていた。少年の力は強く、鋭い爪がリンの肌にキリキリと食い込んでいく。
    「っ…!?」
    背中から、樹木の冷たさが服越しに伝わってくる。
    そして、少年の息遣いが聞こえるほどにその姿はリンのすぐそばまできていた。
    抵抗しようにも、ナイフをつかんだ右腕は動かすことができなかった。
    とっさに、空いた片方の手で、思いっきり少年を突き飛ばそうとした。
    しかし、少年はペロリと唇を舐めてニヤリと笑っただけだった。
    強く握られた右腕を掴む腕の力も、緩むことはなかった。
    「は、…離せ!!!」
    リンの抵抗は、少年の前ではちっぽけなものだった。
    そして、抵抗しているリンの眼に映ったものが何かを納得させた。
    それはヒトにあるはずのない尻尾や、獣のような耳だった。
    リンが感じた違和感は、そこにあった。
    「…マナ…?マナなのか…?人型のマナ…?聞いたこと…ない…!!」
    「あんたが知らなかっただけの話さ」
    マナには翼があるもの、鰓や鱗をもつものなど、様々な場所に対応できる姿が存在する。
    戦中に造られたマナは、遺伝子変化が活発に行り姿を変え続けたのだといわれていた。
    しかし、人型のマナなど存在はしなかった。
    ただ、それが存在するということは目の前の少年の姿と、
    少年とリンとの力の差から歴然となっていた。
    突然、恐怖で力が抜けた。
    「あれ?抵抗しないの?」
    少年の爪が、リンの皮膚を切り裂く。
    気絶しないように、死なないように、じわじわと。
    傷口から流れる血をみて笑い、肌に舌を這わせてそれを舐めとった。
    (…殺される…)
    少年はリンを弄ぶように爪を立て続けた。
    それは気が遠くなるほど長くも感じた。
    実際、どのくらいの時間だったかは、リンにとってどうでもいいことだった。
    どうせ足掻いたって、少年の前でリンは人形同然。
    リンにはこの危機を脱する方法は、今のところ考え付くこともしなかった。
    「なんだ…諦めたの?つまらないじゃん。泣くとか叫ぶとかさ、もっと苦痛な顔してよ」
    少年が耳元で囁くように呟いて、左の頬をなでる。
    「俺さー、今すっげーイライラしてんだよねー。八つ当たりなのはわかってるんだけどさー。
     …お姉さん、強そうだし…?もっと楽しませてくれないと…」
    それでも、リンは強く目をつむったまま恐怖に震えるだけだった。
    (どうすれば、どうすれば、どうすれば?
     こいつはただ人間をいたぶった後、飽きたら殺すだろう。どうすれば…逃げられる…?)
    普通のマナになら、勝てるはずだった。
    その為の訓練もしてきたし、今までだって多くのマナを倒してこれた。
    しかし少年は、強すぎた。
    (すまない…ディア…。もう無理かもしれない・・・。)
    リンは心の中でそう呟くと、死を覚悟した。
    そして、自分の身体が恐怖し、震えているのを感じた。
    「なんだー。もう終わりー?最近強うそうなやつって滅多にいないから楽しめると思ったのに」
     …もったいないなー」
    少年は少し考えて、何かに思いついたようにして、ほほ笑んだ。
    「今殺してしまうんじゃつまらないから、このまま逃がしてあげよっかなー?
    ただし、君には俺の獲物になってもらうよー。俺、最近暇だしさー。どう?少し抵抗する気になった?」
    少年はとめどなく喋ると、リンを掴んでいた手を離しナイフを奪うと
    長い背中まであった黒髪をバッサリと、切った。
    リンは何も言わず、その言葉の意味を理解できないまま震えていた。
    その姿を見下ろす少年が、小さなため息をつく。
    「次にまた会えるまでのおまじないー。次は殺すから。いい顔ができるように毎日恐怖に怯えてるといいよ」
    少年の腕はリンをつかんで持ち上げると、少し開けたところへ突き飛ばし、
    「次会うときは、もっと楽しませてくれるよね?生かしてあげるんだから。
     ま、もっとも、その傷で生きていられたらの話だけどね」
    そう言って闇に溶けて行った。

    長い間、その場から動くことができなかった。
    リンの血が、積った雪を赤く染め、
    意識は遠くなり、身体が冷たくなっていくのを感じた。


    「その後は…気づいたらここにいたわ」
    一通り話し終えたリンは、腕の包帯を眺めて溜息をついた。

    *話し終えて*
    「どうした?大丈夫か?」
    話し終えたリンの顔が、何か思いつめたような顔になっているのを見たライが心配そうに聞いた。
    「あ…すまない…。私は大丈夫…。ただ…あんな化け物が他にも存在しているとしたら、
     他にも被害が出ると思ったから…早く帰って報告しないと…って…」
    その言葉を聞いたライは、溜息をつく。
    「なんだ、そんなことか。話してくれてありがとう…だが、そんな傷でここを出すわけにはいかないな」
    リンは驚いたようにしてライを見る。
    「なっそんなことって…何を言って…!?早くしないと…!」
    「どこかの誰かが死ぬかもしれないってか?それならとっくに誰か死んでいるさ。
     だが、そんな話は今のところ聞いたことがない。
     今その傷で出て行って、そいつが殺しに来たとしたらどうするんだ?
     いつかは分からないが…「また」会いに来るんだろう?そいつは」
    リンはグッと息をのんだ。
    「誰かが殺されているとしても、お前が確実に報告しなければ意味がない…だろう?」
    「で、でも!!」
    その時、ノックの音がした。
    「シュリか?」
    ライが言うのと同時にドアが開く。ドアの向こうからは、少し小柄な女性が入ってきた。
    少し垂れ目の薄茶色い瞳。なんとなく清楚な感じをイメージさせる。
    白いシャツにはよく目立つ、オレンジがかった茶髪の長い髪がゆるやかなウェーブをえがく。
    「ライ、話があるんだけど…起きてた?…あら?」
    シュリと呼ばれた彼女の眼が、リンに向けられた。
    「まぁ、良かった!目が覚めたようねー…。大丈夫?」
    「えっと…あの…はい…、大丈夫です…迷惑かけてしまったようで…すみませんでした」
    シュリはリンに駆け寄り、リンの顔を覗いてほほ笑んだ。
    「気にしなくていいのよ?すごい傷だったから、心配だったのー」
    「あ…」
    リンは、言葉を詰まらせた。
    (こんなにも心配させてしまった上、迷惑もかけてしまった…。何もしないまま出ていくのは…。
     でも…。)
    「で、話って何だ?」
    リンの困った顔をみたライは、話の話題を変える。
    「あーそうそう、ちょっと見てほしいものがあって…私の部屋に来てほしいのよー」
    「わかった。すぐに行く」
    ライはシュリを連れて部屋を出ようとする。
    「リン…。とにかく、話の続きは明日にしよう。今日はゆっくり休むんだ。いいな?」
    そう言いながらライは部屋の電気を消した。ドアが閉まる直前に
    「お休み…えっと、リンちゃん?」
    というシュリの声が聞こえた。


    *その夜中に*
    時間がたち、夜深くなったころ。
    リンはベッドの上で起こった出来事や今後のことについて考えていた。
    (あの少年は一体どこから来たのだろう…。言葉が通じるってことは、仲間がいる…それも人間の。
     嫌な予感しかしないわ。…でも、しばらくこの家から出してもらえそうになさそうだし…
     きっと、歩くのもつらいかもしれない…でも…。
     ライさんやシュリさんには悪いけど、やっぱりじっとしていられないわ…)
    ベッドから身体を滑らせ、なるべく音をたてないように部屋のドアを開けた。
    ドアにたどり着くのもやっとで、足がガクガクと震えていた。
    「…どこに行く気だ…?」
    その声は、確かに部屋の中から聞こえた。
    明かりのついていない部屋は暗く目が慣れてはいたものの、姿は見えない。
    だがそれはライの声であった。
    「…荷物を取りに来てみれば…。ま、こんな事だろうと思ってたけどな」
    リンの眼は、いまだライの姿が捉えられない。
    気配が感じられないのだ。
    「ごめんなさい…でも…」
    リンの声は、闇の中へ投げられた
    少し不安を含んだ声だった。
    「…どこを見ているんだ?そんなんで本当にt.hの隊員か?」
    戸棚の陰から出てきたライの姿をようやくとらえることができた。
    片手には数冊の本を抱えていた。
    そして、そばに寄って来てもう片方の手でリンの手首をライがつかんだ。
    「痛いっ」
    「…ったく。俺の目の前で堂々と出ていこうとしやがって…。
     …こんなんじゃまだ……。帰る前に普通のマナに殺されるだけだ…」
     
    少し涙目になるリンは、腕を外そうとするが中々はずせなかった。
    傷口が開きそうになり、リンは痛みから力を入れられなかった。
    そして抵抗をやめる。
    「…私にもっと力があれば…」
    リンの口からそうこぼれた。
    「何で私は生かされたんだろう…。いっそ…」
    自分が言ってはいけないことを口にしかけたことに気づき、
    リンは謝ろうとしたが、その瞬間リンの身体は宙に浮きベッドの中に戻された。
    ライがリンを肩に抱えて運んだらしい。
    「もう、寝ろ。余計なことは明日考えろ」
    ライの表情は闇に隠れて見えなかったが、その声は何だか悲しく聞こえた。


    *朝がきて*

    リンは気づかないうちに寝てしまったらしく窓からさす光は強くなっていた。
    (あそこ…窓があったんだ…)
    そんなことを思って、窓の外に見える景色を確認しようとするが
    黒っぽい木々の森しか目に映らなかった。
    (森の中…)
    しばらく、ぼーっとしているとドアが開き、シュリが顔をだした。
    「リンちゃん…起きてる?」
    腕には何か抱えていた。
    「あ…おはようございます」
    リンは、慌てて頭を下げる。
    「おはよー!リンちゃん…そろそろ…お風呂入りたくない??
     ちょっと傷に…沁みちゃうと思うんだけど…。
     まぁ、着替えだけでもよかったら使ってー」
    シュリはニッコリ笑って挨拶をして、腕に抱えた物を差し出した。
    それは、綺麗にたたんである着替えだった。
    「サイズが合うか分らないけれど…。うん、ライのだからたぶん合わないんだけどー。
     私のは小さすぎるから駄目ねー」
    リンは断ろうとしたが、しばらく風呂に入っていないと思うと気分が悪くなり、
    それに甘えることにした。着替えを受取り、風呂場まで案内される。
    昨日、少し立ってみたときにわかっていたことだが、足の傷が思ったよりも深いのか
    風呂場まで行くのに思った以上に時間がかかった。
    (ゆっくりしてたほうが…よかったかもしれない)
    「ゆっくりしてていいからね?
     お風呂あがったら、手当してあげるから声かけてねー」
    シュリが笑顔でそういうと、風呂場の扉は、ゆっくりと閉まっていった。
    リンの身体は滲んだ血で汚れが目立っていた。
    それでもなるべく清潔に保たれるように綺麗に拭いてくれいていたことがわかる。
    リンは風呂のお湯でタオルを濡らし、傷に沁みるのを我慢して身体を拭き始めた。
    時間をかけて身体をきれいにした後、シュリが手当をしてくれた。
    当然傷口に沁みたわけだが、やはりサッパリして気分はよくなっていた。
    「お腹すいてるよねー?何か食べる?」
    「え?あーっ、えっと。」
    お世話になりっぱなしで何だか悪い気がしたが、数日食べていないと思うと
    お腹がすいてきた…気がした。
    「とにかく何か食べておかないとー。でも、急に食べたらよくないから…簡単なものでいいかしら?」
    リンは小さくお願いしますと呟いて、その言葉に甘えることにした。


    朝食をいただいてから、部屋に戻ろうとすると、扉が半開きになっている部屋を見つけた。
    間からはのソファと、木製のテーブルが置かれているのが見えた。
    ソファの上に、大きな布で包まれた何かが乗っかっていた。
    (なんだろう)
    リンは何気ない気持でその部屋に入ってみる。
    部屋はしぃんとして誰もいない。
    恐る恐る布を指でつついて、つまんでめくってみる。
    「うっ…」
    その、布が声をあげた。
    リンは布をつかんだ手を離して、慌てて身を引く。
    布はモゾモゾ動いたかと思うと、中から手が伸びて布をめくった。
    そこには、ライの姿があった。
    髪には寝癖がついて、眠そうな顔でボーっとリンを見ている。
    「何だ、お前か」
    リンは夜のことを思い出して、なんだかばつ悪そうな顔をした。
    「お…起こしちゃって…ごめんなさい…ライさんだと思わなくて…。
     えっと…おはようございます…?」
    「あぁ、おはよう」
    少し怒っているような態度にリンは戸惑った。
    それはただ、寝起きだったからかもしれない。
    ライは布で身体を包んだままその部屋を出て行こうとする。
    「ライ…さん…」
    その背中に、オドオドとしながら声をかける。
    ライが足を止めて振り返る。
    「…ライでいい…。…なんだ?」
    やはり怒っているのだろうかと、リンはすこしびくついて一度息をのむ。
    「あ、あの…昨日は…ごめんなさい…」
    リンが頭を下げている姿をライがじっと見つめる。
    「気にしてない」
    リンは顔をあげてライと向き直ると、何か言おうとして口ごもった。
    しかし、なかなか言葉が出ずにいた。
    その姿をみてライは微笑んで、
    「ここにいるってことは…そういうことなんだろ?」
    と言ってリンの頭をなでてみせた。

    *過去*
    リンが目が覚めた日から、数日がたった。
    傷は次第によくなり、その回復力にはライもシュリも驚いていた。
    二人とも親しくなり、身体を動かすために家の手伝いをするようになった。
    …といっても、簡単なことしかさせてもらえなかったが。
    同時に、別れの時が近付いているのを感じていた。
    ある日の昼、それは雪が降っている日だった。
    そんな中、リンは外の切り株に腰をおろしていた。
    「こんなところにいると、風邪ひくぞ」
    声をかけてきたのはライだった。
    片手に、折り畳み式の小さなナイフを持っていた。
    「雪の日に薪集め?」
    「…いや…ただ、散歩でもしようかと思ってな」
    「私も行く」
    リンは降ってくる雪を少し眺めてから腰を上げ、肩などに薄く積もっていた雪を手で払う。
    ライの眼には、リンが雪を眺めている姿がまるで今にでも消えそうなほど弱々しくみえた。
    「…雪が好きなのか?」
    ライは、その自分の中にある不安を口にしなかった。口にしてしまえば、
    リンが本当に雪のように消えてしまいそうだと思ったからだった。
    「私じゃなくて、私の弟が雪が好きだったの」
    二人は森の中へと足を進めた。
    深い森の木々のしたでも、雪は深く積もっていた。
    思ったよりも長く歩き続け、森の景色が少しずつ変わっていく。
    森の様子がすっかり変わったころ、ライはようやく足を止めた。
    「あー…ここなら樹が異常なくらい生えてるから、
     あんまり雪が積もらないと思っていたんだがなー…。
     さすがに落葉樹じゃ葉が落ちてるし駄目か…
     ここで昼寝するのが好きなんだが、この時期は無理だな」
    少し残念そうに呟くライの顔を横目で見て、リンは周りの木々を見回してみた。
    ライたちの家の周りの森と違い、太く、大きな樹木がたちならんでいた。
    枝はほかの樹の枝とぶつかり、絡み合い、まるで屋根のように覆っている。
    枝と枝の少しの隙間から雪が吹き込んでいるが、不思議と思ったよりも寒くはない。
    そして、その隙間からの光のおかげでそこまで暗くもなかった。
    「変な森。変な樹がたくさん」
    「そうか?んー…そうだな。確かに変わってる森だ。ここじゃ、マナも見かけないしな」
    興味深げに、リンは近くの樹を触っている。
    根は大きく、太く張り出していた。
    あまり濡れていない場所を見つけると、リンはその根に腰かけた。
    ライは近くの根に同じように座りこんで上を見上げた。
    「樹ってのは、人より長生きだろ?しかも、ここのはかなりでかい。
     だから、俺とシュリはこの森を賢樹たちの森って呼んでるんだ。
     ま、意味は特にないし、なんとなくなんだけどな」
    リンが小声で「賢樹…」と呟いた後、しばらく沈黙が続いた。
    静かな音のない世界のように感じられたが、
    リンには木々たちの声が聞こえてくるように感じたのだった。
    「もし…」
    その空間に響いたライの声は、小声だったが大きく聞こえた。
    「もしよければだが、リンの話しを聞かせてくれないか?
     この前…弟を探してるって言ってただろう?」
    リンの視線がライへと向けられる。
    そういえば、そんなことを言ったかもしれないとリンは頷いた。
    「お前が寝てる間、ずっと誰かの名前を呼んでいた…。
     『ディア』、それが弟の名前なんだろう?」
    リンがその言葉に少し驚く。そして、目をそらして地面を見つめた。
    (まさかディアの名前を呟いていたとは…)
    自分のそんな姿を想像し、リンは少し恥ずかしそうにした。
    そして、「確かに、弟の名前だ」と答えた。
    「…言いにくかったら別にいいんだ。気にしないでくれ
     ただ…俺も、小さいころに分かれたままの弟がいたんだ。
     だから…少し気になってな」
    ライもまた、リンの顔を見るわけではなく別の一点を見つめながら言う。
    「…そう、だったの。
     別に隠しているわけではないの。ただ、あまり他人に話したことがないだけ…」
    リンは顔をライの方へ向け、それに気が付いたライもリンの顔を見た。
    そしてライは、頷き話を促す。
    「私は小さい頃、ちゃんと家族と暮らしていたんだ。父に母に弟のディア。
     父親は研究者で家にいることは滅多になかったけどね、
     家族思いのいい父だったと思う。…本当は父親のことはあんまり覚えていないんだけどね。
     あまり一緒にいなかったから。それでも母は優しくて幸せに暮らしていたんだよ」
    少し黙りこんだリンにライは何も言わず耳をすませた。
    雪が音を殺して、自分の心臓の音が聞こえてきそうなほど静かだった。
    「でも…」
    リンの悲しげな声が、静寂を壊した。
    「病弱だった母は死んでしまったの。
     …父も中々帰ってこなくなって、いつもレオと家で二人きりだった。
     けれど、ディアがいてくれたから辛くなかった。あの日までは」
    「あの日?」
    リンはコクンと頷いた。
    「父がディアを連れて出て行ったの。消えてしまったの。すぐに私はマナに引き取られたけれど、
     父さんもディアもどこにいったのかわからなくて、…今もずっと捜しているんだ」
    リンは空を仰いで空に向かって手を伸ばす。
    指に触れた雪は、リンの体温で溶けて消えていった。
    「不安なの。もう捜してもいないんじゃないかって。
     情報も全然なくて…」
    「リン…」
    ライは無意識に声をかけていた。
    でも、その後に続く言葉は声に出せずに、ただ黙っていた。
    それからやっと、口を開く。
    「…俺の弟は、幼いころに養子にとられた。
     今思えば、間引きのようなものだったのかもしれない…。
     俺もやっぱり、弟がいると知った時は探したよ」
    「見つからないままなの?」
    ライは静かに首を振った。
    「いいところに引き取られたようでな、何も知らずに、幸せそうだった…。
     …声をかけることはできなかった…。
     俺の両親も、幼いころにすでに死んだ。
     何も知らないままなのに、そんな余計なことを弟が知らなくてもいいんじゃないかって思ったんだ」
    再び静寂が二人を包んだ。
    「でも、俺はこのままでいいと思っている」
    ライは少し微笑んでみせた。
    「強いのね。私はまだ、受け入れられないでいる。
     …もしかしたら、生きる理由をディアに押し付けているだけなのかもしれない」
    ライは何も言わなかった。
    励ますための言葉なんて、うまく見つけられずにいた。
    「もう、出ていくのか?」
    リンの傷も治り、止める理由はどこにもなかった。
    言葉にすればそれが現実になることもわかってはいた。
    だが、今はそう、率直に思った言葉が言葉になった。
    「…わかれはつらいけど」
    「そうだな…」

    ライは積った雪を眺めて、目をつむった。深く、深く。


    2日後ほどたって、リンは二人に別れを告げた。
    シュリはいつもより控え目な笑顔で、また会いましょう、と言ってリンの手と自分の手を重ねた。
    そして、リンのナイフを手渡して「ライがきれいに研いでおいたみたい」と付け足した。
    ライはただ、壁に寄りかかってその姿を眺めているだけだった。
    シュリに森を抜けるための方向を聞いて、改めてお礼を言ってから玄関の扉を閉めようとした。
    「またな」
    ドアが閉まる前のわずかな隙間から、ライの声が聞こえた気がした。

    *来客*
    それから、どのくらい経ったのであろうか。
    冬の寒さはさらに厳しくなり、身動きの取れない街からの依頼はさらに増えた。
    通常任務はt.h内を忙しくさせ、リンもそれなりに慌ただしい生活を送っていた。
    ただ、特別任務はザルダの件以来、新しく入ってはこなかった。
    街や施設の間を往復することが多くなったが、人型のマナは現れることもなく、
    あんなことがあったというのにリンはその存在を忘れ始めていた。
    いつか考えていた悩みは、未だにリンの中にあり続けたものの
    起きては仕事、帰ってきたら寝るだけの生活にじっくり考えている時間はあまりなかった。
    (何かが足りない)
    そう思うようになった。
    足りないと思っていることが何かは分からなかったが、
    今までにはない感覚だった。
    もしその足りないと思っていることが人を殺すことだったら、そう思うと少し不安になった。
    その夜は月明かりが眩しいくらいに部屋に差し込んでいる日だった。
    仕事も終わり一息ついた後に、月明かりに照らされながらベッドの上で天井を見ていた。
    特に何かを考えるでもなく、ぼーっとしているだけであったが
    次第にうとうとしてきて、眠りに落ちそうになった。
    その時ふと、部屋の中が暗くなったように感じ、
    はっとしたリンは、辺りを見回したがなにもない。
    「どうやら一瞬、眠りに落ちたのだろう」と思い少し警戒しながらベッドに横になろうとした。

    コンコン

    窓を、叩く音がした。気がしただけなのかもしれない。
    もしかしたら自分は寝ぼけているのではないかと疑いを持つ。
    ベッドは部屋の角に置いてあり、ちょうど頭の上あたりに窓があったので、身体を起こして窓を見る。
    何も異変はない。窓を開けて身を乗り出す。
    冷たい風が温まっていた身体を冷やした。
    (…ここは4階だ…なにもあるはずないか…。しかし、何か変だな。)
    そう思って窓を閉めようと窓に手をかけた瞬間だった。

    視界が暗転し、リンは衝撃を受けてベッドの上へ飛ばされた。
    何が起きたか、瞬時に判断することはできなかった。
    そのあとすぐに感じたのは、自分を取り押さえているのだという重圧。
    それと首筋に当たる冷たさだった。
    何かが窓から飛び込んできたのだ。
    そう理解したときには、首筋に当たっているものが刃物だということに気がついた。
    リンの右手はつかまれ、身体は上に乗っている誰かにうまく押さえ込まれていたので
    身動きはとれなかった。
    咄嗟の出来事に一瞬危機感を覚えたが、それはすぐになくなった。
    目に映ったその姿は、茶色の髪が月明かりに透けてキラキラと輝いていた。
    顔は逆光で見えにくかったが、リンにはそれが誰だかすぐにわかった。
    「ラ、ライ?」
    「…!リンか…?」
    ライはナイフを首から離し、リンを押さえていた手の力を抜いた。
    そして、リンの上から身体をおろし、ナイフをしまった

    「な、なんで!?」
    「突き飛ばして悪かった。怪我は…ないな?」
    ライはリンの首筋を確認して、リンの顔をみる。
    それからベッドから下りて部屋を見回す。
    リンの問いかけに答えるでもなく、ただじっと静かに。
    「今は…お前の…部屋なんだな」
    そう呟くと、ベッドに腰かけてなにかを思い出すように部屋を見つめた。
    ライの腰には、ナイフとは別に大きな剣が目立つ。
    「久しぶりだな、リン」
    リンも窓を閉めてから冷えた部屋を暖めるための簡易的ストーブのスイッチを入れる。
    その大きな剣とライの顔を交互に見て、その表情をうかがいながらライの横に座った。
    突然の訪問者。大きな剣。今の状態がリンを困惑させるのには十分だった。
    警戒するべきか?そう自身に問いかけたのものの、
    そこにyesの答えが出ることはなかった。
    ライは少し微笑みを浮かべた。
    なんのためにここに来たのかは分からないが、
    危害を加えるつもりはないということをその表情から感じ取った。

    「ライ、何でここに…?」
    答えをもらえなかった問いを、もう一度ゆっくりと問う。
    ライは少し自分の足元を見て何か考えている。
    その表情はいたってまじめで、冗談や遊びではないという意思はみてとれた。
    「そうだな…迎えに来たって言ったら、、信じるか?」
    顔をあげて、リンに向かう。
    ライもリンの顔から、どんな反応をするのか見ていた。
    リンは一瞬驚いた顔をして、それから言葉の意味をもう一度考えて眉をしかめる。
    急な出来事に、そして突然の答えにならない言葉に
    動揺の色が濃くなったことがライにも目に見えてわかった。
    それも当然な反応だ。
    「ちょっと、まって…話が飛びすぎて。えっと、どういうこと?」
    お互いがお互いの顔を見て、その心情を探り合っている。
    部屋は異様なまでの静けさで包まれた。
    突然、ライがふっと笑みをもらす。
    「まぁ、そんな顔するなよ。
     俺がここへ来た理由はいくつかある。
     リンを迎えに来たというのも言い方は違えど嘘じゃない」
    それからまた少し真面目な顔をして、言葉を続けた。
    「本当の訳を話すのには、少し説明が必要そうだな」


    「俺は昔、ここのt.h施設にいた」
    そう話し始めたライの一言に、驚きは積もる一方だった。
    「ここに、いた?」
    「たぶん、リンとは入れ違いになっているはずだ。
     この部屋は、昔俺の部屋だったからな」
    もう一度ライが部屋に視線を移す。
    リンもつられて部屋の中を見るが、リンにとっていつもと変わらない部屋だった。
    それからすぐにライに向き直る。
    ライはリンの顔をじっと見ていた。
    その真っすぐな視線に、リンは耐え切れずに横に視線を流した。
    「な、なんで黙っていたの?
     私を助けたあの時、そんなこと言ってなかったじゃない」
    「簡単に言えば、俺はここから逃げ出したんだよ。
     逃げ出したって言ったら、語弊はあるかもしれねぇが…。
     それを聞いたら、リンはどう思った…?」
    「…」
    「ま、逃げた、ということを隠したとしてもだ…。
     俺がここにいたことを知られるわけにはいかなかった。
     それで今回の任務にどう支障が出るかわからなかったからな」
    「…どうして、ここを出たの?
     任務って、なに…?」
    「俺がここにいた頃、とある実験の話を国王が持ちかけてきた。
     いや、その実験自体はずっと昔から続いていたものなんだろうな。
     それはマナを使って、生物兵器を再び作り出すこと。
     そんなことを自分に疑いがかかるような場所で行った場合、
     もしも他国にばれたらどうなるか想像がつくか?
     国王は俺たちを利用しようとした。
     この施設の見えないところで実験を行わせ、
     万が一他国にばれた場合は反逆者かなんかだとしてこの施設ごと切り捨てるつもりだったんだろう。 
     何故、未だそんな実験が行われているか。
     理由は簡単だ。また生物兵器を使って他国の侵略するのさ。
     弱っているうちに、な
     まだ、この施設内で研究が続いている。
     俺はそれを止めにきた
     それが、俺の任務」
    「…ちょと…いろいろありすぎて…。
     すぐには理解できそうにないわ…。
     
     まず、そんな話は聞いたことがないもの。
     それに…そんな実験、成功するなんて…考えにくいんじゃないかしら?」
    リンは小さく首を横に振ってみせた。
    何と返せばいいのかわからなくて、ただ思いついた言葉を口に出してみる。
    「そんなこといきなり言われても信じられねーかもしれねぇ。
     だが、これは事実だ。
     この話はごく一部の人間しか知らない。
     当時はその時の隊長と、その専属だった俺と…シオン。
     後からシュリにも伝えたが、知っているのはそのくらいだろうな」
    「し…おん…隊長…も?」
    「なんだ、あいつ隊長になったのか…。
     ま、流れとしては当然か。」
    一瞬、意外そうな顔をしたが、少し考えて納得したようにうなずいた。
    「それに、長い間資材や金や設備が整ったところに閉じこもっていれば、
     研究というやつはどんな形であれ進歩していくものさ。
     コントロールできなければ、できるようにすればいい。
     いつからか、研究の対象にはヒトという選択肢も加わっていたんだ。
     同じ言葉で通じ合えるのなら、言うことも聞くだろう」
    「っ…!」
    リンの表情が、すぐに色を変えた。
    ライに助けてもらう前にであった、紅い少年。
    その記憶がよみがえる。
    「いまは孤児が余るほどいるからな。孤児を引き取るという面でも
     この施設はカモフラージュに使えたんだよ。
     収容するための施設もそろっているからな。
     
     もちろん、そんな話を聴けば、人のために働く俺たちは拒否するよな。
     だが、国王からの圧力にその作戦は強制的に実行され
     実験設備は整っていった。
     その間にも、国王や研究者と俺たちの間で口論は続いた」
    ライの表情には、悲しみや怒りといったものが見て取れた。
    もしかしたら、悔しいという思いも含まれていたかもしれない。
    膝の上に置かれた両手が、グッと握られていた。
    「それからは各地の研究者を呼び集めて、地獄のような実験が始まった。
     孤児を集めてはメスを入れていった。
     そして、孤児が足りなくなれば、実験対象は俺達にも向けられたのさ…」
    リンは小さく「え?」と声を漏らした。
    「俺はどうやら、人とは呼べないものなのかもしれないな。
     
     …当時の…ダン隊長は…反逆者扱いされて、終いには殺されちまった」
    ライの言葉が詰まっている。
    言いたくない、思い出したくないことだったのだろう。
    「殺されたんじゃない…な。
     殺したんだ。
     俺が」
    ライはリンの表情が変わるのを見ていられず、俯いて横に顔を向けた。
    「暴走して、止められなかった
     それが、俺がここから出ていった理由だ」
    そして、静かに目を閉じた。
    声のトーンが低くなり、震えていた。
    そして、しばらく口をつぐんだ。
    リンの言葉を、待っていた。
    慰めの言葉か、それとも罵りの言葉か。
    しかし言葉はなかった。
    かわりに、ライの握られた手に体温が伝わった。
    目を開けて、そこに目を向けるとリンの手のひらが重ねられていた。
    「…私、ライのこと信じる。
     皮肉だけど、アレが
     」
    「…恐らくだが、リンが俺と会う前に出会った人型のマナ…。
     あれは実験で作られたものなんだとおもう。それと俺は似たようなものだ。
     
     俺が怖くないか…?」
    「怖くないわ。
     あなたはライで、あの時であったマナとは違う。
     私を助けてくれたのは、疑いようもなくライだったのだから」
    ライは短く礼をのべて、「そうだな」と頷いた。
    「」


    「どうするかはリンに任せる。
     もともとリンを探す予定で早めに来たから、よく考えてくれていい」
    「そんなこと言ったって…!」
    「俺は少し寝るから。考えがまとまったら起こしてくれ
     わかってると思うが、今晩中にだぞ」
    それだけいうと、ライはそのまま身をひねってベッドにあがりながら掛け布団をめくり
    そのままリンの後ろ…ベッドに横になった。
    寝つきがいいのか、すぐに寝息をたてたライの背中をリンは見つめた。
    (そんなこと言われたって…私にはわからないよ)
    そのまま視線を暗い部屋の中へもどし、小さくため息をついた。
    (でも、真実を知らなければ何もできない)
    リンはベッドに座ったそのままの状態で横に倒れてベッドに身を沈めた。
    背中でライの寝息をきき、ほんのり伝わる体温を感じた。
    (どうしたらいいかなんて、考えてもわからないけど。
     答えはもう…)
    「決まってるじゃない」
    その言葉は吐いた息とともに漏れ出すように微かで、

    「ん…」
    ライが少し呻いた。
    そして、モゾモゾと動く振動が背中越しに伝わってきた。
    寝返りでもうったのだろう。そう思うと、背中に伝わっていたわずかだった
    温度が上がった。
    (?)
    もともと小さなベッドだったので、寝返りをしたせいで距離が近くなったらしい。
    耳元にライの息がかかるほどだった。
    ふいにライが小さな声で呟いた。
    「リン」
    後ろから抱きつくように回されたライの腕は、前へ投げ出されていたリンのその両手を
    優しく握っていた。
    「決心はついたのか?」
    心拍数があがっていくのが、自分でもわかった。
    今日は予想外のことがいくつも起こる。
    「私は…世界のことなんてどうでもいい。けど、それが…」
    「行くんだな?」
    リンはこくりと頷いた。
    リンの手を握っていたライの手に、少しだけ力がこめられた。
    「もともと、リンを探す予定はなかったんだ。
     でも、もう一度会いと思った。
     …今日、会えなかったら2度と会えなかったかもしれない」







    リンの中で、「足りない」と思っていた何かが満たされていくような気がした。
    心の隅に置いてきた不安も消えていった。

    ライの顔が真剣になっていることがわかる。
    「俺達も動く時がきたんだ」
    「俺…“達”…?」
    ライは一息ついてからリンの顔を見て言った。
    「リン、最初、お前に会えて良かった。
     これから俺は行かないといけないところがあるんだ…。ついて来てくれるか…?」
    リンは何がなんだかわからないままだったが、
    真剣なライを見て、ゆっくり頷いた。
    それからしばらくたって、シオンの…あの白い部屋のドアが開いた。
    真夜中だったが、シオンはその部屋にいた。
    「ライ…か…久しぶりだな」
    ドアの陰から現れたのは、ライとリンの姿だった。
    リンは、隊服に着替え、腰には大きいナイフをぶら下げていた。
    シオンはリンがライと一緒にいるところを不思議そうに見たが、すぐにライだけに目線を向けた。
    「よお、久しぶりだな。いつの間に隊長になったんだ?」
    「お前が出て行って、すぐ…だ」
    二人は昔の友に会うように会話をかわした。
    しかし、二人の間の空気は重く張りつめていた。その中に時折、殺気さえ感じるほどだった。
    「それにしても、真白だな。昔あれだけ真っ赤に染まったのに」
    「今更何の用だ?マナから逃げ出した臆病者め」
    「臆病…?逃げた…?ラ、ライ…昔マナにいたの…?」
    リンが、殺気に怯えながらもライの後ろに隠れて聞いた。
    「あぁ、そういえば言ってなかったな…」
    ライはシオンから目を離さないで言った。
    「リン、そいつは殺すことを恐れマナから逃げ出した臆病者だ。
     逃げ出したばかりか…反逆者に堕ちた男だ」
    ライの代わりに、シオンが言った。ライはため息をついた。
    「そんなんじゃないな…、俺はお前らのようにはなりたくなかっただけだ。
     お前だって、わかるだろう?あんな馬鹿げた実験…どう考えたっておかしいって」


    二人の会話がリンには理解できなかった。
    シオンの部屋に来る間、リンがライに聞いたのは
    「もしかしたら弟に会えるかもしれない」ということだけであった。
    ライは相変わらず、シオンから目を離さずに過去のことを話し始めた。

    *昔話*




    シオンは大人しくその話を聞いていた。心なしか、悲しそうな顔で。

    ライは右目を抑えた。それと同時に、シオンは左目を抑えた。
    「俺達はもう人間じゃない」
    手を離したライの右目は、輝かしく金色に染まっていた。
    リンは、シオンの方を振り向いた。ライ同様、左目は金色に染まっている。
    「リン、お前の弟は恐らく…ここの研究室にいる。親父さんもな」
    リンは嫌な予感がした。そして、嫌な考えが頭の中に浮かんだ。
    シオンはようやくライから目を離して、リンに顔を向けた。
    「確かに、俺達は国王にそれを頼まれた。
     どういうつながりでお前らが知り合ったかはわからないが…ここにお前の弟はいない…リン、だまされるな」
    シオンは腰にある細い剣を手に取り、ライに向けた。ライはそれを受けて、大剣を抜いた。
    「確かに、これはあくまでも推測にすぎない。
     だが、今の俺にとってはどちらにしろ…お前らを止めないといけない。お前を殺してでもな」
    ライは大剣を軽々と片手で握った。
    「ふん…国に刃向かう裏組織…か…お前はその程度の人間だった訳だな」
    「どうにかして、その馬鹿げた実験を止めないといけないからな…。」
    殺気がむき出しになった部屋の中で、リンは混乱していた。何を信じていいのか、よくわからなくなった。
    「リン!」
    突然ライが言う。
    「この部屋の先に地下へ続く階段がある。そこは研究室になっているはずだ…自分の目で、確かめて来い…!」
    リンは何かにはじかれたように走り出した。たとえそれが嘘だとしても、
    やっとつかんだ手がかりを見逃すわけにはいかなかった。
    シオンはリンを眼で追って、それを止めようとした。
    「行くな!リン!」
    しかし、ライの攻撃に気づいてリンを止めることはできなかった。
    「正気になれ…シオン!」


    リンは研究室へ続く廊下を走っていた。
    地下廊下は冬の冷気にあてられ寒く、吐く息も白かった。
    (本当にレオに会えるのだろうか)
    そんな不安を抱きながら、廊下の先にある重い鉄の扉を開く。
    扉の先には、ソファやテーブル小さなキッチンがある。休憩室のようだった。
    休憩室のはずなのに、生々しい血の匂いが立ち込めていた。電灯はついていない。
    研究員の姿も見えなかった。休憩室の先の扉を開く。
    人の気配はない。冷えた廊下の両脇には“資料室”と書かれた扉が並んでいるだけだった。
    どの扉を開いても、本がキッチリ並べられた本棚が並んでいるだけであった。
    リンは上に繋がる階段を見つけた。階段の横には、“研究棟”と書かれている。
    階段を上がると、血の匂いはどんどんきつくなっていった。
    研究棟は地下と違い、大きく複雑なつくりをしていた。そのほとんどの部屋が、実験室のようだった。
    明かりは消えていても、足もとが見えるように灯っているランプが不気味さを際立たせている。
    リンは資料室同様、実験室へ順番に入っていく。
    血生臭い臭いが立ち込めて、気分が悪くなる。
    酷い所だと、実験台の上から血が落ちて血だまりができている。
    (新しい血だ…研究員がいるのだろうか…?)
    リンが次に手をかけた部屋には、“実験資料室”と書かれた札がかかっていた。
    ゆっくりノブを回し明かりのスイッチを探す。
    すると、リンの手にはスイッチではない何かが触れた。リンは驚いて思わず身を引き、慌ててスイッチを探した。
    (っ…!)
    一瞬、身が震えた。そこにあったのは、デュアナの剥製だった。
    それだけではない。棚に並ぶ瓶の中には気味の悪い生物の一部が入っていた。
    (レオ…本当にこんなところにいるのか…?)
    リンの不安は大きくなっていくばかりだった。
    ほとんどの実験室を見終わった頃だった。
    リンは今までにない大きな部屋に出た。
    そして、見てはならない光景を見ることとなった。それは透明なカプセルの中に浮かぶヒト…。
    いや、ヒトではない。
    「人型の…デュアナ…」
    リンがライたちに会う前に出会ったデュアナとは違う格好をしているが、
    そのカプセルに入っているのは確かにヒトにはないものがついていた。
    カプセルは一つだけではない。その部屋の中の半分以上を等間隔に埋め尽くしていた。
    リンの不安が一つ一つのカプセルを覗かせる。
    カプセルの中のモノは様々な姿をしていた。時折、酷い姿をしているものまでいる。
    完全な姿をしているものは、一つもいない。
    いつの間にか、部屋の奥まで来てしまったリンは、そこに他のカプセルとは違う一際大きいカプセルが目に入った。
    中には一匹のデュアナが入っていた。ヒト型ではなかった。
    リンの何倍もある蛇のような姿をしたデュアナが、リンを見ていた。
    いや、確かに顔はリンの方を向いていたが、その両目はくりぬかれ深い闇がそこにたたずんでいた。
    なぜか、そのデュアナにはリンを安心させる何かがあった。
    すべてのカプセルを覗いてきたリンは、部屋の奥のドアを開けた。
    “仮眠室”と書かれた札のかかっている階段を上り、そこにあるドアを開けた。
    文字通りそこにはベッドが並んでいるが、どれも埃をかぶり使用された形跡はない。
    研究室の血溜りを見る限り、人がいてもいいはずだった。
    (カプセルの中にレオはいなかった…。でも…どこにもいない…いない。いないんだ。レオはもう…)
    冷たい壁に寄り掛かって、顔を両手で覆う。
    目から溢れて来る涙が、厚く埃のたまった床を濡らした。
    レオがカプセルの中にいなかったという安心感と、見つからないという悲しみがリンを襲った。
    その時、冷たい風がリンの頬を撫でた。窓は開いていない。
    なんとなく気になり、風の吹く方へ進んで行く。そこには、外に続くドアが開いていた。
    (外に出れるのか…)
    目の前には白銀の世界が広がり、気がつけば足を前へと踏み出していた。
    少し先に何かが建っていることに気づいたリンは、それに向かって足を進めた。
    それは、灰色のコンクリートがむき出しになっている、いくつかの廃ビルだった。そのビルは円を描くようにして建っており、真ん中にはポッカリとスペースが空いている。おそらく、公園のような広場だったのであろう。
    (昔の建物か…こんな所に残っているとは…)
    リンがビルに向かって歩いて行くと、何かが見えた。
    雪と同じような色をしていたので、リンは自分の眼を疑った。
    (何か…いる…?)


    *長年の時を経て*
    まさかと思いつつ、内に込み上げてくる期待感からの衝動がリンを走らせた。
    近づくにつれ、それの形がはっきりと見えてく。それは、青年だった。
    青年は奇麗な銀髪をしていた。
    そのスカイブルーの虹彩が空を眺めていた。
    そして…。
    「レ…オ…?」
    目の前の青年はリンの方を向いて驚いた顔をする。
    「ね…ぇさん…?」
    その青年は、間違えなくリンの弟、レオだった。
    リンはレオに駆け寄ると、レオを強く抱きしめて彼の名前を何度も何度も呼んだ。
    レオも、リンのことを強く抱きしめた。お互いが、お互いの存在を確認するかのように。
    「本…物…。あ…ずっとずっと、会いたかったんだ…。
     本当に、無事で…よかった…。」
    リンは自分よりも大きくなったレオの頭を撫でた。
    「レオ、ごめんね、ごめんね。こんなにも近くにいるなんて、知らなかったんだ」
    レオはリンを身体から離し、リンの顔を見た。
    「僕もずっと、こうして話がしたかったんだ…。」
    レオの顔が、リンの耳元へ近づく。
    ぎゅっと抱きしめられたリンは、心なしか緊張していた。
    「僕…もう放さないから。ずっと傍にいてほしいよ…
     見てるだけなんて我慢できない…っ。姉さんのこと、好きだから」
    涙声の、レオの囁いた声が
    耳から離れなかった。
    「何言って…。これからずっと一緒だから…傍にいるから」
    「本当?もう離れない!?…怖い思いもなくていい…?」
    子供のように笑うレオを見て、リンも思わず笑った。
    「本当だよ…。だって…」
    -私たちキョウダイだもの-
    その一言にレオの表情が変わった。冷やかな目つきでリンを見ている。
    「そっかぁ…。姉さんは何も知らないんだね」
    冷たい声だった。唇が動くのがわかったが、リンはそれをすぐに理解できなかった。
    「僕たちは、本当の兄弟じゃない…」
    リンは戸惑った。レオはリンの肩を強くつかんで、ギュッと抱きしめた。
    「理解できない?じゃぁ、最初から全部話してあげる」
    レオの鼓動音が伝わる。
    しかし、自分の心臓の鼓動が、高まってすべての音をさえぎっているようだった。
    レオの話を…何故かそれを聞くのが、少し怖かった。

    *レオの過去*
    僕が姉さんに出会ったのは僕が生まれてすぐだった。
    生まれたといっても、僕は試験管のなかで生まれたも同然だったんだ。
    だから僕は姉とは血が繋がっていない。それから僕は家族同然として育てられた。
    母さんが死んで、父さんがここに僕を連れてくるまでは、普通の人間でいられた。
    父さんは国から本格的な命令を受けていて、人とデュアナを融合させる研究を進めた。
    それまでも裏では実験をしていたみたいだけど。
    僕は、その実験台になるために生まれてきた。
    父さんは最初、僕にメスを入れるのを嫌がったけどね。
    でも、それもつかの間のことで、次第に実験は酷くなった。僕は何度も何度も実験に使われた。
    僕の身体はボロボロになっていった。
    それからすぐに、実験の反応を早める薬を飲まされた。
    その副作用で自分の中で暴れまわる強大な力と狂気をおさえきれずに、僕は研究員を殺した。
    人を殺すことが、快感になっていたんだ。最後に殺したのは、父さんだった。
    父さんが何の為に実験をしてたか知ってる?母さんの為さ。
    最初は母さんの病気を治すため。
    死んでからは生き返らすんだって馬鹿みたいに繰り返し言ってたよ。
    そんなこと、僕にとってはどうでもよかったけどね。
    僕には姉さんだけだったから。姉さんに会いたくても、姉さんを殺してしまうんじゃないかって、
    怖かった。姉さんがマナにいることは知っていたよ。会いたかったけど、あのシオンって奴が邪魔するんだ。
    「…これが本当の話だよ。ねぇさん」
    リンはその話を聞いて、涙が溢れた。自分の父親が、レオにそんなことをしていたとは気づきもしなかった。
    自分は何も知らずに、自分だけが必死になったつもりでいた。
    こんなに近くで苦しんでいるレオに気づくこともなく。
    「レオ…わたし…!」
    リンはレオのコートをきつく握った。涙が止まらなかった。
    「ね…さん」
    レオの顔が、急に苦しそうになる。リンは手を離して心配そうにレオを見た。
    レオはよろめいて、積った雪の上に膝をついた。レオの白いコートの背中のあたりが、血で染まっていた。
    「さっき、知らない研究員に薬を打たれた…。
     身体が熱い。…変異、する…ねぇさ…ん…っ」
    レオがリンを軽く突き飛ばした。
    「ダメだ…っ。止められない…」
    次の瞬間だった。リンの眼に、黒光りしている奇麗な羽が映った。それは、白い風景にはよく映えていた。リンは息をのんだ。もちろん、綺麗だと感激しているわけではない。
    レオの顔には何の表情もなかった。笑っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。
    「母さんは、先人が作り上げた立派なハーフだった…」
    レオが急に呟いた。少し息が荒い。
    「何十年も昔から、計画されて造られた…綺麗な羽をもった、
     ハーフだったんだ。だから、姉さんはクウォーターなんだって」
    リンはそれが理解できないまま、レオに近付いて手を伸ばした。
    「ウソ…翼なんて、なかったじゃない…」
    レオはリンの腕を掴むと、自分の方へ引き寄せた。勢いでひざまずいたリンを、
    抱きしめるようにして背中に手を伸ばす。
    「嘘じゃないよ。今までの話も全部、本当のことさ」
    そういうと、リンの背中に爪をたてた。

    *朽ちた翼*
    その爪は、隊服を突き抜けてリンの背中をえぐった。
    血が飛び散って、積った雪を溶かしていく。
    「母さんの翼は、姉さんが生まれてすぐに事故で切断したらしい。
     ねぇさんは…翼が生えなかったから。父さんは姉さんを…実験には使わなかった。
     別に許せないわけじゃないよ?僕はそのために生まれてきたんだから」
    ニヤリ、とレオの口元がゆがむ。
    「ただ、…ねぇさんの翼が綺麗なのか…見たくてね…」
    「つ…翼なんか…私にはない…っ!あっ…!」
    リンは目を見開いた。レオの指が傷口をえぐるようにして食い込んで、ぐちゃぐちゃと不快な音を立てる。
    溢れた血はリンの身体を濡らした。レオは指についた血を舐めて笑う。
    「っ…!!なんて香しい血なんだ…。なぁ、ねぇさん?身体が熱くなりそうだよ」
    (これ…が…副作用なのか…?!)
    レオは無邪気に笑っている。善悪がつかない子供のように。
    リンはただ、肉をえぐる激痛に気を失いそうになりながらも、抵抗していた。
    レオを突き飛ばそうともがくが、身体に力が入らなかった。
    ずるり
    えぐった傷口から、レオが何かを引っ張り出した。リンに、声にならない痛みが襲った。
    ずるり
    羽が生える。純白の、とてつもなく小さい羽だ。しかし、レオの顔がゆがむ。リンの翼をみて、酷く嘆いた。
    リンの翼の片方は曲がり、逆を向いている。どちらも風切羽根は十分に生えそろっていない。
    「腐って…」
    レオが両手で顔を覆う。
    「こんなはずじゃなかったのに!!!」
    レオが何を求めていたのかは、リンには理解できなかった。
    「ねぇさんと僕は…相容れないの…?同じでありたいのに…っ」
    レオは八つ当たりをするように積もった雪を握りしめる。
    そして、糸が切れたように倒れ、雪に身をうずめた。
    「れ…ぉ!」
    リンがレオの肩に手をかける。
    その時、遠くから、リンを呼ぶ声がした。
    「り…ん…!」
    「らぃ…?」
    リンは首だけを動かして、声のする方へ目線を向けた。リンが出てきた建物の前に、人影が見えた。
    ライが怪我をしていることは、遠くからでもわかった。
    「だめぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
    リンは無意識のうちに叫んでいた。
    意識を失ったとはいえ、目が覚めた時の不安定なレオが何をするか分らなかったから。
    何よりも、いまの姿をライには見られたくなかった。しかし、リンの声はビルに反響して雪に消えていった。
    ライの姿は、すぐそこまで来ていた。ライのあとから、シオンが身体を引きずってくるのも見えた。
    「リン!」
    ライはリンの傍まで来て、リンのことを抱きしめた。リンはそれに驚く。涙が溢れて止まらなかった。
    「生きてて良かった!シオンからお前の弟の副作用のことを聞きだして…」
    「それで…とんできたの…?」
    その動作を見なくても、ライが頷いたのがわかった。
    リンの溢れた涙はライの肩を濡らす。激しく戦ったのか、ライの身体は切り傷が多数にできていた。
    「まさかとは思ったけど…良かった…無事で」
    後からシオンが追いついた。シオンもライと同じくらいの切り傷ができていた。
    しかし、シオンは歩くのがやっとのようだった。
    「ふん…戦いを途中で放り出すとはな…お前らしくもない。俺はリンを止めたんだ」
    リン達のもとへ着くなり、そうため息交じりにシオンが言うと、シオンの目線はレオに向けられた。

    「リン…お前らのことは大目に見てやる…。だがレオは国家機密だ。渡すわけにはいかない」
    シオンの口から、聞こえた言葉は、リンに深く突き刺さった。
    「…!?やっと…やっと会えたのに…?」
    「その様子だと、レオの不安定なところをみたな?レオはもう既に、生物兵器になりかねない存在なんだ。
     いや、もうすでに、兵器なんだよ」
    シオンはリンを見た。それは、いつもの隊長の顔つきではない。
    が、隊長らしい威厳は消えてはいない。
    「わかってくれるなリン。これは国のためだ…。
     俺達はこの国の為に行動せねばならない。それがマナなんだ」
    それを聞いたライが苛立つ。
    「シオン!!お前はいつまでこんなことを続ける気なんだ!?まだ…ダンを殺したことを引きずってんのか!?
     これがダンへの償いってわけか!?…確かに命を消した事実は消えない…逃げることもできない。
     それでも、もう後戻りはできないんだよ!その罪と生きていくしかないんだよ…」
    ライは一気に声に出していった。そして一息いれてから、すこし悲しそうな声で
    「…お前は罪を背負いすぎなんだよ…。独りで責任感じてるんじゃねぇ…。
     ダンを殺したのは確かに俺達だ。暴走した力を止められなかった。
     だから…俺は誓った。この国を良くしようって…。ダンがそう望んでいたように…」
    ライはリンを抱く腕に力をいれた。
    「ダンを想うなら、マナのために尽くすんじゃねぇ。
     ダンの意思を継ぐべきだ」
    -ダン-それは…国に反発したとされて殺された、昔の隊長の名…。
    「俺達は、リンの弟みたいに不安定だった。それは抗えないことだった…」
    「ライ…お前は…」
    シオンが唇を動かした時、もう一人の人物が現れた。
    「はいはい。取り込み中ごめんよ。兄貴を引き取りに来たぜ」
    その人物を、リンは見たことがあった。白い背景に、紅い髪はよく目立った。
    「ブラッドか…」
    シオンがつぶやく。
    「何だ。たいちょーじゃん。…あれ?この女…どっかで見たな」
    ブラッドと呼ばれた青年が、軽い口調でシオンに挨拶し、リンの存在に気づいて顔を覗きこんだ。
    リンの記憶に、その顔がよみがえる。リンの中に恐怖が、戻ってきた。
    「あぁ、森で会った女か。本当にもう一度会えるとは思ってなかったぜー?生きてたとはね…」
    ブラッドはリンに寄り掛かったレオを抱きあげる。
    「待って…レオをどうするの…?」
    リンは恐る恐る声を出した。声が震えていることは、誰よりも自分がわかっていた。
    「何?俺の兄貴のこと知ってんの?…あんた、誰?」
    リンはしっかりレオのコートを掴んでいた。
    「私は…レオの姉よ…!!」
    血が繋がっていないとわかっていても、リンの中でレオは弟そのものだった。
    「へぇ…じゃあ、あんたがリンか…。兄さんからよく聞いてたよ。
    俺は兄さんの細胞から作られた…弟ってとこかな?お前の親父が俺を作ったのさ」
    「う…嘘…」
    「本当だ、リン」
    シオンがそれを肯定した。
    ライは会話のやり取りを、黙って見ていた。リンが震えているのがわかって、何も言わずリンを離さずにいた。
    ブラッドは口元に笑みを浮かべて
    「信じるも信じないも、あんたの勝手さ」
    と言ってリンの手を振りほどきその場から去ろうとした。


    「まって!レオに何を…」
    リンはライの腕を振りほどいて、傷ついた身体を引きづりながらブラッドの腕をつかんだ。
    「何って、安定剤飲ませてからここからおさらばするのさ。
     さっきウザイ研究員から奪ってきたんだけど、死んじゃってさぁ…始末すんのに時間かかっちゃったけど」
    それを聞いたシオンは驚いてブラッドを見る。
    「貴様!何を考えてるんだ!」
    ブラッドは笑った。リンとシオンの顔を交互に見て、目を細める。
    「こんな所に兄貴を置いておけば、実験の記憶が蘇ってすぐに不安定になる。
     あんたらに兄貴をまかせておけるわけないだろう?だから俺は兄貴を連れてここから出て行くよ。
     今日、ちょうどいい隠れ家がみつかったんだ」
    「何をしようとしているのかわかっているのか…?」
    シオンは身体を引きずって一歩前に踏み出すが、思うに力が入らず体制をくずした。
    「俺はもっと外の世界をみたいし、兄貴にはいい環境ができる。ちょうどいいじゃん」
    ブラッドはニッコリ笑う。そして「それとも」と付け足してこう言った。
    「それとも、その身体で俺を止める気??」
    シオンは顔をひきつらせた。
    「レオは…治るの?」
    リンが小さく呟いて、ブラッドを見つめる。その眼にはまだ、涙が溜まって今にも零れおちそうだった。
    「治るよ。不安定なのは、環境と副作用のせいだからね。環境をよくしてやって、徐々に薬を抜いて行く」
    「…それなら」
    リンの言葉が出る前に、ブラッドがそれを止める。
    ブラッドの視線が一度、リンの羽に向けられ、リンの眼を見つめた。
    「あんたには無理。兄貴は研究室から少しでも離れたこのビルで、なるべく記憶を逆立てないようにしてきた。
     でも、あんたに会って、また不安定になった。そうだろう?」
    リンの言葉が詰まる。コートを掴んでいた手は、ゆっくりと離れていった。
    「残念だったね。姉貴。それに隊長さん。兄貴はしばらく、俺が預かるよ」
    ブラッドはそう言い残すと、レオを抱いたまま身を翻した。
    「待って…」
    「それじゃ、またね。あねき」
    リンが手を伸ばしても、ブラッドに手が触れることはなく、ブラッドは颯爽と姿をくらました。
    ライはリンの肩に手を置いて、その身を支えた。
    シオンは、立ち上がり身をひるがえす。
    「リン、行くぞ。全力でレオを取り戻す。あれは国のための兵器だ」
    シオンが足を引きずって。
    「レオを取り戻したら、シオン隊長は…レオをどうするのですか…?」
    レオの足が止まる。
    レオはリンに顔を向けなかった。何かを考えているのか、少しの間が空く。
    「レオは国の生物兵器だ…だから…」
    「それなら私は…マナには戻りません。
     このままレオを追います。」
    リンが、レオの話を止める。
    「私にとってマナは、レオを捜す手段でしかなかった。
     レオは私の弟よ?そんなことに使うなんて、そんなこと絶対に許さない…」
    振り返ったシオンの眼に映ったリンの姿は、下を向いていて顔がよく見えなかった。
    しかし、その声の中に“怒り”のような“悲しみ”のような感情をとってみることができた。
    「お前も…反逆者になるのか…。裏切り者め」
    シオンがため息をつく。
    その時、その耳に女性の声が飛び込んだ。それは、リンの口からは聞こえてこなかった。
    「裏切り者ね…。それならアナタも裏切り者じゃない?シオン」
    「シュ…リ…?」
    音もなく現れたのはシュリだった。ライが「何で来たんだよ」と小声で言うのが聞こえた。
    シオンの表情は、これまでに見たことがないような
    戸惑いを隠せないような表情だった。
    「そうでしょ?シオン。あなたが昔の約束を守ってくれないから、来ちゃった」

    *終*
    シュリがシオンの前に来ると、その顔を覗いてクスリと笑う。
    「約束、覚えてないの?」
    シュリはポケットから止血剤を2つ出すと、1つをライに投げ渡して、
    もう1つの止血剤を無理やりシオンの傷口に塗った。
    ライはそれを受け取ると黙ってリンの応急手当てを始める。シオンは黙ってシュリの手当を受けた。
    「“一緒に世界を守ろう”って、言ったじゃない。だから私、ライと一緒に待ってたのよ?ずっと…ずっと」
    シュリの顔が少しムッとして、シオンの傷口に強く薬を塗りつけた。
    「マナじゃ世界を守れないこと、本当は知ってるくせに」
    「でも、俺は!」
    シオンが珍しく慌てたような感情を表に出した。それを見たシュリはまた笑顔に戻る。
    「いつまでも、責任感じてるんじゃないわよぅ。
     ダンの意思を継ぎたいって、言ったじゃない。誰もあなたを責めたりしてないわ…」
    「俺達は、お前を待ってたんだ」
    シオンは2人に説得されて、黙りこんだ。そして、
    「ダンの意思か…俺にもまだ、継ぐ権利はあるのか…?」
    と、声を漏らした。
    「毎晩、あの日の夢を見る。マナを継ぐことで、ダンの気が済むのではないかと思っていた…。
     …俺だって世界を破滅に導くことはしたくない…」
    「なら、なんで来てくれなかったの?」
    「マナは…世界を救うためのものだ…!だから…俺がこの手で…」
    シュリが「世界を救えると思った?」とシオンの背中に手をまわした。
    「場所なんて関係ないじゃない。マナは腐ってしまったの。
     あなたの意思はそれに影響されているのよ…早く気づいて…」

    シオンは黙り込む。先ほどまでの威厳はどこに行ったのか、
    シュリにしがみついたまま動かない。
    シュリの目線がライに向けられた。
    シオンとシュリの姿を見て、「あー…」と声を漏らし、
    ライはリンに視線を向けた。
    「リン、お前は…どうするんだ?
     よかったら…一緒に来ないか?」
    少し照れながらライはリンに問いかけた。しかしリンは俯いたままだった。
    「ごめんなさい…。私は…世界のことよりも、レオを探すことが大事なの…」
    そう零した声は、どこか頼りない。
    「それに、私は…」
    リンの両腕が、自分の身体を抱く。その手が震えていることが、ライには分った。そして、その理由も。
    「それのことか…?それなら、俺らと一緒だ…。
     それに、弟を探す手がかりだって一緒に探すことはできるじゃないか…」
    リンはライの顔を見た。リンの目見は、相変わらず涙があふれている。
    「ライは…!その眼だけじゃない!私の翼は…。私は…こんな姿…見られたくなかった…!!」
    リンの心はひどく不安定になっていた。シュリはシオンの袖をつかみながらそれを黙って見ていた。
    「俺は…リンがどんな格好をしていても嫌いにはならない。誰かがその姿を恐れても、俺が傍にいる」
    リンは驚いたようにライを見つめた。「でも…」と、戸惑うリンに、ライは優しい口調で続けた。
    「人間がデュアナを嫌うのは、奴らが人間を襲うからだ。でも、リンは人間を襲わない。
     他の人に理解されないなら、理解してもらうまで頑張ればいい…。デュアナにだっていいやつはいるんだぞ?」
    ライはリンに手を差し出す。
    「一緒においで」
    「私は…命を消すことしか習わなかった…。外の世界のこと、あまり知らないわ」
    ライが頷く。
    「弟を探すんだろう?何も知らないなら、俺が教えてやるから」
    恐る恐る、リンの手がライの手をとる。
    「俺にはリンに…あんな顔をさせられなかった」
    シオンは少しうつむいたままつぶやいた。
    その表情を伺えたのは、おそらくシュリだけだろう。
    シュリはそれを聞いて、
    「それなら私を、幸せにして頂戴?」
    とほほ笑んだ。


    「レオに早く会わなくちゃ…。世界より先に…。
     絶対に悪用なんかさせない…」
    リンが決意を漏らすと、
    ライはそれに答えるようにリンの手を握り返し
    「国王の欲望を潰す。世界は平和であるべきだ。
     まずは各地に残っている兵器を叩き潰す」
    ライも自分の目標を口にした。


    「その前に、今日の夕飯ね!」
    シュリがいつものペースで言うと、みんなの顔に笑顔が戻った。


    <終>
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