僕とキヨコちゃん❷
顔と目は隠せても、体は無理がある。
おっぱいは無理、パッドを入れても元がちっちゃいから…普通の大きさにもならない。
良くてBカップくらい、しかも痩せてるから貧相でなんか…見栄え悪い。
「ハァ…」
ストロベリーのフラッペを奢ってくれたけど、良い人だなんて思わない。
「美味しい、甘ーい。僕、甘いの大好き♡」
「…これ、飲んだら帰りますから」
「え〜?僕とデートだよ?嬉しくないの?」
このイケメンが見えませんか?とサングラスの隙間からキラキラビームをされて、眩しい。
そりゃ、イケメンだけど…忘れもしない、ブス発言は許せそうにない。
チューッとストロベリーのジャムみたいなのを吸った。怒りで味も忘れそう。
あんなの一生許せないに決まってるじゃないですか!
もう会わない、これ飲んだらお買い物に行く!
テラス席で彼がまた足を組む、今度はぶつからないように避けた。
「あれ?足、引っ込めたの?」
「…ダメですか?ぶつからない方がいいでしょう?」
「ワザとぶつけてたのにな〜」
「ハァ!?」
いや、何この人!!嫌すぎます!
「なんでそんな事するんですか!嫌われますよ!」
五条さんはフワフワなクリームを吸いながら笑った。フワフワな笑顔で。
「足がぶつかったら、僕の事、気にしてくれるでしょ?あと、僕は好かれたり嫌われたりするの慣れてるし、僕が好きじゃない人に嫌われてもなーんとも思いません」
潔子は口をパクパクさせた、なんて顔したら良いのか分からない。この会話は、ちゃんと会話になるのかしら。
ムカついたので、ヒールで蹴ってみた。
「痛ッ、ちょっと、キヨコちゃんひど〜い」
「好きじゃない人に、嫌われてもなんとも思わないんでしょう?だったらいいじゃないですか!」
「別に僕はキヨコちゃんの事、嫌いだなんて言ってないよ」
「私は嫌いです。もう二度と会いたくありません。これ飲んだら、お買い物に行くので、さよならです!」
チューチューと早く飲んでしまおう、こんな嫌な男と会話するのはやめたい。
ちょっとでも可愛いと言われて、浮かれたことも忘れたい。
恥ずかしい、悔しい、こんなのヤダ。
「キヨコちゃん、やっぱ処女なの?」
「ハァッ!?ちょ、ちょっと…!何言って…黙ってください!」
「ん、ハイ。で、どうなの?」
「…答えたくありません」
「じゃあ、チューは?」
「セクハラですよっ」
「んー?無いって事ねー、オッケーオッケー。聞くまでも無いね」
「〜〜〜ッ!!」
普段ここまで怒る事はない潔子は怒った。
立ち上がるとさっさとゴミを捨てて、店を出る。
やっぱりこんな事になるじゃないですか!きっとあの時のお兄さんと一緒に飲んだ方が美味しかったハズでしょう。
「キヨコちゃーん、置いてかないでよぉ」
逃げて来たのに、もう後ろに着いて来た。
無駄に足が長いから!もう!
「着いて来ないでください!」
「ねぇ、キヨコちゃん、欲しい物買ってあげよっか?」
「自分で買います!」
「じゃあ、何したらデートしてくれる?」
「しません!」
「デートしないの?」
「しません!」
「じゃあ、バイバイするよ」
「そうしてくださ…」
グイッと肩を掴まれて、五条さんの方に向き直ると、彼は少しだけ腰を折っていた。
顔が近い、やっぱり何度見ても顔は良い。
パチパチと瞬きする長いまつ毛、これがマツエクじゃないなんて…神様、おかしいです。
ズルいです、私が欲しい物を持ってる。
「キヨコちゃん」
「………ハイ」
「キヨコちゃんは可愛いよ。この前より可愛くなった。だからね、自分の事好きになったでしょ?」
コクっと頷く、それは本当だから。
カラコン入れて無いのに、ブルーの綺麗な瞳に真っ直ぐに見つめられる。
最初に会った時に見たはずなのに、覚えて無かった。だってショックであまり見えてない。
神様、こんな綺麗なカラコンどこに売ってますか?
なんで生まれながらに装着されてるんですか?
「僕もそうなの、僕も自分の事大好き」
「そりゃ、そうでしょうね。五条さん、イケメンですから…」
「でも、性格は最悪でしょ?バランスって感じ」
「顔に全部持ってかれちゃったんでしょーね」
母胎に何もかもの精神を置いて、生まれたに違いない。そうじゃなきゃおかしい。
「そうそう。だからね、僕は僕の事大好きで、大嫌いだよ。キヨコちゃん性格良いよね。優しいし、人に嫌われないようにしてる」
「悪いですか?私、五条さんみたいに嫌われるの嫌です。普通、誰だって好かれたいです」
悪口を本人に言うって初めてで、なんか足がフワフワする。
手をギュッと握ったら、爪が食いこんで痛い。
ちょっと怖くて、ビクビクしてる。
どうしよう、怒鳴られたら怖い。
だけど、怒りの方が勝る。
五条さんはパッと目を見開いて、肩を少し上げた。
「僕のこと考えて、たくさん泣いた?」
「はぁ!?」
「僕のこと忘れらんないでしょ?」
「忘れたいです!もうヤダ、二度と会いたく…」
ニコニコと笑って潔子のほっぺにチュッとキスをする。
カチカチに固まった潔子は息をするのをやめた。
「キヨコちゃん、また今度デートしてね」
「……!?!?」
「ハイ、僕の連絡先入れとくね〜」
勝手にカバンに名刺か何かを入れられる。
チューされた事にビックリで、頭が混乱して、動けない。
「キヨコちゃん、ばいばーい」
手をヒラヒラさせて、五条悟は歩いて行ってしまった。
男の人に、初めて触られた。
いやいや、全然違う、思ってたのと違う。
キスって、もっとドキドキじゃないの?
違う!!断じて違う!
こんなのじゃない!
それからあの日の腹いせに可愛い服とアクセサリーと香水、コスメ…欲しい物は買った。
だってショックだから、たとえほっぺでもチューは初めてだったから。
私が好きな服、お化粧、靴…私の好きを良いねって言われたい。
男にモテたいとか、そんな事どうでもいい。
3ヶ月前より、私を好きになれたから良かった。
あの合コンで見た、可愛いジェルネイルも真似して叶えた。
自分でやれる事があるのが、楽しい。
誰かに好かれたいより、自分を好きになれる方がいい。
今日は久々に怒った、大きい声出しちゃったな…
、思い出すと恥ずかしい。
でもあんな…男の人に面と向かって話す事って初めてだった。いつもオドオドして、言えない事いっぱいあったから…。
嫌って言うの、案外簡単だった。
もっと前から言えば良かった。
今日の事も忘れられそうにない。
ポロっとカバンから名刺が落ちた。拾い上げて、ちょっと見て、ゴミ箱に捨てた。
なのに、電話がかかって来た。
「へ!?」
知らない番号、アレ?なんか見た事ある気…。
あの人だ、この前の名刺!
切れるまで待つけど、なんで私の番号知ってるの?
「…」
その後も鬼電して来て、仕方なく出た。
『キヨコチャーン』
「ワァーーッ!」
『もしもし?大丈夫?』
「な、なんで…私の電話番号知ってるんですか」
『ショーコに教えてもらったー』
家入先輩!!なんで!?
「もうかけてこないでください」
宗教勧誘を断る時のトーンが喉から出てしまう。
五条さんみたいなヤバい人と新宗教のしつこさってどっちが勝つんだろうか。
頭の中で謎の論議が始まりそうで、首を振って消し去る。
『キヨコちゃん、ごめんね』
「それは、なにに対してのごめんねなんですか?」
どうでもいいので、早口になる。
『ブスって言ってごめんね。あと、これ以上カワイくならないでくれる?』
五条さんって、何の話をしているか分からない時がある。
この話し方、どうにかならないのかな。どうやって人と会話して来たんだろう。
潔子はよく分からない顔をしたが、音声では伝わらない。
その代わりに沈黙を落とした。
『キヨコちゃんがナンパされてた時、ムカついちゃった。なんで、カワイくなっちゃったの?あのまま泣いて帰るだけで、良かったんだよ?』
「あ、の…ナニを話してるんで、しょうか?」
もう音声通話だけなのが、怖い。だってどんな顔してるのか、分からないって、どこでどう感情が動いているか分からない。
『他の男に可愛いとか言われて、喜んじゃうの、チョロ子ちゃんになっちゃうのも、ヤダな。だからブスって言いたくなる』
「さっき謝ったのに、また!?傷付きます!ブスって言わないで!」
『傷付いてよ…』
「ふぇぇ…」
なにこの人…とベショベショに泣けてくる。
諦めたい、何もかも頭を使って話が出来ない。おかしい、この人の頭はおかしいのに、私はまともに会話しようとして、辛い。
『キヨコちゃん、コレってなんて言うの?』
「ググれ、カス…」
『ハ???キヨコちゃん、なんでもインターネットに書いてあると思う?』
「多分、それは…恋っていうヤツです。五条さんからしたら、あり得ないでしょうね…私を好きだなんて…」
ドラマを消した事を後悔した、コイツに見せるべきだったのかもしれない。
つい最近、金髪ツンデレイケメンと地味な女の子の恋愛ドラマを見ていたのだから。
『恋?合コンに行ったら、マブい女いると思ったのは、恋なの?』
「よかったですね……可愛い子がいたんですね」
『ショーコの連れの合コンとか面白そうだから、どんなダサい女が来るかと楽しみにしてたよ。そしたら、キヨコちゃんが居たよ』
「ハイハイ、ブスが居たんですね?」
『うん。処女膜から可愛い声出てるから、不安になっちゃったよ。この合コンで、お持ち帰りされてテキトーな男に処女散らすとか、最悪じゃん。耐えられないよ。早く帰って欲しくなっちゃった。あーあー、僕、キヨコちゃんが好きなのかぁー』
「恋って言う感情とは、違うような気もして来ました…五条さん、お付き合いはされた事ありますか?」
『何も言わなくても女が寄ってくるし、何も言わなくても女が乗ってくる』
この世の男の夢を凝縮しているのか?
フェロモンで焚き上げされてるのか?
「ずいぶん、おモテになるんですね…ヤリ◯ンじゃないですか」
『失礼だね、僕はなろうと思ってヤリ◯ンになった訳じゃないよ。まぁ、僕の親友もなかなかにクズなんだけどね』
「でしょうね。類はクズを呼ぶですね。どうでも良くなってきました。切りますね」
『コレが恋なら、僕はキヨコちゃんが大好きだって事でしょ?分かった……大好きだよ、キヨコちゃん。愛しt』
ブチっと通話を切ると、そのままスマホをベッドへぶん投げた。
ボフッと埋まると、すぐにブーッと震えた。
メッセージだろうか、なんでも良い。とりあえず見ない。
ドラマのイケメンより、キャラの濃い男だった。
どうなったらああなるんだろう。
「もうなんか疲れた…」
スマホの電源を切って、眠る事にした。
次に起きた時、通知が555件ほど来ていて、悲鳴を上げた。