とこしえを贈り合う/仙樹仙 ひとつの人格につき、ひとつずつ。樹への贈り物を詰めたそのタイムカプセルは、永劫、あくことのない。
忍の言い出したそれに、樹は多少なり驚いた。ナルならばまだわかるけれど、と。同時に、言い知れぬよろこびが身に沁みゆくのも感じたものだ。忍が、主人格たる彼が主導したそのプレゼント。それは、約束されしとこしえへの返歌。お前がオレに、永遠をくれる。だからオレも、お前に、永遠を贈ろう―― 彼らは、とこしえを贈り合うのだ。
忍のなきがらを抱き締めながら、樹は、時折、タイムカプセルの中身を繰り返し想像する。シャイなカズヤは恐らく、ろくなものではなかろう。ナルは、たとえばハートのロケットペンダントとか? ヒトシはちいさな植木鉢、とか。忍は…手紙かもしれない。ふっ、と、笑みのこぼれるそれらの、想像にすぎない中身が、樹に、自身のてのひらをぼうっと見つめさせる。きゅっ、と、ちいさく握って、開き、忍の手と重ね握りしめる。
「なあ、忍…お前は、オレに、なにをくれたんだろうな」
こてり、と、かたちよい頭を胸元にて撫ぜ、誰の邪魔も入らぬ亜空間ですべて気を許し、自然やさしく、綿雲よりもやわらかくなる声音で問いかける。忍の髪を梳いては整え、頬を、くちびるを、寄せる。当然、忍のなきがらから直接的な返事はない。樹の笑みが、深まった。箱を開ければ、容易く答えは知れる。彼らの意図も、容易に知れよう。だが、樹には開けるつもりは永劫なかった。
「…お前のくれたこの箱の中身を、想像するとき――オレの頭から、足のゆびさきひとつさえもが、お前の人格たちと過ごしてきた時間を思い出すよ。ああ、あのときのあれだろうか。こんなことも、あったものだな、と…。…ありがとう、忍…」
いつくしむゆびさきは、忍の前髪の一束を絡げ、ふわりてのひらで掻き上げてまたつまむように整える。樹にとって、忍とのとこしえに、別段時間つぶしのようなものは無用。彼と自分と、それさえ居ればいい。ほんとうに、それだけだったのだ。だから、ただただこの贈り物が意味するのは、自分たちの過ごしてきた短くも永遠に等しい時間が、正しく、永遠なのだという証明。そのあかしが、うれしかった。
とわに、箱の中身に想いを馳せるとき――馳せ、つづけるとき。そこに初めてとこしえが、成立する。忍から贈られたとこしえが、永劫続く時間が、約束されるのだ。樹は、その、これからさきの永遠を想う。箱の中身は、正解を求めない。箱の中身は、儚い刹那をとこしえに、換える。箱の中身は…
「……ははっ。今、ひどく陳腐な言葉が浮かんだよ。…“箱の中身は、愛”。…これがTVドラマのクライマックスなら、きっと視聴率は伸び悩むだろうな。だが…オレは、たとえば何も書かれぬ紙切れひとつでも、…いいや、空気の入っただけの箱でさえ、お前の遺したものからそれを、感じ取るのだろうな。やはり人間くさいやつだ、と、お前は、いつものように曖昧に笑むのだろう…」
人間であることを、誰より悩んでなお、樹の人間くささを愛した彼。人間であることを、誰より恥じてなお、樹のその中間性を、愛した彼。樹は“人間くさい”妖怪で、忍にとってその曖昧さは、やわらかな憧れだった。自身はたとえ魔界で死のうと、魔族になることはない。解っていてなお、それでも、なお。人間なのに、魔界で死にたい。――人間だから、魔界で、死にたい。断罪。裁きは、自身によってのみ。忍の望みは、それだけだった。
「ああ…お前に寄り添いつづける時間は、幸せそのものだ……愛している、忍……」
額に口づけて、ふわり、笑む。贈り合われたとこしえは、今日もどこかで人知れず、そのカプセルを時空の狭間に浮遊させている。
終