レイマリ学パロ(裏)遠くの方で、まだ笑い声がする。
地面が冷たい。
息が上手く出来なくて、ただただ怖かった。
冷たい夜の風が直接肌に当たる。
震えが止まらなくて、上手く服が着れない。
外されたボタンをひとつひとつ、震える手で留めていく。
真っ暗で、なんにも見えなくて、後ろから声を掛けられて引っ張られて、バランスを崩して倒れて、気が付いたら何人かの男に取り囲まれてて。
全然何言ってるか分からなかった。
ただ、男の背後の空に浮かぶ月は、綺麗だった。
遠くの方に飛んでいってしまっていた習い事の鞄を拾う。
ぐちゃぐちゃになった髪を手ぐしで整えて、何事もなかったかのように家に帰ろうとした。
その時遠くの方から足音が聞こえた。
まさか、戻ってきたのだろうか。
呼吸が乱れて、足が震える。
「…さま…お嬢様…お嬢様、いらっしゃいますか」
「…っここにいます」
恐らく手が空いて迎えに来てくれたのであろう、家政婦さんの1人がこちらに向かってきていた。
「お怪我とか…大丈夫ですか何も…」
「大丈夫です、何もありませんでした」
そんなの真っ赤な嘘。
何も無かったで済ますことなど出来るはずない。
「お食事の用意も出来てますので、帰りましょ」
「…はい」
家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って自分の部屋に戻って、ぱたんと扉を閉めた瞬間、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
怖かった。
なんだか分からないけど、本当に怖かった。
気持ち悪くて、何言ってるのか理解出来なくて、怖かった。
「は…っ」
また、震えが戻ってくる。
震えが止まらない。
明日学校になんて行けそうもない。
頭に浮かんだ男の担任も、名前も分からないようなクラスメイトの男子も、みんな怖くて気持ち悪くて。
しばらくそのまま扉に寄っかかってうずくまっていた。
こんこん、と後ろから扉を叩く音がした。
どうやら大分遅い時間になっていたみたいで、明かりがついたままの私の部屋を不思議に思い、家政婦さんが様子を見に来たようだった。
顔に涙の跡が付いている私を見て、家政婦さんは心配そうに声を掛けてくれた。
「お嬢様…どうされました」
「…明日」
「え」
「明日、学校を休みたいと伝えておいてください」
何とかそれだけ言って、それを了承したのか家政婦さんは早く寝るように、と告げて私の部屋を後にした。
寝たら、嫌な夢を見てしまいそうで、その日は一睡も出来なかった。
いつの間にか登っていた日をぼんやりと眺めていたら、外から扉を叩く音がした。
あぁ、お父様だ。
すぐに扉を開くと、予想通りそこに立っていたのはお父様だった。
「魔理沙、今日学校を休むのはいいが、私は今日からしばらく出張なんだ。しばらく見てやれないが、今まで通り頑張るように」
1度も見てくれたことなんて無いくせに、という言葉をぐっと堪えて
「はい、お父様。お仕事頑張ってきてください」
そう言って、笑顔を作った。
扉を閉めて、カーテンも全部閉め切って、ごろりとベットに転がった。
病気以外で学校を休んだことなんて初めてだったけど、今は罪悪感よりも恐怖が勝っていて、なんとも思わない。
ただ、黙って急に休んだから、心配かけてしまうかもしれないというのがほんの少しだけ気に掛かった。
しばらくすると、だんだん退屈になってきた。
学校の鞄から適当に教科書を出してぺらぺらとめくる。
まぁでも、そんなに長いこと休むつもりじゃないしいいか、とその日は何もしなかった。
次の日、学校に行こうと思って制服に着替えた。
朝ご飯もちゃんと食べて、日課は分からないから全部の教科を詰めた鞄を持って、家を出た。
時間帯的には通勤ラッシュで、サラリーマンが歩いていた。
どくん、と嫌な感じに心臓が鳴る。
気分が悪くなってくる。
あぁ無理なんだ、そう思って家に帰った。
その次の日からはもう当然のように休んだ。
寝たり勉強をしたり時間になったら用意された食事をとったり。
そんなふうにしばらく過ごした。
そんなある日のこと、今日もそんなふうに一日を過ごすんだろうなと思っていたら、食事の時間でもないのに家政婦さんが私の部屋を訪ねてきた。
「お嬢様の友人…と言ってる方が来てるのですが、どうしましょうか」
「…友人」
もしかして、と思い、見に出てみた。
あ、霊夢だ。霊夢が来てくれたんだ。
「なんの用…」
嬉しかったけど、何となくそれを悟られたく無かった。
「これ、学校のプリント届けに来たのよ」
霊夢はそう言ってはい、と手に持ったプリントの束を差し出した。
「あぁ、悪いな」
わざわざ、届けてくれたのだろうか。
放っておいたらすぐにでもくるん、と向きを変えて帰ってしまいそうだった。
「霊夢…さ、時間ある」
「え特に用事はないけど…」
あぁ呼び止めてしまった。
どうしよう…部屋に入れても大丈夫だろうか。
「ちょっと部屋、来てくれる」
思えば霊夢が私の部屋に来るのは久しぶりな気がする。
少なくとも、学校に行ってない時は来てなかったから。
「ごめん、散らかってるけど…」
「ん、大丈夫」
せめて少しくらい片付けてから入れるべきだったか、なんて今からじゃどうにもならない。
とりあえず立たせたままじゃ悪いので、ベットに座るように促した。
霊夢がベットの端に座ったので、私もその近くに腰を下ろした。
「心配…掛けたよな」
心配なんてしてない、なんて言われたらどうしようか、と言った後に思った。
「そりゃあね」
当たり前でしょ、というようにそう言ってくれたのが、なんだか嬉しかった。
あぁ、でもやっぱり心配かけちゃったんだ。
急に申し訳なくなって、ごめん、と一言謝った。
心配かけちゃったって事は、遅かれ早かれ休んだ理由とか聞かれるだろうから、今話しちゃった方がいいかな。
でも、さらに心配かけるのは嫌だし…。
「話、聞いてくれる」
「えぇ、もちろん」
ここまで来たら、話すしかない。
「あのね…」
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「ありがと、聞いてくれて」
結局本当のことは言えないで、心配掛けないように、安心させるように、少しだけ嘘をついた。
具体的に言うと、暗闇で腕を掴まれただけっていう嘘。
でも、それでも話すと少し気が楽になった気がする。
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
話してくれてありがとう、か。
ほんとのことは言えなくて、少し申し訳ない気持ちになった。
「あ、もう平気だから。近いうちにまた…学校行くよ」
「…そう」
うそ、全然平気じゃない。
出来ることならもうずっと、男の人に会いたくない。
霊夢はちょっと考えるようにしてから
「良かった」
とだけ言ってくれた。
そのうち空の色がほんのりと変わって、辺りが薄暗くなり始めてきた。
「霊夢、帰らなくて大丈夫なのか」
しばらく遊びに行ってないけど、霊夢の家はここから少し遠かったはず。
すぐにでも帰らなきゃ真っ暗になってしまう。
「もうそんな時間なのね…」
「暗くなる前に…帰った方が…」
じゃないと、霊夢も危ない目にあってしまうかもしれない。
そんなの絶対に嫌だ。
「そうね、帰ろうかな」
本当は家まで送ってあげたいけど、今はまだ家を出るのが怖い。
結局私が行けたのは玄関までだった。
それでも明るいうちに安全に帰って欲しくて、ちょっとお節介かなというくらい色々言ってしまった。
霊夢は、全部頷きながら、相槌を打ちながら聞いてくれた。
そうやって、見送ったあとすぐに部屋に戻った。
どうして霊夢は今日会いに来てくれたんだろう。
プリントを届けるためだけだったのかな。
だとしても、嬉しかった。
もしかしたら、明日も来てくれたり…なんて。
ほんの少しだけ、期待なんかしてた。
その日の夜、部屋で勉強していたら、お父様がやって来た。
いつの間にか出張から帰って来ていたらしい。
「魔理沙、お前学校行ってないのか」
「…えと」
多分、家政婦の誰かがお父様に伝えたのだろう。
相当怒ってる様子だった。
「1日だけだと思っていたのに…」
私だってそう思ってた。
でも行けないんだから、仕方ない。
「魔理沙、来週からはちゃんと学校に行きなさい」
「え、でも私…」
まだ、きっと無理。
それでも、お父様には逆らえない。
「…分かりました」
私がそう答えると、お父様は安心したように頷いて、部屋を後にした。
来週からなんて、無理に決まってる。
それでも、もしかしたらもう平気かもしれない、なんてちょっと思ったりした。
次の日の同じ時間帯くらいの頃、今日は来てくれるのかなという期待をしながらカーテンの隙間から外を眺めていた。
あ、霊夢だ。
まっすぐ伸びた茶髪混じりの黒髪をなびかせながらやってきた霊夢は、昨日と同じようにプリントを持っている。
ばたばたと部屋を出て、玄関で待機した。
ノックのあとにすぐ扉を開ける。
霊夢は昨日と変わらない格好で、昨日よりは少ない量のプリントを持って立っていた。
「また来たのか」
「また来たわ」
嬉しい、嬉しい。
プリントを届けるためだとしても会いに来てくれるのが本当に嬉しかった。
「上がってく」
「そのつもり」
部屋に戻るとカーテンが少しだけ開いていた。
さっき外を眺めてたからか。
霊夢もそれに気付いたみたいで、カーテンの隙間を眺めながら
「もしかして、待ってた」
と言った。
ちょっとだけ、悪い顔をしている。
「…悪い暇なんだよ1人だと」
こういう時は変に言い訳したりしない方がいい気がするからこう返した。
だって事実だし。
「それじゃ、いつも何してるの」
「えーっと、勉強とか…」
「え、真面目」
真面目も何も、する事ないし、お父様にやれって言われてるし。
一応学校には行こうと思ってるから、授業追いつけないと困るし…。
「来週から、学校行くつもりだから」
「大丈夫なの」
「ん、大丈夫だから安心して」
ほんとは大丈夫じゃない。
けどここで大丈夫じゃ無いなんて言ってしまったら、きっと行くのを止められる。
「そもそもさ、何が怖いの」
急にそんなこと聞かれても、何の話か分からなくて戸惑った。
「何が…って」
「男の人の」
その言葉を聞いて、ビクッと身体が震えた。
何が怖いかなんて、そんなのわかんない。
思い出して、気分が悪くなってくる。
「あ、えーと…なんだろうなぁ」
わかんないや、とわざとらしく笑って誤魔化す。
「多分、暗闇で掴まれたから恐怖が倍増してるだけじゃないか」
なんて適当なことを言っておく。
「ほんとにそうなの」
「そうだと思うけど、やっぱりわかんないな」
おねがい、どうかこれ以上聞かないで。
そんな思いで、なんて事ないよみたいな顔を作った。
「本当はもっと別のことされたんでしょ」
「え」
なんで?わたしいったっけ…?
やだ、こわい、きもちわるい。
なんだか理解出来なかった言葉達が、またどこかから聞こえてくるみたいで。
ぐるぐるする。
「…何言ってんだよ、そんな訳ないじゃん」
何とかそう紡いだ言葉は、震えていた。
いつの間にか手も震えていて、冷や汗もすごい。
「そ…そうよねごめんね変なこと言って」
謝られた。多分きっと悪気なんか無かったんだと思う。
「大丈夫…だけど今日はもう帰って…」
それでも、本当に無理だった。
こんな事言いたく無かったけど、泣いてる所を見られるのも、苦しんでるのを見られるのも嫌だった。
霊夢が部屋の外に行って、ドアを閉めた途端に力が抜けた。
ぼろぼろと涙が溢れて、苦しい。
男の人への恐怖と、帰ってって言ってしまった申し訳なさと、もう来てくれないかも、という不安な気持ち。
それらがぐちゃぐちゃに混ざって、苦しくなる。
どうにか食事の時間までに落ち着かせないと、という焦りもあって、もっとぐちゃぐちゃになっていく。
帰ってって言ってしまったのは自分だし、それを申し訳ないと思ってるなら謝った方がいい。
もし明日来てくれたら、謝ろう。
そこでやっと少し落ち着いた。
うん、大丈夫。
次の日、来てくれるか不安だった。
でも霊夢は昨日とおんなじように、プリントを持って来てくれた。
あぁよかった、安心して、思わず頬が緩んでしまう。
私は笑顔で出迎えた。
あ、そうだ謝らなきゃ。
「えと…昨日はごめんな帰ってとか、言っちゃって…」
「ううん、大丈夫よ。それより元気だった」
「うん、特に変わらず」
よかった、あんまり気にして無いみたいで。
来てくれて、よかった。
なんとなく上機嫌で、霊夢を家に招き入れる。
私の部屋に入って1番に霊夢は、ドアの内側のドアノブに掛かったものを見つけた。
「あれ、制服」
そう、制服。
しばらく仕舞ってたけど、出しておいたやつ。
「そ、来週から行くから」
「決定事項なの」
と聞く霊夢に、
「なんだよ、来て欲しくないのか」
なんて冗談を言ってみたり。
ちょっと楽しい。
そういえば、頼まなきゃいけないことがあったんだった。
「それで、頼み事があるんだけど…行きと帰り一緒じゃだめかな」
やっぱりひとりじゃ怖いかもしれないから、というのは言わないでおくけど、多分わかってる。
「良いけど…迎えに来て欲しいってこと」
そう聞く霊夢に、頷いて返事をした。
断られたら、どうしようとちょっと不安になる。
「いいよ、一緒に行こうか」
「ほんとありがと…」
ほっとした。
これで少しは安心出来るかも。よかった。
「じゃあ来週から迎えに来ればいいのね」
「うん、お願い」
それから少しして、霊夢は帰って行った。
来週から学校、ちゃんと行けるかな。
お父様に言われたから行かなきゃなんだけど。
仕方がないので、授業で遅れたりしないようにもう少し勉強をすることにした。
心配したって仕方ない。
登下校は霊夢も一緒だし、学校でそんな怖いことなんて起こるはずないんだから。
ドアノブに掛かった制服は、クリーニングに出した後だからか新品みたいに綺麗だった。
今までずっと行ってたはずなのに、なんだか初めて行くみたいにどきどきする。
このどきどきの大半はきっと恐怖なんだろうけども。
「大丈夫、今まで通りにすればいいんだから」
そう声に出したら少し心配な気持ちが落ち着いたような気がした。
休日が終わって、月曜日がやってきた。
久々に制服に腕を通す。
うん、大丈夫。
全部準備を終えて家を出る。
家の外に出るのも、久々。
「おはよ」
やって来た霊夢はなんだかちょっと不思議な顔をしながら挨拶してきた。
「おはよう…どうした」
気になって聞いてみる。
「いや、制服姿久しぶりに見たなーって」
なんだそれ、と私は笑った。
だけどそっか、着たのが久しぶりだと見るのも久しぶりになるのか。
なんて当たり前のことを思った。
あれ、思ってたより平気かも。
そんなことを思ってたら目の前の道路を男の人が通過した。
サラリーマンだろうか。ちょっぴり早歩き。
でもなんか、なんにも怖くなんて無いはずなのに、息が苦しくなる。
ぐるぐるする。
なんだか声が聞こえてくる。
「や…ごめんなさ…っ」
「…魔理沙」
「こわいっこわいよ」
もっと苦しくなって、怖くて、よくわからないけど、こわくて。
なにかされる。このあと、私はきっと。
「やだやだ、やめて」
「ちょっと、魔理沙」
また、前みたいに、よく分からないまんま、ぐちゃぐちゃで
「あ、ぁああ…いやだ…いやっいやぁ…」
なんだかよくわからないままこわくて、きもちわるくて、それでわたしは…
「魔理沙」
突然の霊夢の声に我に返った。
さっき歩いてた男の人はもう、いなくなっていた。
「あ、私…」
脚は酷く震え、涙で頬が濡れている。
「…大丈夫」
「だめ…かも」
かもじゃない。だめなんだ。
何にもされなくても、見ただけでも、怖いんだ。
わからないけど、どうしようもなく。
「今日は休もっか」
「で、でもお父様が…あ」
私が自分で行こうとしてることにしてたのに、うっかりとお父様の名前を出してしまった。
「な、なんでもないからっほら、早く行こうぜ」
そう言いながら、霊夢を学校の方へと引っ張った。
きっと誤魔化しきれてはないだろうけど。
「駄目そうだったら…」
「大丈夫だから早く行かないと遅刻するし」
ほんとは何も大丈夫じゃないけど、登校再開初日から遅刻なんて事だし、どうにしたって行かなきゃだし。
「外出たの久しぶりだなぁ」
久々に見た通学路。
毎日通ってたはずなのに、なんだか新鮮な感じがする。
霊夢もたくさん話の話題を振ってくれるし、楽しい。
そんなこんなで学校に着いた。
先生がいっぱい立ってる。
もちろん、男の先生も。
でもまぁ先生だし、大丈夫。
「魔理沙、そこにいるのは先生だからね。大丈夫よ」
「…それくらい知ってるけど」
しばらく学校に来てなかったとはいえ、先生の顔くらいは覚えてる。
わざわざそんな事教えてくれなくても大丈夫なのに。
「先生、おはようございます」
「お、よく来たなぁ」
久々に来た私を見て、驚いたように先生が言う。
低い声。
あの時みたいに、低い。
次に開いた口から出る言葉はきっと、わけのわからないもので。
「魔理沙、行くよ」
「え、あ...うん」
いきなり霊夢にそう言われ、仕方が無いので後にすることにした。
先生は当然のように他の生徒に話しかけていた。
すたすたと霊夢が歩く。
急ぐような時間でも無いのに。
「ど、どうしたんだよいきなり」
「え...教室に向かってるだけだけど」
「けど、まだ時間あるし...」
正直あんまり教室には行きたくないし、そんなに急がないで欲しかった。
「どうしたの、らしくないわね」
後ろから、咲夜に声を掛けられた。
「あれ、咲夜だ」
「あら魔理沙、貴方来たのね」
「咲夜...」
霊夢がなんだか邪険にするようにそう言い放つ。
もしかして私が来てない間に仲が悪くなったとか?
「おはよう、霊夢」
「...おはよ」
咲夜は普通に話しかけてるから、霊夢が一方的に咲夜を避けようとしてるのか。
あまりにも素っ気ない態度に、咲夜本人も驚いてる様子で首を傾げた。
「...と、霧雨...来たのか」
「あ...せんせ」
廊下の曲がり角から、いきなり担任が現れた。
咄嗟に返事をする。
「ちょっと話があるんだが...今大丈夫かな」
そう言う担任は、どうやら私だけをどこかに連れていこうとしているようだった。
嫌だなんて言えない。
大丈夫じゃないなんて言えない。
「...大丈夫です」
「じゃあちょっとこっち来て」
案の定どこかに連れて行かれる。
「はい、あ、霊夢、咲夜また後でね」
歩き出した担任について行く前に、霊夢と咲夜に一旦別れを告げた。
どこに行くんだろう。
そう思ってついて行っていると、担任が相談室前で足を止めた。
「ここでちょっとお話しよう、ね」
「はい」
がら、と立て付けの悪い扉を開ける。
ちょっと薄暗くて、埃っぽい。
担任が扉を閉める。
途端に息が少し苦しくなる。
「あ、立ってると疲れるかな椅子を出そうね」
そう言って、担任が私に近づいてくる。
ぐるりぐるり、遠くから声が聞こえる。
手が伸びる。
私の方に、手が伸びてくる。
「やぁいや」
反射的に声が出た。
こわい。
やだ。
ぐらりと力が抜けて座り込む。
震えが止まらない。
こわい。
がたっ、と扉が外れた音がした。
「魔理沙っ」
「あ...れいむ...」
霊夢が来た。
そこで我に返る。
ふと担任の方を見ると、私の声に驚いたのか呆然と突っ立っていた。
その担任の胸ぐらを霊夢が掴む。
「...先生、魔理沙に何したんですか」
担任の胸ぐらを掴みながらそう言う霊夢の目は、凄く冷たかった。
多分怒ってるんだろう。
「何もしてないんだ...、ただちょっと霧雨の背後にあった椅子を出そうと手を伸ばしただけで...」
本当にその通りだった。
私の背後には椅子があって、担任はそれを出すために手を伸ばしたんだ。
だけど、それが私はこわくって。
「れいむ...」
胸ぐらを掴むのをやめていた霊夢を手で呼び寄せる。
すぐに来てくれた。
「ごめん、大丈夫だって言ったのにこうなっちゃって...」
「ううん、魔理沙は悪くない。悪いのは...」
そこで霊夢が言葉を止める。
あぁきっと、悪いのはあの男だって言おうとしたんだ。
それでも霊夢の心配を押し切って、大丈夫と言ったのは私。
だから私が悪い。
「もう、帰る」
「いや、ちゃんと授業受ける」
ほんとうは帰りたかった。
だけどきっと、お父様に怒られるから。
せっかく来たんだし、どうにか頑張れるかもしれないし。
「...そう」
霊夢は多分、あまり気乗りしていないのだろうと思った。
確かに、今日2回もだめになっちゃってるんだし。
「じゃあ、教室行こっか」
「うん」
教室に入ると、ほとんどの生徒が既に座っていて、それでも私が来たのを見るなりざわつき始めた。
3週間近くも来てなかったんだし、仕方ないと言えば仕方ない。
「魔理沙、あんたの席あそこね」
「え、あぁうん」
席の位置は休む前の時から変わってないみたいだった。
久々に座ると、なんだか少しだけ懐かしいような気がしてくる。
授業は普通に受けれた。
家で勉強していたこともあり、ちゃんと授業についていけてる。
良かった。
もしかしたら、学校に行くのは平気かもしれない。
休み時間は特にすることも無いので、窓の外を眺めて過ごした。
幸い、親しい友達が霊夢くらいしかいないため、私の方をちらちら見つつも誰も話しかけてくることは無かった。
「霊夢」
お昼休みももう終盤に差し掛かってきているくらいの時に、私は霊夢に話し掛けた。
「どうしたの」
お礼を言おうと思った。
だけど周りに人がたくさんいる。
「いや、あの」
どうしよう。今しかないのに。
「ちょっと来て」
考えた末、別の場所に行くことにした。
霊夢は不思議そうな顔をしながらも、頷いて着いてきてくれた。
やってきたのは屋上。
ほんとうは来ちゃだめだけど、だからこそ他の生徒がいない場所。
ここでなら言える。
「ありがとう」
「うん、で」
あれ、なんだか不服そう?
なんでだろ。
「いやだから...ありがとう」
もう1回言うと、霊夢は理解してくれたみたいだった。
確かによく考えたらこれだけの為に屋上に来るのも変な話だった。
「ん、どういたしまして」
霊夢の返事に思わず笑みがこぼれる。
にこっと笑うと、霊夢はなんだか満足そうにしていた。
良かった、ちゃんとお礼伝えられた。
そういえば私が来てなかったせいで、しばらく遊んでない。
誘ったら遊んでくれるだろうか。
「あのさ、学校終わったらちょっと遊ばないか最近家に来てくれてたの嬉しくて...」
「いいけど、どこで」
霊夢がそう返事をする。
良かった、断られなかった。
「どこか。いつも行くようなとこ」
どうかな、と言うようにちら、と霊夢の方を見る。
「いいんじゃないそれなら午後の授業も頑張れるよね」
あ、そっか。
まだ昼休みか。
教室に戻るのがちょっぴり怖い。
「...うん」
でも、頑張らなきゃ。
学校が終わったら霊夢と遊びに行くんだし、頑張れるはず。
大丈夫。きっと大丈夫。
教室に戻ると、教室を出た時よりも人が増えていた。
外で遊んでいた生徒が帰ってきたらしい。
席に着いて、授業の準備をしていると担当の先生が来て、すぐに授業が始まった。
「...で〜、これ分かる人〜...あ、誰も手を挙げないので先生勝手に当てちゃいますね〜」
難しい問題でも無いのに誰も手を挙げないのは、やっぱりそれ自体がめんどくさいからなのだろうか。
どっちにしろ当てられちゃうのならそう変わらない気もするけど。
なんて思いながらどこか他人事のように聞いていた。
「ん〜、じゃ霧雨さん」
「え」
そんなふうに思っていたから、名前を呼ばれてものすごくびっくりした。
まさか当たるなんて思って無かった。
「魔理沙」
霊夢の驚いたような声が後ろからする。
その後にことん、と何かが落ちた音がした。
「そういえば、霧雨さんしばらくお休みだったっけ何かご家庭の事情」
「あ...え、あのそれ、は...」
答えを言えば終わると思ってたのに、突然そんなことを聞かれて動揺する。
なんで休んでたか、なんて言えるはず無いのに。
どうしよう。
言葉に詰まる。
授業が止まる。
答えなきゃ、答えなきゃ。
「家庭の...事情です」
その後に計算の答えを言って座った。
言えた。大丈夫だった。
先生もそれ以上は聞いてくることは無く、普通に授業が進んでいった。
それから午後の授業が終わって、帰る時間になった。
そういえば先生から職員室に来るように言われてた気がする。
「魔理沙、帰ろ」
「あ、ちょっと待って、確か先生に呼ばれてたはずだから職員室寄らなきゃ」
ついて行こうか?、と聞かれたが、ただ職員室に行くだけなので大丈夫、待ってて、と言って教室を後にした。
職員室前は閑散としていて、まぁでもそんなもんかと思い中に入った。
「失礼します...」
「あ、霧雨、こっち」
声のする方を見ると、担任が手で呼んでいた。
周りを確認してからそちらに向かう。
「いやえっと...、なんというか...。悩み事とか無い」
悩み事。
うーん、と考える。
悩み事と聞かれてぱっと出てくるものがない。
気をつけてれば平気だし。
「特にないです」
「あ、あぁそうか...じゃあ帰っていいよ、引き止めて悪かったね」
「はい、では」
失礼しました、と職員室を後にして教室に戻る。
「よし、帰ろう」
「ん、大丈夫だった」
霊夢がそう心配そうに聞いてくるけど、別に大したことは無かった。
「ちょっと聞かれただけだから」
平気だよ、と言うようになんでもないように答える。
さぁ早く帰ろう、と霊夢の手を繋ぐと、霊夢が固まってしまった。
「...霊夢帰ろ」
「あ、そうね帰りましょうか」
霊夢はなんだか驚いている様子だった。
いきなり手を繋いだのはまずかったかなぁ、と思ったが、霊夢も握り返してくれた。
そのまま学校を後にする。
私が職員室に寄って遅くなったからか、もう他の生徒は学校の近くにはいなかった。
ちょっと安心。
そういえば霊夢、手繋ぐのいやじゃないかな。
「手、嫌だった...」
恐る恐る聞いてみる。
あぁでも、嫌だったなんて言われたらどうしよう。
「え」
霊夢はさっきよりも驚いている様子だった。
「嫌じゃないけど...どうして」
「え、と...急に繋いだから...嫌だったら申し訳ないなって」
良かった、嫌では無かったみたいだった。
理由を聞かれたのでそれも正直に述べる。
「友達から手を繋がられて嫌な人っていないと思うけど...」
びっくりはしたけどね、と霊夢が言う。
そっか、そういうもんなんだ。
良かった。
安心してにこっと笑う。
「また繋いでもいい...」
「もちろん」
そう言って霊夢は繋いだ手を握り返してくれた。
私もそれに答えるようにして握り返す。
なんだか楽しくて、幸せで、気持ちがぱっと明るくなるようだった。
出来ればずっとこのままで、変わらない関係でいたいな、なんて願いはなんとなく口に出してはいけないような気がした。
〈あとがき〉
結構前に書いたやべぇ学パロの別視点でしたとさ
学校に着いた辺りで飽きて1年くらい放置してた気がする...
数日前に読み返したら書きたくなってバーっと書いてしまった...
ただのきんかわでした。
りんたぴってまともな学パロ書いたことありましたっけ...?
まともな学パロとは(哲学)
そういえば最近Twitterの表垢のメディア欄を遡れるところまでは整理したのですが、その時に出てきた書きかけ学パロレイマリに全く覚えがなく...。
いや、普通にすごく前に書いてここに載せてたやつだったんですけど、記憶からすっぽり抜けてて怖いなぁと思いました。
こうやって少しずつ色んなことを忘れてしまうくらいなら、新しいことなんて知らなくてもいいんじゃないかって思うなど
でも新しいことも大好きなのです()
難しいこと考えたくない〜!!!
めちゃめちゃ脱線しましたが、特に小説は触れるところがない...(もう少し頭使って書いてください)
別視点って1から書くよりはずっと書きやすいですね!!!
それくらいしかない!
きんかわでした!
レイマリ要素は薄めでした!
おしまい!またね〜!!!