マフィア十おそ「おそ松兄さんごめんね」
部屋に入ってきたのと同時に、俺の両側にいた、カラ松とチョロ松に容赦なく銃弾を浴びせた人物は俺の頭に拳銃をつきつけながら、少し寂しそうに笑っている。
「で?、要求は?」
腕と足を抑えて蹲る二人を横目に、目の前の男を見据える。
「特になにもないよ」
困った顔をしたまま、首を横に振れればこちらの方が困る。
「はぁ、お前さ、流石に冗談じゃすまされないよ?」
「へへっ、うん!わかってる!」
いつもの無邪気すぎる笑顔で返されるのが無性に苛立つ。
「お前さ、あんまりふざけてること言ってると殺すよ?」
銃口を向けてるくせにまるで殺気がない十四松は流石におふざけがすぎる。
「もうちょっと一緒に居たいだけだから」
流石の俺でも十四松が何をしたいのか、意図が読めない。
腕や足を撃ったからといって、カラ松とチョロ松は、悟られないよう動いてないだけで、俺が合図すれば、いつでも十四松を殺せるようにしてるはずだし、十四松もそんなことはわかってるはずだ。
「お前、死にに来たの?」
もしこれが十四松じゃなければとっくに殺している。
「違うよ。知らせに来たんだよーーー!!」
「はあ?」
急にいつものテンションに戻る十四松に、頭が痛くなってる。
いつも何を考えてるかいまいちわからないが、今日はそれに輪をかけてわけがわからない。
「えへへ!あのね!このお屋敷後10分したら爆発しちゃうんだってーー!」
ニコニコと笑顔で告げられた言葉はとてつもないものだった。
「はぁ?!お前…」
「だから、おそ松兄さんごめんね」
遮るように告げられた言葉の後に、唇に触れるだけのキスをされた。
「愛してるよ」
俺にも聞こえるか聞こえないかの小さな声で告げられた言葉にポカンとしていれば、ヘラッと間抜けに笑われた。
「死なないで」
一言、言われた言葉に反論する前に、部屋の窓を派手に割って逃走した十四松は、下から聞こえる部下達の声と共に遠ざかって行く。
「追わなくていいの?」
いつの間にか片腕を抑えながら立ち上がったチョロ松は、眉間に皺を寄せて不機嫌そうだ。
「おそ松」
同じように止血をして立ち上がったカラ松も珍しく苛立っているようだ。
「はぁ…、まぁ、あいつはどうにかしなきゃだけど、とりあえず、逃げる?屋敷爆発しちゃうみたいだし」
そう口にした自分の声も自分で思ってるより冷たく響いた。
「そうだね、死んだらもともこもないし」
裏切りなんてこの世界ではよくあることで、さほど珍しくはない。
「そうだな」
それでも、少しだけ二人の声が沈んでるのは、どこか思うとこがあるからだろう。
裏切ったならそれ相応の罰を。
そうしなければ下の奴らに示しがつかない。
十四松もそれは重々承知だろう。
「馬鹿だね」
俺のこと裏切って逃げれるわけないのに。
しかもチョロ松とカラ松だけを撃ってくとこが癪に触る。
どうせ裏切るなら、俺のこと殺すぐらいすればいいのに。
屋敷の外へと足を進めながら、最後に告げられた言葉がグルグルと後を引く。
矛盾してる言葉に、相手の意思が読み取れずに苛立ちが募った。
「なぁ、お前らって俺のこと愛してる?」
「勿論!!!愛してるに決まってるぜ!!」
少しの間の後、いつもの如くカラ松からお決まりの台詞が帰ってくる。
「お前はそうだよな」
手だけ大袈裟に広げてポーズをつけているのは、足を怪我してるせいだと思うと肋に来るので止めてほしい。
何かあった時の為に作られた地下に続くシェルターに乗り込みながらも、爆発本当にすんのかな?と未だに半信半疑だ。
もし、降りた先で待ち伏せされてたりしたら、それこそ十四松の思うツボだろう。
まあ、3人いればある程度なら何とかなるし、ボスと一緒にいるはずのトド松と一松ともさっき連絡して合流することになってるから、もし最悪の事態になっても大丈夫だろう。
「チョロ松は?」
「急にどうしたの?」
嫌そうに顔を歪めているチョロ松に、答えを促せば、怪訝な顔をされる。
普段聞かないようなことを聞いてるのだから怪しく思うのも無理はないかと正直に答える。
「さっき十四松に言われた」
「へー、じゃあ、好かれてたんじゃない?」
十四松の名前を出したら少し声が冷たくなったのは気のせいではないだろう。
わりとチョロ松は、忠誠心うんぬんと気にする方だ。
特に今回は、弟のように可愛がっていた十四松に裏切られたのだからそうとう苛ついているのだろう。
後、不意をつかれて、腕を撃たれたことにも苛ついてんなと不機嫌な顔を隠しもしないチョロ松にも不謹慎だが少し笑いがこみ上げる。
「じゃあさ、お前ら俺にキスしたいとか思う?」
「「はぁ?!」」
シェルターの中でわりと大きめの二人の声が重なってうるせぇと耳を塞さぐ。
「おそ松、それはラブの方ということか?」
さっきの問いに対してだろうが、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「さっき十四松にキスされたんだけど意味わかんなくてさぁ」
「………????」
二人はなぜかポカンとした顔で固まっている。
「あいつって俺のこと好きだったの?でもさぁ、仮に俺のこと好きなら、裏切る必要なくない?意味わかんなくない?」
「おそ松!いったんストップだ!!」
本当に意味がわからないから、相談してみようと思ったのになぜかカラ松に顔の前にストップと手をパーにした形で言葉を遮られてしまった。
「なに?」
「あのさ、十四松って本当に裏切ったんだよね?」
眉間に手を当てながら、渋々といった感じで聞いてくるチョロ松に首を竦めてみせる。
「さぁ?でもお前らを撃ったのは事実だけどね」
「十四松はなにを考えているんだ?」
「僕、なんか頭痛くなってきたんだけど」
「ははっ、実は俺もさっきからすげぇ頭痛い」
「あーあ、暫くおそ松兄さんに会えないや」
周りに誰も居ない路地裏で一人愚痴をこぼす。
流石に本拠地から、一人で逃亡、腕はわりといい多数の部下達から逃げるのに無傷とはいかなくて、所々に受けた傷がジクジクと傷む。
「カラ松兄さんとチョロ松兄さんも怒ってるだろうなぁ」
不意打ちで撃った弾丸はチョロ松兄さんの腕を、カラ松兄さんの足を撃ち抜いた。
あれぐらいなら平気だと思うけど、少し心配だ。
流石に正面から対峙してあの3人相手にしたら、すぐに殺されてしまうのはわかってたから卑怯な手を使った。
それでも殺されなかったのは、おそ松兄さんが、少しだけ猶予をくれたから。
愛しくて愛しくて何よりも大事な人。
「唇柔らかかったなぁ」
触れるだけのキスをした。ビックリした顔をされて、そのアホっぽい顔がとてつもなく可愛いと思ってしまうのだから、きっともう末期症状だ。
「でも絶対わかってないんだろうな」
今頃、なんで?意味わかんなくない?とか言ってそうだと、想像するだけで自然と頬が緩んでしまう。
「やっぱり好きだなぁ」
おそ松兄さんは自分のことを少し元気のいい部下ぐらいにしか思ってはない。
それでも彼の側にいられるのが何よりも幸せで、心地がよくて好きだった。
きっと、今の現状を知られたら怒ってくれるんだろうなと、苦笑いが溢れる。
彼を守りたい。
本人に言ったらお前に守られるほど落ちぶれてねぇよって言われちゃいそうだけど、それでも僕は彼のことを守りたい。
きっと、もう、僕に笑顔は向けてくれないけど、それでも彼を守れるなら、僕はどんなことでもする。
「………おそ松」
誰にも聞こえない路地裏で1人誓いのように愛しい彼の名前を口にした。