ヒペリカム(仮)貿易に訪れた自国の面々に明るく振舞ってくれる店々、響く製鉄のキン…と水辺に通る音、過程によって出る炎を吹き逃す煙突のぼうぼうという音。初めてカムラを訪れた時は賑やかなざわめきに満たされていたな、とロイは二階部屋の窓から外を見やった。
現在は百竜夜行の影響でひっそりとしているが、花の香りをのせてくる風の音、水のちゃぷんと跳ねる音が聞こえてくる今の里も改めて綺麗な場所だと再認識させられる。それに里の人たちの張りのある声と製鉄の響く音達は昔のまま変わっていない。直に人々の賑やかさも戻ってくるのだろう。
あのヌシ・リオレウスの襲来から十数日が経過していた。里前を守る最後の砦にロイが到着した時には報告の違いに反応が遅れた砦の面々も瞬時に隊形を組み直し、迎撃の火を放っていた。
反撃の狼煙と共に放った里長フゲンの攻撃を皮切りに一斉に畳み掛けた攻撃により、元凶の怪物は弱々しい断末魔と共に地に倒れ事切れた。
皆で喜ぶ最中、ほっとした拍子に倒れ込んだロイにゼンチが慌てて駆け寄り、大怪我が発覚し、暫く療養ニャ、と里の受付場後ろ手にある家屋に引っ張りこまれ、治療を受け…そして現在に至る。
怪我の影響から熱も併発してしまい、うつらうつらと寝る日々が続いた。診察に来るゼンチによると里のハンターも全ての元凶であったモンスターの討伐に成功したそうだ。これで度重なる百竜夜行もやっと終わるのだろう。といっても彼も大怪我を負ったらしく、ゼンチもあちらこちらと行き来して忙しそうだ。
「忙しいのは別にいいのニャ。そんな心配よりも早く元気になってくれたらワシはそれでいいのニャ。」
そうにこりと笑って言われたら、甲斐甲斐しく面倒を見てもらっている患者の自分は大人しく療養に専念するしかない。
早く治したいと思う。そう思うのは寝て起きた後、部屋の戸を隔てた先の廊下にいつも色々な物が置かれているからもある。うさ団子だったり、りんご飴だったり…竹とんぼや木彫りのお面だったり、様々なお見舞い品が毎日と置いてあるのだ。里の皆の気遣いに早く…早く治したいと切実に思った。
丁寧に手入れされた自分の双剣がそこに加わったのは療養に入って三日たった頃か。
馴染みある自分の装備品なのにどきりとしてしまったのはその奥の人物を想像してしまったからだ。きっと手入れしてくれたのは、ナカゴだ。
あれから一度も会えていない。折角切り落とした尾も届けることが出来なかった。ちなみに紅玉は残念ながら出なかった訳だが。
答え合わせをしましょう。そう話した自分とその時の光景が浮かんでは体中がかぁっと熱くなってしまう。
厄災が去った今こちらもきちんと考えなければいけない。いけないのだが、改めて会う勇気が出ないのはどうしたことか。
療養中だから、そうずるずると伸ばせば伸ばすほどあの時の会話と…あの感触が鮮明に浮き上がっていく。
ひとり赤面して恥ずかしさに唸りながら布団に突っ伏し、気持ちがへとへとになる頃外を見ると満開の桜の隙間からふわふわと揺れ飛ぶしゃぼん玉が見えた。
ここは集会所二階、いつもの昼談笑場所のお向かいだと言うのに絶妙な高さで中の様子は見えない。
「会いたいな…。」
無意識に唇を擦りながら、ぽつ、と呟き出た言葉に矛盾してるなとロイは思わず苦笑した。
そして回復薬の助けもあり、少しずつ体力も回復の目処が見えてきた現在。
目を覚まし、お見舞い品のために恒例となった部屋の戸をガラと開ける。と、そこにナカゴが座りこんでいた。
「ナカゴさん!?いつからここに…」
「お昼食べてすぐ、くらいですかねぇ。何度か来たんですけどおやすみされてたので、今日は待ってみました。」
ほにゃ、と笑う顔はいつもの彼だ。空想ではない現実のナカゴにぎゅうっと心が鷲掴みにされる。
「壊れてた装備、直しておきました。…入ってもいいですか?」
「どうぞ…。」
おじゃまします、と部屋に入ったナカゴはそのままトンと戸を閉めた。たったそれだけのことなのに過敏に反応してしまう。元々閉まってたのだから、入ってまた閉めただけだ。そう自分に言い聞かせる。
座布団を二枚引き出し、ロイさんもどうぞ、いや、まだ布団の方がいいですか?と話し出す彼を必死にいや、座布団で!もう動けますから!と被せ気味に答える。じゃあ、とお互い座り込むと持ってきた装備の確認にはいると思ったのだが。
「答え合わせ、しましょうか。」
ナカゴの口からでた言葉にく、と息が詰まる。
次いで心臓がどくどくと鳴り始める。音が外に漏れてしまうのではと、慌てて胸を抑えた。
「色々考えたんです。あの時どうして離せなかったのか…触れたくて堪らなくなったのか。」
顔もあげられない自分に彼の独特の節のある声が穏やかに降り重なっていく。
「顔がみたいです…ロイさん。」
いつもと違うふんわりとした甘い口調にゆっくりと顔を上げた。
耳から頬まで、顔中真っ赤にしたナカゴと目が合う。すう、と彼から息を吸い込む音が聞こえた。
「僕は、ロイさんが好きですよ。」
一番聞きたかった言葉にじわっと泣きそうになって慌てて瞬きをした。言葉が心を包み込んで嬉しさを引き上げてくる。
きっと同じ想いだと思っていた。でも違うかもしれないとも思っていた。
泣くのを耐えているせいで鼻がツンと痛い。きっと赤くなって酷い顔になっているんだろう。
気持ちを返したいのに言葉がでない。感情がぐちゃぐちゃのままナカゴを見つめていたらあの時の嬉しくて堪らない顔で笑いかけてくるから。
あぁ、俺はやっぱり…。
トストス、と音がなり、はっと戸の方に注目する。
誰かがノックをしているらしい。
ごしごしと目元を急いで擦り、深呼吸を数回して整えるととの奥の人物へと声を掛けた。
「すみません。ミノトです。ロイさんに緊急の言伝が入りまして…。」
ナカゴに目配せをし、気持ちを再度落ち着かせた。緊急となれば早めに聞くしかない。
「どうぞ、入ってください。」
失礼します、と音なく戸をあけ、一礼して部屋に入るとミノトはナカゴの存在に気付く。
「大丈夫です。話して頂いて。」
促すとこくりと頷き、ギルドの印が入った手紙を渡された。
「ギルド伝てから公式文書がとどきました。」
今まで届いたことの無い個人宛の文に疑問を持ちつつもかさり、と手紙を開く。読み進めるうちに綴られる文章にざあっと血の気が引いた。どうして、なんでたどり着けたのか。
「なにが、書いてあったのですか?」
あまりにも顔色が悪くなったのだろう。心配気味にミノトが覗き込んできた。ナカゴもロイの側へと近寄ってくる。
「…至急、戻るようにと。家族も待っていると、そう書いてあります…」
それは、もう戻らないと決意し自分の存在を全て抹消してきた母国からの文書だった。
ヒペリカム
【花言葉】
きらめき・悲しみは続かない
別名『弟切草』
【花言葉】
秘密・恨み