Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    kotobuki_enst

    文字ばっかり。絵はTwitterの方にあげます。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 47

    kotobuki_enst

    ☆quiet follow

    いずあん。捨てられないものを捨てようとする話。瀬名は新しいペンとは別に替え芯もちゃんと買いました。対するあんずちゃんは悩んだ末にうっきーのオフショット企画のボツデータを送ったそうです。違う、そうじゃない。

    ##いずあん

    断捨離 わずかにざらざらとした質感が特徴の、銀色のシンプルなペンだった。多分少しいいやつ。百円均一でまとめ買いするような気安く使い捨てできるような品ではない。大切に使っていたものの、インクはとっくに切れてしまっていた。
     本当は替え芯を買って、これまでと同じように使い続けたかった。けれどこのペンは表面にメーカーも何も書いておらず、おまけにもらいものだったから結局交換には至れていない。捨てるに捨てられず、今やただのペンケースの肥やしになっている。





    「これ、まだ持ってたの?あんた物持ちいいよね」
    「え、あ」

     私のペンケースから勝手にそのペンを抜き取ったその人。私にこのペンをくれた張本人だった。ぱちんと比較的大きめな音を立ててペン先が飛び出る。

    「なんだ、もうインク切れてるじゃん」
    「ちょっと前に切れちゃいまして」
    「捨てればいいじゃん。ああ、捨てにくかったの?」

     変に気ぃ使わなくていいのにさあ。ぼやきながら部屋の隅に向かって歩き出す先輩。その先にあるのはゴミ箱だ。先輩の足を止めたくて、あわてて声をかけた。

    「もったいないのでインク交換したかったんです。先輩、メーカーとかどこで買ったかとか覚えてませんか?」
    「え?え〜〜〜〜〜〜、覚えてない……」
    「そう、ですか」

     そんなに気に入ってたの? そう問われて、弱々しく頷く。ふぅん、と興味なさげに零した先輩からペンを取り返したくて手を伸ばしたけれど、先輩はペンをそのまま持っていたバッグにぽんと放り込んでしまった。

    「でも他にペンあるんでしょ?ならいいじゃん。使えないものいつまでも持ち歩いてたってなんの役にも立たないし」
    「それは、そうですけど、でもまだ壊れてなくて使えるのに」
    「インク切れてて書けないペンを使えるとは言わないの」

     そう言われてしまうと、はい、としか言えない。わからないなりに自分で色々と調べてみた。分解して、似たつくりの替え芯を入れてみたこともある。けれど何をしても、これまでと同じものにはならなかった。先輩の言う通り、ペンとして役に立たなくなったものだ。
     さらさらとした書き心地が気持ちよかった。インクがすぐに乾いて手に付きにくかった。ペン先が細くて細かい字も書きやすかった。ずっしりとした質量が手に馴染んだ。違う。先輩にもらったから気に入っていたのだ。
     分刻みにスケジュールを詰め込んだ、ひたすら慌ただしい日だった。十数分だけ、珍しく帰国していた先輩と自分の空き時間が被っていたので、先方から伝えられたばかりの案件の修正箇所を伝えるために声をかけた。

    「詳細は後でメールで送りますが……。撮影スタジオが変更されます。それに伴って送迎のお迎えにあがる時間も早まりますので……」

     手元の資料を二人で覗き込みながら、胸ポケットに刺しているペンを取り出した。集合時刻の書かれた上にペン先を滑らせたものの、文字が黒く塗りつぶされることはなかった。インク切れだ。こんな時に。

    「すみません、確か鞄の中に他のペンが……」
    「いいよ手間でしょ、俺の使いな」

     先輩がジャケットの胸ポケットに刺していたペンを手渡してくる。瀬名先輩がペンを身に纏うのは珍しい。申し訳ないと思いつつも厚意に甘えることにし、それを受け取った。数カ所の文字の上に二重線を引き、側に変更後の情報を書き足していく。

    「この四点が変更になります。ご確認お願いします」
    「了解、目通しとく。メールの方もよろしくね」

     資料と共に借りたペンを渡す。資料の方は受け取られ鞄にしまわれたものの、先輩はペンの方は受け取ろうとしなかった。

    「それは持っときな。手元に無いと困るでしょ」
    「さすがに頂くわけには……!」
    「なに、俺の厚意が迷惑だって?」

     押しと我の強い先輩にそこまで言われると、頑なに断るのも失礼かと思った。ありがたく頂戴します。そう応えたときの先輩の微笑んだ顔が本当に綺麗で、今でも目に焼き付いている。
     さらさらとした書き心地が気持ちよかった。仕事に追われて精神がすり減っていっても、このペンで何か書いていると心の中の重たいものがすっと抜けていくようだった。インクがすぐに乾いて手に付きにくかった。手や文字が汚れてしまう心配をせずに、手を止めずに作業に集中できることが嬉しかった。ペン先が細くて細かい字も書きやすかった。難しい字なんかも誤魔化せないから、一字一字丁寧に、綺麗に書くように気をつけるようになった。ずっしりとした質量が手に馴染んだ。緊張するプレゼンの直前も大事な商談の最中も、いつだって胸から存在感を放って、私を勇気づけてくれた。その存在にずっと支えられていた。これがなければ駄目なのだ。
     ペンがなくなってからというもの、ずっと胸が軽かった。もちろん良い意味ではない。長年寄り添った伴侶を失った気分だ。あのペンのインクが切れてからずっと胸ポケットに鎮座している後継のピンクのペンを撫でる。この子も悪くはないが、やはりあの重みが恋しい。もう少し重量のあるペンに変えてみようか。そんなことを考えているとき、腰ポケットに入れていた端末が震えた。
     ホールハンズでのメッセージの受信を知らせるバイブだった。開いてみれば、ちょうど今朝日本を発った瀬名先輩からのメッセージだった。見送りと出迎えを怠ると大変気を悪くなさる先輩が珍しく「朝早い便だしあんたも仕事あるだろうから見送りはいらない」と言っていたので、お言葉に甘えて今回のお見送りはホールハンズでのメッセージだけに留めさせてもらった。その返信だろうか。

    『あんずが言ってたボールペン、くまくんと一緒にいるときに買ったやつでくまくんが店覚えてた。新しいの買ってあんたの机に置いといたからよかったら使いな。メーカーとかもくまくんが覚えてるから気になるならそっちに聞いて』

     メッセージを確認してすぐに、P機関の事務所に駆け込んだ。自分のデスクを確認すれば、確かに見覚えのない包みがひとつ置かれている。おそるおそる開封すれば、中からボールペンが一本転がり出てきた。
     あんずがずっと求めていたそれだった。銀色で少しざらついた、ずっしりとした重みのあるペン。あんずの心をずっと支えてくれた拠り所。ひんやりと冷たいそれを握ると、胸がじんわりと暖かくなる。胸に刺せば心なしか身体に力が漲るような感覚がした。欠けていた大事な自分の一部を取り戻せたような心地だった。
     そうだ、先輩にお礼の連絡を入れなくては。それから凛月くんにも。それにせっかくなので何かお返しがしたい。いつも私がもらってばかりだから。先輩は、何を渡せば喜んでくれるだろうか。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺☺🙏🙏🙏💖💖👏👏😍☺☺☺👏💖💖💖💖👍👍💗☺☺🙏☺❤❤❤👏💗💞🙏☺💖💞💞💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    kotobuki_enst

    DONE人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。
    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
    5561

    kotobuki_enst

    DONE膝枕する英あん。眠れないとき、眠る気になれないときに眠りにつくのが少しだけ楽しく思えるようなおまじないの話です。まあ英智はそう簡単に眠ったりはしないんですが。ちょっとセンチメンタルなので合いそうな方だけどうぞ。


    「あんずの膝は俺の膝なんだけど」
    「凛月くんだけの膝ではないようだよ」
    「あんずの膝の一番の上客は俺だよ」
    「凛月くんのためを想って起きてあげたんだけどなあ」
    眠れないときのおまじない ほんの一瞬、持ってきた鞄から企画書を取り出そうと背を向けていた。振り返った時にはつい先ほどまでそこに立っていた人の姿はなく、けたたましい警告音が鳴り響いていた。

    「天祥院先輩」

     先輩は消えてなどはいなかった。専用の大きなデスクの向こう側で片膝をついてしゃがみ込んでいた。左手はシャツの胸元をきつく握りしめている。おそらくは発作だ。先輩のこの姿を目にするのは初めてではないけれど、長らく見ていなかった光景だった。
     鞄を放って慌てて駆け寄り目線を合わせる。呼吸が荒い。腕に巻いたスマートウォッチのような体調管理機に表示された数値がぐんぐんと下がっている。右手は床についた私の腕を握り締め、ギリギリと容赦のない力が込められた。
    2294

    recommended works