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    kotobuki_enst

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    kotobuki_enst

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    初夜失敗した茨あん。据え膳は自分で用意するタイプの茨。「で」は「電気消せばいいですか」の頭文字です。

    ##茨あん

    下拵えは丁寧に 意外とロマンチックなシチュエーションを選びがちだというのは付き合ってから知ったことだ。告白はホテルの高層階でのディナーの最中だったし、記念日の贈り物は大きな花束。初めてキスをしたのは交際から三ヶ月後に、夜遅くに車で海浜公園に連れていかれたときだった。もし彼との交際に更に先があるのならばどんな女の子でもうっとりと惚けてしまうようなシチュエーションを用意してくるに違いないのだろうと思っていた。
     だから少し油断していた。共同の案件を終えたあとに慰労の名のもと二人きりでディナー——というよりも夕食を兼ねた普通の反省会——を行うのは初めてではなかったし、その会場に彼の家を提案されたのも内食の気分だっただけだろうと考えた。そもそも公私混同を嫌う人でプロデューサーとして顔を合わせるときに恋人としての何かを与えられたこともない。家に呼ばれ彼の手料理に舌鼓を打ちもちろん仕事の反省点や改善点も共有して、まさかそのまましっとりと口付けられベッドに縫い付けられるとは一切考えになかったのである。

    「駄目ですか」

     まるでドラマのラブシーンの冒頭のようだった。手首は穏やかに、されど確実に逃れられないであろう力で押さえこまれて、上半身だけを彼のベッドに横たえていた。上から覆いかぶさられ、足の間にこじ開けるようにして彼の膝が割り込む。
     
    「ダメです」
    「どうして」

     即答に次ぐ即答。きっぱりと断ったつもりだったが、その返答は想定済みだと言わんばかりの笑みで理由を問われる。付け入る隙を、窺われている。

    「なにも、準備してないし」
    「シャワー浴びてきますか?」
    「そうじゃなくて」
    「明日お休みなの知っていますよ」
    「違くて」
    「ご安心ください、自分あんずさんがお相手ならばどんな下着であろうと興奮する自信があります」
    「そういう心配はしてない」
    「脱衣所に新品のシェーバーを用意してありますのでよろしければお使いください。なんなら自分手伝ってもいいですよ」
    「なんで用意してあるの!?」
    「月のものは先週終わったばかりですもんね」
    「なんで知ってるの!!?」

     彼氏の嗜みですよ、と彼は笑う。私が思いつきそうな退路を全て先回りで絶ち、必死に理由を探す様をそれは愉快そうに見下ろしていた。

    「もういいですか」

     目を細めて舌舐めずりをして、スラックスの中にしまっていたカットソーの裾を引き抜いて、両手で押し返す胸筋はびくともしなくて。細身に見えて意外と筋肉あるんだよなぁ、などと思考が現実逃避を始めたとき。
     筋肉?
     鍛えてる……?
     体型……?
     刹那、脳裏を過ぎったのはここ数週間の食生活。忙しさにかまけて選んでばかりだった夜遅くでも買えるファーストフードのテイクアウト。自炊をする気力も湧かず、脳死状態で手に取るスーパーの売れ残りの唐揚げ。深夜の作業のお供にと作った鍋ラーメン。駅の自動販売機で朝食にと調達できる菓子パン。いつしか乗ることをやめた、体重計。

    「待って!!」

     力の限り押しのければ流石の茨くんも怯んだようだった。緩んだ拘束を抜け出して、ついでにベッドからも距離を取る。

    「まだ何か?」
    「今すごい太ってるからだめ!」
    「とてもお綺麗ですよ。健康診断でも標準体重だったでしょう」
    「それ以降やばいの!」

     もうどうして知っているのなんて愚問を口にする余裕はない。仕事用のスラックスはどれもウエストに余裕があったから油断していた。そろりと腹部に手を伸ばせば、数ヶ月前まではそこになかったはずの柔らかな感覚が指先を迎え入れる。

    「俺は気にしません」
    「私が気にするの! とにかくだめ!」

     テーブルの上に広げたままだった仕事用のノートを盾のようにかざせば、彼は小さくため息をついた。俯いたその表情は前髪で隠れて伺えない。ちょっとあけすけに言い過ぎただろうか。反省会のついでのように思えた今晩だって、もしかしたら彼はずっと前から準備していたのかもしれないのに。

    「で」
    「あの」
    「いえ、お先にどうぞ」

     何か言いかけた茨くんはその内容を明かすことなく私に言葉の続きを求める。最低だなんてよく自称しているくせに、私の考えもちゃんと尊重してくれることはもうよく知っている。

    「……せめて、あと三キロ。三キロくらい痩せるまで待ってくれない?」
    「そんなに増えてたんですか?」
    「ゔっ」

     そりゃあ、アイドルである彼はどんなに忙しくたって体型管理はばっちりなのだろうけど。茨くんは頭をがしがしと掻き毟って、それから渋々といったように口を開いた。

    「……わかりました。それまで待ちましょう」
    「……いいの?」
    「全く良くないですけど良くないって言ったら大人しく抱かれてくれるんですかあなた」
    「抱っ!? だめです……!」
    「でしょう。仕方ないのでもう少しだけ待ってあげますよ。代わりに今日は泊まっていってくださいね。もう何もしませんから」

     両手を上げて首を振る。彼にとってのハンズアップは私が考えているよりきっと意味が重い。おそるおそる盾を下ろして距離を詰めれば、彼の眉間に刻まれていた深い皺はようやくどこかへ消えてくれた。
     改めてシャワーを借りた後、寝る場所で一悶着起こしてから同じベッドで寝ることになった茨くんは宣言通り何かをしてくることはなかった。後ろから手を回して脇腹を揉みしだき「全然問題ないけどな……」などと呟いていたことを除けば。





     勝手に消されたらしいスマホのアラームの代わりに私に起床を促したのはどこからか漂うお味噌の香りだった。隣で寝ていたはずの茨くんは消えていて、ふらふらと寝室を出れば案の定キッチンに立つ彼を発見することができた。長めの髪を後ろで結んでエプロンを身につけた姿はESで見る普段の印象とはかけ離れていて、なんだかお母さんみたいだなあと思った。

    「茨くんおはよお」
    「お目覚めですか、おはようございます。ちょっと待ってくださいね」

     キッチンを覗けばこんもり盛り付けられた水菜のサラダと昨日の残りの切り干し大根が用意されている。それからお味噌汁と、匂いからして魚も焼いているようだ。さすがお母さん、朝から気合の入った献立である。何か手伝えることある、と言おうとしたが、茨くんは調理途中のはずのお味噌汁とグリルの火を止めてこっちへ向かってきた。

    「こちらへ」

     腕を引かれて連れてこられたのは昨日も入った洗面所だった。先に顔を洗えということなのだろうかと考えている間に茨くんは床にしゃがみ込んで、壁に立てかけてあった黒いガラス板を床へ敷いた。四隅に電極板の貼られたそれは私が今最も恐れるもの——体重計である。

    「乗ってください」
    「茨くんの前で!?」
    「前の体重は既に把握しているんですし今更でしょう」
    「無理! 太ったって言ったじゃんせめて後ろ向いててよ!」

     勝てる見込みのない取っ組み合いになるかと思ったが、茨くんは簡単に引き下がって「では自分は外にいますので」とあっさり洗面所を後にした。一人取り残された洗面所で数秒葛藤してから、恐る恐る薄板の上に足を乗せる。ひぃ、やっぱり増えて……、ああでも三キロは増えてない。しゃがみ込めば体重に続いて体脂肪率やらBMIやらも表示してくれる。さすがちゃんとしたの使っているなあ。思っていたよりは酷いことになっていなかった数値を指でなぞりながら、さてこれからどうやって彼を誤魔化しながら緩やかに痩せようかと考える。
     脱衣所を出ると、扉のすぐ横の壁にもたれた茨くんが何やらスマホをいじっていた。

    「健康診断から二・六キロ増えていますね」
    「なんで!? 見てたの!??」
    「あの体重計、記録は全部自分のスマホへ送られてくるので」

     にまあ、と悪い顔でスマホをかざす茨くん。なんだかんだ私のことを尊重してくれるという評価は改めた方がいいのかもしれない。その場にへたり込んだ私に合わせて彼もしゃがみこみ、床についていた両手を取られる。

    「今日からしばらくはここで暮らしてくださいね。自分が三食用意しますので」
    「ひえ……」
    「毎週のスケジュールも共有してください。適度な運動も必要ですから」
    「うえぇ……」
    「目標は一ヶ月で三キロです。一緒に頑張りましょうね」

     両手をぎゅっと握られ微笑まれた。恨むべきは何も考えずに三キロなどと簡単な約束を口走ってしまった自分か、それとも人の管理が大好きな恋人か。用意された低カロリーな朝食は、それでもちゃんと美味しかったのが癪だった。





    「だいぶ締まってきましたね」

     後ろから抱きつかれてお腹を撫でられるのはもはや日課のようなものだった。あれから三週間。低カロリーかつ栄養バランスの取れた三食の食事と空き時間ができるたびに引きずり込まれたトレーニングルームでの運動のおかげか、私の体重は順調に右肩下がりを続けていた。お腹まわりなんか特に、既に前より引き締まっているんじゃないかと思う。

    「あと〇・四キロ」

     これまでのペースで考えれば、あと一週間と経たずに私の体重は元の数値へ戻るだろう。明日起きたら突然茨くんの一ヶ月くらいの出張が決まっていますように、と祈りながらシーツを掴む。

    「楽しみですねぇ」

     背後で毒蛇が舌舐めずりをしている。食べ頃まであともう少しらしい。
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    kotobuki_enst

    DONE人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。
    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
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    kotobuki_enst

    DONE膝枕する英あん。眠れないとき、眠る気になれないときに眠りにつくのが少しだけ楽しく思えるようなおまじないの話です。まあ英智はそう簡単に眠ったりはしないんですが。ちょっとセンチメンタルなので合いそうな方だけどうぞ。


    「あんずの膝は俺の膝なんだけど」
    「凛月くんだけの膝ではないようだよ」
    「あんずの膝の一番の上客は俺だよ」
    「凛月くんのためを想って起きてあげたんだけどなあ」
    眠れないときのおまじない ほんの一瞬、持ってきた鞄から企画書を取り出そうと背を向けていた。振り返った時にはつい先ほどまでそこに立っていた人の姿はなく、けたたましい警告音が鳴り響いていた。

    「天祥院先輩」

     先輩は消えてなどはいなかった。専用の大きなデスクの向こう側で片膝をついてしゃがみ込んでいた。左手はシャツの胸元をきつく握りしめている。おそらくは発作だ。先輩のこの姿を目にするのは初めてではないけれど、長らく見ていなかった光景だった。
     鞄を放って慌てて駆け寄り目線を合わせる。呼吸が荒い。腕に巻いたスマートウォッチのような体調管理機に表示された数値がぐんぐんと下がっている。右手は床についた私の腕を握り締め、ギリギリと容赦のない力が込められた。
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