#カカサス版ワンドロワンライ お題「はじめてだったのに」「はいオレってば王様ーー!」
時刻は21時30分。飲み会の席で声高々に右腕を掲げた金髪頭の指先には、いかにも酔っぱらいの筆跡で「おうさま」と書かれた紙がヒラヒラと揺れている。久しぶりに集ったアカデミー同期の元悪ガキ男子たちが、一斉にその声に注目した。その時。
「あっ、カカシ先生じゃん!」
キバの放った一声に、一人俯いていたサスケの顔が持ち上がる。居酒屋の座敷席のど真ん中で、どんちゃん騒ぎをしている元教え子たちの姿にやれやれと頭を掻く姿は8年前のそれと何も変わらない。
「はあ…、サクラに呼ばれて来てみれば…」
最近やっと酒が飲めるようになったからか、調子に乗ってハメを外したのが一目瞭然。テーブルの上には、空のジョッキやらお猪口やらが食い散らかしたつまみと共に散乱している。告げ口しに来た当のサクラは、いのやヒナタたちとの女子会に切り替えるのだとすでに別の店へと向かって行った。
「ちょーどよかったってばよ!カカシ先生もくじ引いて!」
忍者が公共の場で騒ぐなど注意する間もなく、無理矢理引かされた割り箸の袋には「5番」の文字。
「はい!じゃー全員引いたってことでぇー。王様のオレが命令しまーす!!」
命令?とサスケの顔を見たが、フイとかわされた。昨日の夜、ベランダでしたことをまだ根に持っているのだろうか。音が響くとか興奮するとか、満更でもないことを言っていたくせに。
「7番が選んで借りてきたAVを、5番と一緒にオレんちで観る!!!」
そして、この発言から30分後。
サスケはレンタルビデオ屋の18禁コーナーに立っていた。7番と書かれた紙を握り締め、「18歳未満立ち入り禁止」の暖簾を潜って20分。未だ彼が中から出てくる気配はない。
「なあなあカカシ先生ぇ〜、サスケってばどんなの借りてくると思う?巨乳?人妻?ナース?」
「さあね…ってか、なんで俺らがお前んちでAV鑑賞なんてしなきゃなんないのよ」
「だってあの堅物のサスケがどんな顔して観てんのか見てみてーじゃん!」
「趣味悪すぎでしょ…。どう考えてもそこに俺いらないよね?」
「いやだって…いきなり二人きりで観るのとかなんか…アレじゃん…」
「アレって…(なんで照れてんのよ…)」
「あっ!!出てきた!!」
一体AV一本借りるのにどれだけ悩んだのか。たかだか王様ゲームの罰ゲームで20分以上吟味するなんて、笑いのネタ用におかしなタイトルを選んでいるか、観るに耐えないような特殊ジャンルを選んでいるのかのどちらかだろう。
「……」
「…おつかれ。」
「へへっ!で?で?どんなん持って来たんだってばよ?!」
長いことカーテンの前で待たされたのだ。あのザ・堅物優等生男子うちはサスケがどんなAVを選んできたのか。思わずカカシも身を乗り出し、どれどれと二人で手の中を覗き込んでみると…
「………」
「………」
「………なんだよ。」
『清楚でエッチな初体験!純白パンティお嬢様は汁だくスローセックスがお好き』
「れ、れいじょうモノ。。。」
「……サスケってこういうのが好きなの?」
「っ、いいからさっさと借りてこい…」
(…意外。観ないとは言わないんだ。)
カカシはサスケの手からDVDを抜き取ると、そのまま会計レジへと向かって行く。「あれっ、先生が借りてくれんだ?」とポカンとするナルトの横で、サスケは恥ずかしそうに口を噤んだままだった。
結局その後、ナルトの1Kアパートで飲み直した3人は、薄暗い部屋の中アンアン乱れるお嬢様の声を聞きながら、ビール片手にさきいかを頬張っていた。白いフリルのパンティはイマイチ萌えないとばかりに頬杖をつくナルトと、ベッドに寄りかかりビールを流し込むカカシ。そして。
「この子もうちっと乳があったらなぁ〜」
「(…ねえ、大丈夫?具合悪い?)」
「(……るせぇ…)」
カカシの隣で両脚を抱えたまま、膝から覗き込むように画面を見ているサスケ。股間が反応してるのかは分からないが、自分で選んだくせに全く食い付かないのは、やはりコッチには興味がないということなのか。
「(…もしかして、男女モノはじめて?)」
ピクッとサスケの肩が揺れたかと思えば、悪いかよ、と膝に顔を押し付けてカカシの指を握ってくる。ナルトからは見えない死角。そっと股間に手を当てれば、そこは少しだけ硬いような、硬くないような。
「(もしかしてAVもはじめて?)」
「(…それ以上言ったら殺す)」
清楚系お嬢様の初体験モノなんて、いかにも童貞が選びそうなドリームワールド全開のタイトルだなと、カカシは心の中でクスリと微笑む。
「(…早く帰ってエッチする?)」
「……(こくん)」
まあ考えてみれば12の頃からずっと男の身体しか知らず、寮と任務先の行き来だけでここまで来てしまったのだ。無理もないかと、カカシは最後の一口を飲み干した。
◇
「そんなに苦痛ならなんで断らなかったの」
上忍寮への道すがら、かれこれずっと気になっていたことを聞いてみる。いつものサスケなら、「くだらねえ」と一言放ってその場からすぐにでも立ち去りそうなものだ。それをわざわざ律儀に鑑賞会まで参加するなんて、何がどうしてそうなったのか。
「…アンタが、」
「え?」
「アンタが…ついてくるって、言うからだろ」
(え?俺?)
「ハタチにもなって、AV如きにビビるなんて、ダセェこと出来るかよ…」
開いた口が塞がらないとはこのことか。それはすなわち、ザ・堅物優等生男子のうちはサスケくんはビビっていたのだ。初めてアダルトコーナーの暖簾を潜った時も、壁中裸まみれの女のパッケージに囲まれていた時も、ひとつひとつ内容の書かれた裏側を読み、確かめ、棚に戻しながら20分間悩んでいた間も。
(ああ、なんでこんなに可愛く育っちゃったかな)
「そうだよね、そんなことできないよね」
「…アンタはどうなんだよ」
「え?」
「…ああいうの観て、抜いてんだろ」
ようやく彼の本音が溢れたところで、カカシはやっと腹落ちしたかのように歩みを止める。もしかして、わざわざビビりながらもAVを借りてナルトの家まで行ったのは、裸の女を観た自分の反応が見たかったから?
「うちはサスケくん」
「…んだよ」
「…俺が抜いてんのはお前だけだよ」
「…嘘つけ」
「不安なの?」
「バーカ。不安じゃねえよ自惚れんな」
「いや今のは自惚れるでしょー」
「…ウスラトンカチ」
(やっぱ可愛いわ、この子)
8年付き合っててもまだまだ知らないことがあるんもんだなと、カカシはすっかり拗ねてしまった愛しい恋人の肩を抱いて夜空を見上げた。
(…今夜もベランダで抱き潰そ)