Navigatoria「よう。隣いいかい?」
「鶴丸国永……どうぞ。僕でよければだけど」
「松井と話がしたかったんだよ」
まんまるい月が浮かぶ夜。部屋から外をのぞいてお茶をしていた松井の隣に、鶴丸はどっこいしょ……と言って腰を下ろした。鶴丸の腕の中にはこぼれそうなほどの茶菓子が乗っていた。あとで燭台切と歌仙に怒られないだろうか、と松井はすこし心配になる。
「……月がきれいだなあ」
「うん…ほんとに。僕らの存在なんて、ちっぽけだと言わんばかりなくらい」
「……荒療治なことをして済まなかったな」
「鶴丸国永、謝らないでいいよ。僕はあのとき、まだ未熟だったんだ。今なら、主の気持ちも貴方の考えも理解できる。鬼役大変だったんだろう?……三日月さんとは会えたのかい?」
「いーや。まったくだ」
しょうがねえヤツだぜ。鶴丸は茶菓子の包装をベリベリッと外して口に放り込んだ。いろいろ葛藤があったのだと予想できた。
浦島からあの編成をしたのは鶴丸だと聞いたときは驚いた。顕現したばかりの松井と、やさしい浦島虎徹。刀剣男士としての責任を持てという意味だと松井は理解した。
正直、いまでも人を斬るのはこわい。刀としての身のときにたくさんの血を吸ったのに、また血を吸わなければならない現実は酷だとも思った。
この両手は既に真っ赤に染まってしまっている。どんなに洗い流しても消えることはない――。江は、業でもあるから。
ここにいる仲間たちは、己と向き合って強くなっている。まだ飲み込むには時間はかかるかもしれないが、豊前を守れるくらいに強くなりたいと松井は願っていた。
そう思えるようになったのは、島原の任務に行ったからだ。行った当初は心臓が痛かったけれど、今なら行って良かったと思えている。
鶴丸国永は強い――それは弱さもあるからだ。そのことを知ることができたのは、成長できたんじゃないかと思う。
あとで聞いたことだが、豊前が鶴丸に怒り、そして感謝を述べていたそうだ。ほんとうに豊前は僕に甘いなあと松井は思った。
「鶴丸国永は強いね」
「俺か?俺にも弱い部分はいーっぱいあるぜ!いいんだよ、弱い部分があったって。受け止めてくれるヤツがいるんだから、甘えるときは甘えりゃいいんだ。ほれ、どうだ一杯」
「いだたくよ」
鶴丸は袂から小瓶を取り出し松井へ投げた。松井は両手で受け取ると、をすぐに開けて乾杯をした。
「へえ、呑みやすいね」
「だろう?三日月の部屋からぶん取ってきたから旨いはずだぜ!」
「え、それは大丈夫なの?」
「俺たちにたいへんなことをさせてんだ。それくらいは許してもらんと割りに合わねえだろうが」
「ふふふ」
「なんだ?なにがおかしい?」
「いえ。鶴丸国永は三日月宗近が好きなんだねと思って」
「好きと言うか、腐れ縁みたいなもんだぜ?」
「それだけ絆があるってことだよ」
「そうかねえ」
鶴丸は瓶に入っている酒を一気に飲み干した。酒のつまみになるかは分からないが、松井は昼間に作ったクッキーを差し出した。
「鶴丸国永、この菓子を食べてみてくれないか?乱藤四郎と一緒に作ったんだ。現世で言うと、クッキーと言うらしい」
「お、いいね!ありがたくご相伴にあずかるぜ!でも、旦那が食う前に俺がいただいていいのかい?」
「だ、旦那って……っ!豊前はそんなんじゃ……!」
「ははは。俺は豊前江とはひとことも言ってないんだがなあ」
「もうっ!……三日月宗近は、前に豊前たち――江の仲間になにか指令を出していたそうなんだけど。貴方はなにも聞いていないのかい?」
「ぜーんぜん。主に報告してるのかも分からねえしなあ。ほっっんと、あいつには困ったもんだぜ。一発殴らねえと俺の気が済まねえってもんさ」
「呼んだか?」
澄んだ声に二人は左側の通路を見る。そこには、三日月宗近が立っていた。顔をまじまじと見るのは初めてかもしれない。
「げ、三日月……!」
「げ、とはなんだ。つれないなあ」
三日月の後ろには豊前がいて、顔の前で手を合わせていた。豊前は遠征から帰還したんだ。お迎えできなくて済まなかったね。豊前が出したカンペには「三日月さんは鶴さんと話があるってよ」と書いてあった。
ああ、そういうことか。それなら僕はおいとましようか。
「鶴丸国永、今夜はありがとう。今度、手合わせをお願いしたいな」
「おう、よろしく頼むぜ!って、おいおい三日月。その笑顔はやめろっ。おい、こらあああ」
「俺と話がしたいのであろう?それとも殴りたいんだったか?」
松井は盆を手に取ると、豊前の方まで足早く向かう。
「おかえり。出迎えられなくてごめんよ」
「いいってことよ。鶴さんとは話できたのか?」
「うん。彼はすごいなあ。……豊前、僕も強くなるね」
「ああ。ゆっくりでいんだ。まつのペースで進んでいこうぜ」
「ありがとう」
「しかしなあ」
「?」
「松井が作ったクッキー、俺が最初に食べたかったぜ」
「そ、それは……」
「じゃあ、詳しくは部屋で聞こうか」
「ちょ、ちょっと豊前!!」
(ここからさきは見せられないんだ。ごめんね。僕は豊前と濃い時間を過ごすとするよ)