忘羨ワンドロ「甘える」 月が明るく輝く夜だ。虫の音が軽やかな風と共に、静室へゆったりと入り込んでくる。魏無羨は床に寝転がったまま天子笑を煽り、秋の匂いがする風をゆっくりと吸い込んだ。肺が幸せで満たされる。横を見れば藍忘機は文机に向かって書き物をしている。僅かな隙も見出せない、その凛とした佇まい。淀みのない筆の動きは、目を奪われて時が経つのを忘れてしまう美しさだ。しかし、この世でただ一人、魏無羨だけはこの誰も寄せ付けない空気を纏った含光君の隙をいとも簡単に生み出すことができる。
「なぁ、藍湛」
魏無羨は起き上がり、四つん這いで藍忘機の前までやって来た。紙の上を自在に滑っていた筆が止まる。藍忘機はふと目を上げた。返事こそないものの、その瞳は目の前の存在への愛で満ち溢れている。魏無羨はそれを見た途端、堪らなく嬉しくなって、藍忘機の顔を両手で包み込んだ。
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