七めめそれは地下鉄の車両に似ていた。
どこまでも続く蚯蚓の穴。終点の無い、存在しない車線を走る、地下鉄の幽霊。
「この列車は、乗客の想像力で姿を変えるんだよ」
いつの間にか隣に座っている「それ」が微笑む。
「その姿も、私の頭の中を覗いて作っているのですか」
「悪趣味だと思った?」
「ええ、とても」
私の愛した女性の姿をしたそれが困ったように眉を下げる。
「ごめんね、でもこの姿も私にはどうしようも無いんだ。だって君のイメージによって作られているからね」
「ここに来たのは、私を退治でもするためかい?呪術師」
「いいえ、あなたと取引をするために」
●●線最終電車が出た44分44秒後にやってくる銀河鉄道。そこに乗っている人物は全て死者だが、自分と、もう一人だけ“例外”がいる。それを見つけ出すと、どんな願いも叶えてくれる。
「そんな与太話を信じてここに来た人は久しぶりだよ……見たところ、いろんな場所に顔を突っ込んでいるようだね。良いのかい?呪術師、公私混合じゃ無いのかい?」
「彼女を生き返らせるためなら、どんな罪でも被る覚悟です」
「覚悟というより、自棄に近くないか?」
七海建人は唇を歪ませて虚に笑う。絶望を何度も味わった者の表情だった。
「……良い顔だね、建人くん。その様子だと他の奴らに頼んだり色々試したりしても駄目だったんだろうね。そうだよ、死んですぐのものならともかく、死んで随分時間がたったものを生き返らせるなんて。ただ命を吹き込むだけじゃない、過去を改変するんだ。下手したら私が死んでしまう」
「では、選んでください……今死ぬか、彼女を助けて死ぬか」
「……わかったよ。でも、それなりの代償は払ってもらうよ」
「なんなりと」
「代償は、君の命だよ。建人くん」
「……それだけですか」
「それだけって、それを渋る人は多いんだよ」
「彼女が生き返るのならば、私の命など安いものです」
「ねえ、本当に?」
彼女の姿をしたそれは私の手をとる。
「建人くん、本当にそう思っている?」
「ええ」
「私は建人くんに生きて欲しいよ」
私が死んだことで、ずっと辛くなっているなら、もう楽になっていいんだよ。
私が死んだのは、事故であって建人くんのせいじゃ無いんだよ。
ねぇ、私の分まで生きて
「めめさんなら、そういうでしょうね……でも、私は自分が許せないんですよ。めめさんのいない世界で生きる自分が」
「建人くん、それはエゴだってわかっている?」
「ええ……」
「欲望に正直な人間は好きだよ。でも、今の君の命はいらない。君が死ねないと感じた時、むごたらしくその命を奪ってあげよう」
「その命と引き換えに彼女を生き返らせてあげるよ……しかし……」
それが最後の言葉を紡ぐ前に、七海建人の意識は水底に沈んでいった。
七海建人は自室のベッドの上で目を覚ました。かつて、その部屋にはもう一人住人がいたのだが、七海建人はそれをすっかり忘れていた。
部屋の隅に落ちてある海の写真集、それを誰が買ったのか思い出せない。
いつから置いてあるのか、埃の被ったそれを開くと、明るい色の海と白い砂浜の南洋の島々が魅力的に写されていた。
「ヤァ、久しぶりに人が来たね。無くした記憶を取り戻したい?……本当に良いの?
だって、それは誰かが君を助けるために、引き換えにしたものかもしれないんだよ?
それを思い出したら、君はまた、死ぬかもしれないのに?
改変した過去を元に戻すのかい?自分が消えてしまうかもしれないのに?
そこまでして会いたいの?……そう。じゃあ、会わせてあげる」