ある補助監督の談 嫌いなんだ、と思っていました。
五条さんの名前を出したり、実際五条さんが目の前に現れると歌姫さんは本当に嫌な顔をしていたので。
あ、僕は関西地区で補助監督をしています。歌姫さんとは任務に同行することが多くて、でも特に女性として意識はしていなかったです。素敵なひとだな、とは思っていましたが。どこかひとを寄せ付けないというか、ひととの距離を詰めすぎないというか。あ、でも決して冷たいとかじゃなくて、親切だし聡明だしお酒の席では楽しいし……憧れ、ていたんだと思います。
でもあの日。歌姫さんの東京出張に同行した日。廊下で会った五条さんといつもの言い合いの後、少し俯いて、それから顔を上げて五条さんを見て、笑ったんです。
見たこともない、とても優しい顔で。
僕はその顔を見て全身の力が抜けて、持っていた書類を落としてしまって、その音で振り返った歌姫さんは微笑んだままの顔で。
ええ、落ちました。恋、なんでしょうか。知らない穴に落ちた、って感じでした。
随分長い時間、歌姫さんの顔を見つめていた気がします。いや、一瞬だったのかも……。
気が付くと五条さんがとてもいい笑顔で僕が落とした書類を拾ってくれていたんですけど。
渡された時に言われた言葉の意味を理解するのに、またしばらく時間がかかりました。
「もう僕のだからね」
この気持ちが恋かどうかも分からないまま、僕はまだ穴の中で歌姫さんの笑顔を思い出しています。
ある補助監督談(関西地区担当)