36「ちょっと!パパが買ってくれた車やっぱり高いんですけど!!」
私はパソコンで輸入車の価格を調べていた。毎月幾らずつ払えばいいか逆算する為だ。
「ん?いくらだった?」
悟はソファーに寝転んでテレビを見ている。
「年式とかグレードとかいうやつもちゃんと見てるんだけど、安くても中古で200万越えてる……」
私は恐ろしくなった。
「200万くらい?いんじゃない?」
悟は関心がなさそうだ。
「くらいじゃないよ!私は国産のやっすい車で十分だよ!走ればいいよ!初心者なのに!」
「あの車なら多少事故っても死なないから大丈夫だよ。まあ、山道で崖から落ちたら死ぬかもしれないけど」
「返済が大変だわ……」
「だから、返さなくていいって。親父が勝手に買ったんだから」
「そういう問題じゃないのよぉ」
「あいつにもらった金もまだあるんじゃないの?それで返せば?」
「凪さんにもらったお金はなるべく使いたくないのよ。なんならそのお金で自分で買った方が良かったかなぁ」
「ま、実の好きにしたらいいよ。ところでなんか映画観ない?」
話は終わり、と宣言されてしまった。
生活費とは別に、車の分は月々3万ずつ地道に返済しよう……。
4月に入り、私は高専に通い出した。
悟は急な任務が入る事があるから、1台の車で出掛けることはなかったし、そもそも悟は運転しなかった。免許は持っているようだが、高専の運転手さんがいて、専用車両で送り迎えだった。
高専の事務棟は比較的校門から近くにあり、校舎や道場、呪術師の待機施設とは離れていた。
事務棟はそれほど大きくはないが2階建で、総務部、人事部、経理部、情報システム部と、各部署が二階で仕事をしていた。一回は休憩室や更衣室があったが、使っていない部屋もあった。
事務棟にいる人間に制服はなく、「黒いスーツならなんでも」という感じだった。
各部署は2~3人で、経理は私と雫石さんという女性の2人だった。雫石さんは経理をやっいるというイメージにぴったりな細い黒縁のメガネにひっつめたお団子ヘア人で、とても細やかな気配りができる優しい女性だった。
始めは雫石さんがやっている仕事を一緒にやりながら、少しずつ仕事を覚えていった。
「五条さんは覚えるのが早くて助かる。あの五条さんの遠縁とは思えないほど常識人だし」と言われ、悟の普段の仕事振りが心配になった。
各部署がワンフロアにいる状態で、みんな優しく和気あいあいと仕事をしていた。殺伐とした世界に身を置く人たちとは思えなかったが、パパの温厚さを考えるとそんなもんなのかな、とも思う。
仕事をしていると、自然と悟の名前が出てくることもある。「そういえば五条さんはさ、」と聞こえたので「はい」と返事をしたら、「あ、ごめんね!悟さんの方!」と言われて恥ずかしくなった。入籍していなくても、私は生まれた時から「五条」だ。
「ややこしいから実さんって呼んでもいいかな?」と言われて快諾した。
こうして事務棟で私は名前で呼ばれることになった。
なんとか毎日仕事をし、特に何事もなく平和に過ごしていた。悟を高専で見かけることはなかった。ちょっと意外だった。
仕事を始めて一月ほどたった時、「そろそろ実さんの歓迎会をしよう」という話が持ち上がった。事務棟のスタッフは全員参加、教師たちにも声をかけてみる、任務がなければ参加するだろうとの事だった。
その晩悟にその話をすると
「俺も行く」
とだけ、不機嫌そうに言った。
歓迎会は金曜の勤務後に高専近くの居酒屋で開かれた。教職スタッフは皆任務があり不参加だったのが残念だが仕方ない。
乾杯しても悟はまだ来ていなかった。確か今日は任務があったはず。
私はお酒を飲まなかったが(体が心配で飲まないようにしている)、皆はどんどん飲んだ。無理にお酒を勧められる事もなく、楽しく世間話をして楽しんだ。
「うぃーっす」
ふらっと悟が現れた。
「あれ?五条さん参加だっけ?」
総務の宍戸さんが顔を赤くしている。
「参加するに決まってるでしょ。はい詰めて~」
悟は私の隣に無理やり入って来て座った。
というか、参加表明していなかったのか……。
ほどよくみんなの酔いが回ってきたところで、システムの堀さんが口を開く。
「聞いていいのか悪いのか分からなくて黙ってたけど、お酒の場だし聞いてもいいかなぁ」
私と悟は身構えた。
「なんでしょう?」
「実さん呪力がないみたいだけど、実さんの体を覆ってるその膜みたいなのは何?」
そっちか。
なるべく人を弾かないようにどんなに少しでも接触を避けてきた。高専の人たちはみんな呪力を持っているので尚更気をつけていた。そりゃそうか、見えていて当たり前か。
「私も気になってたのよ!」
「俺も!」
やんややんやとみんなが賛同する。
「えーと……私もよく分からなくて……」
そういうとみんな声を揃えて「へぇーー??」
と言った。
「ただ、呪力を弾くのは分かってるんですが…」
術式の強制解除と無意識の許可には触れないでおく。
「へぇーーーーーー???」
と尚更が不思議がっている。
「弾くってどんな風に??」
「呪力を持っている人やものが触ろうとすれば弾きます。呪力が弱ければ静電気程度の痛みで済むと思います」
「誰かやってみて!」
人事の長田さんが提案する。
隣で悟がピリピリしているのが分かる……。
結果、痛みの程度に差はあったが全員が痛い思いをして爆笑していた。
「あれ?五条さんは実さんに触れるの?」
「俺?俺は触れるよ?だって……」
「悟!くんは!……親戚なので……」
危ない。悟あぶない。
そして言い訳が苦しい。
「あーなるほどね~!」
あ、納得していただける。
「実さんの彼氏は大変だねぇ。触ろうとする度に痛い思いするんでしょ~?っていうか一生触れないよねぇ?」
「呪力弱ければ弾かないので……」
「そっかー!世の中強力な呪力を持った人間だけじゃないもんねぇ!」
「私たちの感覚おかしいからねー!」
みんな笑っているが私は隣の悟からずっと殺気を感じていた。
怖すぎる。
歓迎会はキャッキャウフフのままにお開きになった。
帰りは私が運転する車で二人で帰った。
「あいつら気安く実に触ろうとしやがって今度触ろうとしたらマジビンタ決定」
「楽しかったしやめてよね……」
「明日休みだろ?」
「うん。土日は完全に休みだよ」
「実は触らせようとした罰で寝かせない」
「なんでそうなるの?!罰って何よ!!寝かせないって何するすもりよ!!」
「バカお前!前見て運転しろよ!!」
「悟が悪いんじゃない!!」
「うっせ!このやろ!」
悟が胸を触ってきた。
「ぎゃあ!!何すんのよ!!!」
「意地悪してんだよ」
「危ないからやめて!!」
「はい、前見て運転してくださいね~」
もう助手席には乗せないと心に決めた夜だった。