トレンディカイ晶 これは平凡な私に訪れた、彼にまつわるめくるめくハッピーのお話。多分、きっと。
「急げ、晶!」
「待って早いですカイン!」
春。桜咲き誇る川沿いの並木道。
平日にも関わらず賑わう有名花見スポットを楽しむでもなく、二人は足早に歩いている。各々、両手にはマチのある大きな紙袋。中身はこれから商談提案に使う、自社製品のブックだ。
視界の端で晶が肩で息をしながら一瞬立ち止まったのを見て、カインが戻ってきた。
「一個持つよ」
「あ、ありがとうございます。さすがエース、優しいですね」
白いスーツの肩にくい込む書類が詰まったショルダーバッグを直すと、スーツ姿のカインの隣に並んだ。
「おだてても何も出ないぞ」
「わかってますよ!」
数時間後、紫に暮れる帰り道。一杯飲んでく?というカインに続いて暖簾をくぐった。
「じゃ、お疲れ!」
「乾杯!」
ガラス越しに桜並木が見える横並びの席で、冷えたグラスを合わせた。
「はー。電車遅れは焦ったが、上手くいってよかったよ」
「ほんとですね。もう次のデザインも頼んでもらえたし、とりあえず安心しましたね」
「やーそうだな。これも晶デザイナーのおかげだよ」
「いえいえカイン先輩のアプローチの賜物ですよ」
「いやいや。お、これもうまいぞ食べたか?」
「まだです。あっほんとだおいしい」
「な。というか晶、顔赤くなるの早くないか?」
「もう赤いですか?」
「まあな。だから最初っから茶も頼んだのか」
「そうなんです。とりあえずビール、とはいえお酒はあんまり飲めなくて……今日は終了します」
「あはは、そっか。無理しなくていいからな、弱いやつには体によくない」
「はい、ありがとうございます」
ひとつ上の先輩であるカインは、晶が入社した時にはすでに営業として頭角を現しており、ホープとして先輩社員達に可愛がられていた。
眉目秀麗、スポーツ万能、背が高くて喋りも上手く、親切で愛想もいいとなれば女性社員も放ってはおかない。当然やっかみを受けてしまうこともあるようだったが、大抵の場合はそちら側が悪いような印象になる、そんな人なのだった。
一方商品部のデザイナーである晶は、カインと入社以来組んで仕事をしていた。各デザイナーの得意分野と得意先の仕事内容によって、どの営業と仕事をするかは決まる。
キリッとした赤髪で目立つ映画の住人のようなカインは、入社直後から同期達の噂になっていた。なので仕事をするにあたって紹介された時は色んな意味で私大丈夫かしらと思ったものだが、他部署とはいえ面倒見がよく明るいカインとの仕事は楽しく、当初の心配は概ね杞憂だった。
それはかくいう晶が礼儀正しく気が利いて、きちんと言葉を選べる上にノリもいいので、害がないともいうし、こちらも可愛がられているからということに他ならないのだった。
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二階の席でガラス越しに街行く人々を眺めながら、晶を待っていた。
誰も彼もが荷物を抱えて足早に通り過ぎていく。あの有名な場所でなくとも、スクランブル交差点というものは皆見ていなそうに見えてうまく避けるものだなと思う。
コーヒー片手に頬杖をついていたカインは、カチャリとそれをソーサーに置いた。
ふと見るともなしに目だけで視線を上げると、交差点の向こうに晶の姿を見つけた。小さな偶然に、知らず頬がゆるむ。赤いマフラーを巻いて、カチューシャをつけているのだろうか。少し着膨れたシルエットがかわいらしい。
信号が変わると、四方から人々が進む。晶は早足で真っ直ぐにこちら側にやって来て、渡りきると上を見上げた。ぱちりと目が合うと、にこりと微笑んでミトンの手を振った。