※モブがいるので苦手な方はスルーしてください🙇♀️
「組頭にお会いさせてください。俺を側近にと」
午前の業務開始の鐘が鳴り、組頭の執務室に向かっていた側近3人の前に現れた、尊奈門よりも少し若い青年。凛とした顔をしているがその急な物言いに3人は顔を顰める。
山「お前は?」
尊「こいつ黒鷲の新人です。この前入隊したばかりの」
山「なぜ新人が側近に」
尋ねながら高坂に、組頭と押都に伝えろと目配せをし、小さく頷いた高坂が走り去る。
「俺の方が側近に向いていると思います」
尊「は!?お前…!」
怒る尊奈門を山本が手で制し、険しい顔ではあるが冷静に、着いてこいと促し一緒に組頭の執務室に連れて行くことに。
組頭の執務室には伝えに走った高坂と事態を聞いてきた押都小頭が。
押「申し訳ないうちの部下が」
雑「まあ話は聞こう、それで?」
山本に謝る押都と言葉は優しいものの目は鋭い組頭。
「恐れながら、先輩お二方よりもお役に立てるかと」
雑「二人というのは高坂と諸泉のことか?」
「はい」
尊「っ!」
今にも襲い掛かりそうな尊奈門を高坂が止め、代わりに押都が口を開く。管轄下の部下、それもこの前入隊したばかりの者が組頭に意見するなど本来は許されるものではないのだ。
押「お前何を言っているのかわかっているのか」
「先日の戦で組頭をお見かけしました。その際にお側にいたのは山本小頭だけで、他の側近方はどうしたのかと思ったら先に帰城していると。組頭をお守りすべき立場でありながら組頭よりも先に帰城するのは怠惰としか思えません」
組頭や小頭の凄みにも臆せず生意気な物言いをする新人。山本は何か言いたげな表情をしているが組頭の言葉を待つ。
雑「で?お前には側近を務める力があると?」
「はい。訓練の新人戦でも一位でした」
「俺は必ず組頭をお守り、組頭のお役に立って見せます!なのでどうか俺を側近に」
皆言いたい事しかないのだが、新人と違い弁えているので静かに全ての決定権を持つ組頭の方を向く。
雑「…。わかった」
「ありがとうございます!!」
尊高「組頭っ!!」
予想外の答えに驚く高坂と尊奈門。
雑「ただし試用期間を設ける。一週間だ」
雑「一週間でお前が2人よりも優れていると証明しなさい」
「はっ!」
自信満々の新人と爆発寸前の高坂と尊奈門、ため息をつき頭を抱える小頭たち。
雑「3人は普段通り私の側近を頼むよ。1人増えるけど仕事に影響すること以外は一切手出し無用。好きにさせろ。押都、悪いけどこの後三忍を呼んでくれるかい」
押「御意」
解散後、山本は組頭の元へ。
山「何故許可したんだ?いくら何でも新人を急に側近になんて」
雑「だって実際に体感しないとわからないでしょ、務まらないって。」
山「…務められるわけが無いというのは同じお考えのようですね」
雑「当たり前だろう?私の側近なんて3人しか無理だと思うよ。」
雑「まあ2人にはいい経験になるんじゃない?後輩の面倒を見る練習だよ」
山「全く貴方は…」
ニヤリと笑う組頭。
山本が去った数分後、「組頭、お召しにより黒鷲隊三忍参りました。」と戸の外で声が。
雑「ああお入り」
三「失礼致します。」
雑「押都からは?」
弾「概ね内容は聞いております」
反「後輩が失礼な態度を。申し訳ありません」
頭を下げる三忍に顔を挙げるよう合図する組頭
雑「お前達が謝ることはない。確かに少々教育が必要そうだがなぜ新人が側近になりたがるのか同じ隊の3人なら何か知っているかと思ってね」
顔を見合わせる三忍
椎「実は里で褒められたと」
雑「もしかして私にかい?」
頷く椎良。
反「見習いの鍛錬場にいらした組頭がお前は筋がいいと仰られ、それを鵜呑みにして天狗になったようです」
雑「まあ基本見習いの子は褒めて伸ばす派だしねえ。入隊後は容赦しないけど」
弾「そして入隊後の新人戦でも一位になったため更に調子に乗って我が隊でも手を焼いていまして」
雑「それで?」
椎「同級や歳の近い先輩も見下し、特に自信を持つきっかけとなった組頭のお側にいる高坂さんと尊奈門にライバル心を持ったのでしょう」
弾「共に任務を重ねている我々なら2人の力を十分知っていますが他の隊の新人ゆえ甘く考えているようです」
反「2人の実力も努力も知らない癖に…」
三忍は新人に対して失礼な態度を取ったことよりも誰よりも努力をしてその役目を任せられている仲間が侮辱されたことの方が許せない様子だった。
雑「私の側近は思ってるほど甘くないし能力の他に相性も必要なのを知らないようだね。ありがとう、きっと陣左と尊がイライラしている頃だろうから何かあったら2人をサポートしてあげて」
三「はっ!」
三忍が去り、さあどう教育しようかとニヤと笑う組頭。
その頃…
「早速組頭のお手伝いしてきます」
先輩を差し置いて自己判断で動く新人と待てと止める小頭。
山「組頭が扱う仕事という意味がわからないのか?」
厳しい顔で言われた新人はわからないのか首を傾げる。
高「組頭の元に上がってくるのはどれも重要機密。とてもお前が見ていい内容ではない」
「ですが」
山「側近の仕事は多岐に渡る。何が出来て必要なのか考えて動きなさい」
その後山本と高坂は書類を取りに一度長屋へ、尊奈門は新人を連れて再び執務室へ向かった。
部屋の中では足の踏み場がないほど書類や書き損じが広がっているが、いつもの光景で慣れている尊奈門は手早くそれらをまとめながら中に入る。
雑「ああ来たね。お前はとりあえず茶を頼むよ。尊はこれ代筆しといて〜」
尊「またですか!?」
もぅーと言いながらもテキパキと巻物に組頭の字で署名する尊奈門。巻物に書かれているのは忍び文字で書かれた次の戦の戦略や、殿に向けて書かれた忍軍の報告書だった。
尊「絶対これ代筆がバレたらやばいやつですよね…」
雑「だからきちんと私の字で書くんだよ?これも修行になるし」
偽書の術などの為に他人の字を真似る訓練もしているが組頭の字を任せられるのは側近だけ。そもそも雑渡の字は達筆すぎて真似をするのも他の者では一苦労なのだ。
「お茶をお持ちしました」
雑「ん、そこに置いといて」
新人が机に3つ湯呑みを置くが、それを一瞥した尊奈門は何も言わずに立ち上がり部屋を出る。
「次は何を」
雑「書類は見ないように。武器の手入れをしてくれ」
書類を読みながら武器を保管している部屋の端の箱を指す。
それからまもなく、部屋の外でわずかに気配がし、山本と高坂が部屋に入ってくる。
山「こちら報告書です」
雑「また量が多いねえ」
山「うちは文書主義なので」
高「組頭こちらの書類は私が担当します」
雑「さすが陣左、気が利くね」
山「高坂に甘えないでください」
その時ちょうどゆっくりと戸を開きお盆に湯呑みを二つと竹筒を乗せた尊奈門が入ってきた。
それを見て新人はあからさまに嫌そうな顔をする。
「あの茶は俺がさっき持ってきました」
尊「はあ…お前組頭の事本当にお慕いしているのか?」
言いながら湯呑みではなく竹筒を雑渡に渡す。
尊「それに小頭と高坂さんもすぐ来るとわかっていてなぜ用意しない。大体茶の淹れ方も違う」
「え…」と言葉を失う新人
それを見て雑渡は竹筒のお茶を飲みながら鋭く右目を新人の方に向ける。
雑「わかるか?側近、というか忍びには観察力と教養も必要だ」
「っっ〜///」
初めて屈辱を受けたとでもいうような顔でその後挽回しようと4人を観察しながら武器を磨く新人。
数刻後
雑「やっと終わった。だよね?陣内」
山「ええ。お疲れ様でした」
雑「はあー疲れた。ねえ明日は休みだしうどん屋にでも行かない?」
尊「いいですね!」
雑「じゃあ店探し頼んだよ〜」
次の日
店「お待ちどう様!」
雑「ありがとう」
店主が去った後、箸を持とうとしない雑渡。
「あの、召し上がらないのですか?」
雑渡はその言葉には返事をせず、無言でチラッと目配せする。
山「私が。」
一口食べ頷く山本を見て「あっ毒味…」と呟く。いくら毒に対する訓練をしているとはいえ、組頭という立場上、身内が作ったもの以外は毒味をする決まりとなっているのだ。
高「いくら領内といえど気を抜くな!」
雑「まあまあ陣左、とりあえずおうどん伸びないうちに頂こう」
雑「いい店だったね」
尊「次はきつねにします!」
雑「…」
和やかな帰り道だったが、急に雑渡が立ち止まったため新人も足を止める。その時雑渡がヒュっと短く矢羽根を飛ばした。
「(つけられている)」
その瞬間雑渡の後ろに尊奈門、左右を山本と高坂で守るように囲む。
一息遅れて敵の気配を察知した新人も苦無を握る。
高「(木の上から気配が七つ)」
尊「(後ろからも三つ)」
雑「(面倒だなあ)」
矢羽根を聞きながら緊張する新人。
山「(ご指示を)」
雑「(可能な限り生け捕り)」
はっ!と言うと同時に全員地面を蹴る。ちょうど人里離れた林で遠慮なく武器を振るうが数はあちらが2倍。
1番大きな木の上で敵3人をまとめて相手しながら指示を出す雑渡。
しかしそれを見た敵が一斉に指揮官を潰そうと雑渡を狙いだす。すぐさま皆も組頭の近くまで飛び応戦。
相手は殺しにかかってくるがこちらは生け捕りの命令。攻撃を流しながら隙を狙う為、実戦経験が少ない新人は体力がギリギリだった。
その為逆に一瞬隙を与えてしまい、新人が対峙していた敵はすり抜けて雑渡の方へ。
尊「組頭!」
尊奈門が気付き、敵と対峙しながら雑渡に知らせる。
雑「陣左!」
雑渡に呼ばれるのとほぼ同時に高坂は対峙していた敵を気絶させ、すぐさま雑渡の元へ飛び、襲いかかる敵に蹴りを入れた。
それでもまだ相手の方が数が多く、今度は別に2人がかりで雑渡の背後を狙う。
雑「陣内は後ろ!尊!右に回れ!」
尊「はい!」
雑渡は片目しか使えない分、死角からの攻撃にすぐ反応できるよう訓練しているため、敵と戦いながらも指示を飛ばす。側近たちも自身に向かってくる敵を倒しながらも常に雑渡を視界に入れ、指示を聞き逃さないよう、また雑渡のその身を守るよう神経を集中させていた。
そして多少時間はかかったものの敵を全員捕え、縄できつく縛った。
雑「はーせっかくの休日だったのに。皆怪我はないかい?」
高「はい問題ありません」
息一つ切れる事なく着物の汚れを払う高坂と山本。
尊「お前は?あっここ切れてる。」
「え?」
1人息を切らして汗を垂らした新人の腕を見て指摘する尊奈門。
尊「毒はないようだな。ちょっとじっとしてるんだぞ。」
そう言って手際よく自分の手拭いを割き、新人の腕に巻いた。
尊「これでよし。帰って消毒しろよ」
「はい。あの…ありがとうございます」
雑「じゃあ陣左が狼煙あげて応援呼んだことだし、こいつら連れて帰るよ」
帰城後
高「組頭、湯の準備が整ったのでどうぞ」
雑「ありがとう。じゃあ入ろうかな」
湯殿で高坂と尊奈門が手伝うのを見て自分もと包帯を解くのを手伝う新人。普段、限られた部下にしか肌は見せない雑渡だが、今回はおとなしく座っているだけだった。
シュルシュルと包帯を取るにつれて段々見える赤い火傷痕や今までの経験を物語る大小多くの傷跡が現れる。
それを目にして手を動かしてはいるが目を逸らし鼓動が早くなっている新人に雑渡が声をかける。
雑「無理しなくていいよ。後は2人に任せるから」
その声はいつも通り低く抑揚はないが冷たくはなく、むしろ部下を気遣う優しさが含められた声だった。
「いえ…」
それでも新人は無理に手を動かすが、その指先は震えていた。見かねた雑渡は一つ息を吐いて上着を羽織り火傷跡や傷痕を隠してから新人の方を見る。
雑「側近が大変なのがわかったかい?」
「…。」
雑「私も自分の見た目がどうかはわかってるからね、部下に無理をさせたくない」
俯く新人と黙って見守る高坂と尊奈門。
そして沈黙にまた一つため息をつく雑渡。
雑「お前は自分の方が側近に向いてると言ったが、昨日今日、実際に仕事してみてまだそう思うか?」
「いいえ…」
雑「能力さえあればと思っていたようだが、はっきり言って気配りや教養、実力、どれも側近にできるレベルではない」
「はい…申し訳ありませんでした」
雑「陣左や尊奈門に対する態度も。最初に、前の戦で2人が私よりも先に帰城したことを責めていたが、あれは私の指示で先に城に戻し、戦で負傷した仲間たちをすぐ手当てできるようにしたんだ。」
「えっ…?」
雑渡の言葉で自分は誤解をしていたことを知る新人。
雑「戦が終わるとすぐ私や小頭はその後始末や殿の報告等で抜けるため、城に戻った部下に細かく指示を出すことは難しい。そのため私の側近である2人に隊を任せるんだ。2人なら私の意図を正しく理解してその務めを果たしてくれるからね」
新人は組頭に信頼され、自分が知らないところで忍軍のために働いていた先輩2人に申し訳ないという気持ちが湧き、それまで大口を叩き、見下した態度をとっていたことに対し頭垂れて素直に謝罪した。
その後すっかりおとなしくなった新人を下げ、風呂に浸かり、高坂と尊奈門の手伝いにより清潔な包帯と着物を身につけ私室に戻った雑渡。
戸を開けるとそこには部屋の下座で正座している山本がいた。
山「お帰りなさいませ」
雑「報告を」
山「はっ。捕らえた者は全員、今回殿が狙っている城に雇われた忍びでした。我らの動向の偵察に行くよう言われたようです」
雑「雇われ忍者なら始末しても問題ないね。殿に報告は私から。急がなくていいと思うが隼に、潜入している黒鷲へこのことを伝えるよう指示してくれ」
山「御意」
膝をつき、頭を下げる山本。
雑「あと、月輪の高坂殿にも伝言を頼める?」
山「高坂小頭に?」
雑「今見習いの子たちが高坂小頭のもとで研修しているはずだから頼もうかと」
山「あの新人をですか?」
雑「うん。可哀想に今まで指摘してくれる大人が少なかったみたいだからね。あの人のもとなら技術も礼儀も一から叩き直してもらえるでしょ?」
そう言う雑渡は見るものを凍らせるような目でニヤリと笑った。
山「…承知しました。再研修を受け入れてもらうよう伝えておきます。」
雑「よろしくー」
そしてその数日後、一度入隊を果たしてはいるが、見習いの子たちと共に高坂小頭の叱咤激励を受けてすっかり心を入れ替えた新人が見かけられたという。
おしまい