ホームルーム終わり、バッグ片手に廊下へと出た。いつも放課後は真っ直ぐ部室へ足を向ける。けれど今日はその足を、逆方向へ出して歩いて行く。窓から見える空は青く広がり、絶好の部活日和だ。なのにオレの口からはため息が漏れる。貴重な梅雨の晴れ間、ロードで直線を駆け抜けたいのに。そうも行かない事情に、また口から深い息が出た。
「新開」
ふいに呼びかけられ振り返ると、見知った顔がこちらへ歩み寄ってくる。
「お前もこれから委員会だろ? 一緒に行こうぜ」
ニカッと笑いそう言った人物は、去年までのクラスメイト。今年クラスは別れ、彼はいま靖友のクラスメイトになっている。物怖じしない性格で、靖友ともうまく付き合えているらしい。よく二人で話しているのを見かけていた。
「せっかくいい天気なのにさ、こんな日に委員会なってやってらんないよなー」
つまらなそうに呟く彼は、サッカー部に所属している。屋外でのスポーツをしている者にとって、天候はなにより大事なのだ。
「正直サボりたい」
ポツリと漏らした本音に、彼はだよなぁと同意してくれた。二人で顔を見合わせ、いまの他のやつには内緒なと笑い合い廊下を進んで行く。
「そういやさ、新開って荒北と仲いいよな?」
「……そりゃ、同じ部活だからね」
彼の質問に他意はないはず。なのに少しだけ身構えて、返事が遅れてしまった。だって、オレと靖友は仲がいい……だけでは済まない関係だから。恋人である靖友の名前が、部活仲間以外から出るとつい警戒してしまう。
「靖友がどうかした?」
動揺を見せないよう顔を作って、それとなく探りを入れてみる。それに何か考えるような仕草をみせた彼に、靖友が何かやらかしたのかと緊張しながら次の言葉を待った。
「いやさ、あいつ好きなやつ知ってる?」
「へ?」
思いもよらない質問に、混乱して何も言葉が出てこない。もしかして、オレたちの関係がバレたとか。わざわざオレに訊くところが怪しすぎるんだけど。ちょっとまて、これはどう答えるのが正解なんだ。
「もしかして知らない? 新開なら聞いてるかと思ったんだけど」
「えっと、なんで、靖友に好きな人がいるって……」
「え? あー、そっか。ゴメン、最初から説明するな」
さっきまでと変わらない態度で話す彼に、オレとの関係を疑ってないことはわかった。気づかれないよう息を吐き、笑顔を貼り付け続きを促す。
「そうしてくれると、ありがたい」
「今日さぁ、クラスでどんな子がタイプかって話になったんだよ。んで、アイドルの名前出すやつとか、優しい子とか、スタイルいい子とかみんな好きに言うじゃん」
「うん」
「でも荒北はなーんも言わないの。だから、みんなでお前も言えってせっついたんだよ。そしたらあいつ顔のいいやつって言ってさ」
「……かお?」
靖友のタイプなんて初めて聞いた。しかも顔って……これってどうリアクション取ればいい。靖友に、可愛い顔の女の子が好きだって言われるのはちょっと嫌だ。かと言ってオレのことを言ってたとしても、それはそれで複雑だったりする。だって顔って……オレには他にいいとこないみたいだろ。
「やっぱそうなるよな! もうみんな一瞬でドン引き。顔で相手選ぶって、絶対言っちゃダメなやつじゃん!」
たぶん渋い顔をしていただろうオレに、勘違いしたのか彼は靖友のセリフにダメ出しを始める。
「あー、うん。でもスタイルって言うやつとそんな変わんないんじゃないかな……」
「確かに、言われてみりゃ一緒か」
「そうそう」
もう一度、張り付け直した笑顔でなんとか靖友をフォローした。それに彼も納得したのか、なるほど頷いてくれる。
「って、悪い話それた。俺が言いたかったのはそこじゃなくて、なんて言うの? んーと、荒北さ誰か思い浮かべてた気がすんだよな」
「だれか?」
「そう、ちょっと考えてから言ってたし……何より一瞬、ほんとに一瞬だけだけどあいつ笑ったんだ! あんな顔見たことねーよ!」
興奮気味に伝えてくる彼に、靖友がどんな顔をしたのかわかってしまう。きっとオレにだけ見せる、あの顔で笑ったんだ。つまり、靖友はオレを思い出して答えたということで。たまらずニヤけてしまい、慌てて口を手で隠し彼から視線を外した。
「新開、やっぱあいつ好きなやついるよな!」
「えーと、オレはその顔見てないし。靖友とそういう話もしないから……悪いけどわかんねぇな」
取り繕ったセリフだけど、本当ことは言えないんだから勘弁してほしい。
「そっかー、新開も知らねぇか。めちゃくちゃ気になんだよなー荒北の好きなやつ」
君のすぐ横にいるよ。心の中で呟きながら、気を抜くと緩みそうになる口許を引き締める。
「ちなみにさ、新開のタイプはどんなやつ?」
突然こちらを向いて、彼は興味津々な顔で尋ねてきた。その質問は彼以外にも、いままで何度もされている。けれどタイプなんて本当になくて、いつも適当に流してた。でも、いまはすぐに浮かぶ顔がある。
「好きなやつ……かな」
ほぼ無意識に零れた言葉に、彼はわずかに動きを止めた。そして次には眉間にシワを寄せてしまう。
「モテるやつって言うことまで違うのな。イケメンがそんなん言って落ちない女いないだろ」
口を尖らせイジけたようにそう言った彼に、苦笑いを浮かべるしかない。
――だって、オレのタイプは後にも先にも靖友だけだから。
「って、まって、新開! もしかして好きなやついるの?」
途端に顔を明るくして詰め寄ってこられても、やっぱり正直に話すわけにはいかない。目的の教室までは後少し。それまで適当に流すしかないなと、内心ため息をつきながら思う。
願わくば、どうかこのことが靖友に伝わりませんように。