今日も一日を終え、眠りにつこうとベッドへ潜り込む。そうして明かりを消した瞬間、枕元に置いたスマホが通知を告げた。手繰り寄せ明るくなった画面を覗くと、メッセージが一件きている。すぐに開くとそこには大切な人の名前。
『靖友』
たったこれだけ。でもこれは無理に返事しなくてもいいよう、新開が気づかってくれてるのをオレは知っている。
『どうした?』
短く返事して、次のメッセージを待つ。するとすぐに相手からも短い返事がきた。
『寝てた?』
『寝てねーよ』
『そっか』
『おまえこそ寝る時間じゃねーの』
『うーん、そうだけど』
『けど?』
『靖友なにしてるかなーって』
メッセージを見た瞬間、ふわふわと微笑む新開が浮かんでくる。同時に会いたい気持ちが膨らんで、気づけば通話ボタンをタップしていた。
「え、もしもし」
「もしもーし」
「靖友、どうしたの?」
「いや、アー、……直接話したほうが早くねェ?」
しばしの沈黙の後、くすりと笑う音が聞こえる。
「うん。オレもそのほうが楽しい」
ひどく甘く耳に届いたその声に、どんな顔して言っているのかすぐにわかった。同時に胸がキュンとして、余計に会いたくて堪らなくなる。ばれないよう細く息を吐き、表情筋を引き締めた。ビデオ通話ではないのだから、ここまでする必要はない。でも顔と一緒に気持ちまで緩み過ぎて、変なことを口走りそうだったんだ。
「そうそう靖友。今日バイト先で聞いたんだんだけど近くにおいしいデザート出してくれるカフェができたんだって」
「カフェ?」
「そう、なんかクロワッサンとワッフルが合わさったデザートがうまいらしい」
「へー……って、なに? もしかして食いに行きてェの」
「あ、うん。……行きたいなとは思った」
「福ちゃんと一緒に行ってこいヨ。そういうとこなら、アップルパイもあんだろ」
「……うん」
「え、なに? もしかして福ちゃんに断られたのか」
「いや、そうじゃなくて」
「なに?」
「あの、その、話してくれた子がさ、えっと彼氏と一緒に行ったんだって」
「うん」
「でさ、めちゃくちゃ楽しそうに話すもんだから、その……」
「その?」
「いいな〜、とか思っちゃって……オレも、靖友と行きたい、な、とか、ね」
だんだん小さくなっていく新開の声。それでも、オレの耳には最後までちゃんと届いた。この声の先で新開は、ほんのり頬を染め恥ずかしそうにしているのだろう。そう思うと、もう胸はキュンを通りこしてギュンとなる。
――くっそ、可愛い。つーか、いますぐ抱きしめてキスしてェ。
「やすとも?」
枕に顔を突っ伏し悶えるオレを、新開は不思議そうに呼ぶ。そりゃそうだ。見えてるわけじゃないんだから、急に相手が黙ったら誰でも不思議に思うだろう。
「もしかして、引いた?」
「はァ? なんでだヨ!」
「だって、自分でもどうなんだって思うし」
「だから、なにが?」
「えっと、……なんか思考が乙女すぎねぇ」
確かに、それは否定できない。でもオレはさっきまで、これに悶えてたわけで。つまりは可愛いからいいんだ。
「べつにいいんじゃねェの」
「え?」
「一緒にいきてェんだろ」
「うん」
「なら今度そっち行った時、付き合ってやんヨ」
何気ない風に言いっているけど、オレの顔はかなりニヤけている。本当に電話でよかった。
「いいの?」
「だァら、さっきからそう言ってんだろ」
「……靖友、ありがと」
「おう」
「へへ、楽しみだな」
ほわりと吐き出された声、同じように顔も綻んでいるんだろうな。次に会えるのは、まだまだ先。もちろん本音はいますぐにでも会いたい。けれど近くにいられないから、こんな小さな約束ひとつをお互い大切に出来るんじゃないか、そう思うことがある。
「新開」
「ん?」
「……なんでもねェ」
「えー、なにそれ! 気になる!」
電話口でわーわー言い出した新開に、小さく笑いが漏れる。そうしてオレは音を出さずに唇だけを動かした。
――好きだぜ。