一緒にお風呂に入りたいラギ監シリーズ13「ラギー先輩…どこへ行くんですか?」
「どこって…バイトしに行くんスよ。」
頭がぼーっとする。
地面が…ゆがんで見える。
「こんな状態でですか?!」
「これくらい大丈夫ッスよ。なんてことない…。」
ユウくんの匂いがすぐ近くにあって、そこでオレはユウくんに支えられていると気づいた。
いつもはよく通る声も、なんだか遠くに聞こえる。
「ダメです!今日はバイト休んでください。連絡は私が入れますから、ラギー先輩は寮に戻って」
「だから、大丈夫だって…。」
のぞきこんできた顔が、今までに見たことがないくらい目がつり上がっていて。
ユウくん…そんな顔もできたんスね、なんて呑気に思う。
けど今は、ほっといて欲しい。
オレはバイトに行かなくちゃ…。
なんてのは、次の瞬間、耳を突き破るほどの大声に止められた。
「病人は大人しく寝てなさあああああい!!!」
あー…おっかねぇ。
ユウくんを怒らせるとああなるのか…。
もう絶対怒らせないようにしよう、ってオレは心に誓う。
って…まだ怒ってるみたいだけど。
「えっと…ユウくん、怒ってる?」
「…………。」
少し離れたところから、無言で睨み付けてくるユウくん。
そんな顔したってかわいいだけなのに。
…てか、ユウくんは怒ると黙るタイプなんスね。
「あー…えーっと…ご、ごめんね。」
「…………。」
ちなみに今、オレたちがいるのはオンボロ寮。
オレはユウくんのベッドで一眠りして、大分体調も良くなったところ。
なんでサバナクロー寮じゃなくて、オンボロ寮なのかって?
あの後、サバナクロー寮へ強制的に連れて行こうとするユウくんに。
「オンボロ寮がいいッス…。」
と冗談まじりでオレがおねだりしたからだ。
ユウくんはしばらくオレを見つめて。
「…大人しく休むって、約束してくれますか?」
「えっ?あぁ…うん。約束する。」
断るのかと思いきや、その気になればすぐに破れるような約束をしてきた。
…いや、あの雰囲気じゃ破る気になれないけど。
「それなら…オンボロ寮に行きますよ。」
ユウくんは不機嫌さを全く隠すことはせず、オレをぐいぐい引っぱって。
オンボロ寮にたどりつくと、自分のベッドへぽぽーいと放り投げるようにして強制的に寝かしつけた。
一応オレ、病人なんスけど。…わりと雑に扱われるんスね。
いや、怒らせたから…か。
「私はバイト先に連絡入れますから、ラギー先輩は寝てくださいね。」
今日のバイト先はモストロラウンジだったから、きっとこれからアズールくんに連絡するんだろう。
パタンっと閉まったドアの向こうで、ユウくんの話し声が聞こえる。
ユウくんの布団でぐるぐる巻きにされたオレは、なんか複雑な気持ちだった。
体調は確かに悪くて、頭もぼんやりはしてるけど。
…何をしても、ユウくんの匂いがする。
ユウくんの部屋なんだから当たり前だけど。
目を閉じれば、ユウくんに抱きしめられているような、あったかさと香り。
かすかに聞こえるユウくんの声。
…なんか、すごく…安心する。
オレのまぶたが重くなるまで、そう長い時間はかからなかった。
次に目を開けた時には、大分気分もスッキリしていて。
体を起こせば、無言で仁王立ちして睨んでくるユウくんがいた。
ちらっと見えた窓の外はすっかり暗くなっていて、思ったより長い時間寝ていたことを告げる。
気まずい雰囲気の中、色んな言葉をかけてみたけど…状況は変わらず、ユウくんは黙ったままだ。
「あ…オレ、外泊届け出してないし…体調も良くなったから、帰るね。」
「………っ!」
オレがベッドから降りようとすると、ユウくんはすごい勢いでこちらに近づいてくる。
反射的にまた怒られる、と思ったオレは少しあとずさって身構えた。
「ゆ、ユウくん。ちょ…!!」
ぎゅっと目をつぶったオレに、怒声や衝撃はいつまで経っても訪れず。
かわりにふわっと抱きしめられた。
一瞬何が起こったか分からず、頭に「?」を浮かべていると、ちゅっとおでこにキスをされる。
え、待って。本当に何が起こってるの?
閉じた目をゆっくりと開ければ、そこには心配そうな顔をしたユウくんがいた。
「熱…下がったみたいですね。」
「は?…え?」
「良かった…。」
心底安心したという声で言い、ユウくんはもう一度抱きしめてくる。
あれ?…もう、怒って、ない?
と、油断したオレがバカだった。
「ラギー先輩。」
「はい!」
今日何度目かのユウくんの怒った顔。
自然といい返事が口から出る。
ユウくんは一度目をつぶると、オレにしっかりと目線を合わせた。
すうっと息を吸うと、いつもよりゆっくりと、重みをもって言う。
「もっと自分を大事にしてください。」
「…へ?」
てっきり罵られるのかと思っていたから、マヌケな声が出てしまう。
自分を…大事に?
「ラギー先輩は優しすぎるんです。人のことは気にかけるのに…自分のことには無頓着すぎます。」
そんなことはない、と言いたかったけど。
今日の行動を思い返したら、何も反論できなかった。
「それに…ラギー先輩に何かあったら…私…。」
ユウくんはすっと視線をそらしてうつむいた。
その頬に一筋の涙が伝う。
オレは無意識に、ユウくんの頬へと手を伸ばした。
「ごめん…。」
「私っ…怒ってるんですよ?」
きっとユウくんは怒っているだけじゃない。
こんなに震えて…。
オレはユウくんの両頬を包むようにして上を向かせ、目線を合わせた。
「…ごめんなさい。」
「………っ。」
オレの言葉に、ユウくんの目からぽろぽろと涙がこぼれていく。
ユウくんは震える両手をオレの手に重ねる。
「もう…無茶しないって、約束してくれますか?」
「うん。約束する。」
「絶対、ですよ?」
「うん…。」
ユウくんは自分のことを泣き虫だと言っていた。
泣くなとは言えない。けど、どうしても泣くなら、嬉しい時に涙を流して欲しいと思っていた。
けど、このユウくんの涙は…。
―いいかい、ラギー。
大事な人ができたら、その人のためにも自分を大事にするんだよ。
ふといつかばあちゃんに言われたことを思い出す。
その時は全然意味が分からなかったけど。
…今、ようやく分かった気がする。
「ごめん、ユウくん。…ありがと。」
ユウくんの涙を指ですくいながら言えば、くすぐったそうに目をつぶる。
何度かぱちぱちとまばたきを繰り返した後、ユウくんはすっと目をそらした。
「いえ…私こそ。病人相手に怒鳴ったりして…すみませんでした。」
「あー…あれは…。かなり効いたッス。」
「ごっ、ごめんなさい!」
「シシシッ。いーッスよ。おかげで調子良くなったし。」
いつもみたいに笑って見せれば、ユウくんは安心したように微笑んだ。
「まだ本調子ではないと思うので…外泊許可をレオナ先輩からもらいました。今日はここで、ゆっくり休んでください。」
いつの間にレオナさんへ連絡をしたのか。それに…なんて説明したのか。
これは帰ったらからかわれるなと思いながらも、オレはユウくんに促されるままに再びベッドに横たわる。
「何か食べるものを作ってきますね。あと、タオルも持ってきますから。ちゃんと大人しくしててくださいよ。」
「シシシッ。はぁーい。」
ユウくんはオレに布団をかけると、ぽんぽんっとあやすようにたたく。
目を合わせれば、ふっと微笑んで。
それが誰かに重なった。
「ユウくん…母ちゃんみたい。」
母親の記憶なんてほとんどないけど。
いたら…こんな風かなって。
けど、オレのその言葉はユウくんにはお気に召さなかったようで。
目を見開いた後、口をとがらせてしまった。
「私、ラギー先輩のお母さんじゃなくて…」
彼女…です。
ぼそっと言ったユウくんの言葉は、聞き逃してしまいそうなほど小さかったけど。
オレの耳にはきちんと届いていて。
あ~そんなかわいいこと言われたら…また熱出そう。
当の本人も言ったことが恥ずかしくなってきたのか、顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「あれぇ?ユウくんも熱出てきたんじゃないッスかぁ?」
「…もぉーっ!大人しくしててください!」
「シシシッ。はいはーい。」
ぷりぷり怒りながら出て行くユウくんをぼんやり眺めて。
オレの意識は夢の中へと入っていった。
…ねぇ、ばあちゃん。
オレ、本当に大事な人ができたッスよ。
絶対に手放したくない、大事な人が。
~番外編~
子ラギーとばあちゃん、ある日の会話
「オレはばあちゃんのことが大事ッス!」
「シシシッ。私もラギーのことが大事だよ。けどねぇ。」
「…?」
「…まぁまだしばらくは、ラギーに大事にしてもらおうかね。」
「…??」
「シシシッ。お前もいつか、本当に大事にしたい相手ができたら分かるさ。」
「???」
「その時はきちんと紹介しておくれよ。」
「…?わ、わかったッス!」