尻尾俺は寝付きが悪い。
今になって始まったことじゃないから、最近は悩むこともあまりない。
外灯が部屋を薄ぼんやりと照らす。通り沿いの部屋はうるさい分安い。
ベッドに入ってしばらく経つ。酔っ払って通りを歩く賑やかな人波は少しずつ途切れていく。
朝練があった頃は「なんでこんなに疲れてんのに寝れねえンだ、チクショウ」と思ったこともあったけど、今はただ眠りの尻尾が見えたらゆらゆらと揺れるそれを上手く掴むことだけを考える。
通りが少しずつ静かになっていく。仰向けになって天井を見ながら、こうやって昔も天井を見てたなァ、と、そんなことを思い出したのは大学進学のためにひとり暮らしを始めてからだった。
静かな部屋は生き物の気配がなく、高校時代のいつもうるさかった寮生活からの反動も大きいのかもしれない。
何度寝返りをうっても眠れない。苛々して起き上がり「この時間に何かしてみようか」と試してはみたものの、今の自分は自転車で走ること以外にはすべてほどほどの熱意と価値しかないことを確認しただけだった。
眠れない夜ほど長いものはない。ため息を吐きながら何度も寝返りをうち、丸くなって薄い眠気の膜が身体を覆うのを毎日待った。
総北高校の金城真護のことは、レースで見かけるたび「なんつーか、インテリヤクザみてえだなァ」と思っていた。まさかここで再会するとは思っていなかった。
金城は自分のことはあまり話さないし、考えてることはよくわかんねえ。普段は物静かだしよく本を読んでいる。
だが、ただの「お利口チャン」ではない。
レースが絡んだら、その理性的な男とは思えないほどの熱を内側から発露する。そして速く、周りに目を配り戦況をみてゴールスプリントで俺の背中を押したりしやがる。
端正な顔立ちと落ち着いた振る舞いは、とても女にモテる。悔しいとか妬ましいとかそんな気持ちより先に、そりゃそうだよネ、と納得してしまう。
まあ、そんなだからたびたび女に囲まれている。
それを見ながら俺は「そいつはお前らが思ってるよりそそっかしいし、天然チャンだヨ」と心の中で舌を出す。
そういう時の自分がどんな顔をしているのかなんて、考えたこともなかった。
まさかこんな所で再会すると思わなかったもうひとり、呉南工業の待宮栄吉が「なんっちゅう顔をしとるんじゃ」と言うまで。
視線の先にいた金城を見た待宮は「なんじゃ、あん中に好きな子でもおるんか?」とニヤニヤしながら聞いてくる。
「ッセ、ちげーよ!」
その声に金城が振り返る。その顔を見ながら「昼飯食いに行こーぜ!」と声をかけるとホッとしたように金城が笑った。
こちらを振り返った女たちに待宮が全力で爽やかな笑顔を見せている。
うん、やっぱりこいつはアホかもしんねえっていうかアホだ。
賑やかな昼時の食堂で「金城は何にするんじゃ?」「なんだ奢ってくれるのか」「アホ言うな」と言い合う二人を後ろから見ながら、なんだこの組み合わせ、といまだに思うことがある。
最初からこんなに和やかだったわけじゃない。
初めて一緒に飯食った時、金城がなんかの話から「福富たちからも荒北をよろしくと頼まれている」と言ったことがあった。
そういう庇護にずっと甘えてきたことは自覚している。
ここを選んだ理由は、工業学科があって、この先続けるかどうかはわからないが自転車競技部があったとか、まあ、いくつかあった。
「一緒に来ないのか」と新開に真剣に聞かれたこともあった。けれど静岡へ来ることを選んだ。
あの庇護から離れられないんだろ、お前?と自分の中の自分が嗤う。
ひとりで立ちたい。ひとりで自分と向き合ってみたい。
それがあの日貰ったものに報い、前を向いて生きるためにできる最大のことだろう、たぶん。
そうだよな、福ちゃん。
あいつらは父でもあり母でもあり兄弟でもあった。とても大切なものだ。それはこれからも変わらない。
そりゃ不安もあった。『家族』のいない所に行くのは初めてだ。
だからって無理に保護者になってくれなくていい。頼まれたからって無理に世話する必要なんかあるわけがない。
「そんなのこっちからお断りだよ!」と椅子を蹴って立ち上がった。その様子を驚いたように見ていた金城は「すまない」とびっくりした表情のまま言った。
椅子を蹴る様子を見ていて箸が止まった。
こういうふうに怒りを表す人間に会ったのは、たぶん人生で初めてなんじゃないかと思う。獣みたいだな、と思った。鋭利な爪が常に出ている。あれでは自分の顔や身体にも傷を作るだろう。
レース中はそれでもいいかもしれない。でも日常をこういうふうにしか生きられないのだとしたら、それこそ放っておいてはいけない気がした。
自転車競技部に籍を置き、そこにやってきた元箱学のエースアシストを見た時、正直、嬉しかった。こいつと一緒に走ったら面白いことになるかもしれないと胸が躍った。
扱うのが大変なのは端から見てもよくわかっていたけれど、それよりも期待が勝った瞬間だった。
気まぐれで、誘えば来ず、誘わないと怒る。納得のいかないことははっきりと、と言えば聞こえはいいが、暴言の矢を降らし牙を剥く。それは日によって猫か猛獣のような差はあれど、懐かない獣に変わりはなかった。
初めて食堂で話をしていて荒北が椅子を蹴った瞬間、呆然としてしまった。でもその姿から目を離せなかった。
不躾なことを言ったことを侘びなければならないと思った。
でもそれだけではない。
怒りを纏う獣が肩を怒らせて歩いていく。その背中に見惚れてしまったのかもしれない。気付いたら席を立って追いかけていた。
「荒北、お前ちゃんと寝てるのか?」と目の前で飯を食っていた金城が箸を置く。
「オカンみたいじゃのぉ」と一緒に付いてきた待宮が呆れたように言う。
「寝てるよ」とぶっきらぼうに返事をして唐揚げに手を伸ばす。
向かいの金城は箸を置いたまま、顔に『嘘を吐け』と書いてある表情でこちらを見ていた。食いにくい。
「見つめおぉとらんで早ぉ食え」と待宮が呆れたように言う。
「荒北、後で鏡見てみろ」と金城が静かに言って箸を取る。
「げにオカンみたいじゃの」と待宮が笑ったのをどつく気力もない。
「今日は金城の家に集合でぇ!」と昼休みの終わりに待宮が言った。
「お前の家、順番飛んでないか」と金城が聞く。
にやけた顔で振り向きながら「明日カナが来るけぇ、うちはダメじゃ!」と言い放つ。「別にお前来なくてもいいよォ?」
「僻むな」と東堂のように人を指差し、エッエッと笑いながら軽い足取りで前を歩く。
「カナちゃんは…」と金城が呟く。
ああ、どこがいいんだろうなァ…
ひとり暮らしで最も金がかかるのはどうしても食費だ。これを抑えるのが一番いいのだが、自転車でレースをするという人間がただ節制するだけではどうしようもない。食わなきゃペダルも踏めない。皆、それなりに気を使って食い物と接してきたので、あんまり偏っていると指摘されるし、食ってなければ怒られる。
俺と金城と待宮で割り勘して材料を買い、料理する。そしてくだらない話をしながら食うというのが一番安上がりで、箸も進むということがわかってから、週末は誰かの部屋で飯を食うことが増えた。
今日は金城の部屋に集まって、いつものようにやいやい言いながら作り始める。
待宮が明日会う彼女の話をしている。
意地張ったりして可愛いとか、まあ、惚気。右から左へ聞き流しながら今日のメニュー、お好み焼きを食べる。
「カナが来るとな、部屋にこう、いい匂いがパーッと!」とニヤニヤしながら待宮が言う。
テレビから流れているジロ・デ・イタリアのほうに主に耳を傾けながらお好み焼きをつついていると「なんじゃ、荒北、聞くんが厭かぁ?」とこっちに振ってくる。
「はいはい、ごちそうサン」
ホットプレートの上にはお好み焼きを焼いた跡のみ。もう三人であらかた食い尽くした。どちらの意味にも取れる。
「荒北もいい匂いするぞ?」と金城が言ったもんだから、待宮の眉間の皺は深くなり、俺はオレンジジュースでむせた。
ちょっとワシ、電話してくるけぇ、とため息を吐きながら待宮が部屋を出ていく。
金城は平然とお茶を飲みながら
「荒北がオレンジジュースっていうのも珍しいな」と聞いてくる。
「あー?まあちょっとねえ」
「カフェイン抜いてるのか」
なんでもお見通しかよ、と舌打ちも出る。
「もともと寝付きがわりぃの。なんか波みたいのがあんだよ」
「いつからだ」
「こっち来てしばらくしたくらいかなァ」
「荒北は自分の話をしないからな」
お前だってしねえじゃねえか、と思ったけれど面倒臭くなって止めた。
「して解決するならするけどォ」
「話してくれたほうが無駄に心配しないで済む」
「そういうこと真顔で言うのやめろよォ」
「なんでだ、心配して当たり前だろう」
その言葉に全身の空気が抜けるような気がした。
「お前はさァ、女にも人気あるしそういうこと言ってるといろいろとアレだよ?」
「別に困ることはないがな。何がアレなのかよくわからん」
「あーもう…それならいいよ!」
それでも自分の不調を誰かが気付いているということが、どこかで安堵させてくれるのは確かだった。
「あれ、待宮は?」
「さっきでっかい声で飲み物買ってくるって言ってたぞ」
どうりで静かなわけだよ。
「…子どもの頃はつらかったナァ」グラスの縁をなぞりながらそんな言葉が口から滑りだしてきた。
金城がテレビのボリュームを少し絞る。
「親父は忙しくてさ」
親父は疲れて帰ってきて飯食って風呂入って、野球の試合見てる俺に「どっちが勝ってる?」とか「今日はどうだった?」とか聞いてきて、それに答えているのをうんうん、と嬉しそうに聞き、話が終わる頃大あくびをして「おやすみ、靖友」と頭を撫でて寝室へ行く。そうでなければ朝も夜も顔を合わせない。忙しい人だった。
母さんは妹たちを寝かせにいって一緒に寝てしまい、しばらくして起きてきて「また一緒に寝ちゃってた」と笑い、うーんと伸びをしてから食器を片付け始める。
リビングには誰もいない。野球中継の大袈裟なアナウンサーの声と打球が飛ぶ音。球場の歓声。傍らには飼い犬であり親友であるアキチャンが寝息をたてている。
「俺以外は皆、寝てるワケ。そん時はまだいいんだよ」
俺はなんでこんな話をしてるんだろう。こんな話誰にもした記憶がない。
「テレビ見てると母さんが風呂から出てきて、もう寝なさいって部屋に追いやられる。家中が真っ暗になっても俺はまったく寝付けないし、何かあった時、泥棒とか幽霊とか…笑うなよ。呼んでも誰も起きてくれなかったらどうしようって」
ひとりで部屋の天井を見てると、自分の心臓の音ばかりが聞こえてきてどんどん眠れなくなる。
寝ているアキチャンを呼ぶと暗がりの中で動く気配があって近付いてくるのがわかる。傍らにアキチャンが落ち着いたら少し安心してやっと瞼を閉じられた。
「アキチャンがいてくれたから眠れてたんだよねェ、今思うと」
「荒北がアキチャンに会いたがるのもわかるな」
俺は金城に子どもの頃の話をしたかったんだな、そういうのなんて言うんだったか思い出せない。
待宮はまだ帰って来ないのか?皿下げなきゃな、レースはどうなってんだろうとかいろいろと考えていた気がする。
「荒北、大丈夫か?」
金城の顔を見た。なんか言ってるけど少しずつ言葉の粒を拾えなくなってきているような気がする。ああ、俺眠いのか。久しぶりすぎてよくわからなかった。
「眠りの尻尾、久しぶりに見たなァ」
部屋の外でカナに電話して、明日の時間の確認をしたりしてウキウキと部屋に戻ろうとドアを開けたら、中の会話が聞こえてなんとなくまたドアを閉めてしまった。なんでかわからんけど邪魔しないほうがいい気がした。
もう一度ドアを開け「ちーと飲み物とアイス買うて来るけぇの!」と声をかけてコンビニへ行くことにした。
コンビニまでの道すがら、尾の長い猫を見た。チッチッと呼んだら振り返ったけど、そのまま暗がりの中へ消えていった。
荒北を見ていると思い出すことがある。
高校三年の春頃、部室のそばに野良猫がやってきて皆で弁当の残りとかやっていたら居着いてしまった。唐揚げを小さくしてやると、咥えていって離れて食べる。見ていなければそこで食べることもあったけど、全身から「近付くな」というオーラを発しているのがわかった。
あれによぅ似てる。
部員の中に猫が好きな奴はたくさんいたけど、面倒見がいいのは決まっていて、休みの日でも雨でも心配してちゃんと見に行ってた。餌をやって雨を避けられるようにしたり、甲斐甲斐しかった。
金城は誰かに似てると思ってたけど、そいつじゃな。
しばらくしてそいつの足元で弁当のエビを分けてもらっているのを見た。
へぇ、と思った。他の奴には懐かない猫だった。
それからあまり経たないうちにそいつが家に連れて帰った。
静岡に来る前に三年の部員で集まった時、そいつに「猫、どうしよる?」って聞いたら写真を見せてくれた。目は相変わらず鋭いけど、ふっくらしてちょっと優しい顔つきになった気がした。
待宮が帰ってきた頃、荒北はすでにテーブルに肘をついてうつらうつらしていた。
「荒北」と声をかけると「んー?」と声だけしか返ってこない。
「なんじゃ、もう眠いんか」と待宮がからかっても、まったく反応しない。
「こりゃマジなやつじゃの…」
泊まっていっても別に構わないが、もう一組布団を出すにはテーブルを片付けないとならない。
「荒北、ちょっと移動しろ」と肩を揺するとぼんやりとした顔を上げた。
「…あー、家帰る」と立ち上がったのはいいがヨロヨロとしている。
ああもう、と待宮が手を出して支えた。
「うー待宮?待宮くさい…」と寝言のように言ったものだから、また眉間に皺を寄せた待宮が、とりあえずベッドに転がしておくと投げるように移動してくれたのはいいが言葉どおり、本当に転がしただけだった。
視線に気付いたのか「あとはお前の仕事!お前の野良猫じゃろう!」とわけのわからないことを言ってプンスカしながら皿を台所に下げている。
マメなのかそうでないのか、まったくわからない。
カナちゃんに会うことがあったら是非いろいろと聞いてみたいものだ。
気温が高いので特に心配はないと思うが、新開が風邪をひきやすいと言っていたので一応タオルケットをかけた。匂いに敏感なので本当は枕も換えてやりたいところだが起きる気配がない。
「荒北、枕それでいいのか」と一応聞くと「ん」と言ったので大丈夫かもしれない。いつもなら「なんかくさい」って言うから。
台所からは派手に茶碗を洗う音がする。節水とかそういうのはあいつの概念にないな。口ずさんでいるのは古い演歌か。
二人で洗い物を片付けていると待宮が「お前みたいのを人たらしっていうんじゃ」と言う。
「そうなのか?別に何か意図してやってることなんてないが」と答えると「お前ら、ほんともうたいぎいわ」と呆れたように言った。
片付けが終わった頃には、ジロ・デ・イタリアもあと五キロくらいでゴールだった。
アイスを出すと「もうすぐ山頂じゃの」と待宮が座り直した。今日の放送は山頂ゴール。レースはこれからがまたしんどい。
「あれは起きんのか?」
荒北は起きる気配がない。睡眠不足らしいからたぶん朝まで起きないだろう。
「寝かせておくよ」と答えるとふーんと唇を尖らせている。明らかに不満気だ。
「なんだ待宮」
「なんでもない」
「待宮」
「ワシが泊まろうゆぅて思うとったんだ!」
要するに、明日はカナちゃんが早く駅に着くので駅から一番近いここから出たかったというのが理由だそうだ。
「カナも張り切って来るものじゃけぇね」と眉尻を下げる。
「別に構わないが、布団は一組しかないぞ」
「どこでも構わん!助かる!」
「腰が悪くなるから畳は駄目だ。お前、荒北と一緒に…」と言った瞬間の待宮の顔は、今まで見たどのホラー映画よりも恐ろしかった。
山頂で圧倒的な強さを見せたキンタナを見届けて、交代で風呂に入り、いそいそと着替えを鞄から取り出し準備する待宮を見て最初から計画的だったことをいまさらながら悟った。
「そんな荷物持ってたら何か疑われるんじゃないのか」と言うと、見たことのないような笑顔で玄関先に鞄を置いた。そうか置いていくつもりか、お前。
聞くと明日は七時前に駅にいたいと言う。
今日のうちに高速バスで呉を出てくる彼女を駅で待つということらしい。どちらもすごいな、と素直に感心していると「愛はな、なにもかもを超えるんでぇの!」とか言い出したので無言で灯りを消した。
荒北を起こさないようにどうやってベッドに入ればいいのか、しばし思案していると「金城」と布団の中から待宮が言う。
その声に振り向く。
「野良猫は引き取る覚悟で相手をせにゃいけんのじゃ」
カーテン越しに月灯りがぼんやりと部屋を照らす。
「覚悟はあるんか?」
言葉に詰まり振り返ると『野良猫』と目が合った。
その冷静に見えて熱が零れ出そうな複雑な表情を見ながら「…ある」と口が動いた。
ふんっと待宮が呆れたように鼻で笑ったのが聞こえた。
荒北は目を伏せた。少し笑ったような気がした。
「ならいいんじゃが」
庇護欲を何かと一緒にしているんじゃないかという思いはあった。
放っておけなかった。だが、いつから自分も放っておかれたくもなくなったのか、できるだけ考えないようにしてきた。
その疑問は心の中に置いたままでも消えず、膨らむ一方だった。
「無自覚な男じゃけぇ、猫のほうも大変じゃのぉ!」
もう寝るけぇ、おやすみ!そう言ってすぐに待宮は寝息をたて始めた。
頭の芯が重くて、開こうとしても瞼が下りてくる。それを繰り返していた。
待宮がなんか歌ってるのが聴こえて、金城が枕がなんとかって言った。
このままでいい、金城のニオイがするとなんだか安心する。
そんなことを思っているとまた眠りの尻尾が見える。
その尻尾を捕まえるために何ヶ月待ったと思ってンだ。ゆらゆらと揺れる尻尾を追いかけ掴み、また眠りに落ちた。
目が覚めた時、部屋はもう暗かった。
金城がベッドの前に立っている。
起き上がろうかと思った時、待宮が金城に話しかけ、金城が振り返る。
待宮も泊まったのか、布団足らねえじゃんとぼんやり考えていた頭をガツンと殴られたような会話が聞こえてきて息を飲んだ。
金城が黙り、こちらを振り返った時、目が合った。
そして俺はあいつの口から答えを聞いた。それからしばらく会話は続き、途切れた。
金城はベッドに浅く腰かけたままだ。
そりゃそうだよなァ、俺だってまだ混乱してる。
昼の講堂で、いつも俺はお前に「こっち見ろ」と念じてた。一度こっちを見れば他を見ないってわかってた。
姿勢のいい、その背中を見ながら思う。
この背中が俺のものだったらいいと思ったことは何度もあんだぜ。
その腕も、その指も。
背中に手を伸ばしシャツを掴んだ。
振り返った金城は、手の内を曝け出し隠す物がないという無防備な表情をしていた。
「そういう顔することあンだなァ」
しばらく黙っていた金城が口を開いた。
「…あまり見せたくないが」
その言葉になんだか可笑しくなった。
「そんな顔、他所で見せんなよ」
金城の目に熱が入る瞬間を見た。あの目を拒める奴がいたら知りたい。
他にどんな顔するのか。全部見たい。
寝相の悪い待宮がテーブルにぶつかった音がして気を削がれ、なんとなく二人で下を向く。
カナちゃんの気持ちが少しだけわかった気がすると金城が言った。
金城が隠している尻尾を掴める気がする。
今は眠りの尻尾より、そっちのほうが欲しい。
俺の尻尾はもうずっと前にこいつに掴まれていて、決して離してはくれない。