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    vermmon

    @vermmon

    @vermmon 成人済/最近シェパセ沼にはまった。助けて。

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    シェパセなれそめ続き。ルート「サンドソルジャー」は消滅し、「寂しがり屋のエリオット」が解放されました。パセさんの内面についてたぶんこうって自己解釈の斧を振り回してるから覚悟して読んでください。

    #シェパセ

    傷と誘惑4 パッセンジャーが、先日の会議の資料を未出席のエンジニアに配って回っている。要点をまとめた追加資料を添付してくれているようだが、それについて口頭での説明をつけ足したり、質問に応じているようだ。わざわざそこまでの手間をかけるのも珍しい気がしたが、会議は次年度の予算要求に関するものだったはずで、一部のエンジニアには疎かにできない案件だろう。後から「聞いてない」などと言われるよりはマシだと判断したのかもしれない。
     決算書の一件以来、クロージャは彼に面倒な書類仕事を次々押し付けているようだが、本人はあまり苦には思っていないようだ。
     すっかりエンジニア部の秘書扱いされているリーベリは、外勤任務で会議に出られなかったシェーシャのところにも資料を渡しにやって来る。予算に口を出すつもりのないシェーシャはまともに資料を読む気は無かったが、それを知っているのか、彼は説明の代わりに違うことを言った。
    「シェーシャくん。今夜、少しお時間をいただけませんか? できれば、君か私の部屋で」
     パッセンジャーから密談の誘いを受けるのは久々だった。復讐の手伝いはドクターに止められたものと聞いていたが、何か情報を掴んだのだろうか。
    「俺の部屋にしよう」
    「ならば、夕食の後──そうですね、二十時ごろにお伺いします」
     シェーシャが頷くと、リーベリは何事もなかったかのような顔で立ち去った。揺れる長い髪のイメージと、かすかに甘い香りを残して。
     焼き付いた印象を振り払おうと資料に目を通すふりをしたが、元より大して興味のない内容である。わかりやすくまとめられてはいるが、全く頭に入って来ない。
     パッセンジャーは何を話すつもりなのだろう。今度こそ、選択を迫られることになるのかもしれない──まだ何の覚悟もできていないのに。高揚とかすかな恐怖に加え、今はほんの少し、彼と二人きりになれることを喜んでいる自分がいた。これでは、本当に復讐をするつもりがあるのかと呆れられても仕方がない。


     二十時の少し前にパッセンジャーはやってきた。大半の者が食事を終え、まったりと過ごしている時間帯である。通路にもそれなりに人の姿はあるが、彼は人目を忍ぶ様子もなく、単に友人の部屋を訪ねてきたという顔で扉の前に立っている。シェーシャは部屋着だったが、彼は左右非対称の白い長衣にループタイをつけたいつもの姿だ。彼が寛いだ格好をしているところは見たことがない。外勤の際は、外套を着た上にロドス支給のコートをマントのように羽織っているので、それがないだけ軽装と言えるのかもしれないが。
    「私たちのどちらにも、もう監視はついていませんよ」
     こちらが何か言いたげにしているのを見て、リーベリは囁いた。どういう意味だと聞き返す前に、するりと横を抜けて部屋に入ってくる。すでにシャワーを浴びているのか、どことなく清潔な匂いに気づいたシェーシャは、無言になってそっとドアを閉めた。
     前回と同じく、一つしかない椅子を相手に進め、ベッドに腰を下ろす。パッセンジャーが足を組むと、長衣のスリットからほっそりした太腿が覗いた。彼は当然、スラックスを履いているので、別に肌が露出したわけでもない。それなのに、妙に煽情的な仕草に思えるのは、こちらにやましい思いがあるからだろうか。
    「あ~……話ってなんだ?」
     促すと、パッセンジャーはゆるゆると首を振った。
    「私からは何も。あいにく、目新しい情報もございませんので。監視が外れたというのはそういう意味です」
     緊張していたぶん、失望は大きかった。だが、それならば何故彼はここに来たのだろうという疑問がわく。
    「なら、なんで──」
    「君のほうが、私に話があるのではないかと思いまして。最近、ずいぶんと視線を感じます」
    「……っ」
     シェーシャは青ざめた。最近目で追っている自覚はあったが、そこまで露骨にしているつもりはなかったのだ。
    「昔から、そういうのは気になる性質でして。サルゴンでは、身柄を狙われることも珍しくはありませんでしたし……ロドスに来てからも様々な視線を向けられてきましたが、ああも熱心に見つめられれば、気にもなります」
    「悪かった……さすがに、無遠慮だった」
    「いいえ。さほど不躾なものではありませんでしたよ」
     その話は単なる枕に過ぎなかったのか、「ところで」と前置きしてパッセンジャーは言った。
    「君は私の身体に性的な興味がおありですか?」



     単刀直入に問われたシェーシャは、滝のような汗をかき始めた。パッセンジャーは内心面白がりながら「どうなんです?」と追い打ちを駆ける。
     若いヴィーヴルは何も言わなかったが、その表情が答えだった。すべて理解したというように、妖しく微笑んで見せる。ここからが本番だ。
     パッセンジャーはキャスター付きの椅子をさりげなく動かし、青年との距離を詰める。
    「責めているのではありません。君さえよければ、この間の拾い物のお礼にいかがかと思いまして」
    「れっ、礼なら、もう──」
    「いえ。あれから何度も考えたのですが、やはり昔語り程度では、到底いただいた恩を返しきれていない……ですが、今の私に差し出せるものと言えば、この身ひとつきりでして。ヴィーヴル男性の相手も、何度か経験がありますから、きっと愉しんでいただけるのではないかと」
    「なっ……なんっ……」
     シェーシャは赤面して言葉を失った。こちらのあけすけな物言いに動揺しているのだ。育ちが良いのだな、とパッセンジャーは思う。
     彼は悪ぶった言動をすることもあるが、実際は根っからの善人で、面倒見がよく親切だ。性格の根底には、惜しみない愛情を注がれて育った人間特有のおおらかさがある。それが彼の心を憎しみから守り、復讐を苛烈なものにすることを妨げてきたのだ。
     気分が悪い。心の中のとっくに擦り切れているはずの部分を目の粗いやすりに掛けられているようだ。内心を隠しながら、さらに距離を詰め、甘ったるい声で囁く。
    「私の身体は、たいそう具合が良いと評判でした。ああ、初めてでも大丈夫ですよ? 私が手取り足取り教えて差し上げます」
     青年が膝に置いた手の甲に、軽く指を触れさせる。相手を篭絡するための蠱惑的な笑みで見つめると、情報量の多さに混乱したシェーシャは、わかりやすい言葉だけに何とか反応した。
    「だ、誰が童貞だって──」
    「おや、そうなのですか? 男を抱いた経験は無いだろうと思ったのですが、女性もですか? それはそれは」
    「んなっ……」
     容易く墓穴を掘るシェーシャの初心さが面白かった。
     裏社会に十年近くいたというのに、異性に縁がなかったとは恐れ入る。自身が情が深いタイプであることを自覚して、あえて避けていたのかもしれない。奇矯な言動で真意を偽装するこの青年は、見せかけの印象に反し驚くほど冷静で慎重だ。だが、それも今は形無しのようだし、この反応を見る限り、単純に奥手だと考える方が的を射ているかもしれないが。
     これなら、例えこちらに劣情を抱いていても、手を出す勇気はないかもしれない。堕落させ、溺れさせてしまうのも一興だと思っていたが、彼が一線を越えようとしないなら、あまり揶揄い過ぎて怒らせるのは得策ではなかった。脅威を感じてもらうのは結構だが、遠ざけられるのは困る。
     シェーシャは、クルビアの軍部に復讐するための手がかりなのだから。
    「君は、私をどうしたいですか? 君が望むなら、一晩中、私を好きにしてくださって構いませんよ?」
     この質問にどぎまぎする姿をひとしきり楽しんだら、適当なところで冗談だと切り上げてしまおう──そんなことを考えていたせいで、シェーシャの変化に気づくのが遅れた。
    「……だな」
    「──はい?」
    「好きにしていいんだな?」
     シェーシャが立ち上がり、腕を伸ばしてくる。すっかり油断していたパッセンジャーは、有無を言わさず彼の胸に抱え込まれてしまった。
     まずいかもしれない──ある意味では予定どおりなのだが、自分はシェーシャが本気になることを全く想定していなかった。肌を重ねることになったとしても、自分が優位な立場でいられると思っていたのだ。
     この青年を甘く見ていた。
    「シェーシャくん……」
    「あんたをどうしたいかって? そりゃ、いろいろ想像しないでもなかったが、とりあえず、これだ。今わかったよ。俺は「こう」したかったんだ」
     押し付けられた胸の奥で、彼の心臓がどくどく鳴っている。こちらの胸まで苦しくなるような、真摯な鼓動──勇気を振り絞って手を伸ばした証。
    「クソっ、なんて言ったらいいかわかんねぇが……俺はある意味じゃ、あんたを尊敬してるんだぜ? なんたって、あんたはちゃんとやり遂げてみせたんだからな。そうだろ? あんたはよくやった……何十年も頑張って、仇全員にしかるべき報いを受けさせて、生き延びてみせたんだ! なのにあんたは、まだ悪夢から抜け出せないどころか、先生に許してもらえないし、もう笑ってもくれないだって? そんなのあんまりだろ……それじゃ、なんのために……」
     ずっと言いたかったことが溢れたとばかりにまくし立てていたシェーシャは、急に勢いを失った。パッセンジャーの頭を抱え込んでいた手が、ゆっくりと髪を撫でる。怒りを露わにしているくせに、その手つきは優しかった。劣情ではなく、いたわりに満ちた抱擁。憎しみの炎であるべき人生を焼き尽くされた者同士の共感の念。苦難に満ちた闘争を生き抜いた同朋への賞賛と、報いなき結末への憤り。
     反射的に振りほどいた──そう思っただけで、指一本動かせてはいなかった。抵抗しようという気すら湧いてこない。声も出せずにいると、ますます深く抱きしめられて力が抜けてしまう。何故自分がそんな状態に陥ってしまったのか理解不能だった。
     ──この大地に生きるものは、すべからく復讐の火で身を焼く者だ。
     パッセンジャーは、シェーシャにとって復讐の先達者だ。二人の境遇はよく似ていた。それだけなら、彼以外にも類似する者は無数に存在する。だが、二人は出会ったのだ。
     パッセンジャーの現状は、シェーシャにとって他人事ではない。
     ──よく似た色をした火を上げて燃えるはずだと思って。
     何か言わなければと口を開いても、言葉が出てこない。これは紛れもない傷の舐め合いだったし、シェーシャは自分もパッセンジャーのようになるかもしれないという恐怖を同情と勘違いしているだけだ。拒絶の言葉ならいくつも思いつくのに、胸の奥が震えて声が出せない。涙などサルゴンの砂に埋もれてとうに枯れたはずなのに、目の奥が熱かった。

     よくやった。本当に頑張ったな──

     ずっとずっと、誰かにそう言って欲しかったのだ、自分は。
     それを思い知らされて、頭を殴られたような衝撃を受けていた。

     必死に勉強した成果を報告する幼い子供に、美しい男が冷たい拒絶の眼差しを注ぐ。結局一度も認めてくれないまま死んだ父。忘れ去っていたはずの記憶──父親そっくりの顔に成長したせいで、毎日鏡を覗き込むたび思い知らされている。

     去っていった老人の背中が浮かぶ。彼がいてくれなかったら、孤独のあまり狂ってしまったに違いない。ずっと側にいてくれた。祖父のように慕っていた。本当の家族のように愛していた。すべてが終わる喜びを彼と分かち合えたら良かったのに、その直前、彼は砂漠に去ってしまった。互いに前へ進もうと言ってくれたのに、自分はまだ砂漠から出られないまま──自分を置いて行った彼を、心の奥底で恨んでいる。
     そんなことを、どうして認めることができよう。

     自分を認めてくれた恩師は、いつだって温かい笑顔を向けてくれていた。そのはずなのに、夢に現れる彼は、常に悲し気な眼差しで不出来な弟子を責めている。どんなに頑張っても、許しを乞うても、もう先生は笑ってくれない。
     だって、自分は彼の理念に背いたのだから。
     人々を幸せにするための技術で、人を殺すものを作って、大勢を殺した──そして、これからもそうするだろう。罪悪感から目を背けるために、罪人に雷撃の罰を与えて、師の功績を汚し続けるのだ。
     初めて安らぎと誇りを与えてくれた敬愛する師。孤独から救ってくれた人を、自分に「生きろ」と命じてまた独りぼっちにした彼を、恨んでいるかのように。

     無感情の壁で遠ざけていたものが心の中に雪崩れ込んでくる。
     どうして愛してくれないの?
     どうして独りにするの?
     どうせ捨てるのなら、最初から優しくしないでくれればよかったのに!
     それは、長年耳を塞ぎ続けてきた自分の心の叫びだった。あまりに子供じみていて認めがたい感情だから、目を背けて無いものとしてきたのに。頭がガンガンする。すっかり空っぽになったと思い込んでいた心の中で、ずっと反響し続けていた。シェーシャの無遠慮な言葉で、気づかされた。
     パッセンジャーは眼の前にある温もりに縋り、ばらばらになりそうな自我を必死に繋ぎ止めようとする。若いヴィーヴルの抱擁は力強く、寄りかかってもびくともしない。それがとても心地良くて。
     絆されるな。振り払え。誰にも心を許してはならない。自分は何も感じていない──裏社会で生き延びたサンドソルジャーの本能がそう命じるが、その声に従ったところで、とても独りで立ち上がれる状態ではなかった。



     随分勝手なことを言ったという自覚はあった。同情などいらないと鼻で笑われると思ったのに、パッセンジャーは大人しく抱きしめられたまま、苦痛に耐えるように背中を震わせている。つい思い切り抱きしめてしまったが、力を籠めすぎたかもしれない。身長に見合う体格をしていると思い込んでいたが、種族の差もあるのだろうか──触れた身体は思いのほか華奢だった。
    「悪い。苦しかったか?」
     腕を緩めたが、パッセンジャーはこちらの胸に頭を押し付けたまま動こうとしない。それどころか、手袋に包まれた指がTシャツの胸元を縋るように握ってくる。
    「ご存知でしょうが……」
     震える声が早口で囁いた。
    「サルゴンの習慣で、ひとまず敵意が無いことを示すためにお互いを抱擁する挨拶がありますね。多くの場合、それは中身のない、誠実さという名の交渉カードでしかありません」
    「何を言って…」
    「それを飽きるほど繰り返してきた私が、こんなことを言っても信じられないかもしれませんが……」
     苦しげに喘ぎ、怯えたように肩をすぼめる。
    「まだ、離さないでください……どうか……っ」
     絞りだすような哀訴は、彼の心が限界に近いことを示していた。自分の言葉の何が、彼をここまで打ちのめしてしまったのだろう。
     頬に手を当てて顔を上げさせる。
     パッセンジャーはすっかり途方に暮れた顔をしていた。普段は綺麗なガラス玉のような印象を与える瞳は偽装を剥がされ、人生の泥沼でのたうち回って生きる人間の目になっていた。苦悩に満ちた生者の瞳を、シェーシャは美しいと思う。
     心の防壁が崩れ落ちた今なら、きっと届くはず──
    「あんたが何も感じてないフリしたって、心はずっと悲鳴をあげてたはずだ。俺がそうだったからな」
     ありふれた苦しみだ。誰にも本当の事を言えない。一人で悪夢に苦しんで、ひとりで抱えているしかない。何でもないという顔をして、無音の叫びをあげ続ける。
     ありふれた苦しみだ。世界中でどれだけの人が同じように苦しんでいることか。
     だが、どれほど自分を騙したところで、苦痛が消え去ることはない。大したことは無いと放置した傷が、知らないうちに化膿して命を蝕んでいることもあるかもしれないのだ。
     ロドスはオペレーターが任務で負傷すると、必ず医療部に登録するよう定めている。自分がどれほどの傷を負っているか、本人に自覚させるのだ。優れた制度だとシェーシャは思う。
     心の傷も同じだ。
     苦しみを自覚して向き合わなければ、きっと救われることも無いのだ。何度も何度も立ち向かって、少しずつ乗り越えていくしかない。自分だってまだ、その道の始まりにすら立てていない。
     だけど、だからこそ、彼の手を取りたいと願っている。
     がらんどうの心という偽装の中で反響し続けていた、声無き叫びを聞いたから。
     シェーシャはしっかりと視線を合わせ、あらん限りの誠実さで告げた。
    「俺はあんたに何もしてやれない。救ってやることなんかできない。けど、あんたの苦しみは、俺が知ってる。あんたは、ほんとは空っぽなんかじゃねえんだ」
     シェーシャは青ざめた頬をそっと撫で、わななく唇を己のそれで塞いだ。見よう見まねのくちづけだったが、経験豊富なはずの男は馬鹿にするでもなく、目を閉じて身を委ねてくる。
     柔らかく甘い唇を拙い動きで味わっていると、抱きしめていた身体から急に力が抜けた。がくりと崩れ落ちる身体を慌てて抱きとめる。
    「あ、おいっ……キスの途中で気絶するとか、失礼な奴だな」
     ずいぶんショックをうけていたようだから、そのせいかもしれない。というか、勢いで唇を奪ってしまったことを今更後悔する。好きにしていいと言われたのだから構わないはずだが、弱っている相手に無理矢理というのはどうなのだろう。
     シェーシャは気を失ったパッセンジャーを抱き上げてベッドに横たえ、枕元に椅子を動かして腰を下ろした。念のため確認してみたが、サーベイランスマシンは異常を示していない。
     目を閉じたリーベリの表情は安らかで、眠っているようにも見えた。彼を抱き上げた時に鼻先をくすぐった甘やかな香りや細身の肉体の感触を思い出しながら、白い頬に影を落とす長い睫毛を感嘆と共に眺める。
     頬に乱れかかった髪を整えてやったシェーシャは、そのままシーツに散らばった彼の髪を弄んだ。明けの空を紡いだような長い髪は、柔らかく滑らかに指を通っていく。
     それを掬い上げて口づける勇気は、まだなかった。

      +

     目を覚ましたパッセンジャーが最初に目にしたのは、赤毛のヴィーヴルだった。こちらに覆い被さる体勢ではなく、単に枕元の椅子に腰を下ろして見つめてきているだけだ。
     手探りで確認しても、衣服に乱れはない。襟元や袖のボタンが外されているが、応急処置の範囲だろう。
    「ようやくお目覚めかよ」
     シェーシャがふてくされた調子で言った。枕元の時計を見ると、気を失っていたのは二十分ほど──まさか、その間何もせずに枕元で見守っていたとでもいうのだろうか。
    「君は、本当にサルゴン人ですか?」
     こちらが何を言いたいのか察したらしく、青年は盛大に顔を顰めた。
    「あんたのサルゴンへの偏見は知ってるけどな、中には俺みたいな紳士もいるんだよ」
    「紳士……?」
     パッセンジャーは視線を落とした。衣服に乱れはないものの、ごつごつした岩上の鱗に包まれた長い尻尾が優しく腰に巻き付いている。指摘を受けたシェーシャは、頬を赤らめて尻尾を引き戻した。名残惜しそうに揺らめくそれを気まずそうに掴む。
    「とにかく、具体的なことはしてねえ」
    「単に怖気づいたか、やりかたを知らなかっただけでは?」
     侮辱された青年は額に青筋を浮かべた。
    「強姦魔じゃなきゃ意気地なし呼ばわりか? せっかく我慢してやったのに」
    「我慢、ですか……私の身体に興味があるのに?」
    「捨てられた子供みたいな顔で気を失った奴を、無理矢理抱けるか」
    「…………ああ、そう……でしたね……」
     ぐちゃぐちゃになっていた感情が戻ってくる。だが、一度気絶してリセットがかかったのか、先ほどまでの混乱はなかった。怖ろしいものを封印していた箱が爆発し、中身が撒き散らされた状態──だが、そのおかげで何が詰め込まれていたのか判明し、安心してさえいた。
     心の中はまだ散らかったままだ。見るに堪えないものばかりで、苦笑する。整理には時間がかかるだろうし、たぶん億劫になってまた心の箱に押し込んでしまいたくなるものばかりだろうけど。
     今はただ、胸の中が熱い。苦しくて、尻尾でもいいから、さきほどのように抱きしめて欲しい。
    「おい、ほんとに大丈夫──」
     心配する声を遮って、パッセンジャーは身を起こした。
    「シェーシャくん、もう一度お聞きします。君は、私の身体に性的な興味がありますか?」
     むぐっと口を噤んだ青年は頬を赤らめ、むすっとした顔で「ああ」と頷いた。
    「なら、今度は私からお願いします。私を抱いてくれませんか?」
    「なんだと?」
     シェーシャが目を剥く。そんなに驚かなくてもいいではないか。鼓動が早くなりすぎて苦しい。思わず胸を押さえながら、たじろぐ青年に詰め寄った。
    「君に抱かれたいです。今まで何人もの男に身を委ねて来ましたが、自分から抱かれたいとおもったのは初めてです」
     パッセンジャーは、自分の喉が緊張に上ずった固い声を出すのを聞いた。
    「シェーシャくん。私を抱いてくれませんか?」
     色気など微塵もない誘い文句に我ながら呆れた。だが、誠実な若いヴィーヴルにはそれで十分だったらしい。彼は紅い瞳でこちらを見つめ、なぜか少し顔を顰めた。
    「俺の好きにしていいんだな?」
    「はい」
     シェーシャの手が伸びてきて、顎を掬い上げる。身を屈めてきた彼が、拙いキスをする。そっとふれるだけの唇に胸が高鳴り、眩暈がした。
     それは、生まれて初めて、心から望んで得たくちづけだった。
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