エクステエクステ
「追憶の青薔薇に影は満ちる」
そう唱えた後、窓に「ハァ」と息を吹きかけると薄白い円の様なものが浮かび上がる。
「これも魔法みたいだなぁ」
カフェに一人佇むネスは今の現象もきっと化学で証明出来てしまうのだろうと落胆してしまう。魔法と化学は紙一重みたいな部分があると思うのに。そう、家族の理解があればなと思考の片隅に浮かんだがすぐに消え去る。
「遅いな。まだ自主練してるのかな?」
寮生活での自由時間は外出も許可されている。今日は二人で近場のカフェでココアを飲もうと約束していた。それが練習時間が終わった時にカイザーが少し自主練がしたいと申し出があり、ネスはそれを承諾した。あまり遅くならない様にと念を押して。
しかし、待てど暮らせどカイザーは姿を現さない。
「どうしたのかな?」
LINEで連絡をして待ち続ける事にした。何となくお腹が空いたので先にマシュマロ入のココアとジンジャークッキーを頼む。
「クリスマスだからジンジャークッキーがあるのか。僕の作った雪だるまに何となく似てたな」
再び窓にハァ、と息を吐いてカイザーが早く来る様にと二つの雪だるま(僕とカイザー)を描く。すると、見た事のある人物が窓の外に映る。もしかして。
「カイザー?」
多分カイザーだ。でも見た目が何処と無く異なる気がする。似てる人物かもしれない。カラン....とカフェの扉の鈴が鳴る。その人物が来店した。
「あっ」
僕は思わず声を上げてしまった。だって、カイザーが....
「よぉ、悪い。遅くなった」
「かいざー?」
「クソ当たり前な事言ってんじゃねぇよ」
だって。綿飴フワフワモフモフのシャンパンゴールドじゃなくなってるんだもん。そりゃ驚くし、カイザー?と声が出ちゃうに決まってる。あと、変わらずにハンサムだ。いや、よりハンサムになってる!!!
どうしよう!!!!
「か...」
「まるで幽霊でも見たかのような反応だなぁ、ネス」
ニヤニヤしながらネスの向かい側に腰掛ける。店員にココアとトッピングとしてマシュマロを注文する。その姿をボーッと見つめてしまう。
「そんなに見つめると穴が開きそうだ」
ハッとするネスは罰が悪そうな表情を浮かべる。そんなやりとりをしていると、先程注文したメニューがやってくる。
「お待たせ致しました。マシュマロ入りココア、ジンジャークッキーのお客様」
「はい、僕です」
「ココアとトッピングのマシュマロになります。ごゆっくりお過ごし下さい」
甘いココアの香りが鼻腔を擽る。良かった。カイザーが無事に来てくれて。
「ジンジャークッキー?」
「はい。クリスマス時期でしょ?可愛いね」
「そうだな。お前みたいに」
あたかも当然の様に言うものだから、僕は「そうだね」と返してしまった。あとから恥ずかしくなってきて慌ててジンジャークッキーを頬張った。
「あいあーは、いああな」
カイザーはキザだな、と言っても言語として成り立っていない僕を見ては微笑まれる。
「ハハ...子どもじゃねぇんだから、そんな慌てなくても良いだろう」
ゴクリとジンジャークッキーを飲み込んで、ココアで気持ちを落ち着かせる。
「だ、だってカイザーがあまりにも様変わりしちやったから」
やっとカイザーが来店した時の感想を言えた。イメージチェンジをしたのは分かるけど、何で僕との待ち合わせ前に?自主練じゃなかったの?と疑問が浮かんできたのも次々と質問した。
「ノアの奴が、お前には俺に一生勝てないとか言うから腹が立って髪を切ってきたんだよ」
「なら、僕に言ってよ。心配したじゃないか」
「悪い、急に思い立ったたのもあるし、お前に言ったら付いてくるだろ?」
「そんな事しないよ!」
「どうだかな。俺を見る目が他の奴らと違うし、何処に行くにもくっ付いてくるから」
ジンジャークッキーをひょいと手に取ると頭から食べ始める。
「カイザーは僕の光だから」
「ん?」
スプーンでココアをグルグルと回す。熱でマシュマロが小さくなり消えてゆく。まるで淡い友達への感情から恋慕へと変わるかの様に。友達というかチームメイトの方が正しいかもしれない。出会ってまだ数週間しか経過していないのに、カイザーとは何年もずっと一緒に居たいなと思える存在に感じていた。家族よりも優先したい人。裕福な家庭で育ったのに素行は反逆児みたいに粗暴な面が目立つのは、わざとなのか性格なのか。僕に持っていない光があって月の引力みたいに惹かれてしまうんだ。化学の要素で例えたくないけど、惹かれるのは説明が付かない。魔法と例えてしまえば僕の中では片付いてしまうけど、明確に説明をするならば化学の力も少し借りなければならない時もある。そう、別に家族を心から嫌いな訳じゃない。化学が心から嫌いな訳じゃない。
僕が何で悲しんでいるのか、何で魔法を好きかの理由を知らない、魔法を化学の言葉を使ってでも説明してくれない家族の態度がとても悲しかったんだ。
魔法って何?
化学って何?
拭えない感情の果てには何があるのか。ドイツで一番ポビュラーなスポーツのサッカーは偶然の出会いだった。家族に連れられた会場には熱狂した人達が大勢いて、それは説明の出来ない魔法そのものに感じた。サッカーが好きなら説明は出来る。実際に存在している。
魔法の杖や魔法陣よりも、もっと目に見える明確に人に魔法をかけられるもの。それがサッカー。
カイザーと出会えたのも魔法の力なのではないかと思う。
「ううん。まさか髪を切っちゃうなんてね。しかも青ってすっごい目立つ色だし」
「ああ。青部分はエクステにしてある。見ろ」
ネスに見える様に両端と後ろ髪を順番にかきあげる。根元は確かにエクステが付けられている。両サイドも上手い具合になっていて関心した。髪を下ろしてしまえばシャンパンゴールドと青の部分は段差とシャギーで不自然さは感じられない。この髪型はカイザーにしか似合わないだろう。
「って事はエクステを取っちゃうと、もっと髪が短いの?」
「クソ当然」
「面白いね!」
魔法を見た時の様に興奮しながらカイザーの髪に触れる。地毛とエクステは共にサラサラしている。あのモフモフフワフワはどこに行ってしまったのか。元々ストレートなのかもしれないな。手入れが面倒でブラシでも解かさなければ、あんなボサボサなのも分かる。
あまりのギャップにネスの心はムズムズし始める。この感情は何なのかまだ理解は出来ていない。
「人の髪弄ってんなら、その、クッキー全部よこせ。腹が減って堪らん」
「半分こだよ。寮に帰って夕食が待ってるんだから。それまでは我慢出来るだろ?」
「だな」
カイザーは背もたれに背中を預ける。天井を見上げて呟く。
「バスタード・ミュンヘンに入ったからには頂点を目指すぞ。ノアをも倒す存在になる」
「凄い目標だね」
星型の皿上のジンジャークッキーが二人の腹の中へ運ばれた。
「クリスマスまであと数週間だね。冬休みは帰るの?」
「ん~、姉貴がやたら会いたがってるって母さんからLINEきたからな。年末年始は実家帰るかも」
「そうなんだ」
少し寂しそうな返事をする。僕は帰りたいけど、カイザーと離れたくないって言ったら困るかな...?家族に会いたくなあ訳じゃないけど、もっと立派な僕になってから帰りたいんだ。
「ネスは?」
「僕は、」
チラリと壁掛け時計を見やる。門限の時間が近付いてきていた。話題を切るには丁度良いかもしれない。
「そろそろ時間だね。帰ろっか?」
「もうそんな時間か?」
「カイザーが美容院に行くから時間が無くなっただけじゃん」
「そりゃそうだ」
ハート型の皿に乗ったトッピングのマシュマロをカイザーが豪快に胃に流し込む。
「リスみたい」
見れば両頬一杯にマシュマロが入っていた。思わず笑ってしまう。
「さ、帰ろ?」
互いに会計を済ませて二人は喫茶店を後にした。
2023/12/06
DAHLIHA
カイザーの家族は捏造
エクステ説で書いてみたくて
まだ刺青は彫っていない設定