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    はるのぶ

    なにかをかきます

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    はるのぶ

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    続き、やっと半分くらいいきました

    ビー玉と真葛4 あのあと、羽風先輩と会うことはなかった。
    「悪いねえ、お休みの日なのに」
    「いいよ、暇だったし」
     住んでいるアパートの管理人である夫婦は高齢で、俺や凛月のことをまるで自分たちの孫のように可愛がってくれる。なんでもさせてくれるし、今日だって家族の行事ごとに自分たちを呼んで一緒にしないかと誘ってくれた。俺たちも2人のことをおじい、おばあ、と呼んでまるで本当の家族のように接した。
    「今日は迎え盆だから、ほれ、そこに火ぃつける」
    「迎え盆」
    「死んだ人が、こっちに来るってこと」
     玄関に小さな枝が何本か落ちている。ライターでそれに火をつけるともくもくと煙が上がった。あまり嗅ぎなれない匂いに袖で鼻を押さえると、おじいが笑いながら「家に入りな」と言った。
    「晃牙は家でこう言うのしなかったのかい?」
    「…あんまりわかんねぇ」
    「そうかい。したら手伝っていって、覚えて帰りなさい」
    「うん」
     家では凛月とおばあが料理をしている。お婆から借りたエプロンをつけて、大きな鍋で豚汁を作っている。覗き込むと小さな器に少しだけ注いで、味見して、と目の前に出してきた。手に取るとふぅふぅと冷ました後に口を付ける。生姜の香りと豚肉の味、野菜の出汁がよく効いていてとても美味しい。
    「味薄い?」
    「ちょうどいい」
     俺の言葉を聞いた2人がすっかり安心したようにして、それを4人分の器によそう。ご飯と、焼き魚ときんぴらごぼうと、漬物。充分な料理が食卓に並ぶと火の処理をしてきたおじいが家の中に入ってきた。
    「いただきます」
     すっかり馴染んでしまった光景だ。初めてここに越してきた時もこうして3人が歓迎してくれた。本当は家を離れて寂しい気持ちもあったから、すごく安心したのを覚えている。
    どうにかここで暮らしていけそうだと思ったのもその時だった。
    「この前、薫さんに会ったよ」
    「へぇ」
    「バイト先でね、薫さんってあんまりちゃんとしてる人っていうイメージなかったけど変わっちゃった」
     詳しく聞いたことはなかったが、凛月はピアノが弾ける。それを活かして色々なイベントごとの演奏のバイトをしていると聞いた。時にはストリートピアノの人集めやバーの生演奏、結婚して会場でのBGMなど。かなりの技量の様子で、行事ごとの、例えばクリスマスなどになると手が回らなくなるほど依頼が来るらしい。
    「お姉さんの結婚式だったみたいで、俺に気づいて話しかけてくれたんだ。いい式だったよ」
    「そうか」
    「でね、一緒にいた綺麗な女の人がいて、その人がブーケを取ったんだ」
     すぐにその光景が頭に思い浮かんだ。ふわり、宙に浮かんだブーケがストンと羽風先輩n隣にいる女の人の手に収まるところ。嬉しそうな顔。周りの人の拍手。
    「あ〜次はこの人かぁって思ったの。それで薫さんの方に目配せしてて。薫さん笑ってたけど、ちょっと困ってた」
     困った顔で、それでも笑っているあの人の顔。
    「薫さんって誰のことを好きになるんだろう」
     タクシーでの羽風先輩を思い出した。あのとき泣いていた人。泣かせたのは俺だ。
    「薫さんって誰のことなら好きになれるんだろう」
     ブーケを羽風先輩が取ってしまったらどうなっていたんだろう。やっぱり困った顔で笑うのだろうか。その隣には誰がいるのだろうか。
     考えても答えは出ない、正解も知らない。

    「晃牙、スイカ好きか」
    「うん」
    「そうけ、切ったからもってき」
     アパートへの帰り際、おばあはスイカを持たせてくれた。2人が住む家とアパートは目と鼻の先にあって、3歩あるけば着く距離にある。
    「りっちゃんにもね、これ」
    「わかった」
     少し多めだと思ったのは凛月の分だったらしい。電話が来たと言って先に帰った凛月の分も持って、俺は2人に別れを告げた後アパートに帰った。
     アパートに戻ると、神妙な面持ちで凛月が携帯を睨んでいた。
    「…なに」
    「実家帰ってこいって」
     露骨に嫌そうな顔をする。「…帰りたくない」
    「なんで」
    「家に兄が帰ってきてるんだよ。海外に行くとか言って、勝手に出て行ったきりどこにいるとか何も言わなかったくせに。今更兄貴面しても遅いっての」
    「別にいいだろ、兄なんだから」
    「コーギーはあいつのこと何もわかってない…」
     携帯から俺の方へ顔を向ける。いつもとは考えられないほどの拗ねたような顔に少しだけ笑いそうになってしまった。起こり慣れてなさすぎて、なんとも小さな子供のようだったから。
    「嵐みたいに全部全部引っ掻き回して、ぐちゃぐちゃにしてから、全部ゴミだからって綺麗に掃除していくみたいな奴なの、大っ嫌い」
    「海外って留学か?」
    「知らない、っていうか大学に行ったかどうかも知らないし」
     携帯を自分のポケットに投げ入れると、俺に近づいてくる。手に持っているスイカに気づいたようだ。ひとかけ持っていくと、そのまま食べ始めた。
    「行儀悪い」「べつにコーギーしか見てないからいいの」
     いつもはしないもん、さっきまで機嫌が悪かったのが少しだけ治った様子で、しゃりしゃりとスイカを食べ進めていく。
    「喧嘩でもしてんのか」
    「血が繋がってるからって仲が良いわけじゃないし、兄弟だから喧嘩できるわけじゃない」
    「喧嘩じゃねーのか」
    「…あいつの眼中に俺なんていない」
     その顔を思い出して苦虫を噛んだ表情に変わる。けれど彼が食べているスイカはとても甘い。ぱくぱくと怒りに任せてすぐに手に取って分は食べ終えてしまった。
    「あ〜!思い出したらもっとムカついてきた」
    「まあ、スイカでも食べろ」
     もうひとかけを渡す。無言で受け取るとまた食べ始める。「本当に甘くて美味しいんだけど、気分が最悪…」
    「まあ、帰ってやればいいだろ」
    「絶対に嫌、帰りたくない!」
    「そうか」
    「コーギーは?帰らないの?」
     自分の話をするだけ気分が悪くなるだけだからか、俺に話を振ってきた。もう持っているスイカは半分以上食べ終わってしまっている。
    「俺んちは割と放任主義だから、帰ろうと思えばすぐ帰れるし。涼しくなったら帰るつもりだから今は行かないだけで」
    「そうなんだ、何してる人なの」
    「花屋」
     そう答えると、さっきまで鬼の形相だった凛月が一気に破顔する。
    「花屋!コーギーが?花粉症なのに?」
    「俺以外は違うんだよ、なんで俺だけ花粉症なのかわかんないって言ってるし」
    「コーギーが花の世話してるのも全然想像つかないし、んふ、花屋…」
    「馬鹿にすんな」
     スイカを持っていない手で必死に腹を抑えながら大きな笑い声をあげる。持っているスイカを落とすんじゃないかとハラハラしながら見ていた。
    「あ〜あ、もうコーギーのせいで嫌な気持ちがなくなった」
    「帰んのか?」
    「うん、仕方ない。俺たちはまだ子供だから」
     最後の一口を食べると、仕方ないもん、ともう一度凛月は笑った。

    「晃牙くんって実家はお花屋さんなんだって?」
    「なんで知ってる」
    「凛月くんから聞いたんだ」
     数日後、なにごともなかったかのように羽風先輩は教室にいた。夏休みも明日で終わると言う日に、俺は課題が終わっていなくて、とりあえず学校に来るだけ来たと言う形で、先輩はやっぱり全部終わっているらしく、学校へはふらりと遊びに来たらしい。
     俺が絵を描いているそばで何をするわけでもなく、ただそこで本を読んだり、窓の外を眺めたり、俺のことを観察したりしている。
    「じゃあこの花なんて言うか知ってる?」
     カラカラと音がする窓を開けるとそれを指さす。一旦絵筆を置いて、先輩の近くまで行く。少しだけ屈んでじっと観察する。家でよく見たことのある葉の形をしていた。
    「…真葛」
     指でそれをなぞる。光沢のある葉の近くにはクリーム色の小ぶりな花が付いていた。
    「そっちの窓から入ってきそうなんだよね、絡まっててうまく取れなくて」
    「それは…切らないと駄目だ」
    「なんで?」
    「真葛は金網とか他の植物に絡まる性質がある、そうやって育っちまうとそれを取るには切ってしまうしかない」
     たしかに羽風先輩の言う通りに、その蔦はずっと伸びて窓の桟に絡まっている。早く切ってしまわないと教室の中まで入ってきそうだ。
     じゃあ、と先輩が呟く。
    「じゃあこのままでいっか」
     可哀想だし、カラカラと窓をまた閉めるとそのまま先輩は近くにあった椅子に座り直し、本を開いて読み始めた。
     驚いた。それは知らない感情だったから。
    「花屋でも切るときは切るし、生き物なんだからまた生えてくる」
     俺の言葉を聞いて本から目を離すと俺の方へ向ける。うん、と頷いてから、真葛を見る。
    「それでもいいの、だって…生きてるだけだもんね。誰にも迷惑かけずに一生懸命生きてるだけで」
     喉の奥に何かが突っかかって、飲み込む。この人の、こう言う綺麗なところは少し苦手だと思った。
    「切り落とされちゃったら、可哀想だよね」
    「何が?」
     扉がガラガラと大きな音を鳴らして開く。向こうから掠れたような大きな声がして、2人ともその方向へ振り向いてしまう。
    「何が可哀想だって?羽風くん」
     真っ黒な髪に真紅の瞳。ギラリと光った彼の眼差しに俺は最も簡単に全てを奪われてしまった。
    「朔間零…」
     自分の口から出た言葉に驚いて、そして叫び出しそうなくらいに胸が高まった。
     その名前をずっと前から知っていたから。
     そうだよな、朔間って名前がそうそうあるわけねえ。
     なんで気づかなかったのか、そればかりがぐるぐると頭の中を渦巻いていた。
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