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    はるのぶ

    なにかをかきます

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    はるのぶ

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    続き

    eternal3「ファウスト様」
     控えめに扉を叩く音で目が覚めた。いつもよりずっと早い朝だ。声ですぐに誰なのかわかったから、すぐに招き入れようとすると、レノックスは両手いっぱいに花を抱えていた。
    「きみが花を?」
    「いえ、たまたま玄関に」
     そうか、と僕が呟いたのを見て、これが初めての出来事ではないことを彼はすぐに見抜いた。
    「お変わりありませんか」
    「ないよ」
    「では、この花は?」
     呪いの類か何かかと思ったのだろう。不思議そうにこちらを伺うので、届け主のわからない花が置いてあることを伝える。
     少しだけ瞳の色が変わった。相変わらず、感情が表情にあまり出ない。小さなその変化を読むだけで、何も手立てはしないことにしている。彼が答えを出して自分の言葉で伝えるのを待っている。
    「ですがこれはおそらく」
    「わかってる。趣味が悪いだろう、少しだけ魔力が残っているんだ」
    「はい、これは…フィガロ様の」
     言いかけて、辞めた。あのとき、彼が石になったことを一番よく知っているのはレノックスだから。

     なぜここに来たのか、と尋ねたら、なんとなく、と返ってきた。そう言う頻度でレノックスはよく僕の家を訪ねてくる。
     いつもは何をするわけでもないが、今日は花に水を与えるために枝先を切る作業があった。黙々とハサミで切っていき、水の入った花瓶に一輪一輪丁寧に入れていく。チャキチャキ、チャポンチャポン、その音だけが小さくて静かなキッチンに響く。
    「何か話してくれ」
     僕からだった。特に意味はなかった。
    「何を?」
    「なんでもいいから」
     少し悩んだ風にして首をかしげる。「それでは…フィガロ様のこと」
     最悪な話題だった。だけど、水浸しの指で彼の口を塞ぐ気にもなれなかった。
    「実はフィガロ様と一度だけキスをしたことがあります」
    「お前な…」
     レノックスの表情はあまりに落ち着いていて、なんの機微も感じられない。彼の言葉を待つことにした。
    「ファウスト様が考えてるような関係ではありませんよ。端から見ても、こちらから見ても、俺たちはただの…はい、友人の関係でした。それ以上でも以下でもありません」
     レノックスは手を止めることもなく、そのまま続ける。
    「フィガロ様と再会して、チレッタが子供を産んでから少し経って。ミチルとルチルの寝顔を二人で眺めながら暖炉を囲んだ日。フィガロ様のことを拒むこともなくそのまま口付けを交わしました。…こう言う幸せもあったのかな、とそう思ったんです。こうして近くにある小さな幸せを拾い上げて大事に育てていくことも」
     手元にある花が全て無くなった。レノックスもそうらしく、切り落とした茎をひとつひとつ拾い上げて袋に入れる。
    「けれどすぐにそれは違うと…フィガロ様も俺も、結局はお互いの胸にある穴を埋めようとしていただけでした。それは俺たちじゃ役不足で、それ以上は何も。『この人じゃ無い』と思った瞬間に心の穴が広がっていくのを感じました。それは多分フィガロ様も。そのあと小さく涙を零したのを覚えています」
    「…フィガロが?」
     はい、小さく頷いた。
     信じられなかった。彼が?ともう一度聞いてしまう。
    「2000年以上自分の拠り所を探していたあの方にとって、孤独とはそう言うものなのだと知りました」
     それきりで、その話はおしまいにした。多分このまま止めないでいると僕もレノックスも彼のことを思い出しすぎてしまう。

     花は一番日の光が入る窓際に置くことにした。もうずっといろんな花瓶が僕の家を占領していたので、レノックスは「花屋でも開きましょうか?」と言いながら笑った。
     そのあと寒くなる前に暖炉のための薪を拾いたいと言って、森へ入った。レノックスが両手いっぱいに抱えてきたものを家の近くで僕が割っていく。何も会話をしなかったけれど、よっぽどそれの方が二人の性分に合ってる気がした。
     夜になり、割った薪で家を暖めながら、食卓を囲んだ。今日は泊まるのか、と聞いたら、帰ります、と言ったので酒は出さなかった。
    「今でも思い出しますか?」
    「どの話をしているの」
     少し迷っている風だった。「アレク様のことも、フィガロ様のことも」
    「思い出すよ、何度もね」 
     彼がこの話をしてくるのは珍しかった。僕のことをガラスか何かと思っているのか、それとも自分から話したくはないのか、最近はそう言うことを言わなくなっていた。
    「人間を嫌いになんてなれない。けれど、好きだと思った人間はもうこの世にはいないんだ。そんな世界を生きていくなんて、どれだけ辛く悲しいことだろう」
     あの日、人間に火をつけられたときにもう絶対に彼らのことを許さないと心に誓ったはずだった。それなのに、この国の人間に心を許してしまう時もある。何度も許しては、その身が朽ち果てるのを目にした。
     魔法使いだって一緒だ。どれだけ長い時を過ごしたところで、石になってしまってはどうすることもできない。
     それは何もしていないのと同じだと思った。
    「毎日同じ夢を見ました」
     レノックスは口を開く。皿の上にあった料理はもうほとんど残っていない。
    「あの冷たい小屋で待っているとファウスト様がその暖かい手で頬を撫でてくれるのです。そんなことは一度もありませんでしたし、目が覚めたときそこにファウスト様はいませんでした。けれど、毎日夢を見たのです。願望にも近く、それはきっとどこかであなたが生きているという希望をもたらしてくれました」
     一度瞼を閉じる。祈るように胸の前で手を組んだあと、そうして開けると、僕をまっすぐ見た。
    「生きていてください。生きている限り、会いにきます。そうして、ずっとここに居てほしい。あなたのいない世界をもう想像したくはない」
     頷くことも、首を振ることもできなかった。
     魔法使いは守れない約束はしないから。

    「いつ見ても立派な箒だね」
     言ってたとおりにレノックスは食事を終えると帰り支度をした。箒を取り出すと長い脚でまたがる。
    「送っていくかい?」
    「そんな子供じゃありません」
     これもほとんど毎回言っていることだ。まだ一度も彼から許しをもらったことはない。
    「ファウスト様」
    「うん?」
    「愛しています」
     あぁ、と小さく答える。レノックスが手を伸ばすと僕の頬に触れる。ゆっくりと彼の顔が近づいてきて、僕も自然と瞼を閉じる。そこへ彼の唇が触れた。
    「行きますね」
    「それじゃあ、加護を」
     魔道具を取り出すと彼に向かって魔法をかけた。大きくて温かい火が彼の体を包むとそれがやがて小さくなり彼の胸に吸い込まれていく。それが消えてなくなるまで、2人でじっと見つめていた。
    「また来ます」
     それは約束ではない。けれど、必ず訪れる未来なのだろう。
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