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    はるのぶ

    なにかをかきます

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    はるのぶ

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    続き
    完成したので完全版は支部へアップします
    https://www.pixiv.net/users/8018948

    eternal4 わかっていたことではあった。全ては知りたくなかっただけで、どうして僕から彼に伝えられる言葉があっただろう。
    「…君か」
     その日はいつもより少しだけ起きるのが早かった。だから、いつもその時間に花を置きに来る彼に会うことができた。けれどそれは彼も承知のことで、何もかもわかっていたように少しも驚いてはいなかった。
     ミチルは、自分の手に持った花束を僕に渡す。
    「すみません、本当はすぐに言うつもりでした。けれど言おうか言わないか迷っているうちに、言ってしまいたいという気持ちが萎んでしまって」
    「うん」
    「弱っているんです、この花も。もうどこもかしこも」
     もらった花は確かに、しおれてしまって茎にも花にも葉にも元気がない。
    「南の国に、来てはくれませんか?」
    「…わかったよ」
     僕がしっかりと頷いたのを見て安心したように、ミチルはそこへ座り込んでしまった。
     
     東の国から出ることはほとんどしていなかった。用事は全て国内で片付くし、国外に出るとすれば、一年に一度の厄災が近づく夜に中央の国に行くくらいで。だから、他の国のことは何も知らなかった。
     僕の淹れたハーブティーを飲んですっかり元気になったミチルは僕を南の国まで案内してくれた。
    「この辺はずっと、レノックスさんが羊を育てていました。今は人間の方が引き継いで、レノックスさんはまた奥地の方を開拓しているみたいです」
     飛びながらあれこれと説明をしてくれる。毎日のように花を届けるために東の国へ来ていたのだ。箒捌きは僕が知らないところでもうずっと立派になっていた。長時間乗ることも、まっすぐ飛ぶことも、彼にとっては呼吸と同じくらい普通なことになっているらしい。
     その途中で出会った人間たちに手を振られればすぐに振り返す。ずっと子どもだと思っていたけれど、すっかり大人になった姿に少しだけ驚いて、そして納得もしていた。彼はこうなるしかなかった。
    「着きました、ここです」
     連れられた先は、彼の診療所のあった場所のさらに奥。その森に隠されるようにあった。ミチルがポケットから鍵を取り出し、空間を探るように手のひらを広げる。呪文を唱えると、鍵穴だけが浮かび上がった。そこに鍵をはめ込みひねると瞬く間に小さな古屋が目の前に現れた。
    「これは…」
    「先生の診療所から偶然鍵を見つけたんです。ここを探し当てるのに数年かかりました」
     中に入るとそこには大量の花が植えられていた。部屋の至る所に水が流れており、壁中に伝う様々な花に生きる場所を与えている。隅に置いてあるソファや陽の光がたくさん入るようにと置かれた大きな窓にも蔦が覆うように茂っている。
    「魔力で満ちていることは、すぐに分かりました。数年や数百年のうちは枯れることもなく、先生の魔力だけで生きていけるほどに。けれど、最近になって、急にそれが小さくなって来たんです」
     花弁を触りながらミチルが話す。「水が数年前からうまく回っていないみたいで。僕の力ではうまく直せません」
    「ゆっくり枯れていくのがわかりました。小さな綻びから、少しずつ魔力が漏れていくのも感じて」
    「あぁ」
    「魔力で保っている花なので干渉することも出来ず、ただ見守ることしかできませんでした。だから考えたんです。どうして先生はこんな秘密の部屋を作ったのか、と」
     一輪手に取ると、ミチルは僕の方を向いた。瞳はうるうると雫を保って、その瞬きを孕んでいる。
    「…『ひとりで死にたくない』と先生はよく言っていました。もう長くないと知って、僕たちに別れを告げた日もそう言いました。だけど先生の最期を見届けることは出来なかった。誰かに看取って欲しかったし、誰にも見られたくなかった。自分勝手な先生らしい」
    「うん」
    「レノックスさんからもらったマナ石…冷たく固まった躯体を口に入れた時、じんわりと胸が熱くなって、溶けていく感触がして涙が止まらなかった。どろどろと先生の魂が僕の中で燃えて、どれだけ長い時間彼が孤独だったのか味わいました」
     花を抱えたまま、そこに座り込んで小さく小さく呟く。それは祈りにも似た表情で、そして声で。
    「この部屋を見つけたとき、石を飲んだ時と同じ気持ちになりました。きっとこのまま朽ちていくだけになりたくない、孤独のまま死にたくないと叫んでいる先生の最後の声が聞こえた気がして」
    「うん」
    「花は、綺麗で。綺麗だから、何もかも隠してしまう。先生は本当はこの部屋をどうして欲しかったのか、僕にはわからない。けれど、花は綺麗で。だから、届けることにしたんです。その綺麗な花に、言葉を隠した先生のように。いつかその本当の意味がわかると思って」
     だから、と僕の方を見つめた。大きな瞳からポロポロとこぼれた涙を気にしてはなかった。その言葉の続きを言おうとする彼のことを僕は止めなかった。僕はポケットからハンカチを取り出すと、それを丁寧に拭いていく。彼が握りしめている花と彼の手を上からそっと包み込む。
    「僕は間違っていたのでしょうか、先生は最後に僕たちのことを大切に思っていると、話しました。けれどこんなに、こんなに寂しい場所で、静かに消えていく自分を想像して、それは…僕たちのことを本当のところは信じていなかったと、言うことですか…?」
    「…」
    「教えてください、僕はそのために、何度もファウストさんへお花を運んだんです。僕たちが間違っていたのか、先生のことを僕たちがどう思っていたのか」
    「…誰かに自分の気持ちを預けてはいけない、ミチル。君の気持ちは、君のものだから。どこかにその答えは無いんだよ」
    「…はい」
     ゆっくりと彼の体を僕の体に近づけ抱きしめる。そうすることしかできない。背中に手を当てて丁寧にさすると、早くなっていた呼吸が少しだけ落ち着いていく。身体中の熱が溶けていく感覚がした。
     僕の言っていることは本当は僕が僕に言いたいことだった。彼を通して僕を見ているに過ぎなかった。ただのエゴが溢れていく。
    「君なりの答えを出したなら、それが正解なんだ。だからこの部屋にもう固執しなくてもいい。ここが無くなっても君の中にあるフィガロが消えてしまうわけではないだろう」
    「はい…」
    「フィガロがどう思っていても、それは関係ないんだ。君が彼のことをどれだけ大切だと思っていたかは、それは君だけの気持ちだから」
     僕の腕の中でミチルはたくさん泣いた。それは僕がしたかったことで、ミチルの声を聞きながら僕は彼にとても感謝していた。

     全てを無くして欲しい、とミチルは言った。
     古屋があることはミチルしか知らないことだった。鍵がないと入れないし、古屋自体に強く結界の魔力があって招かれた者しか入れないようになっている。
    「ここに来たらいつでもフィガロ先生を思い出すことができました。先生の魔力はとても強くて、暖かくて、優しくて、僕たちを守ってくれた。だけど、先生のことを考えてばかりじゃいけないとも思っているんです。前に進まなきゃ」
    「無理に忘れることはない。自然と馴染んでいくものだよ。とても時間がかかることだけど」
    「いいんです、お花可哀想だし」
     ミチルの言う通り、この古屋はもう長くない。数年のうちか近いうちには綺麗な水が上手く行き通らず花も全て枯れてしまうだろう。
    「先生が残してくれたものは、ここ以外にもたくさんあるので、大丈夫です」
     窓枠に彼が触れた。ここで彼はたくさん泣いたのだろう。フィガロのことを思い出して、涙を流しては、こうしてはいけない、と自分を戒めたのだろう。まだ幼かった彼にとってそれがどんなに辛いことだったのか、想像には難くなかった。
    「じゃあ君は外に出ていて。僕が片付けるから」
    「あっ、待ってください」
     ミチルは部屋中を一周して、色々な花を眺めた後やっぱりこれがいいと言うふうに頷くと、丁寧に魔法で茎を切り落とした。
    「はい、これで本当にいいです」
    「わかった」
     ミチルが部屋から出たところを見送って、魔道具を取り出した。この古屋そのものが魔力によっているものだから、その宿主を消滅させて仕舞えば存在自体がなくなる。小さく息を吐くと瞳を閉じる。部屋全体の魔力をじっくりと心で観察する。
     あった。その小さな針の穴に糸を通すように呪文を唱えると、歪みが生まれる。あとは何もしなくてもそのままで跡形もなくなるはずだ。古屋を存在させたいたものを握りしめて、外に出るとゆっくりと傾いたそれが、パチパチと弾けるように花びらをつけてどんどんと消えていく。空に舞いながら吹雪のように風を吸い込む。小さくなっていくそれにミチルが手を伸ばそうとするが、寸前のところで全てがなくなって空を切る。
     森の中に静寂がまた灯る。
     

     ミチルは彼の今働いている場所へ案内した。今日はちょうどお休みで誰もいなく、僕と話すのに最適な場所だと思ったからだと言った。
    「これ、貰っていってください」
     ミチルが見せたにはさっき僕が手で握っていたものだった。小さな花の種、それにフィガロは魔力を込めていたようだ。
    「レノックスさんから、ファウストさんは何も持っていかなかったと聞きました」
    「…僕にはその資格がなかったからだよ」
    「僕はそうは思いません。だからせめて、これを持っていてはくれませんか」
     僕は、僕の人生にはもうフィガロは関係のないものだと思っていた。いつか忘れてしまえればそれでいいと思っていたのに、誰もがそれを許さない。きっと、僕自身も。
    「…わかったよ」
    「ありがとうございます」
     小さな小瓶を棚から取り出すと彼はそこへタネを詰めた。
    「フィガロが石になる時、君たちのことを話していたよ」
    「僕たちのことを?」
    「あぁ、最後に君たちに会えてよかった、と」
    「…そうですか」
     彼が入れてくれたコーヒーに口をつける。「大事はことは何も言ってくれませんでした。だけどいつも先生からは愛を貰っていました」
    「うん」
    「僕の人生が先生と同じくらいだったとしても、先生が僕のことを忘れてしまっても、僕はきっとフィガロ先生のことを忘れないと思います。忘れたくない」
     ミチルの瞳からいつしか涙が溢れていた。今度はちゃんと自分のハンカチを取り出すと、それを拭った。
    「生まれ変わって先生と出会ったときに、僕が覚えてなかったら寂しいだろうから。花だとしても、雪だとしても、人間でも、魔法使いでも」
    「そうだね」
    「だから覚えています、ずっと」
     ミチルは小さく頷いて僕の方を見た。涙で濡れた瞳だったけれど、暖かくて優しい笑顔だった。それは少しだけ彼を思い出させて、僕の胸を熱く焦がした。

    「ファウストさん、ありがとうございました」
     泊まっていってとは、ミチルは言わなかった。箒に跨り帰路を思い描いたあと、そうして帰ろうとした。「じゃあ、」
    「あの、」
    「どうしたの?」
     ミチルが呼び止める。ふわりと浮きそうだった自分の体をゆっくり地面へ近づけると、彼の声に耳を傾ける。
    「ファウストさんが淹れてくれたハーブティー、とても元気が出ました。フィガロ先生が出してくれたものと同じ味がした。すごく懐かしくて、優しくて、泣いてしまいそうなほど…」
    「…そう」
     泣いてしまいそう、そう言ったけれど彼はもう泣かなかった。泣いたら僕の帰る時間が遅くなると思ったからかもしれない。唇を震わせているけど、瞳は笑っていてそれはすごく寂しいことだと思った。
    「ファウストさんは、泣かないんですね」
    「…いや、多分君がいなかったら泣いていた。みっともなくね。君の前だから虚勢を張っているだけだけだよ」
     君がそうしているように。夜風が2人の隙間を通っていく。南の国は田舎だからか他の国よりずっと星がよく見えると思う、小さく瞬く輝きも逃さないようにゆっくりと人々が見上げる先にたくさんの光が降ってくるよう。
    「きっと家に帰ってこの花に水をあげるときには」
     涙が出るだろう、と言いかけてやめた。そんなことを言ったら本当になってしまう。まだ彼が死んだ実感さえせずにふわふわとしているというのに。
     堪えた言葉を、ミチルもわかっているようだった。「そうですね」
    「また魔法舎で」
    「あぁ」
     ミチルはもう呼び止めなかった。大きく体を浮かせて空へ飛び立つ。僕が見えなくなるまで彼はずっと手を振っていた。僕はできる限りそれに応えるように、手を振りかえしていた。
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