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    sari

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    sari

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    小さなメイド

    メイドなお仕事交易の要所であるその街は、様々な人種に種族、おまけに珍しい動物が行き交う夜でも賑やかな場所だった。
    例の如く眠気に負けつつあるルックを、どこも満員な宿屋を端から巡りどうにか見つけた部屋に押し込むと。リオは心許ない路銀をどうにかするべく仕事を探しに紹介所へと足を踏み入れた。
    巨大な街は栄えているだけに何もかもに対しそれなりの値段が提示される。
    急速に肥大化していく街に、需要と供給が釣り合っていないためだ。
    その分求人も多かろうと気楽に考えていたリオは、この後の自分の行動をとてつもなく後悔する破目に陥るのだがまだ、この時は予測もしていなかった。

    人いきれでむせ返る程の賑わいをみせる、それなりの大きさを誇る紹介所で。小振りの体を存分に生かし掲示板まで辿り着いたリオは、しかし後から湧いて出てくる人の群れに押し流され、ゆっくりと内容を確認も出来ずに途方に暮れてしまう。
    人の波に押しつぶされる前にひとまず退散したカウンターの傍で一息つくと、その様子を見ていたらしい内に立っていた職員に声を掛けられた。
    「掲示板の前は戦場よ。あなた字は読める?絵が入っていない一覧表ならあげられるわ」
    好意に甘え、小さな文字で紙面をびっしり埋め尽くされたその求人票を5枚程見繕ってもらうと。
    「そこに書かれている仕事なら、ここを通さず全部直接求人元を訪ねて大丈夫よ。案内料を先払いするくらい、どこも人手不足だから。
    危ない仕事も混ざっているから、それには応募しないようにね?」
    丁寧な説明に礼を言い、ルックの待つ宿屋へと引き返す。
    後から思えば、この場で力仕事でも魔物退治でも、適当に選んで受けてしまえば良かったのだ。そんな後悔を抱くことになるとは露も知らずに。

    荷運び、大工、路面の整備などの力仕事から、道中の警護、素材集め、用心棒などの腕自慢を募るもの。それから宿屋、食事処、酒場の調理や接客。
    様々な求人に目を通し、短期間でそれなりの額を稼ぐのならばやはり素材集めに魔物の駆除だろうかと、リオはそれらの求人に印をつけていく。荷運び等に足る力はあるがどうしても、見た目で侮られる事が多い。その点魔物相手なら「高位魔法を操る」のひと言で、年若く見られがちなこの見た目でもそれなりに重宝されるからだ。
    出来るなら一人で狩りに行けるものが出てはいないだろうかと、細かな文字に目を通していると。

    めくる紙の束を背後から、白く美しい手がするりと浚い取り上げた。

    「ルック、どこまで目を通したかわからなくなってしまう」
    「僕が選んであげるよ」
    寝起きとも思えない鈴が鳴るような声と。
    ぱらりとことさら時間をかけてめくられる紙の音。
    振り返ったリオの視界には、完全に起き上がらず枕にその身を半ば預け寄りかかり、伏せられた眼差しの奥で文字を追いゆるやかに左から右へと流れる僅かに水をたたえ潤む瞳、ぱさりと音がしそうな程、怠惰なまばたきに震える長い睫毛に遊ぶ午後の陽の光。
    それでいて無表情な、そんなルックの姿が。

    これはよろしくない。
    リオは今までの経験でそれを察する。
    ルックが自分の美しさを世界に対して明け透けにしている時は、機嫌が斜めに傾いでしまっている時なのだ。
    ルックの、機嫌を損ねる原因はだいたい自分なのだと自覚しているリオは、そこで自らの希望など捨ててしまい全てを委ねてしまおうと覚悟を決めた。
    どうにもリオウとの会話が根深く彼に巣食い存在を主張し、一人きりでは置いて行かないというリオの言葉は空を滑りそれをルックは半眼で眺め鼻で笑うばかり。
    そして一度地に落ちた機嫌は浮上させるのがなかなかに難しいときている。
    ご機嫌斜めですよ、というわかりやすい主張の間に修正を試みる心づもりだった。
    それが。

    「これ」
    これ、ではないなあ。
    どうしたら別のものを選んでくれるかなあ。
    思わずのんびりとした逃避をリオは頭の中で繰り広げてしまう。機嫌も斜めだが提案はもっと斜めだとはこれいかに。
    「ルック、いつから僕の性別を勘違いしていた?」
    「風呂も共にした。間違えてないよ。君の性別も、僕の提案も」
    そう言うとルックは、リオの額のあたりをじいと見つめる。

    無言で見つめるルックのその瞳は、静かにまばたきを繰り返す度。だんだんと金の色を帯びて瞬き、泣いてもいないのに、ゆるりとその正しい円で形つくられた彼の目の上を水に滑るかのように泳ぎ彩る。
    一度未来に絶望し、その命で運命に抗った彼はどうしてか。
    生き延びた今、星見のように未来を巡る糸を誰よりも正確に選び視る。
    風の紋章が、一度体を離れるその際に。破壊を目指す世界の根源に、極限まで近づいてしまったからではないかとヘリオンは語った。

    その特異な力を、こんなことに使わないで欲しいとリオは内心大いに嘆きながら、目の前のその美しい場景につい目を奪われてしまう。
    何を視たのか果たしてルックは。
    最後にひとつ大きく、ぱちりとまばたきをすると、途端に纏っていた金の残滓がふわり広がりほろほろと、空気にとけて幻のようにしゅるりと消えた。

    それから薄い唇をにいと広げ。
    「安心しなよ。採用される」
    少しも安心など出来やしない顔で、ごく楽し気に笑う。

    物語に聞く美しい誘惑の悪魔だってきっと、目の前の彼には敵わない。

    「ルックが楽しそうで何よりだ」
    審美眼を幼き頃よりミルイヒに鍛えられてしまっていたリオ・マクドールは。
    両の手の平を肩まで上げて、降参の意を示した。


    どうせ性別で弾かれる。
    最後までリオが抱いていたそんな当たり前でしかない、けれども何故だか淡い期待は見事に打ち砕かれ。
    面接の終りと共に手渡された制服一式を携え呆けた顔で戻った彼を、ルックはとりわけ素敵な笑顔で出迎えるのであった。


    膝より長い黒いスカートは着る者の動きに合わせふわりたなびき。
    肘を隠す絶妙な長さの袖には華美にならない程度のフリル。
    後ろのボタンが特徴的な黒に近いこげ茶色のそのブラウスは、首より下を覆い隠し清楚さを際立たせるのに大いに役立ち。
    黒いタイツは僅かに透けその肌を想像させ、足元の黒いヒールはコツコツと、歩く度にその振る舞いと存在を主張する。
    元より長さの無い髪を、柘植の櫛で丁寧に梳かし整えると。
    やっとルックは満足し、その仕上がりを一歩引いた場所から眺めた。
    「うん」
    うん、ではない。
    リオはそう口にしたいがしない分別は持っている。悶着起こせば約束の時間に間に合わなくなるだろう。
    彼は決められた仕事を、それがどのような仕事であれ投げ出すいい加減さを誰にも教わらずにここまで生きて来てしまったのだから仕方ない。
    制服も自分で着られると主張したのだが。
    「セラを育てたのは誰だと思っているの?」
    正直タイツの正しい着方がわからず、その言葉に屈して今がある。
    「ルックが楽しそうで何よりだ」
    自らの作品を検分するような視線に耐え、もはや口癖となりつつある言葉を辛うじて口にしたリオは。
    白いフリル美しいエプロンと、印象的なカチューシャはお店で着けなと言われ、うっかりそれを優しさだと勘違いしそうになるくらいには錯乱していたのだが、それを指摘してくれる人物は残念なことに此処には存在しなかった。

    最後に右手にいつものように布を巻こうとするリオの手首をむんずと捕まえたルックは。
    「なにそれ」
    悦に入っていたはずの表情をがらりと改め却下なのだと全身で示した。
    「飲食店で手を洗わない訳にはいかないけれど、手袋を取ってこれをさらけ出すのはもっと駄目だ」
    リオは当たり前に過ぎる事を言っていると考えるが、ルックにはそれがどうにもお気に召さないらしい。
    しばし何かを考える仕草をした後に、掴んだままのリオの右手を引き寄せその甲に唇を限りなく近づけて、何事かと目を見張るリオの前で歌謳う抑揚でしばらくの間何事かを呟き、最後にソウルイーターに向かいふっと小さく息を吹き掛ける。
    ルックの息あたる手の甲からぞわりと何かをくすぐる気配が腕を駆け上がり、全身に巡りふるりと体を震わせるリオは、反射的に上がりそうになる声を抑えるだけで精一杯だった。
    震えが去った体には、まだ何かが内包されてしまったような、見えない膜で覆われてしまったような、不可思議な感覚が残されていてリオはそれに大いに戸惑う。
    「ほら、見えない」
    ルックがそんなリオを後目に握ったままの右手をついと上げると。そこには永劫存在するはずの紋章が確かに綺麗に消えて無くなり。
    「…ルック君、どれだけ僕にこの仕事をさせたいの……?」


    開店の前にお店の決まり事、注文の受け方、通し方、必要なカラトリーに、提供方法、各テーブルに付けられた番号、メニューと主な商品の味。
    あらゆるものをこれでもかと詰め込まれたリオは、その一つ一つを覚え、時に質問を返し、後は見て覚えて欲しいとの言葉に「はい」と短く返事を返した。
    昼時の席へのご案内だけはこの店一番の先輩が行うと言われ、なるほど満席率により売上は変わるのだろうとあたりをつけ、これにも粛々と「はい」と答える。
    あまりに気負わぬその姿に教育係は大丈夫だろうか、理解が及ばな過ぎて大変さが伝わっていないのではないかと不安を覚えたのだが。
    店が開き客押し寄せる中。
    微笑み絶やさず決して走るなとの言葉を守りつつ、美しいひれ持つ魚のように通路をするりと泳ぎ回遊するその姿に。
    はじめてこの店の店長を、面接でこの人物を逃がさず引き入れたその功労を、尊敬したのだった。
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