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    izuiti56

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    1123悠スフィWEB展示
    ※パス外しました!
    今の賢者の魔法使いがまだ北師弟しかいなかった頃、北の端で一人遊び中(Notエロ)のフィガロの元をオズが訪れて、昔を思い出したりちょっと戦ったりするお話です。

    年内目標にpixivで完結させます!

    #オズフィガ
    osFiga
    #1123悠スフィ
    1123Yusufi

    水の底、泡沫の夢chapter: 1.chapter: 2.――雨が降っている。

     起き抜けのぼんやりとした聴覚に、部屋中に染み入るような雨音が響いてくる。
    身じろぎをした頬に触れる枕は冷たく、一夜の間にずいぶんと部屋が冷え切ったことが分かった。
     ゆるゆると瞼を開くと、部屋はまだ暗い。天井を向く視野をずらせば、窓辺にかかった厚手のカーテンの輪郭を浮かび上がらせる光は、うすぼんやりとした月明かりのようだった。
     朝の気配はまだ遠い。しかし、暗闇で目を凝らしたためか、それとも部屋中を満たす冷気のためか、すっかり目は冴えてしまい、もう一度眠るには難しそうだった。
    仕方なく寝床から体を起こし、枕もとのランプに火をつける。自らの体温で温もった毛布が体から滑り落ちると、途端に寒さが襲ってきて手元が震えた。椅子に引っ掛けてあった上着を着こみ、寝室を出る。
     居間の暖炉の前に駆け寄って、手早く火を入れる。薪がもったいないようにも思うが、眠れない以上朝まで火なしに耐えられるはずもなかった。外の冷たい湿気が薪に凍みている様で、火が大きくなるのに時間がかかったが、パチパチと節が弾ける音がし始めて、ようやく椅子に腰を落ち着ける。
     自らの立てる呼吸音と、暖炉の薪の音と、雨の音だけが空間を支配していた。
     ゆらゆらと姿かたちを変える火を眺め、そっと嘆息する。
     明日、否、もう今日であるかもしれないが、夜が明けたその日には、冬至の祭りのために村の男総出で狩りに出ることになっていた。普段は治療師として村内にとどまることの多い自分も、この時ばかりは例外なく狩人として頭数に入れられるのだ。北の国の中でも、この村のある地域では冬場に獲物を取ることは容易ではない。弓も槍もそう得意ではないが、追い込み役としてなら多少は役に立つと昨年励まされたことを思い出し、行儀悪く椅子の上で足を抱え、膝の間に顔を埋めて唸る。駆けずり回ることが想定されるなら、せめてしっかりと眠って英気を養っておきたかったのに。
     昔行商人から聞いたどこかの村のように魔法使いの庇護があれば冬の暮らしももう少し楽なのかもしれないが、魔法使いの気まぐれで一夜にしてなくなった村もあると聞く。そもそもこの近辺で魔法使いに出会ったことのある者はいない。いるかどうかも分からない、気まぐれな神の庇護を夢見るより、己の身の丈だけの生き方をすることもまた、この北の国の厳しい冬を越えて命を繋いでいく堅実な手には違いなかった。

    ざぁ、ざぁ

     雨音が激しさを増し、薪の音との均衡が崩れた。
     顔を上げて、暖炉の向かいにある窓を見やる。寝室と同じように、こちらにも厚手のカーテンがぴったりと閉めてあるために外の様子は見えない。
     目覚めたときから燻るひっかかりに、呼吸が乱れるのを感じた。雨音は心地よく感じる性質のはずだった。だが、この雨には、何か、胸の内が落ち着かない。
     ざらざらとした手触りのものが詰まったような、ひどく冷たいものを無理に飲み込んだような、身の内に感じるには不快な気配がする。

    ――雨?
    ――この北の国の冬で?
    窓の外には、月明かりがでているというのに?

     一度矛盾に気が付くと、一気にこれまで見過ごしていた違和感が襲ってくる。何かが、決定的におかしい。
     椅子を蹴倒すように立ち上がり、カーテンを開け放つ。遮られていた冷気と明かりを浴びて、茫然とした。
     窓の外には、雨の気配などどこにもなかった。
     右手に見える湖の水面は穏やかに静止して、真上に浮かぶ美しく忌々しい厄災を鏡面のように映し、反対側には見慣れた家々や、もう春先まで溶け切らない雪がその静かな月明かりの中に息を潜めている。しかし、なおも雨音は鼓膜を震わせていた。

    「なぜ…」

     耳鳴りだと思うには、雨粒が地を打つ以外の水音がはっきりと聞こえすぎる。それとも、目覚めたと思って未だ夢の中にいるのか?
     混乱する頭で、視覚と聴覚の不一致の原因を探るが、思考がまとまらない。思えば、こんな動揺も自分らしくなかった。
     ふと、窓の外の景色に異物を感じる。湖の向こう、この村を海より吹き込む冷たい風から守るようにそり立つ大岩壁の上。先ほどまではなにも異変はなかったはずだが、厄災を背にしてなにかが聳えている。

    「――人?」

     厄災の逆光と重なり、この距離ではよく見えないが、それは背の高い人影のようだった。
     岩壁はこの村では信仰の対象だ。子供が遊びでよじ登ろうものなら大人たちが容赦なく脳天に拳骨を落とす。また、岩壁の頂上など強風が吹きすさんでいるはずで、普通の人間ならば間違いなく避ける。
     村の備蓄を狙った賊だろうか。賊ならばすぐに村の者たちを叩き起こして備えねばならない。身を翻そうとして、踵を浮かす。と、全身が固まった。

    ――目が合っている。

     逆光のために全身は闇のように黒く、輪郭の他何を纏っているかも判別がつかないというのに、その人物と目が合ったと、そう感じた。
     呼吸が一段と浅くなる。その人物の他に人影は見えない。ならば賊ではないのか。道に迷った哀れな旅人か。
     岩壁の上から目をそらせないままでいると、雨音はますます激しく、水音はうねりを伴った水流のように轟き始めた。ごうごうと耳元で鳴る音に頭痛がしてくる。胸の内の騒めきは、早鐘のような鼓動となって具現化する。人影はなおも岩壁の上から動かない。厄災が次第に高さを落とし、人影の頭部に重なった。目を灼くような白い光に不随意的に目を閉じる間際、漆黒の陰から、見えるはずのない、紅い双眸が見えたような気がした。

    ――フィ…ロ

     僅かに鼓膜を震わす低い声が発するのは、己の名か。その瞬間、心の臓が強く熱を持ったかと思うと、次に目を開けたとき、岩壁の上にはただ厄災が平時のように鎮座するばかりだった。


    chapter: 1.

    「オズちゃん、調子どう?」

     双子がオズのねぐらにやってきたのは、北の国の短い夏の終わり、雲一つなく晴れ渡った日だった。二人そろって箒から降り立ったかと思うと、双子の存在を感知してなお無視を決め込んでいたオズを目指し、魔力で閉じられていた戸を難なく解いて、左右から視界に割り込んでくる。
     オズが双子の城を出てから、自ら双子の元を訪れたことは一度もない。オズの方には用はないし、数年おきに、更に頻繁な時は1年のうちに数回といった頻度で双子の方からやってくるからだ。

    「……」

     調子もなにも、オズの方には話すべきことは何も思い浮かばず、双子の近況にも興味はなかった。
     双子もそんなオズであることは十分に知っているから、オズが何も口を開かなくとも勝手に室内を物色しては前回の訪いからの変化を見つけてはしゃぎ、また居城を移したことや気まぐれに見物に行った他国の争いごとなどを止めどなく話す。
     一向にやまない双子の声にオズが辟易し、無理やり追い出そうと呪文を唱えようとしたところで、突然ぐるりとスノウが振り返った。

    「それでの。フィガロちゃんがね、ここしばらく、とんと顔を見せぬのじゃ」

     ふいに出されたかつての兄弟子の名に、オズは動きを止めた。
     ホワイトが腰に手を当てて、大仰にため息をついて見せる。

    「まったく、一人で面白くなさそうな遊びをしておるようでの。つまんないから、オズちゃん、引っ張り出してきてよ」
    「そしたら、我らの新居にご招待してあげるね!」
    「夏いっぱいまで咲く、よい香りのする花の群生地でのう。久々に四人でお茶会をするのじゃ!」

     身を引く間もなく、両側から双子に腕を掴まれ、黄色に光る四つの眼に見つめられる。
     有無を言わさぬ圧に屈するオズではなかったが、こうなった時の双子の面倒さには共に暮らした何十年かで嫌というほど思い知らされていた。
     あの兄弟子がどこで何をしていようと知ったことではないが、思い返せば、双子のような気まぐれな訪いではなく一定の間隔でオズの元を訪れていたはずが、確かにしばらくその姿を見せていなかった。

    「でもフィガロちゃん、選んだ遊び場はちょっと可愛げがあるよね!」
    「そうじゃのう。オズちゃん、覚えてる?あの脱走事件!」
    「フィガロちゃん、懐かしがっちゃったりしておるのかの?」

     双子はオズの腕を掴んだまま、しばらく「お茶会」とやらの計画を楽し気に話し合った後、じゃあよろしくね、秋になっちゃう前にちゃんと連れてきてよねと言い残し、オズの返事を待たずに去っていった。
     ようやく静けさを取り戻した室内に嘆息しながら、戸を再度魔法で閉じ、次いで外界の音を遮断する。
     椅子に深く腰掛け、やっと己のペースで思考できるようになってホワイトの言葉を思い返す。

     脱走事件。
     自我が芽生えた頃から一人で生きていたオズが、双子の襲来を受けて敗北し連れていかれた先で、「弟子」という枠組みに押し込まれてしばらくは屋敷を抜け出すことがままあった。
     百年以上前のことであり、詳細なことは記憶していなかったが、少なくない脱走の理由は、他人、ましてや力の強い魔法使い複数と同じ場所にいることに本能的に馴染まなかったり、暴れるオズをしばしば力で押さえつけてくる双子に反発してであったり、様々だったように思う。結果としては、大抵すぐに笑顔の双子に捕らえられ、仕置きと称して悪趣味な遊びの玩具にされていた。
     苦い記憶に思考を止めたくなるが、しかしホワイトの口ぶりでは、特定の脱走を指すようだ。

    「…あの時か」

     双子の元で過ごした数十年を辿ってゆくと、思い当たるものが一つだけある。
     双子の元にいることにある程度利点を見出し、飛び出すことも少なくなってきた頃。何が原因であったか、兄弟子であるフィガロと酷く衝突したことがあった。
     オズが連れられてきたとき、すでにフィガロは肉体的な成長は止まり、見てくれは現在と変わらず青年の姿をしていた。見た目は幼子の双子に対して、お前の兄弟子だと引き合わされた並び姿に、ひどくあべこべだと思った記憶がある。
     双子に引けを取らず明るい調子でよく喋り、敵と認識すれば初手から問答無用で争いをしかける者の多い北の魔法使いらしからぬ振る舞いをする男だったが、初めて相対したとき、その不穏な嵐の色の虹彩に浮かぶ異質な瞳が、己を害しうるものとしてとして冷徹にオズを検分していたことは、やはり正しく北の魔法使いであることを感じさせた。
     とはいえ、オズにとっては不本意だがフィガロはオズの世話をよくした。双子は魔法でオズをしごく以外のことは基本的にフィガロに丸投げだった。もし何から何まで双子が側にいる生活であれば、オズはどれだけ叩きのめされ、たとえ今度こそ石にされるとしても全力で暴れ続けたに違いない。対してフィガロは必要以上に干渉しなかったし、己の感情や考えを表に出す術を知らないオズの心の内を汲むことが上手かった。オズを諫めるときも力ではなくそのよく回る口を使ったので、オズもそんなフィガロには力で反発することはなかった。
     だが、一度だけ、フィガロがその鷹揚な態度を崩し、それにオズが攻撃で応じたことで、あわや魔力での殺し合いに至りかけたことがある。結局は双子の介入で互いに手も口も封じられ、別々に仕置き部屋に入れられたところでオズは再度暴れ、箒に乗って飛び出したのだった。いつもとは違って双子はすぐに追ってくることはなかった。
     オズは当てもなく飛び続け、屋敷のあった地から随分離れたところで箒を降りた。未だ猛ったままのオズの感情に呼応して、荒れ狂う大気は嵐となり、轟く雷鳴は地を穿つ。もうその頃には、自分の心を荒ぶらせるものが何なのかも分からず、ただ混沌とした胸の内に苛つくばかりで仕様がなく、目についた大岩の元に蹲り、組んだ腕に顔を伏せて警戒心の強い獣のように目だけを覗かせて篠突く雨の立てる水煙の先を睨みつけていた。
     どれほど時が経ったか、オズがいくらか落ち着きを取り戻し、嵐が小康状態になった頃、雨の向こうからフィガロが静かに歩み寄ってくるのが見えた。その気配はごく平静なもので、オズが一つ稲妻を落としても乱れることなくいなした。とうとうオズの目の前までやってきたフィガロは、するりと片手を差し出す。その白い指先から辿って見上げた先、頭上の空と同じ色の虹彩からは仕置き部屋に入れられる直前に見た苛烈な色はすっかり消え失せ、いつもの悠然とした微笑みを浮かべていたことが記憶に残っている。互いに言葉は発しなかった。
     オズはその手を取ることなく立ち上がった。フィガロも取られなかった手を気にする様子はなく、そのまま下ろそうとしてふと動きをとめ、自然な動きでオズの頭に触れた。手が離れたとき、その指先には嵐の中絡まったのであろう小枝がつままれていた。フィガロはくすりと小さく笑った口で呪文を唱え、泥で汚れた弟弟子の格好を整える。近くに転がっていたオズの箒と呼び寄せ、同じように呪文で整えてから突っ立ったままのオズに押し付けて自分も箒を呼び出す。
     大気はずいぶん静まり、空の色はフィガロの瞳よりもいくぶん明るさを増していた。どちらからともなく宙に浮きあがり、そうして二人は双子の屋敷に戻ったのだった。
     記憶している中では、それから十数年後にフィガロが双子の元を去るまで、二人が大きな衝突をしたことはない。ほぼ時を同じくして、オズも屋敷を出た。

     久しくしなかった回想から意識を浮上させると、室内はすっかり暗い。双子が去ってから随分経っていたようだ。
     おそらく、ああ言った以上双子の示すフィガロの“遊び場”は、あの時の大岩があった場所を指すのだろう。具体的な場所は記憶していないが、フィガロと屋敷に戻る最中、左手に海が見えたことを思い出していた。
     精霊の気配からして、秋の訪れはそう遠くない。面倒極まりないが、“優等生”であった兄弟子の面倒をオズが見るというのは初めてのことで、オズはほんの少し、どこか愉快さも感じていた。


    chapter: 2.

     翌日、オズは北の国の西側の海岸沿いを飛んでいた。
     この辺りの海岸は切り立った断崖になっており、浜辺はほとんどない。大地に細長く入り込んだ大小さまざまな湾が複雑な地形を形成しており、僅かな平地とそこに息衝く集落はそれぞれ海と断崖に阻まれ疎らに点在している。
     山間を氷河が押し削り、細長く編み籠のようになだらかな曲線を描いて抉り開いた谷を、オズは湾の入り口から魔力を込めて注視していった。すると、海岸線からしばらく上った先に比較的広大な平地になった場所があり、更に上った先に僅かに残る己の魔力を感じ取れた。
     高度を落とし近づいてみると、谷の所々に大地が穿たれた跡がある。あの時、オズの雷によってできたものに違いなかった。
     同時に、近くから弱い結界の気配がすることにも気付く。その結界からはフィガロの魔力は感じないが、ほぼ間違いなくそこが双子の言うフィガロの“遊び場”だろう。自身の気配を隠す結界の多重掛けはフィガロの手の内の一つだ。結界の気配を探ると、雷に穿たれた谷の下方、広大な平地にそれは存在するようだった。
     平地は大きく見渡すほどに広く、海側にそり立つ岩壁が目についた。その手前に大きく窪んだ土地があり、その付近に結界が張られているようだ。よく見ようとすると視線が自然に散らされ、観察することができない。オズはそこにフィガロの存在、少なくともフィガロの術があることを確信した。
     平地に降り立ち、改めて探査のために呪文を唱える。そして、初めてフィガロの結界を見たときのことを思い出していた。

     まだオズが双子の城に連れられてさほど時が経たない頃、酷く双子の機嫌を損ねて、四肢を砕かれて魔獣の巣のある雪山に放り出されたことがあった。兄弟子として弟弟子の教育がなっていないとフィガロも連帯責任として同様に傍らに転がされ、双子が姿を消した後、フィガロは大きなため息をつきながら結界を二重に張り始めた。
     最低限の魔法しか使えぬ程度に魔力を削られている中で、無駄に魔力を使い結界を張る必要があるのかと考えていると、そんなオズの様子に気付いたのか、フィガロは更に大きなため息を一つ、そして考えの足りない弟弟子に噛んで含めるように説明したのだった。
     『あのね、オズ。分かりやすく強い結界なんてはったら、今の俺たちより強い魔獣や魔法使いのいい的になるんだよ。
    わざわざ踏みつぶしても何の得にもならなさそうな存在を装って、無用な関心を持たれないようにした方が結果的に無駄に魔力を消費することもないの。
    それでも攻撃されたとき、今じゃ文字通り手も足も出ないから身を守れるように本命の結界は準備しておく必要がある。よっぽど意識して探られたり、そもそも双子先生みたいな魔法使いだったら内側の結界にも気付かれちゃうだろうけどね。
    ほら、オズもぼさっとしてないで。俺の結界より外側には出すなよ』

     あの時と同じように、外側の結界は、外部からの認識阻害、干渉の排除を目的としたごく平凡な結界であり、解くにしても壊すにしても容易い程度のものだった。人間や弱い魔法使いでは“場”の存在は全く気付くことはないだろうが、ある程度以上の魔法使いであれば、そこに何か意図をもって隠されたものがあることには気づくだろう。しかし、一見はありふれた隠遁の術であるから、よほど好戦的な者でないかぎり捨て置かれることを見越しているのだ。
     意識して探ってなお目の前の結界からフィガロの魔力の気配が全くしないのは、殺すか奪うかして手に入れた適当な魔法使いのマナ石を核にしているのだろう。フィガロは自ら好んで魔法使いを石にすることはなかったが、しばしばやって来る“双子の弟子”の殺害という称号や、フィガロたち自身のマナ石を狙った魔法使いたちを返り討ちにしては、そのマナ石を食べるに値するもの、術に利用するもの、適当に売り飛ばすものとして格付けし保管していた。石にしたものはその程度によらず全て腹に収めるオズにはそんな兄弟子の行動が理解できず、またフィガロの方も弟弟子には不要な行為と考えたのか何も言うことはなかった。ただ、フィガロが術に利用するものとして保管していたマナ石に手を出した時には、近くにフィガロの姿はないのにも関わらず、耳を塞いでも屋根に逃げても追ってくる怒涛の小言をもらった挙句、しばらく食卓にオズの皿が並ぶことはなかったが。
     昨日回想をして以降、やけに浮かんできやすくなった余計な記憶を頭から追い出し、手をかざして結界を壊す。湖面に張った薄氷が割れるような音が響き、果たしてそこには覚えのある魔力の満ちた第二の結界が姿を現した。
     オズはフィガロの結界の解析は不得手だった。試みるまでもなく解くことは選択肢から外し、魔道具を右手に呼び出し、破壊しようと口を開く。

    『フィガロちゃんと一緒にお茶会するんだからね!』
    『一緒じゃないとお仕置きじゃよ!』

    「……」

     去り際の双子の言葉が脳裏を過る。中でフィガロがどうしているかは知らないが、結界を力任せに壊した結果、フィガロの望まない出来事が起きたとき、あのよく回る口からはあらゆる小言があふれ出すことだろう。
     厄介な双子の注文と、煩わしいフィガロの小言を思うと、ひとまず声をかけた方が面倒はなさそうだった。

    「《ヴォクスノク》」

     自分の来訪を知らせる目的で結界に対し呪文を唱える。が、込めた魔力は一切の手応えなく結界の表面を滑り、霧散した。もう一度、今度はより強く意思を込めて呪文を唱える。

    「《ヴォクスノ…》 ッ!」

     結界に向けた魔力が、そのまま真っすぐ跳ね返ってきた。攻撃的を意図したものではなさそうだが、守りというより、外部の干渉を強く拒絶している。
     そして、一度目の接触でも薄々気付いていたことがはっきりする。この結界は、オズを拒むものだ。明らかに「オズ」という存在を意識した作りになっており、「オズ」が要因となるものについては特別対策を取られているようだった。

    ――フィガロが、明確にオズを拒絶している。

     その事実を認識したとき、胸の内に感じた混沌には覚えがあった。

    ――あの時。
     かつてないほど冷え切った双眸でオズを見据えるフィガロの口から発せられた言葉を脳が認識した瞬間から、雨の中差し出された指先を目にするまで感じていた、あの混沌。

     オズは、辺りがたちまち翳りを増していくことを視界の端で捉えながら、目の前で静かに引かれたままの透明な幕を見つめていた。
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