ハグの日スキャマンダー兄弟 ロンドンの自宅、その地下に広がる、ケルピーを飼育している水場――そう呼ぶには、それはあまりに広大だったが――から上がったニュートは、体温の低下を感じて身を震わせた。構われたい気分だったのだろう、普段よりも幾分しつこく戯れつくケルピーとの遊びに付き合ってやる時間が少し長かったかもしれない。けれど、優雅な角度をした水草の尾が上機嫌に水面を叩いたのを見て、ニュートは微笑んだ。魔法動物がのびのびと快適に、彼ららしく美しく生きることと天秤にかける価値のあることなど、そうそうない。寒さなど、シャワーを浴びて、温かいものを胃に入れれば済むことだ。
水を含んで頬に張り付く前髪を指でどかしながら、ニュートは階段に足をかける。つい先ほどまで跨っていたケルピーの体について、脈動や、筋肉の動きかた、体温に思いを馳せる。ニュートは、魔法動物たちの体温をよく知っている。現在確認されている魔法動物のほとんどについてそうであったし、特に、この自宅の地下室や、トランクの中で飼育している彼らのそれは、正しく健康を維持することに直結するものであるので、暗記していると言ってよかった。
けれど。少し動きの鈍い自覚がある指先をすり合わせながら、ニュートは考える。人間の体温はどうだろう、と。
その疑問とともに頭に浮かんだのは、歳の離れた兄のことだった。
兄のテセウスは、たびたびニュートにハグを与える。
そのたびにニュートは、これが人間の体温だったと思い出している。
彼の物差しに基づいて自信満々に与えられる抱擁について、ニュートときたら、生まれてこのかたテセウスの弟をやっているというのに、いつも不意打ちを食らったような気持ちになる。いまだに、自分の両腕をどうすべきかもおぼつかないまま、ただただ人間の体温というものを享受している。兄も兄で、薄く狼狽するニュートを咎めるでも、かと言って気遣うでもなく与えるだけ与えて立ち去るので、ニュートにとってテセウスのハグというものは、いつまで経っても一枚ヴェールを噛んだような曖昧な捉えがたさがあった。
ニュートはと言えば、人間に対して、ハグをしたいという欲求を抱いたことはほとんどない。ただ、魔法動物なら話は別だ。学者の性として、研究の対象をなるべく近い距離で観察できるのならばそれに越したことはないし、飼育している彼らに対してはもちろん、また別の想いがある。
ついさっき、水中でケルピーの体に腕を回したときの――そしてそのほかの数多くの、すばらしい生き物たちの毛並みを撫で、まぶしく見つめ、頬を寄せているときの――胸の内に湧く感情のことを考える。
この輝かしい生が、いつまでも在りますように。
どうか、何者にも害されませんように。
もしかしたらと、ニュートは少しだけ首を傾げた。
兄が、自分をハグするとき。確信めいた力を込めて、ニュートの体を抱き締めるとき、抱く想いがあるとして。
まさか、完璧に同じではないにせよ、ニュートが愛する彼らに向けて祈っている想いと、少しくらいは共通しているのかもしれない。
不意に出たくしゃみが、地下室の石造りの壁に反響した。ニュートは体を震わせ、水を含んで重い足取りを早める。早く温かいシャワーを浴びて、着替えた服の胸ポケットに、小さくて賢い友人を招き入れたかった。