余裕なんてあるわけない ずるい、と唇を尖らせると何が。と康平くんの本当によく分かっていないような声が聞こえてきた。
「はあ?余裕過ぎてずるい、って……」
私はこういうことは康平くんが始めてで、それなのに康平くんは余裕そうな感じなのがどうしても気になってしまった。過去の女性の影など気にならないわけではないが、こういう時は自分の経験不足が嫌になり余裕が欲しくなる。
「…別に、余裕なんてないですし。俺もこんなことするの朱里だけだけど」
嘘、と思わず口にしてしまう。
「嘘じゃない」
そう言って康平くんは私の鼻を摘まみ、笑った。
「まず、色恋にうつつを抜かすほど当時の俺は余裕なんてないし。それにあんたが俺以外とこんなことしてたって思うと、それこそ嫌なんだけど」
そう怒ったように康平くんが眉を吊り上げるものだから、康平くんとしたことないし経験も全くないと首を横に振って言うと満足げに笑った。
「ま、朱里に俺が余裕あるように見えてるんならそれこそ思惑通りっていうか…」
どういうこと?と尋ねるとにやりと康平くんは笑った。
「余裕なんかないってこと」
そう言って康平くんは私の手を取るとそれを康平くんの胸へと添わせた。すると、康平くんの心臓はうるさいくらいの音を立てていて驚いてしまう。
「そんなに驚くこと?」
だっていつも涼しい顔をしているから、というとくっくと康平くんは笑った。
「まあ、あんま顔には出ないけど…朱里だけだよ。こんなことするの」
そう言って康平くんの唇が私の額に当たる。
「何、驚いてんの」
だって、と言い訳をしようとする私に康平くんは楽しそうに笑った。
「変な顔」
そう言って私の頬を撫で、唇だけじゃなく鼻や首筋にもキスを落としていく。
「ああ、でも…いいな。あんたとこんなことするのも、そんな顔知ってるのも俺だけで。後にも先にも俺だけなわけだ」
未経験は重いとどこかで聞いたことがあるから康平くんは気にならないのか、と聞くと顔色一つ変えずしれっと康平くんは答える。
「俺、本気で好きになったの朱里がはじめてだし、恋人もこういうことするのも朱里がはじめてだから。だから、普通に俺がはじめてで嬉しいっすよ」
そう言われると思わず、私も嬉しいと素直に返してしまった。
「やっぱ、あんたって……」
首を傾げるとなんでもない、と返され唇を塞がれる。遠のいていた熱がまたぶり返し、それに浸るようにゆっくりと私は瞼を閉じるのだった――。
-Fin-