ハロウィンアフタヌーン in イーディス「はいっ、おまたせ!イェルシィちゃん特製ハロウィンパンプキンパイいっちょーう!」
そう言って彼女がテーブルに出したのは、こんがりと焼き上げられたパンプキンパイだった。
「おおっ……これは見事だな、イェルシィくん!」
猫耳付きの帽子を被ったマクシムが、目を輝かせてその出来栄えを称賛する。
「すげぇっす!マジでうまそ〜……!」
テーブルに手をつき感心した様子でパイを眺めるレオの頭の上では、黒いうさぎの耳が揺れている。
「うわぁ……かわいいですね……」
つばの大きな魔女のとんがり帽子を被ったミシェルが、皿とフォークを準備しながら感嘆のため息を漏らす。
「ええ、食べるのがもったいないくらい」
海賊帽を被り右眼に眼帯を付けたセリアが皆のカップに紅茶を注ぎ分けながら同意する。
「とってもおいしそう! イェルシィ すごい!」
懐中時計を首に提げたトトがぴょこぴょことテーブルの上で飛び跳ねる。
テーブルに集ったブレイズの面々が口々に感嘆のため息を漏らすほど、イェルシィのパイは出来栄えが良かった。ほのかにスパイスが香るパンプキンパイは、仕上げにジャック・オ・ランタンを模したココアパウダーが振ってあり、ナイフを入れるのが忍びないほど可愛らしい。
「しかし……リュシアンとヴァネッサくんがこれを食べられないというのはなんとも口惜しいな」
マクシムが寂しそうに呟くと、セリアがティーカップを手渡しながら尋ねる。
「先輩達二人は任務なんですよね?」
「そーなんだよー。どこに行くかは聞いてないんだけど、戻るまで二日は掛かるって言ってたから結構ハードな任務なのかもね」
イェルシィがパイを切り分けながら答え、ミシェルが各人にパイの乗った皿を配りながら申し出る。
「お二人の分、取り分けておきましょうか?」
「あっ、大丈夫だよー。リュッシーとヴァネッさんの分は別に焼いてあるから。ありがとね、ミーちゃん」
イェルシィの言葉にミシェルがはにかむ。パイを受け取ったレオが何故か落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見渡しているので、セリアが腰に手を当てて呆れた声を出す。
「どうしたのよ、レオ」
「あっ……いや、せっかくなら、リゼット教官にも食べてもらったらどうかな、と思って……」
それを聞いたマクシムが感心したように頷く。
「うむ、それは良い心掛けだな。後で教官の部屋に届けておけばいいんじゃないか」
パイを配り終え椅子に腰掛けたイェルシィと傍に浮かぶトトが揃って首を傾げる。
「ん〜?でも急にどったのレオレオ。もしや教官に怒られたりした?」
「レオくん……」
ミシェルに呆れた目を向けられ、弁解するようにレオがぶんぶんと首を横に振る。
「ち、違うって!ただ、さっき中庭で見かけたリゼット教官、めちゃくちゃ機嫌悪そうに見えたから……」
マクシムが紅茶のカップを持ち上げながら言う。
「しかし教官の場合、機嫌の良い時というのも滅多にないと思うが」
「じゃあ、なおさらパンプキンパイ持ってかなきゃじゃん!ありがとレオレオ!」
今日はハロウィン当日、週に二日ある休日の二日目にあたるので、授業はなく生徒達は思い思いの時間を過ごしていた。
「あ〜あ。ヴァネッさんとリュッシーの仮装も用意してたのに、残念だな〜」
「仕方あるまい。急な任務の依頼が入ったとあれば、ブレイズ筆頭とその副官はそちらを優先せざるを得ないだろう」
ルディロームの街でもハロウィン前日の昨日から商店街が企画したイベントが実施されており、騎士学校の生徒も地域貢献のためにボランティアで仮装して子ども達にお菓子を配ったり祭りの手伝いに勤しんでいた。ブレイズの面々も昨日は祭りの手伝いをしていたが、ハロウィン当日の今日は寮の裏庭でアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「それはそうと……今日も仮装する必要あったかな?」
縞模様の尻尾を持ち上げてマキシムがぼやくと、水色のワンピースに白いエプロンを付けたイェルシィが力強く頷く。
「とーぜんっしょ!今日がハロウィン本番なんですから!」
二人の衣装は童話に登場するキャラクターの姿を模したものだった。レオは黒うさぎ、セリアは海賊、ミシェルは魔女の装いでパイに舌鼓を打っている。寮の裏庭にはテーブルセットが設置されており、天気の良い日にはリュシアンがアフタヌーンティーを振る舞う姿がしばしば見られるのだが、今日に限ってブレイズ筆頭とその副官は欠席していた。
「リュシアン先輩が天使で、ヴァネッサ先輩が悪魔の仮装でしたっけ?」
ミシェルが尋ねると、イェルシィはうんうんと頷く。
「そうそ!事前に試着してもらった時、すっごく似合ってたし可愛かったんだよ〜!みんなにも見てもらいたかったな〜」
悔しそうにそう言ってイェルシィがパイを頬張る。その傍で賛同するようにトトもパイにかぶりつく。それを横目に見ながらマクシムがう〜んと唸る。
「キミの見立てに狂いはなかったと思うが……あのイタズラは少々やりすぎだったと思うぞ……」
「イタズラ……?」
セリアが首を傾げると、イェルシィは茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる。
「いや〜……いつもと違って背中が出てるのが新鮮で、何気なくちょいちょーいって触ったら思い掛けずリアクションが大きかったから……まさかヴァネッさんが背中あんなに弱いとはな〜。ついつい調子に乗ってそのままくすぐり攻撃をね……あたし、逃げられると追いたくなるタイプだったんだなーって初めて気付いちゃったよ」
それを聞いた後輩達は、必死になって逃げるヴァネッサと嬉々として追い回すイェルシィの姿を想像して苦笑いする。
「ハロウィンは、満喫できたみたいですね……」
「だな……」
「仲が良いのは結構だけど流石にやめたげなさいよ……ヴァネッサくん、すごい声上げてたし、ちょっと涙目になってたじゃない……」
気の毒そうにマクシムが言うと、イェルシィは悪びれずに片目を瞑る。
「てへっ。――あれ、そう言えばマッキ先輩もこちょこちょ苦手だったりします?」
「なぁっ……?!だ、断じてそんなことはないぞ……!!」
慌てて否定するマクシムの態度を見てイェルシィが不敵な笑みを浮かべる。
「おやおや〜?その反応はもしや……」
「ちっ、違うぞ?違うからね?ひぃっ……なんでトトくん背後に回ってるの?!」
イーディス騎士学校の一画に響く賑やかな声。時に人間兵器と渾名され、ひとたび戦地に赴けば一騎当千の騎士となる彼らの、束の間の憩いの時間は穏やかに流れていった。