「ママ!ママこれ見てよ!ハイスコア更新~~~~!!」
「あらあら、すごいわねぇザイカ」
ソファで絵を描くパボメスの隣で、そんないつも通りのやり取りが聞こえる。今更改めて横を見る気にもなれず、パボメスはタブレットに視線を落としたまま聞き流していた。
「まああたしの手にかかればこんなもんよね!」
「流石だわ、プロの世界でもやっていけるんじゃない?近頃はゲームの世界にもプロというものがいるんでしょう」
「えへえへ~、それほどでも~」
つい先週も同じやり取りを聞いた気がするな、とパボメスはため息をつく。するとそれを耳聡く聞きつけたのかザイカが絡んできた。
「どったのパボちゃ!絵描けなくて困ってんの!!」
「違う、寄り付くな」
「何描いてたの~~~?ザイカも見たい~~~!!」
「離れろと言っているだろう!!」
横から抱きしめてくるのを必死に振りほどこうともがくパボメス。そんな二人のやり取りを、ライラは本物の母親さながらの温かい笑顔で見守っている。
「………………」
そんなライラを横目で盗み見たパボメスは、何度感じたかもわからない複雑な気持ちをまた抱く。この家の生活にライラが加わってからというものの、パボメスの彼女に対する不信感は募る一方だ。
だが、
「どしたの?」
動きを止めたパボメスを見下ろしながらザイカが首を傾げる。それを見上げ、パボメスは再びため息をついて首を振った。
「貴様、いい加減にしたらどうなんだ」
ザイカたちが寝静まった後、パボメスはソファで一人刺繍をしているライラに言い放った。
きょとんとした顔で見てくるライラを、パボメスがジトッとした目で睨む。
「毎度毎度下らぬ家族ごっこなどに興じて……見ているこっちはいい加減飽き飽きだぞ」
「あら、どういう意味?」
全く身に覚えがないとばかりに首を傾げるライラ。
「家族ごっこも何も、あの子と私は母娘だって、最初会った時説明したじゃない」
「それを止めろと言っているのだ、我は!」
パボメスが声を荒げる。
「何が母娘だ、奴が生まれるずっと前から貴様は悪魔に転じているではないか!奴の父だという貴様の夫はとうに死に、もはや骨の一つも残っていない!仮に貴様らの間に子がいたとしても、その子もまた老いて死ぬほどの年月を、貴様は独りで過ごしていたのだろう!」
「………………」
一旦言葉を止め、肩で息をするパボメスを、ライラは黙って見つめている。
……しばらくして、パボメスが首を振った。
「分からぬ」
「…………」
「何故だ。シンファンといい貴様といい、何故人間に近づき家族など演じる?何が目的なんだ」
「…………ふふ」
「何がおかしい?」
突然笑い出したライラを、パボメスは不満そうな声を上げながら睨みつける。
そんな視線をものともせず、ライラは話し始めた。
「そうねぇ、まあ……早い話利害の一致という感じかしら」
「……利害?」
「ええ」
やりかけの刺繍をテーブルに置き、彼女は両手を掲げる。
「あの子は親の温もりを知らずに育った、私は失った家族を求めていた。だから家族になった……一致しているでしょう?」
「いや、確かにそうだが……それだけではないだろう、貴様の場合」
「あら、そう思う?」
何が面白いのか、相変わらずクスクス笑うライラ。
「本当にそれだけなのよ?私はただ……あの頃みたいに家族で生活したいだけ。私を殺したあの人も、そのために犠牲になった娘も……みんな一緒に」
そう言って、聖母のような微笑みを湛えながら自身の腹部をさする。……あたかも、そこに新しい命が眠っているかのように。
「あの子との生活もとても楽しいから、ちょっと惜しい気もするけど……」
「は?」
「でも、あの子は優しいからきっと、ママの幸せが一番だよ、って言ってくれるわよね?」
「一体何の……お、おい」
だんだん目が据わってきているライラにパボメスが呼びかけるが、彼女は止まらない。
「ああ、でも、自分を蘇らせるために別の命が犠牲になったと知ったら、セオは何て言うかしら?優しい人だから心を痛めるに違いないわ。絶対に知られないようにしないと……またいなくなられたら今度こそダメになっちゃうかもしれないし……」
「!」
ここでパボメスはようやく気付いた。ライラがザイカに近づく真の目的に。
この悪魔は、ザイカを利用して自分の本当の家族を取り戻そうとしている。だから優しい笑顔で彼女に近づき、母であると偽って彼女を懐柔しようとしているのだ。将来的に、自分の本懐を遂げるために。
パボメスは戦慄した。たとえ元は人間であっても、どれほど良心的に見えたとしても。
この女は悪魔に違いないのだ、パボメスやシンファンと同じく。
「あっ!このこと誰にも話さないでね、パボちゃん?分かっていると思うけど……」
一旦言葉を止めたライラが、パボメスに念を押す。その顔は相変わらず、人間のそれにしか見えない。
人差し指を唇に当てて微笑むライラを、窓から差し込む月明かりが照らしていた。
「…………もちろん」
少しの間を置いて答えたパボメスは、実に愉快そうな笑みを浮かべていた。