終末ランデヴー(未完) オンボロ寮の朝はツナ缶を開ける音とノイズ混じりのラジオで始まる。この世界の事もラジオのお陰でだいぶ分かるようになった。情勢、天気、株価から面白いお店まで全部このオンボロラジオが教えてくれる。ゴーストが近くを通る度に周波が狂って奇っ怪な音を立てるのも、その度に叩いてつまみを左右に回せば元通り。今朝もそんなオンボロラジオから一日の天気を聞こうとしていたのだった。
『昨日観測された小惑星は、通常の軌道を外し地球へ接近していることが分かりました。』
どこかSFのような話。元にいた世界の本で読んだな、そんな感覚。アナウンサーがあまりにも淡々とした声で言うものだから作り話のようにも感じられた。
『宇宙開発機構によりますと、最悪の場合明後日の9月23日が地球の終わりだろうという事です』
その時、自分は「えらいこっちゃ」とつぶやいた気がする。
「魔法があっても世界って終わる時は終わるんだね」
学校内は至って普通だった。みんな本気で世界が終わるなんて思っていないらしい。自分もそうなのだが。
「そりゃそうだろ、魔法つったって人間が出せる限界があるし何事においても自然の脅威には勝てねぇっつーの」
パックのオレンジジュースを飲みながらエース・トラッポラはそう答えた。確かに、自分が居た世界もいくら科学が発達しても自然の猛威を止めることは出来なかった。それと同じ事なのだろう。
「みんな妙に落ち着いてるな。もしあのニュースが本当だとしたら明後日には地球は滅亡するんだろう?」
神妙な面持ちで話を遮った人物がひとり。デュース・スペードはなんとも言えない表情をしていた。
「まさか本当に滅ぶと思ってんの?今までにも散々言われてきてたじゃん、大魔道士の予言とかさ〜」
「へぇ〜こっちの世界にもそういうのあるんだ?元いた世界にも人類滅亡予言あったよ、ノストラダムスとかね」
「ほ、本気で思っているわけじゃないけど…!」
デュースが立ち上がると同時に授業の予鈴が鳴る。クラスメイトたちは次の授業に取り掛かるべく実験着を持ちゾロゾロと移動を始めた。
放課後、モストロラウンジにヘルプで入るとやけにオクタヴィネル寮生がぐったりしていた。
「このザマなんですよね」
支配人であるアズール・アーシェングロット直々のお願いであるからどのような仕打ちを受けるかと思えば「寮生のやる気がなく店が回らない」といった内容だった。ホールを行き来する寮生の足取りは重く、何とか動いている状態だった。
「なぁ〜んかやる気出ないんだよねぇ〜」
キッチンで料理を担当していたフロイド・リーチがそう呟く。彼は元から気分屋であるため今日がたまたまそういう気分だろうと思ったが、今回に限っては他の人同様本当に気分が乗らないみたいだ。さらに驚いたことに普段シャキッとしているあのフロイドの片割れでさえ、顔色が悪かった。
「オレ分かるんだよねぇ〜地球が終わるからでしょ?このテンション上がらないのって」
「それとやる気が無いのはどういう関係が?」
「ん〜…なんか地震とか自然災害の前兆って深海魚が浅瀬へ打ち上げられたりするじゃん、そんな感じ…なぁんかやる気が出なかったり焦ったりして落ち着かねぇの」
「フロイドの言ってることはあながち間違ってないと思いますよ」
ホールの手が空いた双子の片割れ、ジェイド・リーチが話へ割り込んでくる。
「生まれて17年生きていますがこんな事になるのは初めてです。心底落ち着きません」
「オレたちは人魚だから〜きっと人間の倍くらい感覚が鋭いんだよねぇ」
「あれ?でもアズールさん普通でしたよ?」
「アズールも今日ずっと変ですよ。ずっと気を張っていて少し話しかけただけで怖がらせてしまいます。ストレスで今頃あの手袋の中は歯型だらけでしょうね」
そこまで言い終えると、ホールから「オーダー頼みます」と声が掛かる。自分とジェイドは返事をするとホールへ向かった。
寮へ帰ると先に戻っていたグリムがツナ缶を山のように抱えていた。頑張って稼いだお金で買ったツナ缶を今晩だけで食べようとしているのだ。
「ふな〜〜!全部……全部食べるんだゾ!」
「ダメだよ明日の分無くなっちゃうじゃん」
「どうせ世界は終わっちまうんだゾ…ならオレ様がこの場で食べてしまった方が…」
「心配しなくてもどうせ人類は滅亡しないよ」
グリムを何とかなだめ、彼専用の布団に寝かす。自分も簡単にシャワーを浴び、ベッドへ潜り込んだ。
脳内を淡々とした声でアナウンサーが繰り返す。「地球の終わりです」と。子供騙しのような緊張感のない生活。しかし人魚たちはみな具合が悪そうにしていた。もしも本当ならば?もし、ほんとうに地球が滅亡するならば?考え出すとキリがなく、怖くなって来たので布団に潜り込んだのだった。
オンボロ寮の朝はツナ缶を開ける音とノイズ混じりのラジオで始まる。