【閑話】22時パンゲアサーバー役所前 結婚しようなんて話した後、何だかんだベーグルを食べながらあのゲームのここがいいだの悪いだの語っていればお昼をすぎ、流石に居座るのも申し訳ないと場所を変えた。二人とも妖怪ゴム配り(ジェイド)からゴムを大量に持っていたのでとりあえずそう言う休憩できる場所へ足を運んでそれから……めちゃくちゃ水風船をして遊んだ。半分くらいは妖怪に対する腹いせである。だってイデアは「空の箱を叩きつける」と誓ったし。最悪だよもう。ヴィル・シェーンハイトお墨付きブランドのセットアップは水でぐしゃぐしゃ。フロイドも同じく洒落た革靴を水浸しにしながら遊んだ。そりゃもう全力で。
それから二人、ぐしゃぐしゃになった服を魔法で乾燥させながら一緒にモンスターを討伐しに行った。ダブルベッドの上に二人胡座をかいてスマホでMMOをする姿はかなりシュールである。
「オレ、ウェディングドレス興味無いわけじゃないんだよね」
「フロイド氏が着ることに?」
「ちげぇよ、Floraに着せんの!」
イデアはFloraがウェディングドレス着たら可愛いだろうなァと考える。水色のロングの髪が真っ白なドレスに映えて…。まぁFloraはフロイドなんですけど。やっぱ一生根に持つと思う。
帰ってきた頃にはもう夕方で、鏡舎でフロイドと別れたイデアは目ざとくアズールに捕まった。「おやおやイデアさん上手く行きましたか」なんて小憎たらしい顔で聞かれるので、今からフロイド氏と結婚するんでと言って寮に戻る。ポカンとしたアズールの顔が面白くて口の中でくふくふ笑った。イデアは洒落た服を床に放って、いつもより念入りにシャワーを浴びていつもの部屋着に着替える。念入りにシャワーを浴びるのは禊みたいなもんだ。オタクやるでしょ、同人誌読む前とか手を洗うでしょ、あれと一緒。よっしゃ、準備万端。夕飯はモンエナで済ました。あのピンクのやつ。1番甘くて美味しいよね、冷蔵庫に常に5本ストックしてある。PCでゲームを立ち上げると、Floraはまだログインしていなかった。Floraが来る前にやっておきたいことがあるのでラッキー。イデアは大枚を叩いて質屋でネックレスとか買っちまった。プレゼントはあまり好まないらしいがこんな時ぐらい格好付けさせてくれよ。ゲームの中だけでもさ。
一方フロイドはと言うと妖怪ゴム配りに捕まっていた。彼はフロイドから話を聞いていたので、(恐らく)イデアである人とデートすることは知っていた。だから尚更嫌な笑みで「おやフロイド、僕のあげたもの無くなってますが上手く行ったんですか」なんてからかってきた。フロイドは「そうだよオレらソーシソーアイだからこれから結婚してくる」と言ってやった。あの時のジェイドの顔は一生忘れないだろう。さて、フロイドは寮に戻るとアズールとジェイドに質問攻めにあった。結婚するってどういう事ですか、海にはもう帰らないんですか、なんでイデアさんなんですかウニャウニャ。めんどくせ〜と思いつつも二人に「や、ゲームで……」と言えば「な〜んだゲームか」と二人は深い安堵の息をついた。「あぁ、でも今日のデートでゴム全部使っちゃった」と言えばジェイドが悲鳴を上げた。え?なんで?そんなに水風船にされるのが嫌だった?ごめんて。寮のキッチンで冷凍のたこ焼きを温めて自室に戻る。その間もずっとジェイドとアズールはコバンザメの如くフロイドについてまわり、痺れを切らしたフロイドが「めんどくせー!邪魔すんな!」とママに吐くような暴言を残し自室へ閉じこもった。外では「え?そこ僕の部屋でもあるんですけど」と閉め出されたジェイドが嘘泣きをしている。熱々のたこ焼きを少し置いてから食べるのがフロイド流(猫舌なだけである)なので、たこ焼きを冷ますついでにシャワーを浴びる。着ていた服はどうせ明日洗うしと床に放って21時にたこ焼きを食べながらパンゲアサーバーにログインした。
パンゲアサーバーは、最も人口が多いエリアである。なんでこんなに賑わってるのかは知らないが、交流を楽しんだり金を巻き上げたり買い物したりと人々は思い思いの楽しみ方をしている。イデアは30分前からパンゲアサーバーの役所前に待機していた。それにしても人が多い。アイテムボックスにはさっき質屋で買ったネックレスが入っている。役所前は人でごった返しているがFloraの姿はすぐに分かった。やっぱり愛の力ってね。Floraはフロイドなんですけど。『お待たせ』とやってきたFloraと一緒に役所で手続きをする。装備品ウェディングおよびタキシードが手に入りますよ、結婚したことは周囲のアバターに告知されますよ、特に称号とかはないですよ、お互いの意思は尊重してますか、などなど。利用規約にも似たそれをスラーと読んで同意するを押した。向こうも同意したようで、アイテムボックスに特別装備が贈られる。カットインが入り、役所の上で花火が上がった。おぉ、カップルが出来ると花火上がるのか。二人して役所を出ると役所前にいた沢山のアバターがチャットで拍手の嵐を送る。88888、おめでとう!なんて。イデアはめちゃくちゃ気分がよかった。リアルだったら失神してるが、ゲーム内だったらイキれる。Floraは『なんか照れる』とチャットを送ったのだった。
そんな訳で二人は無事「結婚した」事実を手に入れた。フロイドも結婚しなければお目にかかれないウェディングドレスを手に入れることが出来てご満悦だ。これによりどうやら全ての装備をコンプリートしたくなったらしい。それ、上級モンスターを倒すよりも修羅の道じゃない?とイデアは思ったが本人は本気そうだったので黙っておいた。沢山のアバターに祝福され、タキシードとウェディングドレスを着た自分たちのアバターのスクショを撮り、落ち着いた頃二人はモンスターを討伐しながらLINEで通話をする事になった。
「良かったじゃんオレと結婚できて」
「拙者は"Floraちゃん"と結婚したんです」
「じゃあFloraは"ナンヨウハギくん"と結婚したのでホタルイカ先輩では無いです〜」
未だFlora=フロイドを認めたくないイデアはぎゃあ!と叫んでゲーミングチェアをギリギリまで倒した。デルト=イデアだけど、Flora≒フロイドの認識で今後もいていい?ダメ?やはりイデアは未だにFloraとフロイドが同一人物である事を認めたくなかった。ふと、イデアが回復しようとしてアイテムボックスを開いて思い出す。Floraにプレゼントを買ってあったんだった。
「フ…フロイド氏ちょっとお願いがあるんだけど…」
「なぁに」
「本気のFloraチャットして」
「本気のFloraチャットってなに?」
「お、オタクが喜びそうなこと言って」
「ざっくりしすぎてて分かんねぇ…いいけど」
「いいのぉ?!」と思わずクソデカビッグボイスを出せば画面から不機嫌そうに「うっせ…」とため息つかれた。ごめんね…。
『Floraちゃん…これ…』とゲーム内でプレゼントを贈る。Floraのために質屋で購入したネックレスだ。気に入ってくれるかな。イデア及びデルトはドギマギしながらFloraがプレゼントを受け取るところを見ていた。『プレゼント…いいの?』。そうそうこういうのだよ、Floraチャットってのは。お互い黙り込んでスマホのタップ音とキーボードの音だけが通話で聞こえる。アイテムボックスで中身を開いたであろうFloraからチャットが飛んだ。
『ありがとうナンヨウハギくん』
「え?だっっっっさ」
ちょっと!!!!!!!!チャットと通話先の男本当に同一人物?!ネットの闇を見た。生きていけない。
『自分では選ばないタイプのネックレスだから…驚いちゃった…』
「ホタルイカ先輩これまじ?女の子にあげるものとして最悪じゃない?」
チャットと通話の内容で脳がバグる。物は言いよう、というのを再確認した。ネットは怖いね。本音と建前が同時にイデアの脳を揺さぶる。それにしてもディスりすぎじゃない?何がいけねぇんだよ翼竜の爪のネックレスがよぉ。
『ナンヨウハギくんぽくていいと思う』
「サービスエリアに売ってるお土産じゃん」
やめて!もうイデアのライフはゼロよ!机に突っ伏してさめざめと泣いた。やっぱりFloraちゃんとフロイドは別人だったかもしれない。
「は〜?ホタルイカ先輩がFloraで本気チャットしろつったんじゃん」
「そうだけど…そうだけど…」
「わざわざ言葉選んでやったのに」
「スン…ちなみにいつものFloraちゃん、というかフロイド氏だったらなんて言う?」
するとしばらくスマホのタップ音だけが聞こえてイデアのPCの画面にチャットが送信された。
『ナンヨウハギくんプレゼントありがと。でもこれは女の子に贈んない方がいいよ!ちょっとださい!落ち込まないでよ、プレゼントってその人を想う気持ちで付加価値付くから』
『ナンヨウハギくんがわざわざ選んでくれたやつだから大切にする』
あぁ……フロイド氏ですわ……。この時ようやくイデアはFloraとフロイドが同一人物である事を受け入れたのである。
イデアとのトーク欄に音声通話2:55:13が表示される。時刻は既に日を跨いでいた。流石に盛り上がりすぎちゃった。ジェイドはアズールの部屋にお泊まりかなと思って扉を開けると、壁に背を預け体育座りをして待っていた。流石にフロイドでもギョッとした。「アズールの所行かなかったの」と聞けば、「特に話すことも無いし沈黙が肌を刺すので一人でいるほうが気が楽です」と答える。アズールとジェイドってオレが居ないとマジでそういうとこあるよな、と思う。仕事の話しか出来ない。なんとも哀れな片割れに、モストロが終わったらタコのカルパッチョでも作ってやろうと誓った。どうやらジェイドもずっとここにいた訳ではないらしい。21時から0時頃まではアズールに内緒でほかの寮生とキッチンで白米に何を乗せたら美味いかという遊びをしていたそうだ。なにそれめっちゃ羨ましい。今度呼んでよ。最高に美味いなめろう作ってやる。それから食器を片付けたりして0時30分。そろそろ許してくれたかと思い自室へ戻ってくれば、なにやら楽しそうに通話している片割れの声が聞こえたので邪魔しちゃいけないと大人しく待っていたようだった。いじらしいね、このこの。
「イデアさんとお付き合いしてるのは本当ですか」
ジェイドが口を開いた。その目にはさぁ覚悟は出来ている、どんとこい、といった気迫さえ感じた。しかしフロイドは目を泳がせる。
「付き合ってないよ?結婚はしたけど」
「ゴムは」
「あ〜あれは水風船にした」
「水風船」
「うんめっちゃ楽しかった。知ってる?あれに水入れるとさ〜」
ジェイドは深く息を吐いた。それから「まさか初デートでゴムを全部使うようなケダモノに捕まった、もしくは片割れがケダモノだったかと思いました」と呟いた。
フロイドはジェイドにはちゃんと話した方がいいな、と思いとりあえず部屋にジェイドを入れて詳細を話すことした。MMOというものにハマっていること、そこで自分は色んなファッションを楽しみたいのでいわゆるネカマをしていること、ナンヨウハギくんに会ったこと、それがイデアであったこと、そしてさっき結婚してきたこと。フロイドは話しながら、ジェイドの私物からティーパックを取りだし、適当にお湯を沸かして二人分の紅茶を用意した。ジェイドのように上手く紅茶を淹れられない(めんどくさい)ので昼間に飲んだベーグル屋の紅茶よりも美味しくなかった。ひとつをジェイドに差し出し、もうひとつにスティックシュガーを3本入れた。ゲロ甘紅茶の出来上がり。
ジェイドがその様子を不思議そうに見て「誰から教わったんです?」と聞いた。フロイドは「ホタルイカ先輩」と答える。
「よほどイデアさんに懐いてるんですね?」
「オレが?なんで?」
「だって貴方、僕がバーガーにピクルスが入ってる方が美味しいと言ってもピクルスは見た目がやだと言って絶対に食べないし、シュリンプにはバーベキューソースが絶対だとか言って他のディップソースに冒険しないし、そもそも人の意見ってあんまり聞かないじゃないですか。こだわりが強すぎて」
「……」
フロイドは押し黙ったまま天を仰いだ。食の好みが似ているのはあったかもしれない。ただ、一度は「甘い」と言って舌を出した激甘紅茶をこの日3回は飲んだ。
「もしかしてオレ相当浮かれてる?」
「はい、さっきから口がにやけっぱなしです」
「まじ?」
「今朝も勿体なくて一生着れね〜って言ってたアウター着てたからビックリしました」
「あ〜……」
ジェイドはイタズラを仕掛けている子供のような顔をする。「さてはイデアさんのこと、相当好きですね?」。フロイドはお手上げと言わんばかりに「ずるいんだよあの人ぉ」と喚いた。