暖暖和和 余韻嫋々と渡る笛の音に目を覚ます。
「ショ」
幾度か瞬き、潜りこんで眠っていた、ぼく/小黒の懐からもぞもぞと抜け出た。暗く埃っぽい廃屋を、身体全部を使ってぐるりと見回す。石の床に即席で造った竈の中で小さな炎が揺れているが、灯りの届く範囲に人影はない。
「ヘイショ」
埃を巻き上げて軽く弾みながら、扉が朽ちて落ちた玄関へ向かう。沓摺へ跳び乗って、中庭へ目を凝らした。
「ショ~」
庭木が野放図に枝を伸ばし、手入れもされぬまま瓦が抜け落ちている月亮門が口を開け、蛾眉の月に照らされる荒れた光景の中に、ただ一つ座す人影がある。長年の風雨と苔にくすんだ青秞の磁鼓橙に腰を下ろして、端然と笛を奏でている。柔らかな音に誘われて近くまで行き、しかし距離は保ったままで、大きな目を凝らした。気づいた無限が笛から唇を離して、静かに首を巡らす。目が合うや、微笑みかけられた。
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