裏合掌物資補給のため寄った島は新世界では珍しい長閑な場所だった。町は港に一つだけ。あとは山と川のみ。
見所はないだろうと判断したナミは日が暮れる前に戻るようクルーに言いつけ、自らも島へ降りていく。
予想通り。この島には海賊が好むような宝も情報もなく、驚くことに荒くれ者さえいなかった。こんなにもゆっくりと過ごせた島は海に出て初めてだったかもしれない。常にトラブル続きだった今までの航海に思いを馳せ、ある特定の人物を除いた一味は奇妙な感動を覚えた。
だが、その所為か。歯に衣着せぬ言い方をするならば退屈な島でもあった。あのルフィが「あきた!」と言うほどに。しかし、そんな平和な島を発ってからというものサニー号では不可解な出来事が続いていた。
水浸しになる床。散らばった割れた皿。
まぁここまでは濡れたまま走り回ったバカがいたのだろう、やら、なんかの拍子に割れてしまったのだろう、と軽く見ていたが、ロビンの花やナミのミカンにまで花を毟るなどといったイタズラがあってからいよいよ可笑しいと気付いた。この船の中で事故でない限り女性陣の物に手を出す愚か者はいない。
「なァ、ウソップ。ゾロは何見てんだ?」
「知らねェなァ。虫でもいるんじゃねェか?」
そんな得体の知れない何かが起こっている中、鍛錬か昼寝しかしないゾロが何もないところをじーっと見つめていることが増えた。チョッパーには適当に答えたがウソップはゾロのこの行動も不可解な出来事の1つとして捉えている。どうも猫のあの行動を思い起こさせるのだ。
(いやいや、そんなわけ……そもそも迷信だし)
いや、でも、そんな、まさかァ……。拭い切れない嫌ぁな想像に頭を振る。なんとなく寒くなったのはブルックがいる所為だ、とぶるりと震えた体を抑えた。
「なぁなぁ、何見てんだ?」
独り自分を抱きしめているウソップを置いてチョッパーはとっとこ本人聞きに行っていた。うろうろと真似て視線の先を探ってみるが何かあるようには見えない。ゾロは視線を外さぬまま、あーっと気の抜けた返事をした。
「おれには何も見えねェよ」
「?」
妙な言い回しにハテナを浮かべる。どういう意味だ?っと聞こうとしたら頭が少し重くなり帽子がズレた。どうやら手を乗せられたらしい。
「そろそろどうにかしねェとな。ナミの機嫌が悪くなる」
その言葉に今朝のナミが脳裏に浮かび思わず飛び上がった。
「……もう十分怖ェぞ?」
それにゾロは確かに!と笑い、船首の方に歩いていく。すれ違いざまにくんっと潮の香りに混ざり酒のにおいがした。
「おいルフィ!!」
「ん〜なんだァ?」
「てめェ、前の島で変なもん拾ってきただろ」
海賊さながらな表情で渡せと迫るゾロと首を90度以上も傾けるルフィを見ながら、やっぱりというかなんというか……トラブルが起きない島はないんだなァとチョッパーはまた1つ賢くなった。
ルフィが動けばなんだなんだと騒ぎが伝播する。彼がそれを持ってきた時には既に全員が甲板に揃っていた。
「で、何なのそれ?」
ルフィが握り締めているのは木彫り人型。どこで拾ったと聞けば山奥の変なジジイから貰ったのだという。
「こりゃあス〜パ〜な出来だぜ。おそらく全て手作業で掘ってやがる」
「すげぇなァ!こんな細かいところまで……どうやってんだ!?」
1番に興味を示したのは物を作るのが好きなフランキーとウソップ。服のシワや人の表情まで、少しでも失敗したら全てがダメになる繊細な技術に感動さえ覚える。
「あらそれ、仏像じゃないかしら」
次はロビンである。何時ぞや読んだ本にこの置物に似た写真が載っていたのを思い出した。
「ブツゾウ?」
「とある宗教の信仰対象を形どった物よ。歴史的価値と芸術性からそれこそ物によってはコレクターの間で高値で取引されていると聞いたことがあるわ」
高値、と聞いて黙ってない女が1人。既に目をベリーに変えたナミだ。
「なんですって!?ちょっとルフィ!!それ見せなさい!!」
彼女にとっては少し不気味な置物であり、あまり近づきたくない代物だったが、お金になると分かれば話は別。ロビンに鑑定してもらい本物なら近くの競売所を探そう。
そう手を伸ばした時、それはルフィの手から消えた。
「これはダメだ」
ナミより早く奪い取ったゾロは、ちらりとそれを一瞥し、思いっきり顔を顰めた。そして、それはポーンっと弧を描き軽い水飛沫の音と共に海へと落ちていく。
「あ」
突然の奇行にクルーは唖然とするが当の本人は不機嫌そうにふんっと鼻を鳴らすだけ。
いち早く我に返ったナミがゾロの胸ぐらを掴み乱暴に揺った。
「な、なにしてくれてんのよアンタ!!アタシのお宝ァ!!」
「ちげェぞ!!おれんだ!!」
ぐらぐらぐあんぐあん。
これしきで酔うようなヤワな鍛え方はしてないとはいえ、力の限り揺さぶられ、耳元で叫ばれるのは鬱陶しい。
「うるせぇなァ……とりあえず明日まで待て」
「……なんで明日なのよ」
何か起こるなら明日だろうし、何もなければ何も起きない。なんにせよ明日分かる、とそのまま言えば鬼の形相をしたナミに殴られた。
翌日それはマストの根元で発見された。
「なんで、ここに……」
確かにゾロの手によって海に投げ捨てられたはず。
昨日よりも更に増した得体の知れない気味悪さに誰も迂闊に近付こうとはしなかった。ちなみに好奇心の塊である船長はコックにより首根っこを捕まれ近づけないようにされていた。
「どういうことか説明しやがれクソマリモ。まさかお前が潜って拾ってきたとかじゃねェよな?」
「捨てたヤツがんなことするかアホ」
「あーー…………パッと見、ロビンの言う通り仏像なんだがよく見ろ手が違ェ」
「……あら、ほんとだわ。掌じゃなくて手の甲を合わせているのね」
「偽物ってことか?」
「本来の仏像としてならな。大体この手のもんはパチモンが多いが、戻ってきたってことは本物だな。まァ、出すとこ出せばかなりの良い値はつくんじゃねェか?」
「じゃあ!」
「代わりに買ったやつは運が悪けりゃ最悪死ぬ」
「合掌ってのはな成仏を願う行為なんだよ。これはそれの逆を願ってやがる」
「まてまてまてまて。薄々感じていたがもしや怖いお話?」