不死川は子供の頃に、とても可愛い美少女に一目惚れした。ほんの少しの間だけ一緒に遊んでいた彼女のことを、何年経っても忘れられなくて黒い長髪の女子を見れば目で追ってしまう。それくらいには、おもっていた。拗らせている、といってもいい。
けれど、どんなに探しても見つからない。もしかして、遠くに引っ越してしまったのだろうか。
もう一度会いたいという想いは、日に日に増えていく。――そんなある日のこと。高校で同じクラスになった、とある男が気になってしまった。
男にしては珍しい長髪。それも烏の濡れ羽色。そしてやたら整った顔立ち。
つい、彼女の名を口にした。すると、能面のような顔が、ほんの僅かに色を変えた。不死川は咄嗟にその男の肩を掴み「知り合いか」と声を荒くする。しかし、その者は再び無表情になり、首を横に振って「知らない」と言った。
じゃあ、さっきのは? と、不死川は訝しげに見遣るが、男はそれ以上何も言わなかった。
そうして、月日ばかりが過ぎていく。時間が流れていくなかで、自然と男の名前も知った。男、冨岡義勇は、不死川が「彼女」の名を口にした時から不死川のことを避けていた。本人は上手くやっているつもりのようだが、不死川は気付いていた。避けられていることが無性に腹立たしくて、苛立つほど気に入らなくて、どうしようもなく気になって。それで、とうとう冨岡を問い詰める。
不死川は初恋の彼女が、女の子の格好をした冨岡だったと知る。
姉のお下がりを着せられていた、と冨岡は視線を逸らしながら話す。何で黙っていたと不死川が更に問い詰めれば、冨岡は口を固く閉ざした。
「俺をからかってたのか」
不死川がその言葉を発した時、冨岡は泣きそうなほど顔を歪めた。ちがう、と小さな声が痛々しげに訴える。
「………おまえが、すきだった……ずっと」
冨岡が、ぽつぽつと吐露し始める。本当のことを。
男だと知って、幻滅されたくなかった。一生言わないで、綺麗な思い出だけは守りたかったんだ。
冨岡の想いに、不死川は言葉をなくす。冨岡は茫然と立ち竦んでいるような不死川に「すまない」と何度も謝った。言わなければ良かったと、冨岡がひどく後悔していた時、ぎゅっと不死川に抱き締められた。
「はぁー」
深い深いため息が聞こえたが、冨岡はそれどころではなかった。混乱している冨岡に、不死川はぽろっと溢すように「やっと見つけた」と言うのだ。更に「ずっと隠れやがって」と、責めた口調だが声色はひどく優しい。冨岡は心底安堵したように、声を震わせて「ごめん」とまた謝った。しかしその口調は随分子供っぽいもので、安心しているのだと一目瞭然だった。
「……嫌わ、ないでくれ」
不死川の背中のシャツを握り締め、願うように、乞うように、冨岡が言う。その必死な様子に不死川は口元に笑みを携えた。ずっと恋い焦がれていた相手がこんな近くにいて、その上同じ想いでいたなんて。奇跡と言ってもいいのではないだろうか。
性別なんてどうでもいい。名前が違ったって、多少性格が変わっていたって構わない。ただ、嘘を吐くのだけはやめてくれ。
そんな風に冨岡に告げれば、くしゃりと顔を歪めて、今度こそ涙を流した。
「綺麗な顔してんのに、泣き顔ブサイクなのは変わんねェなァ」
「っ、……うるさい」
そんな所もかわいい、なんて本当に重症だと思う。自覚はある。
「そういや、なんで髪長いまんまにしてんだァ?」
「変か?」
「……変じゃ、ねェけど、」
「…………、お前が、俺の髪を好きって昔、言ってくれたから……」
だから、勿体なくて切れなかった。と、冨岡がぽそりと呟くと、不死川はその場に踞った。