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    tanny_unt

    @tanny_unt
    劣情なげすて処

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    tanny_unt

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    仲間に祝福される、付き合って数年目のクリテメ

    #クリテメ
    critémé

    AIUE.かなしい、つらい、くるしい。くらくてつめたい。だれもいない。だきしめてほしい。
    ……あいしてほしい。





    孤児時代、来る日も来る日も飢えと戦っていた。その名残か現在まで食は細いまま。汁菜を好み、口をつける。ひとくちは小さく、消化の速度も遅い。仲間内では比較的ゆっくりと食事を摂るほうだった。最年長のオズバルドと並び、互いにぽつりぽつりと本の内容を確認したり、時には無言で終えたりもする。

    旧友を失って、恩人を失った。その事がより一層食欲の減退に拍車をかけていたのだが、キャスティやオーシュットがやれ健康だの干し肉だのと構うものだから、観念してゆっくりながら量を摂ることに専念していた。
    皆、心配してくれているのだ。その心に報いたい。だが困ったことに胃袋はスープ一杯で満腹を訴える。我ながらほんとうに小さくて辟易するが、こうなるともうひとくちも食べたいとは思えない。口に物を運ぶのが億劫になり、喉奥からははっきりとした拒絶が聞こえる。はあぁ、と深いため息をついて器に盛られた薄切りの肉を持ち上げては置くことを繰り返している。行儀もよくないので、今日のところはギブアップを宣言しようとした時だった。

    「テメノスさん、いますか!?」

    宿屋に駆け込んできたのはかの子羊である。金の癖毛を揺らし、扉を大胆に開け放つ。そこに人が立っていたらどうするつもりですか。実際、近くにいたパルテティオが巻き込まれそうになり慌てて避けていた。

    「おわっとと、開ける時はノックしてくんねーか!?」
    「わぁっ…!すみません、お怪我はありませんか!?」
    「ちゃーんと避けて、へっちゃらだ。」
    「ほっ、よかったです…!って、そうだ!テメノスさんちょっと一緒にきてくれませんか!?」

    落ち着きのない様子の子羊は説明する時間も惜しいとらしく、食事を終えたばかりの私の手を掴んでやや強引に宿の外へと連れ出す。もちろんここまで承諾の返事はしていない。

    「すみません!テメノスさん、お借りしますね!」

    爽やかな笑顔を向けて、今出たばかりの宿にぶんぶんと手を振る。察しの良い仲間たちは諦めたように手を振り返すだけだった。


    歩幅が大きく、胃が重いままではうまくついていけない。早足に駆けていく子羊へ「食後なので、ゆっくり行きたいんですけど」と告げるとあまり時間の猶予がないらしく、それでもちょっと速度を落として歩いてくれた。

    「そんなに急いで、どこへ向かうってんです」
    「…すみません、今は言えません」

    口ごもる子羊に怪訝な眼差しを向ければ、困ったように眉を八の字にして誤魔化し笑いを浮かべられる。子羊のことなので悪いことにはならないだろうと予想し、以前大きいままの歩幅に並びついていく。
    不意に、歩いていた地面が遠くなった。

    「ごめんなさい、急ぐので。ちょっと揺れますね」
    「へ?…わっ」

    そう口走る者に、膝裏と背中を支えられた状態で抱き上げられていた。一瞬の出来事で、遅れを取ってしまったことが情けない。不名誉な体勢への不満をぶつけるように、杖で生意気な子羊の胸を小突く事しかできなかった。

    連れてこられたのはメリーヒルズの宿屋から北にある大きな舞台。他にも数十組の人間がいて、何やら紙を順番に手渡している。ここにきた目的をなんとなく察した。おそらくなんらかの催し物の一部なのだろう、皆一様に紙を持ち、列に並んでいる。
    未だ抱えられたままの状態で衆目に晒され、視線の圧がすさまじい。それだけではない、観客席から歓声や野次、冷やかしなどが次々と飛んでくる。そんな彼らのことなど目にも耳にも入っていないらしい子羊は、堂々とした足取りで自分の番とばかりにもっていた紙を手渡す。
    そこに書かれていた文面が見え、どきりとしてしまった。


    ─── 最愛の人 ───


    驚く間もなく文面は読み上げられ、この内容が周知のものとなった。あんまりな展開から普段は冷静さを欠かぬよう努めていたのに、この時ばかりは得意のポーカーフェイスもうまく決まらなかった。
    顔が熱い、彼が私を……愛───

    そこまで考えて、思考の渦に飲まれそうになる自分を抑え込む。羊の物言いたげな強い視線に射抜かれて、喉をひくりと震わせた。空気が薄い、喉がカラカラに乾いていく。恭しい金髪が跪き、童話のお姫様でも扱うかのように手を差し伸べられた。

    「僕と、一緒に生きてくれませんか」

    世界から音が消える。あんなにザワザワと煩かった会場が、一瞬で意識の外に追いやられていく。彼の声なんか当然聞こえる筈もないのに、意思の強さを示すように鮮明に届いた。緊張感を伴いながらもいつもの柔和な笑みがこちらの様子を伺っている。さっきの決意表明との落差で自然と笑みがこぼれた。

    「…ええ、いいですよ。どこまでも、いつまでも。共に生きましょう。」

    拒む理由はどこにもない。可愛らしい子羊の手を取って、舞台の階段を昇り、緩やかに色づきだした世界より祝福を受ける。自分にとって見ず知らずの羊たち。祭り特有の熱気のせいなのか、目頭がじんと熱くなる。…とうとう感情の制御もできないほど耄碌したかとてのひらで瞼を覆うと、彼の声が降って顔を覆う手の甲にくちづけを受けた。
    驚いて彼を見上げる。そこには幸せそうにはにかむ羊の、太陽みたいな笑顔が舞台のより高いところできらきらと輝いていた。





    一通りの祝福を受けたのち、パレードの隙間からそっと抜け出す。二人で宿に戻ると扉の前にソローネが立っていた。

    「おかえり、テメノス。クリック。」
    「ただいま戻りました。遅くなってすみません。……何か用事ですか?」

    宿の扉の前で通せんぼでもするように立ち止まったソローネに、冗談交じりの『審問』をしてみる。わざとらしく戯けてみせた盗賊の仕草に、杖を振るう真似をした。彼女はそれをひらりと躱して、太腿のホルダーに仕込んでいた小さな花束を差し出してくる。

    「ん。おめでと、ご両人」
    「…!おやおや、耳が早いですねえ」
    「私だけじゃないよ、この街にいた奴は全員知ってる」

    「は、え…?」
    「その表情を盗めたのがなによりの報酬」

    ……本日の表情筋はもう店仕舞いらしい。子羊はといえば後ろでずっと破顔していてなんとも据わりが悪い。そうか。彼女が知っているのなら、当然他の皆も知っているのだろう。なんとなく祝い事の雰囲気を感じ取って知らぬフリを決めこんだ。

    「はぁ、もうお好きなようにしてください」
    「へえ。もう観念したの。早いね」
    「潔い、と言ってくださいよ」

    もう隠す必要もないとばかりに手をぎゅうぎゅうと握りしめて離す気のない子羊。ソローネが扉を開き、子羊の手に導かれて室内へと入場する。
    貸し切られた宿の中では弦を爪弾く音が鳴り、軽快な打楽器が響いていた。ヒカリとオーシュットだ。蓄音機からはアグネアの歌が流れ、本人は花弁を振り撒きながら踊っている。

    「よかったな。そなたの幸せ、決して逃すな」
    「しあわせのにおいがする!」
    「きみはわたしのひかり~あなたはぼくのそら~♪なんてね♪」

    パルテティオは手拍子を軽快に打ち鳴らし、キャスティは晩餐の支度を終えてテーブルに全員分のグラスを用意していた。

    「黙ってて悪かったな!お前の幸せに花ァ添えたくてよ!」
    「おめでとう、健康で長生きするのよ」

    姿の見えなかったオズバルドは、神官服を着て奥にある仮設の祭壇で本を片手に待ち構えている。

    「…こうして本職の者に祝福を授ける機会など中々にない。成程、こんな心持ちか…貴重な知見を得たな。」

    祭壇の前に着くなりキャスティが白い花の装飾を施したヴェールを被せてくる。オズバルドが式を開始すると、実に彼らしい言葉で祈り、それを嬉しく思いながらそれら全てにふたりで誓いを立ててゆく。
    これからはずっとそばにいて、この子羊を生涯愛し抜くのだ。そう思うと、舞台上で感じた熱が揺り戻されて眦にもそれが滲んでいく。

    「二人の上に聖火神エルフリックの祝福を願い、絆によって結ばれたこの二人を、神が慈しみ深く守り助けるよう祈ろう……」

    オズバルドが誓約の言葉を読み終える。懐かしい記憶が蘇っているのか、格別にやわらかな表情を向けられた。おおきな羊と向かい合うと、ゆっくりと被されたヴェールが上がってゆく。

    「きれいです、テメノスさん」
    「おやおや、今日は饒舌ですね。クリックくん。」
    「本当にきれいで…なんだか、もったいない。」
    「…もらってくれないんですか?」
    「そういう意味じゃなくて、ああもう」

    ふぁ、と視界がひらけた。瞼を閉じて、彼の存在をいっぱいに感じながら『誓い』を受ける。やさしくて、あたたかくて、嬉しくて。また頬を伝ってしまう。こぼれた雫は親指の腹でそっと拭われて。彼も同じように潤ませている夜空色の瞳から目が離せない。



    「たくさん、たくさん幸せにしますから」

    アカラが青銀に輝く指輪を運んできた。それぞれの指へと贈りあって、もう一度くちづけを交わす。わあ、と仲間の声が届き、それぞれが掲げたグラスを鳴らして祝福を授けてくれる。


    私は……生涯この日を忘れることはないだろう。
    愛する人と、彼らとの絆を。



    END
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