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    社畜だけど逆トリしてきた五条悟くらい養える話

    「は?」
    「あれ?」
     ひょい。とドアを開けて部屋に入ってきた長身の人影に硬直する。知らない人だ。知らないっていうか、不審な人だ。きょとん、とその人物を見てから、その人が呪術廻戦の五条悟のコスプレをしてるのがわかった。ぱっと見でコスプレしてるってわかるのすごいな頭の片隅で思う。室内の暗さでも丸いサングラスの向こうからちゃんとこちらが見えているらしく、あちらもきょとんとした気配で顔をこちらに向けている。
    「え? え?」
     理解できない状況に立ち上がってその不審な人から離れるように壁際まで後ずさる。そんな私の様子を見て、少し考えるようにした不審な人はドアノブを掴んだ。
    「……お邪魔しました〜」
     そんなことを言ってその不審な人はドアを閉める。ぱたぱたと廊下を歩く音がして、玄関のドアが開く音、そして閉まる音がした。
    「な、なに? なんだったの?」
     知らない人物が入ってきた状況に恐怖を覚えた方が危機管理としては正しいのだろうけど、あまりに悪意もなさそうに普通に入って出て行ったのに呆然とする。部屋を間違えたんだろうか。自室を見回しても痕跡も何もない。というか身長高かったなあ、なんて身をかがめてドアから部屋に入ってきたその人の様子を思い返す。白い髪も、体躯もその通りで、クオリティ高かったな、と私は今更ながらに感心した。イケメンの雰囲気があったけど、今となっては顔も見てみたかった気がする。というか。
    「……夢でも見たみたい……」
    「夢じゃないよ」
    「ひっ!?」
     またドアを開けて入ってきたレイヤーに壁に背をつけて悲鳴をあげる。
    「そんな怖がらないでよ。何もしないから」
     その喉からいい声がするのに、私は本当にクオリティが高いとマジマジと男を見据えた。
    「こ、怖がらないでって、誰なんですかあなた……!」
     再び壁際まで逃げた私に、不審な人は、口元にうっすらと笑見を浮かべてこんなことを言った。
    「五条悟。調査のためにとある古い屋敷に来ていたはずなんだけど、ドアを開けたらこの部屋だったんだよね」
    「は?」
     は?
     こいつ堂々と五条悟って名乗ったけど……!? 正気かと不審な自称五条悟を見つめると、私の心情が読めたのかレイヤーは首の後ろに手をやる。
    「ま、流石に信じられないか。君から呪力は感じないし」
     感じてたまるか。
     まるで本当に五条悟みたいな態度をとりやがって……! いや本人になり切るのも大事なのかもしれないけど、状況をよく考えて欲しい。頭がおかしい人間が目の前にいるという現実に、私もパニックになりそうだ。
    「警察呼びますよ! 出て行ってください!」
    「出ていきたいのは山々なんだけど、僕行くところないんだよね」
     私のわめき声に自分の方が正しいとでも言うように落ち着いた態度で嘆息する不審な自称五条悟はそんなことを言った。
    「……だから……?」
    「君、何か知らない?」
     一歩足を進めてきた男にひっと、喉が引き攣った。
    「し、知りません……!」
    「本当に?」
     もう一歩進んでくる男の表情が読めず、追い詰められた気分で私は叫ぶ。
    「知りません! なんかの脅しですか?! これ以上近寄ってきたら通報します……!」
     震える手でスマホを取り出そうとして、離れた机の上に置きっぱなしであることにはっとする。私の様子に、五条悟のレイヤーは沈黙すると、確かにね、とサングラスに手をかけた。
    「え」
     取ったさんグラスの下、伏せられている瞳が美しくて息が止まった。ゆっくりとあげられた顔は整っている。これまでに見たことのない色をした青の瞳が、私を射抜いて私は壁に背を押し付けた。
    「これでオッケー?」
     軽薄な口調も耳に入らないくらい、私はその瞳の光の強さに魅入られたように息を詰めていた。
     ほんもの、だ。
     本物の五条悟だ。
     この人が例えばコスプレの紛い物なのだとしても、助けになりたいと思ってしまう。こんな目をした人を、外に放り出すことなんてできない。本物の推しが目の前にいるという状況に、私の思考はいっとき止まった。
     私の反応を待っている五条悟に、これからどうしよう、と思った私ははっとする。
    「あ」
    「ん?」
     ふと思い出したことに私はテーブルの上のスマホに飛びつくと、時間を確かめた。本来家を出る時間を10分も過ぎてる……!
    「遅刻……!」
    「え?」
     何を隠そう、入社2年目、今日は昇格試験の日だ。遅刻なんてしたら今後の人生に響く。苦労して入った有名企業(ややブラック)で評価を落とすことなんて絶対にできない。この非現実的な状況と天秤にかけて、混乱していた私は私の食い扶持を取った。
    「あの! すみません! 私どうしても会社に行かないといけなくて……!」
    「ええー?」
     この状況で? と目を見張る五条悟に申し訳なさを感じながら、漫画だったら目がぐるぐるしてる心境で、ばん! と机に三万円を叩きつける。
    「これ! 好きに使ってください! 少なくてすみません! では!」
     そのままバッグを掴み上げてばたばたと廊下に出、玄関に走る。外に飛び出した私は、完全に起こったことに対する思考を停止させていた。
     ひとまず試験が終わってから考えよう。
     いつもより一本遅れの電車に飛び乗り、なんとか遅刻せずに済んだ私は、無事に試験を終えてからようやく冷静になった。
     むしろ五条悟を放置して良かったのか? と。
     試験後に飲みに誘われたのを、心苦しく思いながら、終業時刻になった瞬間に立ち上がり、家へと急ぐ。
     あまりにもおかしい状況に、寝ぼけていたか、緊張のあまりの幻覚じゃないか、なんていまいち自分が信じられない。歩調は勝手に早くなった。
     落ち着け。
     例えば、あの状況が現実だったとして、どうすればいい?
     サングラスだったな。と私は五条悟の外見を思い返す。サングラスをかけているということは、もしかすると、現在連載中の時間軸と違う時間軸の五条悟なのかもしれない。例えば過去とか。そうなると、彼はコミックを読むことで未来を知ってしまうことになる。それがどんな結果をもたらすかなんて分からなかったけど、悪い影響を与えることは想像がついた。
     それに、この世界で自分が架空の人物だなんて知ったら、いい気はしないだろう。
     まず、呪術廻戦のアニメやコミックに手に届かないようにして、それから彼が無事に元の世界に戻れるように尽力しよう。多分夢小説とか読めばヒントが見つかるはずだ。知らんけど。
     鍵が開けっ放しになっていたドアを開き、廊下を歩いて室内に入る。
    「すみません! ただいま帰りまし………」
     顔を上げた私は硬直した。
    「あ、おかえり〜」
     ひらひらと二人がけのソファの真ん中に座って手を振る五条悟のその手元には見覚えのあるコミックスが……──。
    「あっあーーーー!?」
    「これ面白いね。特にこの五条悟ってキャラが最強でかっこいい」
     口元を笑みで歪める五条悟にあわてて近寄る。
    「読んじゃったんですか……!?」
    「一巻だけね。他はこの部屋においてなかったから」
     私の私物ー!?
     そういえば机の上に置きっぱなしだった気がする! 私のばか! 本当にファンであるなら推しが突然逆トリップしてきてもいいように部屋はいつでも綺麗にしておくべきだし、原作は隠しておくべきだと思い知る。
     でも今全国で呪術廻戦のコミックが品切れ中で良かった。他の巻は電子書籍で買ったからいつも持ち運んでいるタブレットに入っている。
    「あの……」
    「だから僕をみたとき、変な反応だったわけね」
    「…………」
     黙って立ち尽くした私に、五条悟は笑う。
    「何も責めてるわけじゃないよ。でも君の反応を見て真実を隠すつもりだったのは分かった」
    「……これからどうするつもりですか?」
     妙に動揺してしまった私は、落ち着け、と息を吸うとそう尋ねる。
    「詳しい説明は理解できないと思うから省くけど、そのドアが、ポイントなんだよね」
    「ドア?」
     最初に五条悟が入ってきたドアだろうか。振り向いて私が入ってきた部屋のドアを見る。
    「そこからしか帰れない。だから君にこの家から追い出されたら、僕はどうしようもない。……今の僕は君の多大な温情を待つだけの身ってわけ」
     そんな切羽詰まった状況だというのに、五条悟は飄々とした態度をしている。
    「つまり……?」
     恐る恐る尋ねた私に、五条悟はさらっと言った。
    「泊めてくれない? 僕が帰れるまで。あ、言っておくけど家事しか出来ないよ」
    「と、とめる……五条悟を……」
    「やだなあ。悟って呼んでよ。一緒に暮らす仲だろ?」
    「いやまだいいって言ってないですけど!?」
     にっと五条悟は笑う。少し下げたサングラスの隙間から、上目遣いのあの瞳が私を見る。
    「君は僕を泊めるよ。だって」
    「だって?」
    「ファンだよね。僕の」
     掲げられたその指に引っかかっているものを見て私は崩れ落ちそうになる。よりにもよって唯一持ってる呪術廻戦のグッズの五条悟アクキーがその指にあった。嘘だろ。
     推しに推しと知られる恥ずかしさに転がり回りたくなりながら、そんな奇行、それこそ推しの前で出来ない。つら。
     私は大きく息を吸うと、言った。
    「ひとつ、条件があります」
    「条件?」
     私は顔をあげると、これだけは譲ってはダメだとまっすぐその目を見据えて言った。
    「それ以上の巻を絶対に読まないこと」
    「いいよ。飲もう」
    「え?」
     あっさりと頷いた五条悟に、嘘ではないかと疑念に駆られてしまう。その私に、五条悟は真面目な顔で約束する。と言った。
     しばし見つめあってから目力に負けて視線を彷徨わせる。約束すると言ったんだから、読まないでくれるんだろうな……? いや、信用出来ない……。でもここで本当ですか? と言っても私に本心を知る術はない。
    「……分かりました。じゃあ、帰れるまではこの家で……」
     自分で言いながら目眩がした。
    「ありがとう」
     にこり、とサングラスのない顔で笑う顔のいい男に壁に頭を打ちつけたくなった。
     いや、これ絶対私の立場弱くない!?
     推しに推しだと掴まれている恐怖に手が震えそうだった。


    「ええと、自己紹介しますね。白澤律です」
     二人がけのリビングテーブルに向かい合って座ることになり、視線を合わせることができない。何故か五条悟はサングラスを外したままで、非常に心臓に悪かった。
    「知ってると思うけど五条悟」
    「……おいくつですか?」
    「22」
    「にっ」
     にじゅうに!!!!!!
     年下!?!?!?!?と声をあげそうになった私は、気になっていたことを恐る恐る問いかける。
    「あの、あのコミックの一巻、全部読んじゃいました?」
    「半分くらいは読んだけど、あとは君が帰ってきたから止めた。それに面白くなさそうだしね」
    「えっ」
     目を瞬いた私に五条さんは笑う。ちょっと意地が悪そうな笑みがものすごくよく似合った。
    「逆に聞くけど、君はどうして僕に読ませたくないの? これから僕は立場上、いろいろな事件に遭遇するだろうけど、普通、ファンならうまく対処してほしいって思わない?」
     堂々と自分のファンだと言う五条悟そういうところで嫌だな、と思いながら、どう答えたものかと口ごもる。
    「私は……」
     見据えてくる瞳に一度俯くと、それから顔をあげた。
    「これは、私のエゴなんですが」
    「前置きは良いよ。教えて」
     一瞬詰まってから口を開いた。
    「一緒に生きて欲しいんです」
     目を見張る五条さんに、私は続けた。
    「そして一緒に笑ってほしい。出会ってる人、これから出会う人。訪れる現実を初めて感じてほしい。……それがあなたの力になるかは分からないですけど、私は五条さんが引き寄せる人たちのことを信じてるので」
    「その中に傑みたいな人がいるかも知れないのに?」
     そのセリフに息を止めた。
     最適な言葉を見つけ出せない私に五条さんは笑う。
    「傑のことも知ってるんだ」
    「すみません……」
     勝手に知られているの、良い気分じゃないだろうな、と思って申し訳なくなる。
    「……別に不愉快ってわけじゃないけどね。ほら僕、もともと有名人だから、ストーカーには事欠かなかったし」
    「えっ、ストーカー?」
     目を見張る私に、そ、と五条さんは頷く。
    「動向を窺われてたり色々。僕ばっかりじゃなくて君の話も聞かせてよ」
     確かに根掘り葉掘り聞くのは失礼かも、と思って、私のこと、と自分を振り返る。
    「わたし、は……」
     話せることなんてこの人に比べれば何もない。
    「……ええと、社会人です」
    「…………」
    「…………」
    「それだけ?」
    「え、はい。まあ…………」
     つまらない女と思われただろうな、と思いながら、好きな食べ物の話やアーティストの話をしてもこの人には通じるか微妙だし、そんな平和な話をしていいのかよく分からなかった。
    「まあ、おいおい知っていけるだろうしね。……じゃあよろしく、律」
     ひっ。なまえ。呼ばれた。
    「よ、よろしくおねがいします……」
     動揺して視線を泳がせた私に、五条さんはおかしげに笑った。
    「でも君、大人の男一人を養う余裕ある?」
    「ヒモになる気ですか……」
    「場合によりけり。君が望むならヒモでもいいけど」
     推しが私のヒモなんて解釈違いすぎてつらかった。
     でも、と私は問いかけた。懸念がひとつ。いやたくさんあるけどそのひとつは。
    「五条さん、働けるんですか?」
    「無理かな。呪術師以外の仕事、まともにやったことないよ」
     そしてその呪術師として最強、かつ良い家の出、つまりぼんぼんとくればそうだろうなあと思う。
    「ですよね……」
     失礼だなとは思いながらも相槌を打ってしまったが五条さんは気にした様子はなかった。
     うーん、と貯金と給料のことを考える。こんな状況だから貯金を全て崩してしまってもいいかな、とも思ったけど、でも。いやでも。
     悩みながら、とりあえず必要かと朝出した三万の他にクレジットカードをテーブルに置く。
    「あと私明日仕事なので、必要なものこれで買ってください。あ、暗証番号は1207です。よろしくお願いします」
    「僕の誕生日?」
     聞かれてハッとした。作ったばかりのそのカードの暗証番号は脳直に決めていたのを思い出す。
    「ち、違います」
    「違うんだ」
     頬杖をついたままにやにやとする五条悟にもうやだこの男と自分のせいながら突っ伏したくなる。
    「今日の寝るところなんですけど、ベッドは五条さんが使ってください。私、友達が泊まりに来た時用のマットと布団があるので」
    「女の子にベッド譲られるわけにはいかないよ」
    「五条さん身長高いので、客用の方だとちょっと窮屈すぎると思うんですよね。同じ部屋で申し訳ないんですけど、ベッド使ってください」
     推しに寒い思いをさせるわけにはいかない、としっかりと言うと、五条さんは真顔で言う。
    「じゃあ一緒に寝る?」
    「いや、狭いと思うので……」
     細身には見えるけど、でも多分しっかりした体つきだろうなとも思うわけで。想像したら一人で照れそうなので考えないようにした。
    「結構……つれないよね」
    「そうですか? すっごい揶揄われてるのは分かりますけど……」
    「割と揶揄ってはないんだけどねえ」
     そんなことを言う五条さんに、はいはいと流して私は立ち上がる。
    「じゃあ、夕食作りますね」
    「手伝うよ」
     立ち上がる五条さんにひえっと思う。
    「っていうか、五条さん、サングラスしてなくて良いんですか?」
    「ん?」
     返事をしてから五条さんは小さく笑った。
    「良いんだよ。この世界には──呪いなんて概念、存在してないからね」
     目を見張る私に、五条さんは言う。
    「少なくとも、僕たちの世界で言うようなクラスのものの存在はなさそうだ。まあ居ないわけじゃないけど、サングラスをしている意味がないなら、しないよ」
    「…………」
     つまり、この人は、この世界では──。
    「家事くらいしか出来そうなことがないからね。やらせて欲しい」
     最強じゃない五条悟なんて解釈違いだ。
     なんとかすぐに元の世界に返さないと。
    「大丈夫ですよ。五条さん」
     私は片手をぐっと握って言う。
    「金銭的なサポートは任せてください。五条さんが元の世界に戻れるように、私も頑張りますから」
    「ありがとう」
     笑みを浮かべる五条さんは、落ち込んでいる様子も何もない。それでも、心境を勝手に想像すると、迷っては居られないと思う。
     うーん。
    「五条さん」
    「ん?」
    「形だけの承諾で良いんですけど……」
     言いながら言い淀んだ。いや、やっぱり口にするのがきっつい。でも、五条さんのためだ、と頑張れ頑張れ、と自分を励ます。
    「私の恋人になってもらえませんか……」
     つい小さくなった声に、五条さんはあっけらかんと言う。
    「良いけど、なんでそんなテンション低いの? 僕の恋人になりたいならもうちょっとテンションあげてよ」
     良いんだ。っていうかテンションって。人が死にそうになりながら勇気を振り絞ったのに!
    「こ、恋人になりたいんですけど」
    「声がドライすぎ」
     頬杖をついた五条さんに、うっ、となりながら私は死にそうになりながら繰り返す。
    「恋人になってくれませんか」
    「もう一声」
    「わ、私の恋人になってください!」
     途端に、目を細めて笑った五条悟の笑顔が眩しすぎて目が眩んだ。いやなにその顔! 
    「良いよ。別に本当に恋人でも良いけど」
    「いや、それは遠慮します」
     遠慮しますの際に不服そうな顔をされたけど、揶揄うのはやめてほしい。心臓が保たない。
    「……じゃあ、五条さん、ちょっと明日、パチンコとか競馬とか、ギャンブルしてきてくれません?」
    「え?」
     きょとん、とした五条さんの顔が、ちょっと可愛くてイケメンって罪だなあ、なんて私は思った。
     どういうことか問いかけてくる五条さんに、異世界の人に通じるか確信が持てないので、とにかく言ってくださいと言う。
     不審そうな五条さんに、サングラスはしていってくださいね、と言いながら、取り敢えず、もっと仕事頑張らないとなあ、なんて思った。




     翌日の競馬場。
     五条は買った三枚枚の馬券を眺めていた。
    「単勝、3連複、的中。3連単はハズレ。合計18万4400円の払い戻し……」
     出馬する馬も騎手も何も知らないまま適当に買った馬券が最終的に大当たりだったことに、五条は妙な豪運を感じていた。
    「白澤律」
     彼女の名前を呟いて、五条は昨日の彼女のことを思い出す。
     今朝も朝バタバタと勝手に支度をして仕事に出て行ってしまった。働いてるところブラックすぎない? とも察しているのだが、人のことは言えない。
    「恋人の契約か……。恋人の運をあげるって奴なのかねぇ」
     自分の力に確信しているようだったが、帰ったら問い詰めなきゃならない。
     こう言う結果になるとわかっていて、五条にギャンブルをさせたとなると、得意な体質ということになる。
     だがそれだけじゃない。
    『一緒に生きて欲しいんです』
     冷たい言葉で振り払ってしまったが、それでも彼女のその言葉は、この世界に必要のない自分に気づいた五条に妙に響いた。言動の端々から五条をなんとか元の世界に戻したいと考えている彼女が妙に気にかかっている。
    「面白くなってきた」
     呪霊の居ない世界を少し歩いて。コミックを読んで。急に不明瞭になってしまった自分の立ち位置に、やけになりかけていた感情が引き戻される。いつもの自分が戻ってくるのを感じながら、昨日の五条の虚勢に綺麗に騙されていた彼女のことを思う。
    『大丈夫ですよ。五条さん』
     それなのに彼女はそう言った。
     根拠のないその言葉がこんなに心強いのは、込められた心のせいだと五条は思う。
    「愛か、同情か。ま、今はなんでも良いけど」
     呟いて、五条は新しい自分の家へと、帰ることにした。
     きっと帰れるだろう、なんて、根拠のない確信を、ご機嫌に抱きながら。
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    _aonof

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