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    「あの日々に僕らは最強だった」
    五が完成する前まで最強と言われた一瀬色とさしすの青春の日々の話。今はもう褪せるだけの、きらきらした記憶の記録。
    誤字修正。シーン追加。

    憧れていたことがあった。
    なんでも出来た。呪術師が望むことならおよそなんでも。一人で立てて、そして一人で勝てた。孤独を感じたことはなかった。元から一人で完成していたからだ。寂しくもなかった。それで使命を果たせていると知っていたからだ。でも、わがままでも夢を見ている。
    いつか、何かを恐れた時に、足を止めないで済むような。
    思い返した時に、笑ってしまうような、輝かしい思い出が、欲しい。


    階段を駆け上がり、デパートの広い屋上に到着した五条と夏油は、思わぬ光景に出くわし立ち止まった。見やった先、おぞましく黒黒とした球状の呪霊に対し、白いコートの男は裾を翻し、月明かりの下、軽やかにまるで踊るようだった。手にした大きな刃のある武器は薙刀のように見える。柄の長い武器を軽々と、遊ぶように回転させては斬り込む足の踏み込みすら、定められていた動きのようで美しい。月光に照らされて影になってはちらちらと見える横顔は整って、楽しそうな表情がなかったら人形のようだったろう。高専一年生で実戦に出るようになったばかりの五条と夏油にとって、決して余裕のある相手(呪霊)ではないことは、青年が相対している呪霊の呪力から理解していた。おそらく一級に分類されるだろう呪霊は、体から触手のような糸を出しては青年を攻撃し、絡め取ろうとしているが、青年がそれに屈する様子はかけらもない。
    そんな力のある呪詛師がいるのか、と警戒を深める二人は、だが今仕掛けるには下策だと分かっていた。一級呪霊とやりあえる機会など一年生にはない。呪霊を祓うためには階級が要り、二人はまだ一級に至る途中だ。
    今宵、寮を抜け出していた二人がたまたま(圏点)遭遇した一級呪霊の捕食現場。ここ最近世間を賑わせていた連続殺人事件の犯人がその呪霊であることを察して、二人は現場(圏点)から逃亡した呪霊を追いかけた。大きなデパートの中に逃げ込んだ呪霊を見失い、屋上にいると踏んで階段を駆け上がってきた二人は、そこで見知らぬ青年と遭遇したのだ。
    夏油が視線で知ってるかと問うてくるのに首を横に振る。この国の呪術師なら全ての人間の顔を知っている五条も知らない青年だった。つまり呪詛師である可能性が高く、五条たちの敵ということになる。
    青年の鮮やかすぎる戦闘はいっそ映画の殺陣じみて、恐ろしさなど欠片も感じない。びりびりと感じる呪力もただ仕掛けのわかっている恐怖演出のようだ。青年は呪霊を切り祓ってしまうとふわりとコートの裾を揺らして着地した。
    「さて」
    そう言って五条たちを振り向いた青年は、二人に懐っこく微笑む。
    「次は君たちが遊んでくれるのかな」
    からかうような声音には、悪意も敵意も含まれていない。ただの問いかけだったが、先程の光景を見ていた二人は、咄嗟に構えてしまった。(圏点)
    「……もしかして君たちの俺の敵?」
    首を傾げる青年と目があった瞬間、五条はサングラスを下げて青年を見る。月明かりで分かりにくいが、青年の目は紫色をしており、なんらかの術式が見えた。五条たちが殺気立っているのに応えるように、青年が薙刀を構え直した瞬間、二人はその佇まいにゾッとした。分かっていたが向き合うと実感する。この男、強い──! 気を入れ直した二人を見つめていた青年は、ふいにピリリリ、と電子音が響いたのにコートのポケットからスマホを取り出すと、あっさりと耳に当てる。隙の大きい仕草を躊躇いもせず五条たちに晒した青年の意図が掴めず、五条たちが動けないままでいる中、青年は口を開いた。
    「一瀬だよ。どうしたの?」
    低く柔らかい声音が夜の静寂の中に落ちていく。
    「そう。わかった。今から帰るよ。そんなに怒らないで」
    思いがけない甘い声音にどうしてかどきりとするようで、一体何者だと、一瀬と名乗った青年を見据える二人に、彼はあっさりと身を翻した。
    「あ、おい!」
    彼は180センチを超えているだろうに、体重を感じさせない動きで屋上の金網を乗り越えると五条たちを振り向く。
    「また明日ね」
    微笑んだ彼が軽い足取りで一歩空中に足を踏み出し、その体が落下していったのに、慌てて二人は金網まで走ると乗り越える。下を覗き込んでも潰れた死体はなく、青年は忽然と姿を消していた。
    「なんだったんだ……?」
    夏油の呟きは五条の心情も表している。
    思い返す姿が目に焼き付いているのが妙に悔しく、二人は顔を見合わせると、屋上を後にするのだった。


    一瀬。という名前に五条は覚えがあった。
    およそ100年前の話になるが、御三家に仕えていたという呪術師の家系だ。一瀬から五を飛んで七瀬までの家があり七逢瀬(ななあわせ)と呼ばれていた。財や呪力や呪具を御三家に捧げてきた滅私奉公の一族だったが、100年前に反旗を翻し、御三家によって日本を追放されている。五条が嫌う御三家の性質的に、七逢瀬は根絶やしにされててもおかしくないとその時には思ったのを覚えている。この縁なら一瀬とはその七逢瀬で間違いはないかもしれない。
    その話を夏油と、昨夜の散歩に乗ってこなかった家入にすると、家入はなんだそいつ、と笑う。
    「呪術師の家系ってことは、術式があるわけでしょ?」
    「ああ、それは私も気になってた。何か聞いてるのか?」
    「いや、覚えてねぇな。興味なかったし」
    でも、と五条は昨日一瀬と自称していた男の瞳のことを思い出す。特殊な呪力を感じた。初めて視たが、あれはおそらく邪眼の一種だ。どういう力があるのかまではわからなかったが、目があった瞬間の感覚を思い返すに、目を合わせることでなんらかの影響があるものかもしれない。
    「また明日って言っていたならくるかもねー」
    入家がそう言った瞬間、けたたましい警報の音が響いたのに、五条、家入、夏油の三人は顔を見合わせた。
    「噂をすれば?」
    「えぇ……ただの誤報じゃなくて?」
    まさかね、と厄介そうな表情をする夏油に、五条は立ち上がる。
    「ちょっと見てくるわ」
    「私も行こう。今教員は特級呪霊のことで出払っているから、どちらにしろ対応は遅れるはずだしね」
    「じゃあ私も見物。その一瀬っての気になるし」
    入家の面白がる声音を契機にぞろぞろと校庭に出てみれば、他の生徒は様子見なのか顔を出してはいないようだった。人影は一つ。悠然と門の方から歩いてきているのは、昨日見たあの青年だった。
    白いコートの下はネクタイとベストを着ており、学生服のようにも見える。わずかに右目にかかる前髪に、少し長い髪を黒いリボンで結んでいるようだった。足元はベルトのしっかりしたロングブーツで、気障な優男なんて印象の青年に、五条はうへえ、と嫌そうな顔をする。
    「日本のブランドじゃないねー、どれも」
    「分かるのか?」
    「まあね」
    「っつーかブランドものかよ」
    「君も大概だと思うけどね悟」
    「はあ?」
    何処が。という五条はあまり自覚はしていないが、御三家の出となれば自由になる金も多く、金遣いについては庶民の感覚からは逸脱している。なんとも言えない視線を送る夏油と、どうでもよさそうな入家に不服な表情をする。
    「で? あんた何しにきたの?」
    家入がかけた声に、青年は微笑む。
    「昨日の続きをしに。そこの二人がかりでいいよ」
    「何?」
    反応した夏油に、青年は空中で何かを掴む仕草をする。ずるり、と何もない空間から引き摺り出された長い柄の武器は、昨夜みたあの薙刀だった。術式を結んだ様子がないな、と三人は青年を観察する。すると青年はにこりと笑った。
    「俺の方が強いから」
    ストレートな煽り文句に、五条が挑発的な笑みで表情を歪める。
    「吠え面かかせてや、」
    軽く一歩前に出たように見えた青年が、直後目の前にいたのにはっと五条は目を見張る。峰を向けて横なぎに払われ、反射的に飛びのいた空中を薙刀が走る。そのまま勢いを殺さずに振り上げられた薙刀の間合いに五条はまだいた。だが捉えられていれば問題ない。五条の直前で刃は止まった、のを、ずるりとすり抜けたのに五条は顔色を変える。
    「悟!」
    「なるほどね」
    呟いて飛びのいた一瀬はそのままバックステップして、五条と距離を取ると、今度は夏油に視線を向けた。
    「そっちの彼は? 遠慮するなら引くけど」
    はっとした一瀬が足を引こうとした次の瞬間、地を張っていた呪霊が一瞬で一瀬まで辿り着くとその足に絡みつき引っ張ったのに、一瀬はバランスを崩した。
    フラつきながら完全に倒れ込む前に足元を勘で斬り払い、体勢を立て直そうとしたところに距離を詰めた夏油の蹴りが襲う。同時に術式を組んだ五条に、一瀬は掌をかざす仕草をする。二人の攻撃がある一定の空間から青年へと届かない。
    「っ、当たらないだと」
    言いながら五条はその理由を六眼により把握はしていた。
    当たらない、と思い込まされているだけだ。その邪眼は、認識した相手に誤認を与える力があるようだ。だが分かっていても逃れられない。
    五条と夏油が青年の力量を見直したタイミングで、その一喝は轟いた。
    「こらぁーーー!!!!一瀬!一人で勝手に出歩くなって言っただろうが!!」
    走ってやってくるのは、夜蛾の姿だ。一瀬と呼ばれた青年が空中に放るようにした薙刀が消える。両手をあげて降参ポーズをする一瀬は愛嬌のある表情を浮かべた。
    「強い子がいるって聞いて遊びにきちゃった。駄目だった?」
    「駄目に決まってるだろうが!」
    怒られている一瀬は不服そうな表情をしているが堪えている様子はない。教育的指導、と頭にゲンコツを受け、痛い……と素直に頭を殴られた青年は頭を押さえた。避けないんだ。と思った三人は、その中でいつの間にか随分離れたところで眺めていた家入が近寄ってくる。
    「で、一瀬?っていうの?」
    「そうだよ。俺は一瀬。一瀬色。よろしくね」
    にこり、と笑う一瀬に邪気はない。戦っている最中に敵意はあれど、殺意も悪意もなかったのを五条と夏油は思い返した。
    「よろしくねって、この学園にでも入るとか?」
    まさか、と言おうとした五条に、一瀬は笑った。
    「そうだよ。明日から呪術高専の一年生。君たちと同じクラスだって聞いてるけど」
    「はあああ!?」
    五条の大声と、本当かの視線を受けて夜蛾は頷く。
    「まさか1日早くくるとは思わなかったがな……。まだセキュリティーの設定もしてないから警報が鳴っただろう。解除や報告が大変なんだぞ」
    「ああ、それは……ごめんね」
    眉を下げる一瀬には愛嬌がある。悪気はなかったと言わんばかりだが、だからこそ厄介だとも言える。
    五条、夏油、家入で完成しているバランスの中に、この青年が混ざるというのは、五条にはいささか、というよりだいぶ不満だった。
    一瀬は五条を振り返る。
    その紫の瞳が五条を見据えたのに、サングラスを下ろして睨み返した五条はべ、と舌をだした。一瀬は夜蛾を見る。
    「嫌われちゃったかな?」
    「そりゃそうだ。説教をしてやるから来い」
    「えええ?」
    コートの襟を掴んで引きずられていく一瀬がまたね、と手を振ったのに、家入が手を振り返す。
    「なんで応えるんだよ」
    「だって面白そうじゃん。五条に攻撃当てそうだったし、それに呪術師が増えれば楽出来るでしょ」
    「まあそれはそうだけど、彼の性格に問題はありそうだから心配だな」
    「あんたが言う?」
    煙草を取り出しかけてまだ夜蛾が見えるのに手を止めた家入に、五条は無言で教室へと引き返した。絶対術式を暴いてやる。と思いながら──。

    「俺の術式は空間を媒介にした式神術だよ。俺が持っている武器は式神なんだ」
    あっさりと口を割った一瀬に五条はずるりと肩を落とした。あれから五条たちと同じ学年であることを正式に知らされ、同じ教室に入らされた後、心配そうにしながら職員室に教材を取りに行った隙の雑談。
    あれからの一瀬は大人しく、何を考えているのかわからない様子で頬杖をついている。白いコートから細身のシルエットでスタイルの良さを見せつけるようなボトムと黒シャツのトップの制服に着替えていた。
    「それって縛り?」
    「違うよ。知られたところで俺の術式は強くなったりしないから」
    「じゃあどうして?」
    夏油の問いかけに一瀬はなんの邪気もない様子で答える。
    「俺の興味を持ってくれたから」
    紫色の瞳を蠱惑的に細めて一瀬は笑う。
    「アメリカに長く居たんだけど、あちらではただの呪霊を祓う道具だったからね」
    「あっちってそんなに扱い悪いの?」
    やだやだ、とばかりに問いかける家入に、一瀬はわずかに首を傾げる。
    「多分俺だからかな」
    「さいきょーだから?」
    「そう。別に構わないし、それを悲しく思ったことはないけど」
    声に感情はこもっていないので、言葉通りに受け取れそうではあったが、道具という表現は聞き捨てならない。五条たちの表情の複雑さを感じ取ったのか、一瀬はなんでもないように言う。
    「俺の状況を見た夜蛾くんの誘いで日本の呪術高専に来たんだ」
    「夜蛾くん? くんって言った? お前俺と同じ年だよな?」
    「一年はいさせてもらうと思うよ。よろしくね」
    「おい聞けよ!」
    五条の声に一瀬はくすくすと笑う。楽しそうな様子に毒気を抜かれて、五条たち三人は顔を見合わせた。どうするよこいつ、と指さした五条に、夏油は肩を竦める。
    「良いんじゃないか? 呪術師が増えれば仕事は減るし。最強というからには、私たちがフォローせずとも良さそうだ」
    そして実力については、今の所、確かに強いことが分かっていると夏油は友好的な態度を見せる。
    「最強ってんなら、俺と傑だって──」
    拗ねたように言いかけた五条に一瀬は微笑む。
    「うん。期待してるよ」
    その声音が思いがけず重たい響きをしていたのに五条は一瀬の目を見返した。微笑んでいる一瀬からは好意の気配しかしない。
    一体なんなんだよこいつ。
    妙に上手く消化できない感情を持て余し、五条たちは四つならんだ席に着いて、教室に入ってきた夜蛾にそれぞれの姿勢で目を向けるのだった。
    ドアを開けてやってきた夜蛾は、ため息をつきながら教壇の前に着く。
    「授業と言ったが、任務が入った。一瀬、お前にだ」
    「そっか。構わないよ。無理を言って日本に来たわけだし」
    立ち上がった一瀬は夜蛾が手にしていたプリント類を受け取る。
    「説明するが、」
    「大丈夫。……突然にしては綺麗にまとめてあるね」
    プリントをめくった一瀬の感想に、訳ありなのか夜蛾は唸るように腕を組んだ。一瀬はプリントに視線を落としたまま続ける。
    「ごめんね夜蛾くん。他意があったわけじゃない。俺の立ち位置はよく分かってるよ」
    その一瀬に夜蛾は呆れたように言った。
    「一瀬……、お前その夜蛾くんというのをやめろ。先生だ先生。あと敬語も。郷に入っては郷に従えって言っただろう」
    「じゃあ行ってくるね」
    「聞け」
    ドアを開けてあっさりと出て行ってしまった一瀬の姿に夜蛾は深々とため息をつく。横目で眺めていた五条は、おもしろくねー、と頬杖をついた。五条を冠する自分なら、ちょっとどこかを突っつけば一瀬の情報など手に入るだろうが、それでは一瀬に興味があります、と自分で言っているようで癪だった。
    「せんせー、俺たちは?」
    「お前たちは数学の続きだ」
    「あっそ」
    あっそとはなんだ。と律儀に反応する夜蛾に、五条は、隣の空席から意識を逸らした。
    初日から任務で席を外したせいで、いつもと同じ顔ぶれでの授業となった教室は、いつもより少しだけ静かだった。
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