Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    _aonof

    @_aonof

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 57

    _aonof

    ☆quiet follow

    ヤの夏×バーテンダー男主。
    予感の3話。「キャロル」

    ##夢術廻戦
    ##男主

    バーテンダーの大会で優勝した。
    と言っても創作部門で優勝しただけで、総合優勝は逃してしまったので、また来年挑戦したいところだ。初めて優勝を掴んだおかげで、あちこちのハイクラスホテルから出張の依頼が来て忙しくなった。
    オーナーがそれも経験だというので、片端から出かけては、パーティ会場に設置されたバーカウンターで腕を振るう日々だ。
    毎日忙しくしていて、あの男のことは忘れかけていた。
    その日も大きなパーティに呼ばれて、バーカウンターで忙しくカクテルを作っていた。絶えず人が眺めに来ては、作ってほしいカクテルを言うのでIngaにいるときより忙しい。
    メニューが絞ってあるとはいえ、目まぐるしく注文される忙しさは中々経験出来ないものだ。
    人の波が途切れた時に、その声はした。
    「キャロルを作ってもらえないかい?」
    聞き覚えのある低い艶のある声に、はっと顔を上げると、そこには……。
    名前を呼ぼうとして、知らないことに気づく。
    「夏油だよ。夏油傑。妙なところで会うね」
    そう言った男、夏油は、真っ黒なブランドスーツに身を包んでいた。身長があるせいで会場内で目立つ。綺麗な顔立ちにちらちらと視線を送るのは女ばかりではない。
    「夏油様」
    「様なんて付けなくても良いよ。と言いたいところだけど、会場じゃそうもいかないか。何時まで?」
    「え?」
    問いかけられた意味が一瞬把握できずに聞き返しすと、夏油は微笑んでもう一度言う。
    「終わったら二人で飲まないかい?Ingaに行っても君はいないし、どこに行ったかも教えてもらえなくて寂しい思いをしてたんだよ」
    そんな、勘違いしそうな甘い台詞に俺は営業用の顔で微笑み返した。
    「そんなに私のカクテルを贔屓にしてもらえると、バーテンダー冥利に尽きますね」
    「……そうくるか。それも正しいんだけどね。私が言ってるのは君だよ」
    俺が夏油の話から逃れようとしたのをきちんと把握して、釘を刺してくるあたり、男の性質が悪いのが良く分かった。
    「電話して。待ってるよ」
    俺のバーテンダー服の胸ポケットに名刺らしきカードを差し入れると、夏油は微笑んでじゃあまた、と立ち去って行った。
    一体どうして彼がこのパーティに出ているのかわからなかったが、オーナーの話が本当だとすると、このパーティを主催している富豪が裏社会にもつながりがあるのかもしれないと思って、メディアに出ている顔の裏側を覗いた気がした。

    パーティが終わり、ホテルの支配人と、中に備えられているバーの顔見知りに挨拶をして、ホテルの外へと出た。
    胸元のカードの存在を気にしながらも、電話はかけないと足を踏み出し、そしてすぐに足を止める。
    少し先で夏油がホテルの壁沿いに佇んでいた。
    「…………夏油様」
    呟くと夏油は壁に寄りかかっていた背を離し、俺に向き直る。先ほどはなかった黒いコートが、この男が夜の側の人間だと教えてくれるようだった。
    「様はなくていいよ。今の君と私は店員と客じゃないからね」
    「……それなら、顔見知りでもありませんよ」
    「手厳しい」
    夏油は苦笑する。早くここから立ち去りたかった。逃げ出したい。そう、逃げたいのだ。
    「少し隣を歩いても良いかな」
    「駄目だと言ったら?」
    「ちゃんと引き下がるよ」
    両手を胸元まで上げて手のひらを見せ、服従の意思を見せる男に、そんなつもりなんてないだろ、と思いながらも俺は迷う。
    男のその言葉が信じられない訳じゃない。ここで拒絶しても、男がまだ来るだろうことが分かってしまうからだ。
    うぬぼれではなく、夏油が俺を気に入っているのは確かだった。じゃなければ、メニューにないキャロルを、なんて口にするはずがない。夏油が俺にここぞと頼んでくるカクテルのカクテル言葉は恋に絡むものだ。キャロルの言葉を見るに、意図的だとしか思えない。
    「少しだけなら」
    「ありがとう」
    にこりと微笑んで、夏油は人の少ない歩道の俺の隣に並ぶ。
    「柏木です」
    「名前?」
    「はい。名乗っていただいたのに名乗り返さないのは非礼ですから。柏木祐那です」
    「柏木さんね。改めてよろしく」
    呼び捨てられなかったことを意外に思った。でも思えばこの男は、出逢ったときから丁寧だ。きちんと礼儀正しく、無理強いもしない。オーナーにヤクザだと聞かされて、でもその裏は取ってない。
    「夏油さんは」
    「ん?」
    「ヤクザなんですか?」
    顔を見上げて問いかければ、夏油の目が見張られて、それから唇に笑みが乗る。
    「良く分かったね」
    あっさりとした返事に今度は俺が目を見開く。その俺の顔をおかしそうに見て、夏油は口を開いた。
    「なんだ。カマだった?」
    「オーナーが、そう言っていたので、……だから確かめようと」
    「ああ、彼か。流石、噂にたがわぬ人だ。目利きが出来るね」
    界隈でオーナーがどんな評価を受けているか詳しくは知らないが、それでも一目置かれた存在であることは知っているし、それが誇らしい。夏油の口から思いがけずオーナーを認めている言葉が出たことに、俺は気を許しそうになった。
    「妬けるね。そんなにオーナーが好きかい?」
    「はい。恩人で尊敬する人です」
    妬けるの言葉にひるむことも、躊躇うことなく頷いた。本当のことだし、今俺の中で一番好感度が高い相手はと聞かれたらオーナーだ。
    「いいね。今の世の中、尊敬できる人間がいるなんて貴重だから。……なんて言うとおじさんくさいね」
    「夏油さんは何歳なんですか?」
    「私?28歳だよ」
    暗がりの中、まじまじと夏油の顔を眺めると、夏油はらしくもなく照れたような顔で笑った。
    「そんなに見つめられると恥ずかしいね」
    「……顔立ちはもっと若いですが、物腰はもうちょっと上に見えます」
    「誉め言葉かい?」
    「そう感じるならそうですね」
    「君は物怖じしないね」
    俺の返事のそれぞれに、夏油は怒った風もなく言った。むしろ感心の色すら見えるのに、俺は一応尋ねる。
    「気を損ねましたか」
    「逆だよ。余計に好きになった」
    足を止めた。
    まさか直球の言葉を投げつけられるとは思っていなかったので、動揺して視線が少しふらついた。夏油を見やると、夏油は真剣な表情で俺を見つめている。
    「連絡先を交換しない?」
    「…………俺は、あなたが本当にヤクザなら付き合えません」
    視線をそらすように俺は言った。今顔を見たらだめだ。じわりと頬が熱くなって、心臓が早い。夏油の熱を帯びた視線でも向けられたら、判断を間違えそうだった。
    「俺はオーナーに迷惑をかけたくない。反社会勢力なんて人達に関わりたくありません」
    「君にも、オーナーにも迷惑はかけないようにするよ」
    真摯な声に俺は首を横に振る。
    「夏油さんが、どんな地位にいる人かなんて俺には分かりません。そうできるのかもしれないとも思います。それでも、俺は……」
    言葉を切ってから、俯く。
    「Ingaとオーナーが大切です。俺の世界だ」
    「困ったね」
    困っていなさそうな声で夏油は言った。
    「立場上、これ以上優しくするのは難しいんだよ」
    「どちらにせよ。なかったことにしてください。今夜はキャロル、作れなくて申し訳ありませんでした」
    そう言って夏油の隣から早足に抜け出した。しばらくはあちこち飛び回ることになるし、ほかのバーでまた修行しても良い。
    「逃がさないよ」
    そんな声が、背後から聞こえて思わず振り返る。
    じっとこちらを見据えている夏油の真剣な表情に、どこか知らない世界の空気を感じて、ぞっとする。
    すぐに前を向き立ち去って、もう二度と振り返らなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💗🍸💍🍸☺💖😭😭😭💴💴🙏😍👏🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works