25ココと15イヌと例のバズーカドォォォォォン!!
どこからか馬鹿でかい音がしたと思ったら、視界がもくもくとした煙に包まれた。あわや抗争か、カチコミか、どちらでも構わないなと思いながら隣にいる幼馴染の手を握った。存在を確かめるために。
九井一は反社の幹部だったから、いつでも死ぬ覚悟はしていた。今日死んでも明日死んでも何も変わらなかった。殺されるような酷いことをたくさんしてきたクズの自覚はあったので。
人から忌み嫌われる自分には、隣に立つ幼馴染だけいてくれたらそれでいいのだ。
煙が薄くなり視界が晴れてくる。ケホ、と一つ咳をして隣に立つ幼馴染を振り返った。
「イヌピー、大丈夫?この前潰した組織の復讐かねぇ……。暴れるしか脳がねぇ古参のバカ共には、やるなら徹底的にやれって文句つけとくわ」
隣を見上げた先に、綺麗な顔は見当たらなかった。一瞬、失ったかと思って心と身体がが凍る。握る手のひらを思い切り掴んでしまった。
……いや、おかしくないか。顔がないのに手があるなんて。冷静な思考が戻って温かい手のひらを見下ろした。喧嘩ダコがあり、白くて細くて、小さい手をしていた。小さい手?
繋いだ手から目線を少しだけ上げると、白い特攻服を着て少し伸びた前髪を掻き上げた、金髪の少年がそこにいた。見覚えのある顔よりだいぶ幼いが、九井は絶対にこの顔を間違えない。間違いなく自分の幼馴染だった。
「……っ、……??! テメェ! 誰だ、ココをどこにやった!! ココを返せ!」
動揺してポカンと口を開けていた可愛い顔がハッとして、それから語彙力の不足した汚い言葉が飛び出してくる。あー、今も昔も変わらないナ。かわいい〜。そんなことを思っていたら、無防備に構えていた九井の腹目掛けてパンチが繰り出された。年々失われていく腹筋に大ダメージを喰らう。
……痛いけど、オレのイヌピーに××××して△△△で◯◯◯のーーーーーした次の日の朝、半殺しにされた時に比べたら大したことねぇな。
こんな子供に負けるなんて恥ずかしくて、九井は心中で強がりをつぶやいた。しかし頭脳労働担当の彼は涙目で殴られた腹を抱えて蹲ることしかできない。そんな情けない大人を金髪の少年が警戒した目で睨みつける。もちろん繋いだ手は振り払われた。
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それからあの手この手で説得し、なんとか「幼馴染のココの知り合い」で落ち着いた。今も昔も彼を説得するなんてチョロいものだ。そんなチョロいところも好きなのだ。
ボロいソファに二人で座る。周りは見覚えのあるアジトだった。ずっと前に九井と幼馴染が根城にしていた、二人の大切な場所だった。彼はもう忘れてしまっているかもしれないが、あの頃の蜜月を九井は一つも忘れていない。当時のアジトがあった場所はいまだに九井が名義を持っており、誰も立ち入らないよう大切に保管している。
「……ココはいつ帰ってくんの?」
「ンー、そうだなー、オレが満足したら?」
「は? 意味わかんネェ」
「アハハ、本当にナ」
九井はクズな大人なので本当のことは教えてやらない。オマエの幼馴染の居場所なんて知らないよ、帰ってこないかもしれないね。そんなことを言ったら面倒臭いことになるのは目に見えている。どうせ九井も帰り方はわからない。だったら目の前にいる可愛い子と楽しく話をしている方がいい。
チェ……と口を尖らせる少年は幼い顔をしていて、意味がわからないくらい可愛かった。当たり前だ、好きな子の少年時代はそれはもう可愛くて、そこら辺の女が全員霞んでいた。九井の脳内には笑った顔、怒った顔、しょんぼりした顔、喧嘩で興奮した顔、綺麗な寝顔など、さまざまな彼が情景•時代などのパターン別にフォルダわけ保存されている。必要な時にすぐ引っ張り出せるようにしておくのは、仕事をする上でもプライベートでも重要なのである。
それでも、実際に目にする彼は九井のメモリアルよりもずっとずっと可愛かった。
思わず人差し指を唇に近づけて、ふに、とした感触を楽しんでしまう。すると彼は「あ?」と凄むように睨みつけてきた。けれど全然怖くない。ニコニコ笑う九井を見た彼はさらにキレた顔をして「テメェ、何しやがる」と拳を握る。「ごめんごめん、柔らかそうだと思ってさ。殴らないで」と笑いながら唇に当てていた手を拳にそっと添えた。大人の九井の手にすっぽりと収まる白い手が堪らなく愛おしい。もう片方の手を薄い身体に触れさせて、スススと這わせながら肩を掴む。
目の前の大人の胡散臭い笑顔と怪しげな手の動きに何かを察したのか、怒り気味だった少年の表情が困惑した色に変わった。
「……さわんな気持ちワリィ、はなせ」
「えー、酷いな。オレの手はキモチイイー、モット、って定評あるのに」
「オマエの爛れた女事情なんて知るかよ」
失礼な、と笑いながら九井は受け流した。実のところ、九井は親と幼馴染以外に全裸を晒したことはない。九井の技量に関する評価はたった1人からしか貰ったことがない。そんなことを目の前の少年に言ったところで何も得るものはないので、九井が得意のニッコリ顔で「それほどでもないよ」と言うと、「オマエみたいなクズにはなりたくない」と返された。心外だ。
「オマエは? こんなにかわいい顔をして、何人の男を咥え込んだの?」
本命には一度も聞けなかったことを聞いてしまった。怖くて聞けなかったから。自分以外の男を知っているなんて、もしかしたら比較されているかもしれないなんて、そんなこと知ったら自分がどうなってしまうかわからなかったから。
自分の愛している人と初めて致す時、どうやら彼は初めてではないらしいことを知ってしまった。「優しくするから」と丁寧に丁寧に全身を触っていつまでもペロペロなでなでチュッチュあむあむしている九井に向かって、「もういい、慣れてるから、はやく!」と焦れたように叫ばれた時は九井の心もココノイ自身も折れそうになった。慣れてる? え? どういうこと?
それでも大好きな子のハレンチな姿は堪らなくて、結局のところ二人は一つになった。あの時の幸福と気持ちよさと感動は当然九井メモリアルに保管してあるし、定期的に思い返しては心の栄養にしている。けれど、同時に思い出される「慣れてるから」の一言はずっと心の底に引っかかっていた。
「……は? 男……? くわえる……?」
おっと、どうやらこの時の彼はまだ誰の手垢もついていないらしい。言葉の意味もわからないのか、と九井はペロリ舌なめずりをする。少年は少し引いた顔をして逃げるように身体を離したが、九井の両手は肩を掴んで離さない。
「なんだ、未開通なんだ。他のとこは? どこまで知ってる?」
「え? は? おい、やめろ触んな!」
「キスはした?」
「なんでオマエにそんなこと言わなきゃいけないんだ!」
もっともである。けれど、九井にとっては命より大切なことで、知りたくて知りたくてたまらないことなのだ。
困惑した表情の少年はソファの上に押し倒された。15歳の少年は九井の記憶よりもずっと華奢で、薄くて軽かった。喧嘩の強かった彼はもっと大きく見えていたのに。こんなに細かったのか。
「なぁ、キスは? 誰かとした?」
「……っ、し、してない……」
「本当? じゃあこっちもまだなんだよね?」
ヤメロ! という声を無視しながらボタンの止められていない特攻服の前を思い切り開き、シャツをペロンとめくって、暴かれた上半身を眺める。白い肌には細かな擦り傷や青あざがいくつもあるようだったが、ほとんどが丁寧に手当てされていた。新しめな傷口に触れると痛いのか敏感なのか、薄い身体が大袈裟にびくりと跳ねた。
「あちこち怪我してる、痛くねぇの?」
「い、たくない」
「……なんでいつも、こんなに怪我して帰ってくんの」
「え?」
「もっと、自分のことを大事にしてよ」
本命の男にはずっと言えない言葉がポロリと溢れた。本当はもっと、九井の好きな人のことを彼にも大切にして欲しかった。気持ちが彼に伝わってしまうのが怖くて、そんなこと言えなかったけれど。
九井はこれまで、一度も彼に愛を囁いたことがない。
そんなことをされても彼はきっと困るだろうと思っているからだ。彼は今も昔も、ずっと彼のお姉さんの代わりのつもりでいる。好きになってもらえなくても、情で押し通せば彼が黙って目を伏せることを九井は知っていた。彼の罪悪感に漬け込んで、そうして手に入れた。もしこの感情が彼自身に向けたものだと知られたら、きっと罪悪感から目を覚ましてしまう。
心の奥底にある柔らかいものを差し出すことは絶対にできなかった。彼に渡して拒絶されたら、あとはもう一人で死ぬしかないので。
困惑している少年の顔を見て、九井はニッコリとした作り笑いを浮かべた。「何でもねーよ、さぁ、続きしよっか」と自分でも胡散臭いと思う声色で優しく話しかけながら特攻服を取っ払い、ズボンのベルトに手をかける。当然、少年は手足をバタバタと動かして抵抗した。
「ふざけんな、なに、なんで!」
「大丈夫、優しくするから」
「はぁ?! 離せ、どけよ!」
暴れる彼へのお仕置きのように、腹に張られているガーゼを摘む。そして一枚一枚、少年の幼馴染が貼っただろう優しさをベリベリと剥がしていった。
こんなペラペラな優しさは幻想だよ。どうせあと数ヶ月もしたらオマエは信頼してる友人にペロリと喰われてしまうんだから。じゃあ、オレが喰ってもいいじゃん。
そんな仄暗い気持ちを抱えたまま少年を丸裸にしていく。抵抗する手足に体重をかければ簡単に抑え込めた。身体の出来上がっていない少年が成人した大人に勝てるわけがない。それに頭脳労働担当といえども九井は反社の男で、荒事には常人よりはるかに慣れている。
「テメェ、クソジジイ、ふざけんな! さわんな!!」
「ジジィじゃねーよ、オニーサンな」
「はなせ! シネ! 殺すぞ!」
「アハハ、かわいいね」
するすると慣れた手つきでシャツ、ベルト、ズボンを剥いていく。ポイポイとソファの下に落としていくにつれて、だんだんと少年の暴れ方が必死さを増していった。それでも九井がニコニコした笑みを貼り付けたまま手を止めずにいると、怒ったような罵声にだんだんと涙声が混じり始める。流石に此処までされたら何をされてしまうのか想像つくらしい。ラスト一枚、パンツのゴムに手をかけたところで小さな手に阻まれた。
「やだ……っ、やだ、ココ、たすけて!」
オレがココだよ。流石にクズすぎるのでそれを言うのは控えた。彼の「ココ」じゃないし。パンツから手を離し、その代わりに全身を撫で回す。薄く筋肉のついた白い身体に、誰にも汚されてなさそうなピンク色の胸の頂に、身体中にある青痣や擦り傷に、好きな人を愛するみたいに全身へキスを落としていく。初めてなのは本当らしく、九井がキスを落とすたびにくすぐったそうに震えていた。
そうやってペロペロなでなでチュッチュあむあむと楽しんで、少年の身体から力が抜けていくのを見計らってもう一度パンツに手をかける。今度は邪魔されなかった。けれど、少年の身体の震えが九井の手を止めた。
カタカタと小さく震えながら九井の影の中にすっぽりおさまる彼は、顔を伏せて何度も幼馴染の名前を呼んでいる。白い肌を九井の眼前に晒す少年は綺麗で可愛いけれど、とても可哀想だった。グズグズと泣き止まない少年を見た九井はため息をつく。
九井一は乾青宗に弱い。そう言う生き物なのだ、今も昔も。
「泣かないで、もうしないから」
「ぐす……、ぅ、う…」
「これ以上はしない、優しくするって言っただろ」
「やさしくねぇよ! クズ!」
涙目で威嚇をしてくる少年の頭をよしよしと撫でながら、あやすように頬にキスを落とす。涙を拭うように舐め取ると怯えた目で見上げてきた。何にもしないよ、という意思表示に舌をぺろりと出しながら身体を起こすと、九井の下から這いずり出てソファの端限界まで距離を置かれた。
ほらな、囲ってないと逃げるだろ。知ってた。九井は少し落胆しながら笑った。
突然現れた名前も知らない大人に押し倒されて服を剥ぎ取られたら、誰だって普通に怖い。けれど九井の物差しでは「自分の元から彼が離れていった」という事実だけが重要だった。九井ががっかりするのは理不尽だとわかっている。けれど、初めて親友を犯した時にゴムの中に良識を捨てて来たので、もうどうしようもない。
涙目でこちらを睨みつける少年を見て九井は思う。あーあ、こんなに綺麗な子のハジメテを逃すなんて、オレって本当バカなやつ。今の九井は好きな子に泣かれて何も出来ないし、昔の九井はグズグズしている間に掠め取られたらしいし。情けない男だと呆れる。
「なぁ、キスもまだなんだっけ?」
「……うん」
「じゃあ、キスだけもらうネ」
怖がらせないようにそっと近づいて、ちょん、と唇に触れるだけのキスを落とした。
九井はクズな大人なので本当のことは教えてやらない。彼のファーストキスはとっくの昔に幼馴染に奪われている事を、他でもない九井はよく知っている。けれど彼にとってはコレがハジメテになるのだ。そう考えたら少しだけ胸がすく思いがした。
「ファーストキス、どうだった?」
「別に、フツー」
「フフ、大人のオニーサンがいいこと教えてやるよ。こう言う時は『気持ちいい』とか、『もっと』って言ってみな。相手はバカみたいに喜ぶから」
「……喜ぶ?」
「うん、オレが保証するよ」
「オマエに保証されてもな」
「騙されたと思ってやってみろよ。オマエにメロメロになるから」
「メロメロ……?」
「ほんと?」と聞き返してくる様子が年齢よりも幼く見える。可愛くて、見ているだけで心が優しくなれる気がした。
少なくともクズでバカな男は一人釣れる、それはまちがいない。九井は心の中でそう呟きながら「本当だよ」と微笑んだ。
ふと、どこからともなくもくもくと煙が立ち上がる。熱くないソレは、この不思議な状況が始まる時と同じ光景だった。タイムリミットだとすぐに理解して、九井は少し離れたところにいる少年に向かって手を伸ばす。
「オレ、もういくわ。最後に手だけ繋がせてよ」
そしたら帰るから。オマエの「ココ」も帰ってくるよ、多分。そう言って柔らかく微笑む九井の手を、意外にも少年は素直に握り返した。
白くて小さい手は九井の知っている彼より小さい。当たり前だ、目の前の少年は九井の「イヌピー」じゃない。
「イヌピー」じゃないから、今なら呼べるような気がした。
「青宗」
本命には一度も言えなかった。
「好きだ、青宗」
九井一は乾赤音が好きで、乾青宗は姉の代わりに助けられた罪悪感で隣に寄り添っている。そういう関係にしかなれなかった。
「大好きなんだ、オマエのこと」
心の柔らかいところを初めて曝け出した気がする。九井の全身が心臓になったかのように、バクバクという心音が身体中を駆け巡る。顔はきっと真っ赤に染まっている。25歳にもなって、まだこんな幼い自分が息をしていたのかと笑えてくる。
煙に包みこまれる直前、最後に見えた少年は驚いた顔をしていた。ほんのちょっと頬が赤いように見えたのは、九井の願望かもしれない。
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だんだんと煙が晴れてくる。ケホ、と一つ咳き込んで視線を上げると、そこは思い出のアジトだった。あれ、結局戻れなかったのか?と少し焦りながら周りを見渡すと、横から腕を引っ張られた。
「ココ、戻ったのか」
ドキン、胸が一つ脈を打つ。聞き慣れた声の方に視線を向けると、ラフな格好をした男が立っていた。綺麗な金髪は短く揃えられていて体格も九井よりがっしりしている。九井の「乾青宗」がそこにいた。
よく見るとところどころ汚れていて、汗もかいたらしくシャツが肌に張り付いている。
「ただいま、イヌピー」
「おかえり」
「……なんか汚れてない?」
「掃除した」
「掃除?」
「オレ達のアジトを、ちっせぇココと掃除した」
身体のラインが見えてなんかえっちだな……とドキドキする思考を横に置いて、まずは現状把握から始める。やっぱりここは二人のアジトだったらしい。九井の名義なので中に入った事に問題は無いが、なぜここにいるのかという疑問が湧いてくる。
九井の顔にもそう書いてあったのか、乾は少し気まずそうに目線を逸らしながら言葉を続けた。
「アジト、残ってるとは思ってなかった。けど、ちっせぇココが『オレは絶対に手放さない』って言い張るから連れてきた。……そしたら、あの頃と何も変わらないまま残っててびっくりした」
鍵の隠し場所も変わってなかった……と呟く彼の顔が少し赤い。「この顔は喜んでいる時の表情だな」と九井メモリアルにある過去の情報と照らし合わせる。自分の顔もだんだんと赤くなっている事には気がつかないふりをした。
「とっくに潰されてると思ってた。……ココも、この場所を大切に思ってくれてたんだな」
ほんの少し口元を緩めて、頬を赤く染めて微笑む乾はとても可愛かった。大人になって、九井よりムキムキで、男らしく刈り上げた頭でも、九井にとっては昔から世界で一番可愛い人であることに変わりない。
大好きな顔に微笑まれて嬉しい気持ちと、九井が隠していた大事なものがバレて恥ずかしい気持ちと、色々な感情で体温が上がっていく。きっと九井の顔は真っ赤になっている。
「ウ……ゥ……」
「ココの気持ちを知れて嬉しかった」
「ワ……ワァ……」
「ちっせぇココと掃除してたら、色々懐かしいモンが出てきて楽しかった。後でココにも見せるな」
「…………ウン」
自分が未成年淫行(未遂)をしている間、片割れは昔の自分と思い出の場所を掃除してくれていたらしい。さすがに罪悪感で潰されそうになった。申し訳なさを振り払うように、少しの興味本位も持ちつつ問いかける。
「……昔のオレ、どうだった?」
「思ってたより……思ってた以上にヒョロヒョロだった」
「おい」
「あんなに細いのに、オレの隣に立って喧嘩して、何でもしてくれたんだなって思ったら、胸が痛くなって」
「ん?」
「キスした」
「は?! ちょっとまってどういうこと?!」
説明不要だが、九井は乾を責められる立場には無い。少年へのキスどころかそれ以上のこともしている。わかっていても胸の中で暴れる感情を抑えることはできなかった。
さっきまで頬を染めていた顔が真っ青になった九井を見て、乾はバツがそうな顔をした。後ろめたいのか「ごめん」と言いながら、ちょん、と触れるだけのキスをしてくる。
「この程度だから……それに、あれもココだし」
「……もっかいして。大人のキス。そしたら許す」
「ん」
ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立ててキスをされる。乾の舌が九井の唇をノックするので、薄く口を開けて受け入れる。熱い舌が口内を舐めまわし、誘うように九井の舌に絡んでくる。角度を変えて何度もキスをしてお互いの熱を交換した。
「ココ、ごめん」
「……」
「もうしない。ココだけだ」
「……イヌピー、この場所で抱きたくなった。いい?」
「ココの好きにして、オレはココのモノだから」
ん、と差し出された唇に噛み付くようにキスをする。さっきの乾と同じように口内を可愛がりながら、アジトのソファにゆっくりと押し倒した。
乾の好きなキス、触り方、褒め方、何でも九井は知っている。好きな人に喜んで欲しくて、反応も表情も些細なことまでメモリアルに記録しているからだ。九井の手練手管への評価はたった一人からしか貰ったことが無いが、そのたった一人からの最高評価を得るためにずっとずっと必死だった。
「ココ、気持ちいい、もっと」
トロンとした顔で誘われる。本当に可愛くて、たまらない気持ちになった九井は大好きな顔に何度もキスを落とした。啄むようなキスがくすぐったかったのか、クスクスと笑う乾はとても可愛い。少年の彼ももちろん可愛かったが、やっぱり九井の「乾青宗」が一番だなとドキドキせずにはいられない。バカだと思われるだろうが、それくらい好きなのだ。
大人のキスも、乾が九井のモノだという認識も、九井の好きな動き方も、時間をかけて教え込んだ。そうやって二人でいらんことばっか覚えて間違え続けて、良識とか言葉とか、必要な何かをポロポロ取りこぼしながら大人になった。
心の柔らかいところから聞こえてくる声には蓋をし続けた。だから、あの少年へ渡したものが最初で最後の「愛の言葉」になるだろう。
「ココ、ごめん、オレにはココだけだから」
「許すから、今日は上乗ってくれる?」
「……わかった」
「ヤッタ!」
九井の上にいそいそと乗り上げる様子も可愛くて、思わず顔がニヤけてしまう。それに気がついた乾は拗ねた顔で「出来ねぇと思ってんの?」と言いながら欲を煽るようなキスをしてきた。九井は「かわいい〜」と本日何回目になるかわからない感想を心中呟く。
自身の上で一生懸命動く乾をよしよしと撫でてやると、乾は「フフ」と嬉しそうに微笑んだ。やっぱり可愛い。
どんな手を使ってでも手放さないことを決意しながら、九井は愛しい人にキスをした。
ところで、昔の彼に手を出したことは一生黙っていることにした。バレたら次は半殺しで済まされないと長年の付き合いで知っていたから。
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オマケ•ココイヌ初夜補足
「イヌピー、優しくするから」
そう言われてからもう2時間はたったと思う。時計を見ていないから乾の体感になるが、もっと長いかもしれない。それくらい九井の「優しく」はしつこかった。
乾の後孔には九井の指が3本入っていて、全身トロトロにされて受け入れる準備はとっくにできている。それなのに幼馴染はいつまでも「優しく」し続けるので乾の頭はおかしくなりそうだった。「優しくねぇよクソが!」そう言って殴ってやりたくても、ふにゃふにゃにされた自身の身体は力が入らない。
全身をペロペロ舐め回されるのは2回目だ。以前、九井とのんびりアジトで過ごしていたら突然爆発音が響き、不思議な煙に包まれた。ケホケホと咳き込んでいると突然手を掴まれて、驚いて見上げると九井がいたはずの場所に知らない男が立っていた。
あの時の男の顔をはっきりと思い出せない。けれど、クズな大人に手を出されかけたことはよく覚えている。今日と同じようにあちこち舐め回された。でも、今日の方がずっと気持ち良い。きっと相手が九井だからだ。好きなやつに欲しがられて、心と身体が喜ばないわけが無かった。
それなのに、早く欲しいのに、幼馴染はいつまでたっても次に進まない。また胸を舐められた。それはもういい、散々舐められてぐちゃぐちゃにされた。幼馴染もあの時の男も、何が楽しくて男の体を舐め回すんだ。いい加減にしろ!
我慢の嫌いな乾にしてはかなり我慢した。けれどさすがに限界だ。ふわふわした頭で衝動的に叫ぶ。
「もういい、慣れてるから、はやく!」
胸の頂を舐めていた男が「え?!」と身体を起こす。動きが止まって、心なしか顔が青い。でも乾には男を気にかけてやる余裕がなかった。身体をグズグズにされてしまったので、目の前の男にひたすら先を強請ることしかできない。乾は力の入らない足で男を引き寄せる。
そういえば、あの時の男が教えてくれた気がする。こういう時、何て言えばいいのか。
「ココ……気持ちいい、もっと」
たしか、こう言えばメロメロになると言っていた。なってくんねーかな。ならねーか。なればいいのに。
愛しい男を見上げてそんな事を思いながら、乾はハジメテを彼に捧げたのだ。