暁を終える直前。男は子供を拾い帰還した。
男は、赤服の人物と呼ばれている。ここいら一帯では知らぬ者など在りはしない名だ。旅人が街に入れば、まず真っ先に男の名を教えられる。高揚の口ぶりで、時には唾を飛ばしながら、病魔に塗れたこの土地を癒したお方なのだと聞かされる。この土地の人間にとって男は偉大な存在で、教祖と謳われた。しかしこの土地以外の場所では、男を悪だと叫ぶ者もいた。対して、男はそれらを気に留めていなかった。男は人間でなく、死の体現たる存在だ。死への認知など時と共に移りゆくものだ。男はこの死に満ちた地の生命に変容を与えた。呼吸をし、日々を目や感情で感じ得ることで人間と呼ぶのならば、この地の住民は未だ人間だ。病魔に塗れた地にとって、それは救いに他ならなかっただけのこと。そして往々のものにとって死とは恐るべきもので、それは信仰と繋がるに容易かっただけのこと。
男は讃えられ、謳われ、大いなる居館を設けられ、日々を過ごしている。望みはしなかったが、相応しいとは感じ得る館だ。そこに、男が拾い物を抱き抱えて帰った。これに、仕える者たちは仰天した。なにせ男が何かを持ち帰るなど、未だ嘗て無かったからだ。赤服の人物に救いを求める者は、自ら彼の元へと訪れる。そして今や、男が何かを望めば誰もが持ち寄る。その為、男が自らの手で選び取り、望み、持ち帰るなど、皆考えもしなかった。
それは子供だった。薄汚い布を体に引っ掛け、四肢を力無くぶら下げる、年端も行かない人間であった。誰もが眉を顰めるようなその子供を、男は両手で抱き抱えていた。そして言った。「我が花嫁だ」と。
男は子供を館の最上階、自室へと持ち帰った。騒ぎ出す民を振り返ることなく、呼び止める声に振り返ることもない。その目は腕の中の子供ばかりに注がれていた。
子供を自身の寝台に横たわらせると、男はそれから数日ほど、殆どの者を自室に近づけさせなくなった。男の側近二人以外は扉にすら近付かせず、中に入るなど誰ひとり許されなかった。聞けば、「毒を抜かなければならない」とだけ答える。それ以上は、誰も知らなかった。あの日までは。